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あなたが世界を愛さずとも  作者: 甘
妃希さんについて
7/43

雪どけ⑵



マネージャーは詮索してこなかった。何も言わずホットココアとホッカイロを手渡し、座る場所を用意してくれる。


あたたかい。買ってきたばかりのだ。


ホットココアをひと口飲めば、舌先を火傷した。痛い。けど、甘い。やさしい甘さに安心する。


そういえば妃希さんもこれを飲んでいたっけ。思い出したら、ふしぎと気が紛れた。



昼休憩を挟み、公園内に撮影場所を移した。


広場前に停まる、半熟卵色のキッチンカー。普段はサンドウィッチを売っているそこで、次の収録が行われる。


シーン54。フワリの言葉をきっかけに自信を取り戻したアヤが、いよいよユウダイとともに雑誌撮影に挑む。




「これから撮るシーン54は、基本喋らなくていいから」


「ふたりともモデル経験あるんだよね?」


「はい!」


「あります」


「ならいつもどおりで大丈夫。配置だけ確認しよう」




出番のないあたしは、モニター前で待機中。


休んでいても気持ちは落ち着かない。ココアをホットなまま飲み干してしまった。




「コンセプトは、おいしいカップル。付き合う前の好き合ってる雰囲気を出してほしい」


「このくらい距離が近いほうがいいっすか?」


「そうだね、もっと自由に動いちゃっていいよ。キッチンカーも好きなように使って」


「はい! わかりました!」


「何度も見返したくなるような、いい感じの画も期待してる」




カメラをとおしてリハーサルしながら微調整していく。臨場感を追求し、今回はあえて手持ち撮影になった。


リアルなシャッター音に混ざり、監督たちの指示が飛ぶ。ふたりのポージングが変わっていく。ほどよくイチャイチャした画になってきた。


照れのある巽さんを、妃希さんがリードしてる。聞けば彼女は、ファッション雑誌のモデルだとか。どうりで慣れている。




「――ねぇ、あれ!」


「うわ、まじ!? 巽くん!?」




突然、真っ黄色な声が飛んできた。



派手な女子高生が、2人。


たまたまイケメンを見つけ、大はしゃぎ。ランスルー中にカメラのうしろから身振り手振りして呼びかける。


撮影に集中している巽さんが応えられるはずもない。それでも甲高い悲鳴はヒートアップしていった。スタッフが注意しても収まらない。




「きゃー! かっこよすぎ! ビジュ良っ!」


「ぎゃあっ近すぎあの女! あたしの巽を盗らないで!」


「アハハ! あたしのって何ぃ?」


「え~だって~!」




乗りに乗っていた空気に水を差された。たまらず監督はカメラを止める。




「監督! 俺のせいですみません!」


「い、いやいや、巽くんのせいじゃないよ、うん。ファンは大切にね。握手でもしてあげな」


「は、はい……」




巽さんは渋々ファンサービスしに行った。握手をすると、女子高生はバカみたいに興奮していた。人間のものとは思えない声を出し、飛び跳ねる様は、空気の読めない猿も同然で、目の毒だ。


女子高生はぺちゃくちゃと自分語りをし、巽さんの手を離さない。彼の苦笑いに気づいていないのか、顔立ちの良さにしか眼中にないのか。いい加減察してくれないだろうか。


スタッフが声をかけに行こうか話し合うなか、すっ、と華奢な体が立ち上がった。




「巽さん」


「ひ、妃希さん!」


「撮影、始めるみたいですよ」




か、かっこいい! 颯爽と! 助け船を出した!


全スタッフ、あたしが歓喜!



ヒーローのごとく登場した妃希さんに、巽さんも安堵の笑みをもらす。元気よく返事をしながら、やんわりと手を抜き取った。


女子高生だけは不服そうに妃希さんを睨みつける。




「えぇー。もう行っちゃうんですかー」


「ひどー。ちょっとくらい別にいいじゃん」


「すみません、撮影があるので」


「応援ありがとうございました! できたら静かに見守ってくれるとうれしいです! よろしくお願いします!」




推しに今日イチのテンションでさりげなく忠告されれば、さすがの女子高生もうなずくしかない。


巽さんは満足げにキッチンカーへ帰っていく。妃希さんも軽く一礼してあとを追う。



ひらり、ワンピースがひるがえった。



――ビチャッ!



