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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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欺瞞の女神

 ここは異界ラビュリントス。

 治安は悪いが人気の観光スポットで、天空をゆっくりと回転する金色のリング(太陽と月と星座付き)が名物である。

 すり鉢状の都市の上層には24時間営業の高級カジノが立ち並び、カジノと連結した高級ホテルも立ち並ぶ。

 下層にはルール無用・何でもありの殺し合いを見世物にするコロシアム。

 コロシアムで行われる剣闘士のトーナメントには当然、巨額の金が動く。

 中層ではエキゾチックな市場で珍しい商品が買えることもあり、異界旅行者にとっては退屈する暇がない。

 なお治安は非常に悪いので、リッチな観光客はゲートからリニアに乗って高級ホテルへ直行する。

 自動運転バスでも移動はできるが、バス強盗に襲われる可能性が高い。

 徒歩移動など言わずもがなである。


 そんなラビュリントスを徒歩移動している四人連れがいた。


「なー、なー、不和のオバサン。なんでリニアに乗らねえんだよ」


 一人目、アキレウス。


「誰がオバサンだ。リニアだと監視カメラで撮影されちゃうからよ。私は前回アリアドネに喧嘩売ってるからね。バレたらマズイのよ。変装はしてるけど、カメラは避けたいわ。名前も偽名で通すから、ここにいる間、私のことは中国系アメリカ人実業家・ファン恵莉エリと呼ぶように」


 二人目、ファン恵莉エリこと不和の女神エリス。


「ファンエリ?」


 小首をかしげる三人目、ヘスペリデス姉妹最強のヘスペリエー。


「ファンで切って、エリが名前なんだと思うよ。中国人の名前ってよく知らないけど……」


 四人目、ヘスペリデス姉妹の最弱の一角、アイリカー。


「そう。中国人の名前はファミリーネームが先に来るのよ。だから英語風に名乗ればエリー・ファンって感じね。エリーと呼んでいいわよ。あんたたちの素性も隠すわ。ここにいる間、あんたたちの名前はペリ、リカ、アシルよ」

「短くしただけだね」

「いつもの呼ばれ方とあんまり変わってないんだけど……」

「俺なんか本名をフランス語読みにしただけなんだが?」

「つべこべ言わずについてきなさい!」

「どこに行くんだよ」

「下層にある酒場。情報提供者との待ち合わせよ」





 ラビュリントス下層にある一軒のバー。

 看板には『RED ROSE』という飾り文字と色あせたバラの絵が描かれている。

 寂れた中にもシックな味わいのある古びた酒場に、ドヤドヤと賑やかに四人組の客が入ってきた。


「薄暗いな。この店、本当に営業してんのか?」

「私、喉乾いた」

「こういうとこ入るの初めてなんだけど……」

「ええい、うるさい! あんたら少し静かにしなさい!」


 若い男が一人と女が三人。

 店の雰囲気にそぐわない彼らの他には、この店にいるのはバーテンダーと女性客が一人だけ。

 カウンター席に座っていた女性客は騒々しい四人組に背を向けたまま。

 彼女の髪の毛は暗い店内でもよく目立つ、ピンクから黄緑を経て水色へのグラデーションだった。

 まるで動画に映える綿菓子のような色彩である。


「適当に座るぞ。おっさん、水くれ」

「水は贅沢だからワインでいいよ」

「えっと、こういうとこの注文ってやったことないんだけど、こう、パチンと指鳴らすとか……?」

「静かにしろって言ってんでしょうが! マスター、ミネラルウォーター四つね!」


 店内に流れるけだるいジャズと客たちの雰囲気がまったく合っていない。

 こんな騒々しい客は中層の市場に行くべきだ、と思いながらバーテンダーはミネラルウォーターのボトルを取り出す。

 カウンター席の女性は何気なく足を組み替えた。

 大きくスリットの入ったセクシーなドレスである。


「待ち合わせの相手ってのはまだ来ねえのかよ」

「水が冷たくて美味しいね」

「そもそも相手が誰なのか聞いてないんだけど……」

「あんたらちょっと黙ってなさい!」


 ワイワイガヤガヤ。

 やがて男が酒を注文し始め、女たちもつまみの注文を始める。

 四人分のグラスと食器がぶつかりあってうるさい。

 カウンター席の女性がたまりかねたように立ち上がった。


「んもう、エリちゃんったら、なんで声かけてこないのよ!」

「その声、アパテーね?」

「ずーっと待ってたのにぃ~。後ろ姿に声かけてきたら、かっこよく振り返ろうって思ってたのにぃ~!」

「後ろ姿でわかるか! その目に痛い髪色、ヅラでしょうが!」

「マルチカラーウィッグと言ってぇ~」


 ファン恵莉エリこと不和の女神エリスは、抱き着いて頬ずりしてくるその女性を邪険に押しのけた。

 押しのけられまいと抵抗する女性、突き放そうとするエリス。

 揉み合う二人。


 フルーツ盛り合わせを摘まんでいたアイリカーが、おずおずと声をかける。


「あの、違ったらごめんね? その人が待ち合わせの……?」

「そうよ! このピンクヅラ女が待ち合わせの相手よ!」

「エリちゃんのお姉ちゃんでーす。名前はアパテーよ。パティって呼んでねぇ~」


 (^^)vサインを作って微笑んで見せるその女性の顔は、つけまつげバッチリ、口紅べったり、アイシャドウやらチークやら、盛りに盛って素顔がわからない、超絶厚塗りメイクが施されていた。


「欺瞞の女神やってま~す♪」



 欺瞞の女神アパテーとの衝撃の出会いであった。



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