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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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テュポーンとパンドラ

 紅白の綱で絡められ、海岸へと引き戻されかけたテュポーンは、陸地に集まる人外の者たちに視線を向けた。

 感情の読み取れない目で、綱の先に集まる者たちをサーチする。


・綱の引き手:人間形態。男女混合。この地で信仰される神々。戦闘力:小~大。ばらつき有り。

・指揮者:人間形態。女性。この地で信仰される神。戦闘力:やや大。

・演奏者:動物形態。直立二足歩行。食肉目イヌ科に酷似。男女混合。この地で信仰される神々の使い魔と推測される。戦闘力:極小~中。

・ダンサー:動物形態。直立二足歩行。食肉目ネコ科に酷似。性別不明。所属不明。戦闘力:極小。

・チアリーダー:人間形態。女性。この地で信仰される女神……。


 ………………!?


 テュポーンは見た。

 この地の女神たちに交じってポンポンを振る異分子を。

 頬を上気させ、陽気な笑顔で、女神たちと並んで足を高く振り上げている。

 忘れもしない、長年の封印から解放されたかと思ったその瞬間に、テュポーンを謎の力で亜空間に吸い込み、閉じ込めた張本人。

 希望から絶望の淵へと突き落としてくれた邪悪なる存在。

 再び解放されたとはいえ、その時に味わった恐怖は忘れられるものではない。

 その邪悪の化身が今、そこにいる。

 おぞましき本性を隠し、この地の人外たちに交じってティターンを応援している。


 ……あれは悪魔である。


 進路妨害してくるティターンと、狂ったように斬りつけてくる男神を最大の敵と思っていたが、テュポーンはその認識を訂正した。

 真の敵は別にいる。

 それは無邪気な顔つきでポンポンを振っている。

 人間に擬態し、無害さを装い、密かに牙を研いでいる。

 ティターンをしのぐ巨体を持つテュポーンをいともたやすく封じ込め、この異郷へ軽々と運んできた、その恐るべき能力。

 頭空っぽな風に見せかけて、ワンテンポずれたダンスを踊っているが、テュポーンにはわかる。

 あれこそが悪魔なのだと。

 今まさに、テュポーンを捉えて閉じ込めるべく、虎視眈々とチャンスを狙っているのだと。


 ……そうはさせぬ。


 テュポーンは喉の奥にエネルギーを溜め始めた。

 チアダンスを踊るパンドラに向けて。





 それは一瞬のことだった。


 ずるりと引きずられたテュポーンが陸地へ視線を向けて。

 その目が一点で止まって。

 口が開き、その奥に赤い光が見えて。


「パンちゃん、危ない!!」


 光の盾を作ろうと悪戦苦闘していたエピメテウスが、とっさにテュポーンの前に飛び出して。

 チアダンスを踊っていたパンドラが驚きの表情になって。

 プロメテウスも気づくが間に合わず。

 テュポーンの口から赤い熱線がほとばしり。


 エピメテウスの体を貫いた。


 時間が停まったかのようだった。


 音のない景色。

 銀色の巨人がゆっくりと倒れていく。


 ライブ映像でテュポーン報道を見ていた全ての者が、その光景を目撃した。

 銀色の巨人が熱線に焼かれて、海へ倒れていくのを。





 エピメテウスは自分の体が斜めになり、力が抜けていくのを感じていた。

 心に浮かぶのは断片的なことばかり。


 兄さん、ごめんね、光の盾、作れなかったよ。

 パンちゃん、ごめんね、倒れちゃった。

 僕が倒れても、パンちゃんは無事でいてね。

 大丈夫、兄さんも日本の神様もいるから……。


 倒れていくエピメテウスの目に映るのは、どこまでも明るい青い空。





「エピメテウス叔父さんがやられちゃった!」

「マジか! ドジ踏むかもって予想してたけど、やっぱりか!」

「鎖は一番弱い環から切れるって言うよね~」

「あの光線って当たったらどうなるのかしら。ティターンの体でも穴開いちゃうのかしら?」

「あんたら親戚なんだから、少しは本気で心配してあげたらどうなのよ」


 騒然とする割には思いやりに欠けたことを言い合うヘスペリデス姉妹に、頭痛を覚えたエリスはこめかみを指で押さえた。

 体に大穴が開こうが、エピメテウスは不死なので、死ぬことはない。

 だがもうちょっと心配してもいいだろう、叔父と姪なんだから。


「まあ私も心配してないけど。鎧着てるんだし。ティターンだし。内臓がなくなってもまた生えてくる生き物なんだから。パンドラが無事なら、大勢に影響はないわ」


 画面左にエピメテウスが横たわっている。

 体の下に血液だろうか、青い体液がじんわりと広がっていく。

 体の半分は海水に浸かっているが、頭は海岸にある。

 その頭部分へパンドラが駆け寄っていく。

 波しぶきで濡れるのも構わず、口元へ縋り付く。

 しばしエピメテウスの口元に顔を埋めたパンドラは、やがて顔を上げた。

 きつい視線を海に向ける。

 脳内お花畑のヒロインが、もしかしたら生まれて初めて本気で『敵』を睨みつけている。


『ゆるさない』


 パンドラの目がそう語っていた。



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