迷宮都市ラビュリントス異界ゲート入り口~大変込み合っております~
ここは地上と天界との間に無数に浮かぶ異界の一つ、ラビュリントス。
その異界の門の内側に今、私立探偵不破エリカこと不和の女神エリスとその護衛達は立っていた。
「ここの異界の門って大きな空港みたいな感じだね」
「リカっち空港って行ったことあるの?」
「ないけど、雰囲気で」
周囲をきょろきょろと物珍しそうに見まわすアイリカーとヘスペリエー。
エリスが呆れ顔で口をはさむ。
「あんたら門より珍しいものがあるでしょうが。どうせ見るならあれを見なさいよ」
エリスは眼前に広がる景色を指さした。
現在地から全体像を見下ろせる巨大なすり鉢状の街。
その街はドーナツ状の外周道路と中心部の塔、それを繋ぐ橋で構成されている。
その間を埋めるように円盤状の台地があり、その上には未来的な建造物が立ち並んでいる。
街のあちこちで金色の歯車のオブジェが風車のように回転している。
機械式腕時計の中身のような精緻に作りこまれた人工的な街。
橋や道路をリニアや自動運転バスが絶え間なく動き、人々が流れていく。
そして何よりも目を引くのは頭上をゆったりと回転しているリング。
太陽・月・星を象った金属製のリングが異界の空を斜めに切り取るように回転しているのだ。
リングの背景として空全体を覆うのは薄青いドーム。
「迷宮都市ラビュリントスの名物その1、大空まるごと使った天球儀よ。地上から眺める天体の動きに合わせて二十四時間で一回転する太陽と月と黄道十二宮。あれを撮影するためだけに来る人もいるのよ」
「ふーん」
「大きな飾りだね」
「感動が薄い! ところでアキレウスはどこいったの」
見ると、大荷物と大槍を背負ったアキレウスが後方、入国ゲートからやってきた。
「遅い! 何やってんのよ」
「こっちのセリフだよ! 何自分たちだけ先に行ってんだよ、置いていくなやオバサン!」
「そんな目立つ槍なんか持ってくるから入国審査で引っかかるんでしょうが」
「そっちの二人だって槍持ってるのに、なんで俺だけ止められるんだよ! おかしいだろ!」
「サッと賄賂渡せばノーチェックで通れるのに、渡さないからよ」
「そこがそもそも問題だろ! 汚職だろ、入国審査官の! なんで咎めないんだよ!」
「フッ、青いわね」
エリスは冷笑を浮かべた。
「ここはね、国っぽく見えてもちゃんとした国じゃないのよ。迷宮都市ラビュリントス、別名『犯罪都市』よ。盗みと暴力がはびこってるのよ。役人も警官も形だけ。中身はみんな犯罪者。賄賂なんて可愛いもんよ」
「自慢げに言うことか!? おまえ女神だろ! 目の前で行われている犯罪を見逃していいのか!?」
言い争う彼らの周囲を異界旅行者の団体が通り過ぎていく。
その団体の中から手が伸びてきて、アキレウスの荷物から小物を抜き取ろうとする。
すかさずアキレウスがその手を掴む。
視線はエリスに向けたままで。
「古代の地中海文明だって似たようなもんだったでしょ。転生して聖人君子になったとでも言うつもり?」
ウッ、と言葉に詰まるアキレウス。
その手でがっちり掴まれたスリが暴れているが、逃げられない。
「……そりゃ昔も綺麗ごとばかりじゃなかったけど、でも俺は賄賂なんか要求されたことなかったし、そういうのは許せねえっていうか」
「はいはい、それで? 賄賂払わずにどうやって通ったの?」
「それは……」
スリの手を掴んだ指に力が入る。
ボキボキと骨がへし折れる音がする。
「……張り倒して、治療費だって金投げたら通れた」
「結局お金渡すんなら同じことじゃないの」
「気分が違うんだよ!」
パッと手を離すアキレウス。
スリは折られた手をかばいながら転がるように逃げていく。
会話の最中にも次々と旅行者の団体がやってきては通り過ぎていく。
その度に誰かがアイリカーやヘスペリエーの荷物に手を伸ばし、殴られたり、蹴飛ばされたりして消えていく。
「ま、ここでは地元民は全部泥棒で、旅行者も半分は泥棒だと思っておくことね」
「あの~、一つ確認していいかな?」
アイリカーがおずおずとエリスに声をかけた。
「泥棒の息の根止める? 止めない? どっちにする? 普通は息の根止めとくもんだと思うけど、郷に入れば郷に従えって言うし。ここの住民全部が泥棒なんだったら、普通通りにしたら全員殺すことになるでしょ。住民皆殺しはちょっとマズイかもしれないなって……」
ふと見ると、ヘスペリエーが泥棒とおぼしき男の首を掴んで宙づりにしている。
アキレウスは手の骨をへし折ったが、ヘスペリエーは首の骨を折る寸前で保留にしているようだ。
「……あー、とりあえずそいつは逃がしてやって。窃盗程度で殺してたらきりがないし。相手が殺す気で襲ってきたなら返り討ちで仕留めちゃっていいけど」
「だってさ、ペリちー」
「ふーん、殺しに来たやつは殺していいけど、盗みに来たやつは逃がすんだね。よそのルールは難しいね」
ヘスペリエーが手を離す。
泥棒はゲホゲホと咳き込みながら姿を消した。
「俺、自分のこと乱暴者だと思ってたんだけど、相対的にお人よしなんじゃないかって気がしてきたぜ」
「安心しなさい、それは錯覚よ」
奇妙な生き物を見る目で姉妹を見るアキレウスの肩をエリスがポンと叩いた。




