英雄
ここは異界ラビュリントスのコロシアム、通称:軍神ドーム。
グラディエーターズトーナメント出場者控室にて。
出番を待つアキレウスは見た。
初戦で軽くワンパンされて散るペルセウスを。
パンチ一つで宙を舞うペルセウス。
どよめく観衆。
信じられない。
何が起きているのか。
驚愕の表情で放物線を描くペルセウス。
同じく驚愕の表情で画面を凝視するアキレウス。
宇宙猫が二匹。
画面には出場者のデータ枠があり、ちょうど今はペルセウスをワンパンした対戦相手のデータが映し出されている。
顔写真と全身写真が表示され、全身像はぐるぐると横回転して斜め、横、後ろ姿と全方向から見せてくれている。
簡単なステータスも表示されている。
そこに記された名前は……。
「……だ」
我に返って、アキレウスは控室の窓から観客席へ向かって吠えた。
「騙したな、パティ! このクソババア! ペルセウスなんかよりよっぽど大物がいるじゃねえか!」
・出場者名:ヘラクレス
・出身地:非公開
・生年:非公開
・経歴:非公開
・戦闘スタイル:素手格闘
・戦績:なし
・単勝オッズ:10.452
・前日人気順位:なし
・直前人気順位:5位
・専門家予想:前日に突然エントリーしてきた謎の戦士。ステータス詳細は一切不明。身長体重はトーナメント出場者の中で最大クラス。筋肉量も一目でわかる最大クラス。その巨躯から推察するにパワーファイターか。近くで見るとオーラが凄いので何かやってくれそうな感じがする。久々に大番狂わせがあるか? 複勝かワイドで買っておきたい……。
ギリシア神話界の大物中の大物、英雄ヘラクレス。
元祖英雄であるペルセウスのひ孫にあたる。
アキレウスと同じく半神半人。
十二の偉業を成し遂げた英雄界の大先輩である。
知名度でも実績でもアキレウスより上。
死後は神に列せられたはずだが……。
それが何故、今ここにいる?
※
「ウフフ、怒ってる怒ってる。かわいいわね~、アシルくん♪」
「こいつ相変わらず性格悪いわー」
オペラグラス越しに控室の中のアキレウスを鑑賞してほくそ笑むアパテー。
そんな姉に呆れを隠せないエリス。
ここはラビュリントスの下層にある闘技施設コロシアムの観客席。
外観はローマのコロッセオに似た荘厳なデザインだが、ドーム球場のように屋根がある。
壁も天井もやたらと頑丈。
リングと観客席との間には結界があり、出場者が魔法や飛び道具を使っても観客に被害が出ることはあまりない。
内部は近未来的な設計で、360度を観客席が囲むアリーナ型。
最大三万人収容できる観客席がほぼ埋まっている。
壁の上方、天井ドームの付け根には円環状のLEDビジョンが一周し、四方の巨大なメインビジョンには出場者の表情まではっきりと映し出される。
今はワンパンされて吹っ飛ぶペルセウスがリプレイされている。
入場シーンでは華やかにムービングライトを浴びながら、意気揚々とランウェイを歩いていたのに。
「ペルセウスじゃ勝負にならなかったわね。さっすがヘラクレス、強ーい。アシルくんはどこまで食い下がれるかな。楽しみだわ~」
「あんたヘラクレスが出るって知ってて黙ってたのね」
「ウフフ、嘘はついてないしー? 知ってること全部しゃべったら面白くないじゃない?」
女神姉妹はリングサイドから離れたスタンド席に座って観戦している。
姉妹の左右にヘスペリエーとアイリカーが護衛対象を挟む形で座っている。
手にはポップコーンとコーラ。
「すごく大きな建物だね。それに人がたくさん。すごい熱気だね」
「音がうるさい……人に酔いそう……」
物珍しそうに周囲を見回すヘスペリエー。
アイリカーは気分が悪そうだ。
「ねえ、あの壁に映ってるの何かな?」
ヘスペリエーが見つけたのは、出場者たちの顔写真と数字が表示されたLEDビジョンだ。
何枚かの写真は暗く光を失っている。
アパテーが親切に解説する。
「あれはオッズね。優勝を予想してお金を賭けるの。当たったら何倍になって返ってくるかがああやって表示されてるのよ」
「ふーん。暗くなってるのは負けた人?」
「そうよ。ペルセウスに賭けた人、かわいそー。お金失くしちゃったわね」
「アキ……アシルに賭けてる人いるかな?」
「いるわよ~。大穴狙いの人は無名の新人に賭けるのよ。当たれば大儲けだから。まあ百回のうち九十九回は外れるけどね」
「ふーん」
「逆に百回に一回は大番狂わせが起きるのよ」
「ハ!」
二人の会話を聞いていたエリスが鼻で笑った。
「何が大番狂わせよ。どうせ客の射幸心を煽るために胴元が操作してるんでしょ」
「当然よ」
アパテーは艶然と微笑んだ。
「確率なんて胴元が操作するものよ。後でカジノに来ない? 私が働いてるお店、素敵なディーラーがいるのよ。ルーレットでね、どの目に玉が入るか完璧にコントロールできるの。どう?」
「そんなの客には勝ち目ないじゃない。私にカモになれって?」
「遊びよ、遊び♪」
「悪いけど仕事中だから」
エリスはそっけなく手を振って断った。
「それに今日は本物の大番狂わせが起きないとも限らないからね。騒ぎになったらカジノどころじゃないわよ。暴動に巻き込まれないように心の準備をしとくのね」
「それってアシルくん優勝ってこと? 意外とあの坊やのこと買ってるのね」
「まあね。そういうあんたもでしょ」
「そりゃね。騙しやすいお馬鹿さんは嫌いじゃないわ」
「私も血の気の多い馬鹿は嫌いじゃないのよ」
にんまりと微笑みあう女神姉妹。
その横でアイリカーは藁人形を握りしめ、俯いてブツブツと呟いていた。
「欺瞞の女神と不和の女神に気に入られてる男……。悪いことが起こりそう……いいえ、きっと起こる。こういう時の勘は当たるのよ……」
・出場者名:アシル
・出身地:非公開
・生年:非公開
・経歴:非公開
・戦闘スタイル:槍使い
・戦績:なし
・単勝オッズ:161.1
・前日人気順位:なし
・直前人気順位:13位
・専門家予想:当日飛び入りでエントリーしてきた若き戦士。若い分だけ体力に期待できるが、武器が大槍という点がマイナスか。顔よし体よしで人気が出そう。女性の皆さん、彼にご祝儀あげてください。コロシアムのアイドルになる可能性あり。顔に傷を負わずに生き延びられればの話だが……。




