パンドラの箱
波打ち際に横たわる銀色の巨人エピメテウス。
取りすがるように寄り添うパンドラ。
必殺の一撃を防がれたと見て、テュポーンは二撃目を放とうと口を開けた。
「……!」
「させるかぁ!!」
一瞬、動揺するプロメテウス。
素戔嗚が素早くテュポーンの横っ面を蹴り飛ばす。
横に逸らされた熱線が海面を焼く。
「ここは俺に任せろ! おぬしは弟の元へ行け!」
「……感謝する!」
倒れた弟へ駆け寄るプロメテウス。
テュポーンはその背中を追わない。
狙うはパンドラただ一人。
三度、熱線を放とうとしたテュポーンの顔面に、素戔嗚がひらりと舞い降りた。
鼻先に神剣を突き立てる。
鍔まで刺さるが、テュポーンの分厚い皮膚を貫くには長さが足らない。
「伸びよ、天羽々斬!」
素戔嗚が命じると重たい衝撃と共に、長く伸びた刃がテュポーンの鼻先から顎の下までを貫いた。
「行儀の悪い口は縫い付けておかんとなあ!」
一本、また一本と、素戔嗚は神剣を突き立てていく。
テュポーンはバーベキュー用の串に刺された肉のようになっていく。
これでは口を開けられない。
口が開かなければ熱線を放てない。
だが、
……まだ爪がある。
テュポーンはパンドラを爪で引き裂くべく、移動を開始した。
「おおっ?」
「何事じゃ!」
突如、海岸へ向けて移動し始めたテュポーン。
それまでピンと張っていた綱が緩み、日本の神々は体勢を崩す。
「来るよ! 矢を放て!」
アメノウズメの号令で、てんでに弓を引き、矢を射かける。
矢の雨が降り注ぐ。
だがテュポーンは止まらない。
プロメテウスは一足先に弟の元にたどり着いていた。
彼が手をかざすと、エピメテウスの体が光に包まれる。
光が消えた後には人間サイズのエピメテウスが横たわっていた。
「安心しなさい。二人とも安全な場所へ運ぼう」
巨人の大きな手がそっとエピメテウスとパンドラをすくい上げる。
慎重に二人を運ぼうとするプロメテウスの背後に、テュポーンが迫っていた。
「クソ、こいつ止まらんか!」
素戔嗚の追撃にもテュポーンは止まらない。
進路上に展開していた日本の神々は慌てて左右へ散る。
狐たちは太鼓を放り出して岩陰に避難。
招き猫は動転し、その場でガチャガチャとぶつかり合っている。
パンドラはプロメテウスの手のひらからテュポーンを見た。
テュポーンもパンドラを見た。
『許さない。エピくんを傷つけた』
『地球の意志に逆らう悪魔。消去する』
『知らない。関係ない。悪い怪物、私の前からいなくなれ』
一瞬の交信。
だが両者がわかり合うことはない。
パンドラは箱を開く。
どこから取り出したのか、いつの間にか手の中にあった小箱。
今は希望しか入っていない小箱。
パンドラの指が箱の蓋を持ち上げる。
急に風が吹き始めた。
青かった空が暗くなる。
「時空が……!」
叫び声を上げたのは誰なのか。
パンドラは気に留めない。
テュポーンに向かって箱を掲げた。
怪物の顔が間近に迫る。
パンドラへ向かって爪を振り上げる。
大気が渦巻く。
波が逆巻く。
パンドラは唇を開き、呟く。
「入りなさい」
※
プツン。
映像が切れた。
「ここで!?」
ライブ映像を息をつめて見守っていた全国の視聴者が叫んだ。
「ここで切れるのー!?」
※
プロメテウスの家では。
「ちょっと、一番いいところで切れるなんて、あんまりじゃない!? 続きを見せなさいよー!!」
「落ち着きなよ、パラっち」
「映像が切れたということは、ドローンがテュポーンにやられたってことか?」
「どっちかというとパンドラが引き起こした時空の歪みに耐えきれなかったんだと思うんだよね~」
テレビに掴みかかって逆上するリパラーをヘスペリエーが取り押さえていた。
「はい、ここまで。続きが知りたければ後日、ネットで配信でも見なさい。続きがあるか知らんけど」
「そんな~!」
「うるさい。働け」
エリスが有無を言わせずリパラーを引きずっていく。
「そう言えばやることあったんだ」
「仕事、仕事」
「切り替えなきゃだよね~」
パタパタと辺りを片付け、立ち上がるヘスペリデス姉妹。
重傷を負ったエピメテウスも、テュポーンと対決するパンドラも、気にはなるが、それはそれ、仕事は仕事。
あっさりと割り切ってこの場を立ち去る。
ライブ映像へ未練を残すこともなく。
「ズルいわ、神様たちは見てるんでしょ。せめてダイジェストで結末だけでも~」
……一人を除いて。




