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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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飛ばされて異界

 ここはエレボス。

 不和の女神エリスの実家がある異界である。

 エリスの母、夜の女神ニュクスは娘である昼の女神ヘーメラーと向かい合っていた。


「ダメです」


 冷たく厳しい顔つきのニュクス。


「そんなこと言わないで」


 可愛らしい顔に哀願の表情を浮かべるヘーメラー。


「元いた場所に戻してきなさい」

「いや! この子はうちの子なの、うちの子にするの!」


 イヤイヤと首を振るヘーメラー。

 その腕にはしっかりとレッサーパンダが抱かれていた。

 少し離れたところで不安そうに見守る上野動物園の職員たち。


「動物園の動物でしょ。返してあげなさい」

「いやー!」

「わがまま言うんじゃありません」

「わがままじゃないもん! 私がちゃんと面倒見るもん!」

「できるわけないでしょ、そんなにたくさん」


 レッサーパンダを抱きかかえるヘーメラーの背後には、カピバラ、アルパカ、ミーアキャット、マヌルネコ、マーモセット、コツメカワウソ、ケープペンギン……等々。

 動物園から連れ出して自分のペットにしようと企んだらしい。


「できるもん! 草食の子には野菜あげたし、肉食の子にはお肉あげたし」

「餌を与えればいいというものじゃありません」

「カワウソとペンギンは庭の池で泳がせてあげればいいんだし」

「うちの池はペンギンのプールじゃありません」

「いいじゃない、うちの家は広いんだから動物の十頭や二十頭、飼えるじゃない」

「確かにうちの敷地は広いわよ。玄関先に動物園が不法投棄されても大して困りはしないわ。でもね……」


 ニュクスは青白いネイルを施した指で娘の背後を指さした。

 そこには黄色いアミメキリンが。


「それは大きすぎるわ」

「えー、ちょっと縦に長いだけじゃない。テュポーンに比べたら全然小さいし可愛いじゃない?」

「テュポーンと比べるんじゃありません。縦に長すぎて天井に頭がつっかえてるじゃないの。飼育員に返してあげなさい。まったくもう、家が傷むでしょう」

「やだー、モフモフ返すのやだー。可愛いんだもん、私の部屋で飼うー」

「私もそろそろ堪忍袋の緒が切れそうなのだけど。誰に似たのかしら、このわがまま娘は。こうなったら実力行使あるのみよ」


 ニュクスの青白いネイルの周りに女神のオーラが渦巻き始めた。

 女神の指先を中心に時空が歪む。


「鳥、獣、蛇、あらゆる動物を一つがい。地上の箱舟とその乗組員たちよ。ニュクスが命じる。来た道を戻れ。連れてきた動物もすべて連れていくのよ。一匹でも残していったら許しませんからね」


 真っ暗な闇が上野動物園を包み込む。

 人々は時空の渦に吸い込まれるような、ぐるぐると目が回るような感覚に襲われて……。


 ……気がつくと、そこは東京だった。

 上野動物園が元あった場所、1ミリの狂いもない。


 ただし、周囲はテュポーンに平らにされた更地。

 そして。


「お母さん、ひどい~」


 レッサーパンダを抱きしめて、クスンクスンとすすり泣くヘーメラーがそこにいた。

 一緒に転移させられたらしい。


『女神様ついてきちゃった』

『どうしよう』


 動物園職員たちは途方に暮れるのだった……。





 ここは冥府の王ハデスが治める異界エリュシオン。

 死者の魂のうち、割と善良だった魂が集まる楽園である。

 冥界の王ハデスは地上からの使者に対応していた。


「なるほど。生きたまま冥府に集団転移させられてしまった人間たちを連れ戻したいと」

「さようでございます」


 恭しく頭を下げるのは稲荷神社のお使い狐、白狐である。

 化けようと思えば人間の姿に化けられるが、敢えて本性を隠さず、直立二足歩行の獣の姿を取っている。

 平安時代の略式礼装、衣冠の隙間から見えるのは、手入れの行き届いたふさふさとした純白の毛並み。

 尻尾の本数も通常より多い。


「暴虐非道なる怪物テュポーンにより、罪もない人間が多数、強制転移させられてしまいました。こちらの冥府にもその形跡が残っております。どうか我が国の人間たちをお返しいただきたく、お願い申し上げ奉ります」

「ふむ、その方の言い分、尤もである」


 公正な裁判官でもあるハデスは頷いた。


「本来、生きた人間が冥府に飛ばされるなどあってはならぬこと。冥府から地上へ逆戻りも本来あってはならぬことではあるが、前例がないでもない。前例に従い、その者らが冥府の食物を口にしていないならば、地上へ連れ戻ることを許可しよう」

「寛大なるお言葉、感謝いたします」


 こうしてハデスと白狐が人間たちを探してやってきたタルタロス(冥府の底)で見た光景は。


「……思いっきり食べとるなあ」

「……食べてますね」


 イアペトスらティターンにもてなされ、温かい焚火の傍でバーベキューを食べ放題に食べ、ビールを飲み放題に飲んで、浮かれて騒いでいる人間たちの姿だった。


「もうね、会社なんてね、あんなブラック企業、消し飛んじゃえー、なんてね~」

「巨人の皆さん、助けてくれてありがとー!」

「今日はもうパーッと飲んじゃおうぜー♪」


 これどうしよう。

 途方に暮れるハデスと白狐であった。



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