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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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初戦①

 アキレウスは騙されるのが嫌いだ。

 騙されるのが好きな人はあまりいないと思うが、そういう常識的な線を超えて嘘や詐欺が嫌いだ。

 特に、自分の娘に「最高の男と婚約させる」と噓をつき、神への生贄にしてしまう父親なんて最悪だ。


「あー、思い出したらムカついてきた! あれも欺瞞と言えば欺瞞か? てことは嘘つき女神のせいか。ひょっとすると地上の悪の何割かはあいつのせいなんじゃないのか?」


 前世の嫌な記憶まで蘇り、嘘告も特殊詐欺も、嘘という嘘は全部欺瞞の女神の責任のような気がしてくる。

 諸悪の根源、パティ!


 とりあえずパティが悪いと決めてしまえば、ある程度スッキリする。

 気分を落ち着かせ、アシルことアキレウスはグラディエーターズトーナメントのステージに上がった。

 正方形のステージは一般的な格闘技のリングよりかなり広かった。

 武器の使用に制限がなく、飛び道具も可。

 バスケットコートより広く、サッカー場よりは狭いこのステージなら、距離を取っての遠隔攻撃が有利なようにも思える。

 が、アキレウスは例によって大槍一本。

 対戦相手も一見したところでは弓矢の類は所持していないようだった。


・出場者名:『口先』ジャック

 ・出身地:UK

 ・生年:非公開

 ・経歴:非公開

 ・戦闘スタイル:ナイフ術

 ・戦績:26戦4勝

 ・単勝オッズ:9.7

 ・前日人気順位:11位

 ・直前人気順位:8位

 ・専門家予想:生き残り術に長けたベテラン勢の一人。今回も粘り強い戦いっぷりを期待したい。過去の4勝はいずれも相手の懐に飛び込んでからの勝利。間合いに入れるかどうかが勝敗の決め手となるだろう。見どころは開始前のマイク・パフォーマンス。ジャックの口先に煽られて冷静さを失った相手が何人沈んだか……。勝負の最中にもよく喋っているので、何を言っているのか知りたい。撮影用ドローンだと音が拾えないんだよね。ピンマイク付けてくれないかな。


 アキレウスの前に立つ対戦相手「口先」ジャックは黒いロングコートを着用した年齢不詳の男だった。

 コートのせいで体格も定かでないが、身長はさほど高くない。

 どこにでもいそうな平凡な顔。

 彼は愛想のよい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「初めましてだな、坊や」

「あ? 舐めてんのか、おっさん」

「いくら凄んでも怖くねえんだよ。なんでかわかるか? わかんねえだろうなあ」


 アキレウスの威圧にヘラヘラと笑うジャック。


「おまえさん、育ちがいいんだろ? 見りゃわかるんだよ。美味しい物食べて、効果的なトレーニングして、親に愛情と金をたっぷりかけてもらって作った体だよな。毛並みのいいサラブレッドってやつだ」


 その笑顔は作り物だ。

 滲み出る悪意。


 アキレウスは無表情で答えた。


「あんたの言う親の愛ってのは、赤ん坊の足首持って逆さづりにして川の水に浸けることか? 母親が子育てに興味ないからって親戚に預けて放置することか? 育児放棄の後は手のひら返しの過干渉。師匠には強い子になれって育てられたのに、母親には男の子だと戦争に連れていかれるからって、無理やり女装させられて女子校に入れられることか?」

「うっ、それは……」


 思わず言葉に窮するジャック。


「……まあ、なんだ、おまえさんも苦労したんだろうけどよ」

「ああ、苦労した。女の表も裏も見尽くした。もう俺が女を見くびることはない。性別に関係なく、強いやつは強いし、悪いやつは悪い。油断したら足元をすくわれる。特に女神とか妖精とか呼ばれてるやつらは冷酷非情、血も涙もない」

「マジで何があったんだ?」

「それに比べて戦場は気楽だった。男ばっかりだったし。解放された気分でのびのびと暴れられた。嫌なこともあったけど、親友もできて、楽しいこともたくさんあった」

「そりゃ良かったな……って、何で俺がおまえさんの成育歴聞かされてんだよ!」

「そっちが話を振ってきたんだろうが!」

「育ちのいいお坊ちゃまを煽ってやろうとしただけなのに、虐待や女子校の話になると誰が思う!? あー、もういい」


 ジャックは手を振って無意味な口論を打ち切った。


「ちょっとした軽口のつもりだったんだが。傷口えぐったみたいで悪かった。同情はしないけどな。スラムにはもっと酷い話がいくらでもあるからな」

「わかってる。気にしてねえよ」

「代わりに一つ教えといてやるよ。このトーナメントは必ずしも相手を殺さなきゃならないわけじゃねえ。ギブアップもありだし、場外もありだ。一段高くなってるこのステージから外へ落とされるか、自分から出て行くかすれば失格だ。ただし試合中は魔力の結界がステージを覆ってる。触れたらスタンガンみたいなショックが来るぜ。相当痛いが、いざとなったら場外に逃げろよ。死ぬよりマシだからな」

「場外に結界ね。覚えとくよ。俺には用のない話だけどな」


 アキレウスは不敵に笑って愛用の槍を構えた。


「開始の合図は?」

「そう急ぐなよ。もう少しトークに付き合え。おまえさんの武器はその槍だよな。俺の武器はこいつだ」


 ジャックは左手に持ったナイフを見せた。


「武器の制限はないのに、銃を使うやつは少ない。なんでかわかるか?」

「さあな、どうでもいい」

「まあ聞けよ。銃には反動があるだろ? 威力が大きければ大きいほど、ちゃんと構えて撃たなきゃならない。ちっぽけなハンドガンなら動き回りながら撃てるかもしれないが、ライフルやマシンガンでそれをやるのは無茶な話だ。どうしたって撃つ時に隙が出来る。その隙が命取りになるんだよ」

「解説どうも。もう始めていいか?」

「だから聞けって。1対1、遮蔽物なし。ステージが銃撃戦に向いてないんだ。相手の攻撃を回避するには機敏に動き回る必要がある。だから飛び道具を使うなら軽くて無反動なものに限る。こんな具合に」


 ジャックの手が素早く動き、銀色に光る物が一直線にアキレウスの顔面に向かって飛び出す。

 アキレウスは反射的にそれを槍の柄で払った。

 その瞬間、BOM!

 払ったそれが耳の傍で爆発した。


「……くっ!」


 顔をゆがめるアキレウス。

 飛び退いて距離を取る、その顔には今までなかった警戒の色が浮かんでいた。

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