いやな音。いやな感覚。




「ああ、ごめんなさーい」


「ちょっと手がすべちゃって……ク、フフ」




いやな、笑い声。



場が凍りついた。全員が目を疑った。


妃希さんが一時停止する。せざるを得ない。


一面きれいなまでに真っ白だったワンピースを、汚されたのだから。



裾に泥のように飛び散った痕跡が、布地に染みていく。その濃さ、大きさは、容易には隠し切れない。


女子高生は後ろ手にペットボトルのジュースを持っていた。どこから見ても事故なんかじゃない。あれらは本当に猿だったのかもしれない。



だって。


こんなのってない。




「フフフ。わざとじゃないんですー」


「許してくれますよねー?」




変色した裾を見て、妃希さんは黙りこんだ。泣いちゃうんじゃないの、と女子高生は愉悦そうにうかがっている。


助けなくちゃ。あたしが、行かなきゃ。


はらわたが煮えくり返りそうだった。いてもたってもいられずガタンと椅子を倒した――そのとき、妃希さんが顔を上げた。




「泣いて……な、い?」


「わざとでは、ないんですよね?」


「え……あ、はい」


「でしたら大丈夫です。気にしないでください」


「え、っと……」




彼女は、笑っていた。


皮肉じゃない。混じりけのない、純粋な気遣いだった。


女子高生は嗤えなかった。


欲しかった反応とは真反対。清廉潔白だからこそ、有無を言わさない迫力があった。けっして汚せない年下のほほえみに、彼女たちもまた、やられたのだ。



しんと静まり返った。


妃希さんが再び歩き出し、ようやっと場の時間が進む。あたしははっとして椅子を立て直した。


あたしの出る幕はなかったな。そりゃそうだよね。あの子を助けるなんて、そんなの、おこがましい。




「春日野!」




妃希さんにいち早く駆け寄ったのは、彼女のマネージャーだ。


焦った様子で彼女の身を案じている。彼女自身は至って平然としていた。


達観している。怒るでも泣くでもなく、あんなにも堂々としているなんて、17になったあたしでもできやしない。



監督やスタイリストたちも合流すると、妃希さんは困り顔になる。「大丈夫?」「大丈夫」の問答を何度も往復していた。


大事になりつつある。女子高生は青ざめた。逃げたくても、足がすくみ逃げられずにいた。




「妃希ちゃん、本当に大丈夫かい?」


「はい。ただ、せっかくの衣装を汚してしまって申し訳ないです」


「あれは彼女たちが……!」


「わざとではないと言っていましたし、わたしの不注意でもあります。のちほど弁償しますね」


「弁償なんて! ねぇ監督?」


「ああ、そのことは気にしなくていい。妃希ちゃんに責任はない。事故ならなおのことだ」




だがな、と監督は後ろ頭を掻く。




「その汚れじゃあ撮影は難しそうだな」


「腰にシャツでも巻きます? 少々ダサくなりますが……」




衣装問題。これはなかなかに大きい損害だ。


雑誌撮影の場面は、いわば山場。あのシーンがあるからこそ、ユウダイの恋心がたしかなものになり、第4話のラストで好きだと伝えられるのだ。


その布石となる肝心なシーンは、数少ないこだわりたいところ。


妥協は避けたいが、用意された衣装には限りがある。念のため予備はあれど、妃希さんの衣装を替えてしまうと、色味や画などを考え、必然的に巽さんの衣装も替えることになる。つまり、イチオシの衣装はお蔵入りになってしまう。



