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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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パティは気まぐれ

 ここはラビュリントス下層にある酒場レッドローズ。

 ファン恵莉エリこと不和の女神エリスと愉快な仲間たちは、エリスの姉・パティこと欺瞞の女神アパテーと向き合っていた。


 店内に他の客はいない。

 バーテンダーが店のドアに『閉店(closed)』の札を掛けた。


「あの、こういうことには詳しくないんだけど、密談するなら個室の方が良くない?」

「大丈夫よ~、貸し切りだから」

「でも……」


 カウンターの中でグラスを拭いているバーテンダーを気にするアイリカー。

 アパテーは空気を追い払うように片手を振って笑う。


「ここのマスターは都合よく耳に蓋ができるタイプだから全然平気よ~」

「まあね、耳にも口にも蓋がないと、こういう街で生き残ったりできないわね」

「でしょ~? この前エリちゃんと会った時もここでお話したけど、大丈夫だったでしょ?」

「事前に情報が洩れてたりはしなかったわね」

「そういえばあの坊や、また捕まっちゃったのね。かーわいそー。あの子逃がすの? 難易度上がってるわよ、二度目だから」

「それもある。もう一つ用事があるんだけどね。どっちかというともう一つの方がメインかな」


 額を寄せて話し始めるアパテーとエリス。

 顔も髪色もまったく似ていないが、そうしていると姉妹らしい雰囲気がある。

 人間の犯罪を観察し、面白がる女神たち。

 不和と欺瞞、どこか不穏なこの二人。


 アキレウスは女神姉妹を横目で見てグラスを煽る。

 彼の母親も女神だが、エリスやアパテーとは血縁がない。

 面識もなかったが、噂程度に耳に入ってくることはある。

 『ニュクス・ファミリーはヤバい』と。

 夜の女神ニュクスの子どもたち。

 その性質は大きく二つに分かれる。

 夜眠る者を見守る、ニュクスの息子たち。

 夜歩く者を見つめる、ニュクスの娘たち。

 エリスとアパテーは『夜歩く者=犯罪者』を闇から見つめる女神たちなのだ。


 不穏な女神たちから視線をそらし、アキレウスは他の同席者たちを見た。

 ヘスペリエーは黙々とフライドポテトを口に運んでいる。

 アイリカーはチラチラとバーテンダーを気にしながら、ブドウをフォークで刺そうとして失敗している。


 ……やべー女ばっかりだな。


 自分以外全員女、なのに可愛げがあるやつが一人もいない。

 もしかして自分、女運が悪いのでは、そういえば前世でも……と真剣に考え始めるアキレウスであった。


「ミノタウロス。アトラスの宇宙基地を使ってなんか企んでるって話、聞いたことある?」

「宇宙基地ねえ……」


 アパテーはバサバサと重たそうなまつげを二、三度瞬かせ、斜め上を見上げて考える様子を見せた。


「うーん、もしかしてあれかな? オリンポスに喧嘩売る感じの?」

「知ってるのね?」

「そりゃあね、色々知ってるわよ~。教えて欲しい?」

「もったいぶらずに言いなさいよ」

「ウフフ、教えてあげな~い♪」

「ふざけてんの?」

「タダじゃダメ。対価がないと」

「払うわよ。領収書ちょうだいね。オフィスが吹っ飛んじゃったから来年の税金がどうなるかわかんないけど、経費で落とせるものは落とさないと」

「やーね、お金なんか要らないわよ。私たち家族じゃない」


 アパテーはコロコロと笑った。

 そんな姉を胡散臭そうに見るエリス。


「お金じゃないなら何が欲しいの?」

「最近退屈なのよね~」


 アパテーは真っ赤な唇を人差し指で触りながら、エリスの仲間たちを見回した。

 半目になって一秒見つめ、メタリックなネイルでヘスペリエーを指さす。


「戦闘型ニンフ」

「そうだよ」


 次にアイリカーを指さす。


「呪術型ニンフ」

「なんでわかるの?」


 最後にアキレウスを指さす。


「半神半人の転生英雄」

「そっちのオバサンにも似たようなことされたけどさ、あんたら鑑定スキルでも持ってるのか?」

「ウフフ、それはヒ・ミ・ツ♪」


 アパテーはエリスに満面の笑みを向けた。


「面白そうな子が揃ってるじゃない。ちょうど今日コロシアムで剣闘士のトーナメントがあるのよ。この子たち飛び入り参加させなさいよ。大番狂わせになるわ。予定されてた八百長が台無し。ブックメーカーたちが大騒ぎよ。誰か一人でも優勝したら、最高に素敵な情報を教えてあげる。優勝できなくても勝ち上がって大騒ぎになったら、順位に応じて情報をあげるわ。どう?」

「……ったく、趣味悪いわね」


 エリスは吐き捨てるように言った。


「見世物としての殺し合いが人気なのはわかるわよ? ファイトマネーも、そこに賭けが発生するのも理解できる。だけど八百長も、それをひっくり返して面白がるのも、私の好みじゃないわ。そんなものに私の護衛を関わらせるなんて冗談じゃない」

「あ~ら、潔癖ね。地上で暮らすうちにネメシスみたいな正義感に染まっちゃったの?」

「うるさいわね。美意識の問題だっつーの」

「殺し合いなんてどれも一緒じゃない」

「違う! 見せかけの殺人ショーと、『ぶっ殺すぞこの野郎!』って闘志を燃やす決闘とでは、見る側もやる側も意識が違う!」

「細かいわねぇ~」

「……あの~」


 女神姉妹の言い合いに、恐る恐る口をはさむアイリカー。


「私はそういうのはちょっと……。自信ないっていうか、向いてないっていうか……あんまり強くないし。ごめん、無理」

「私も無理かな。私の役目は護衛だから。護衛対象の傍を離れるわけにはいかないよ」


 あっさりと断るヘスペリエー。


「あら残念。あなたは?」

「俺か?」


 アパテーに問われて少し考えるそぶりを見せるアキレウス。


「一応訊くけど、どんなやつが出場するんだ?」

「主に人間ね。たまに怪物。そういえば今回はあなたと同じ転生英雄がエントリーしてるわよ。名前何だったかしら、なんとかセウス。テセウスじゃなくて、オデュッセウスじゃなくて、えーとペルセウス?」

「出る」


 即答した。


「ペルセウスだろうがテセウスだろうが、雑魚だ、雑魚! 俺が最強だって証明してやる!」



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