詰んだ。


選択肢のどれもが妥協しかない。




「あの」




ふと、妃希さんが手を挙げた。依然として平然としたまま。




「このまま一度撮影してみませんか?」


「へ?」


「で、でも」


「運よく汚れが目立たないかもしれないじゃないですか。物は試しです。無理があるようなら、シャツを巻くなり着替えるなりします」




大丈夫だと、彼女の目が物語っていた。


運だ。そう、この世界は運でできている。だからきっと大丈夫なんだろう。


疑いの余地はなかった。


監督たちの懸念が目に見えて取っ払われた。ふたつ返事で受け入れ、撮影のスタンバイをする。あっという間に現場が活気づいていった。



グロスを塗り重ね、前髪の分け目を直し、左の太ももあたりについた服のシミから水分を吸収する。


きれいになった妃希さんが、ちらり、女子高生に目配せした。たじろぐ彼女らに含み笑いし、位置につく。


そこで、見ていて。挑発しているようにも、やさしさにも感じた。




「本番いくぞ!」


「シーン54、テイク1。よーい、アクション!」




肩の力の抜けた、カチンコの合図。


カメラを手にカメラマンが動き出す。



スタートはキッチンカーの全体図。カウンターをへだて、右にアヤ、左にユウダイがいる。微妙な距離感がもどかしい。


カメラがアヤに寄る。ワンピースの汚れを気にしてか、ランスルーより動きが鈍い。


アヤはユウダイに、そしてカメラにも背を向けた。うつむきながら両手をうしろ首に回す。



緊張、しているのかな。年相応の恥じらいがうかがえて、なんだかかわいらしい。



長い髪の隙間から覗く横顔が、つと凛々しくなった。


首から手を離し、左に振り向けば、ふわっと髪が舞う。香りをまくように軽やかに、華やかに、細い糸が宙を踊り、顔周りを飾り立てる。


時が、止まる。


スローモーションのように落ちゆく髪を、一本一本、ユウダイの目がたどっていく。



あたしも、“ユウダイ”と化していた。


アヤと、視線が、絡み合う。


アヤは力なくほころんで、こちらにトコトコ詰め寄ってくる。微妙な距離感を一瞬で埋め、ユウダイのうしろに回った。




「え、なに!?」


「んふふ」


「ちょ、ちょっと、なあ!」




ぐるぐる、ぐるぐる。ユウダイの周りを回り回る。右肩からひょっこりと顔を出し、今度は左肩をちょんちょんと押してみる。


まんまと左を向いたユウダイに、右からほっぺを突っついたアヤは、子どもっぽく噴き出した。




「こ、こら。仕返し!」


「うにゅ?」




今度はユウダイのターン。アヤの両頬をむにむにいじり、びよんと伸ばした。太い指の触れてるところからじわじわと赤らんでいく。


アヤはふいとそっぽを向いた。カウンターにもたれかかり、胸元のハートマークにそっと両手を添える。


にやけながらユウダイもカウンターに右腕を置いた。下からアヤの顔を覗きこむ。



笑みが伝染する。


おもむろにアヤの両の手のひらが、ユウダイの右手を包んだ。




「……カ、カット!」



――カチンッ。




っぷは、と口から空気がもれた。


今の今まで、あたしもアヤのそばにいた。ドラマの世界に飲みこまれていた。



リハーサルやランスルーと動きは似ていたのに、まるでちがった。


アヤがかわいくて、かわいくて、仕方がなくて。


どうかしていた。心の底から。




「監督、どうでした?」




妃希さんが監督に聞きに行くと、絶賛の嵐。あの表情がよかったとか、あの仕草がたまらんとか。息継ぎなく熱弁していた口が、はたと硬くなる。


急に肩を落とした監督は、泣いてしまうんじゃないかってくらいしょげてしまった。




「画的にはこれ以上なくおいしい、んだけど……」


「汚れ、映ってしまってましたか?」


「うーん……たぶん、ね。あの動きだとさすがに無理があるんじゃないかなあ……。とりあえずVだけチェックしてみるよ」


「はい、お願いします」




撮り立ての映像がモニターに反映される。


愕然とした。


監督、そしてあたしも、椅子から転げ落ちかけた。



真っ先にピントが合うのは、自信のついたアヤの横顔。なびく髪は鮮明で、はためくワンピースはぼやけている。


美しさに磨きがかかる流れを、惜しみなく捉えていた。



そう……あたしにも、こう見えていた。



最後、真っ赤なハートを贈るように手を繋いだところまで、あたしたちの見たままのフォーカスで映し出されていた。


カメラワークもピントもメリハリも、この目で追っていた景色と、まったく変わらない。


服の汚れなんか微塵も気にならなかった。それどころか画角に汚れが入りこんでいても、ちょうどよくフォーカスがずれていて気づかなかった。




「これではだめでしょうか?」




首を傾げる妃希さんに、監督は「まさか!」と高らかに笑った。


映像がリプレイされ、また熱弁が始まる。


随所に仕掛けられた注目ポイントのほとんどを、上半身に集め、視線誘導と大きな動きで補完してある……らしい。


汚れは多少なりとも映ってはいるものの、この程度なら編集でどうにでもできてしまえるとも、喜色を全面にして言っていた。



あたしにはすごいということしか理解できない。でも、運だけでは到底成し得られないことは、わかる。きっと宝くじが当たるよりうんとすごい。


今夜は眠れそうにない。




「オッケーですって。無事に済んでよかったですね」




昂る監督に相槌しつつ妃希さんがそう告げた相手は、あの女子高生2人だった。


まだいたんだ。すっかり存在を忘れていた。


妃希さんにほほえまれ、女子高生は涙を流した。いや、すでに泣いていた。マスカラが取れ、黒くなった目元をこすってはまた黒く汚している。




「ごめんなさ……ッ、す、すみませんでした」


「あの……まじ、感動して……うち……ッ」


「泣かないでください。せっかくのかわいい顔が台無しですよ?」




妃希さんからハンカチを受け取るとさらに泣きじゃくった。戸惑いながらも妃希さんは涙を拭ってあげる。


あんなに染みこんでいた汚れが、きれいさっぱり洗われていく。




――もったいないよ。


――いつでも変われるのに。




ちがう。


ちがうよ。



彼女がすべてを変えてくれるの。




女子高生を見送ったあと、雑誌撮影を終えたアヤとユウダイの会話シーンを何テイクか重ねた。カメラの位置を変え距離を変え、ふたりの心がぐっと縮まった様子をあますことなく伝える。



もうすぐ、今日あたしが出演する最後のシーンだ。


かわいくなったアヤに感化され、フワリがアヤに赤裸々に思いを語る。あたしの好きなシーンのひとつ。


妃希さんと一対一での芝居はライブシーン以来、いや、あのときはエキストラがいたから、ちゃんとしたふたりきりははじめてだ。



ひと缶丸まる飲んだホットココアは、どんな味だったっけ。




「シーン57、撮影しまーす」




始まる。


アヤの私服に着替えた妃希さんが、目の前にいる。当然だ。これから撮影するのだから。なのに、なぜだろう、鳥肌が立つ。




「シーン57、テイク1」


「よーい、アクション」




始まってしまう。


あたし、フワリになれる?




――カチン。




「撮影、お疲れ様」


「フワリちゃん! あ、あの……い、いかがでしたか?」


「……嫉妬、した」


「嫉妬、そうですか、嫉妬……って、ええ!?」




声が小さい。舌が回らない。目を合わせられない。


むずかしいな。


今までになく緊張してる。あのライブシーンよりもはるかに。




「ど、どうしてわたしに嫉妬を!?」


「あたし……」


「……?」


「あ、たし……」




セリフが喉に引っかかって出てこない。


言えない。



こんなんでフワリになれない。




「…………す、すみません」


「カット! 七音ちゃん台詞飛んだ?」


「いえ……すみません」


「はは、そう落ち込まないで。台本確認しようか」




セリフは頭に入ってる。


入ってるだけだ。


スタッフが持ってきてくれた台本を、まるで他人ごとのように読んだ。アヤとフワリの名前が並んでる。あたしは思わず目を細めた。




「シーン57、頭から」


「テイク2。よーいアクション!」


「……撮影お疲れ様」


「フワリちゃん! あ、あの、いかがでした……?」


「嫉妬した」


「シット、そうですか、嫉妬……って、ええ!? ど、どうしてわたしに嫉妬を!?」




どうして。


それはフワリがかわいさにこだわる理由。


代弁すべきあたしは、ちっともかわいくない。




「……っ」


「フワリちゃん?」




またカットがかかった。


マネージャーがおろおろしている。監督たちが何か言っているようだけれど、うまく聞き取れない。鼓膜が麻痺していく。


どんどん、どんどん、血の気が引いていく。こんな姿、妃希さんに見られたくない。ひたすら新品の厚底靴を見つめた。



あたしはフワリじゃない。


清廉潔白でもないし、天才でもない。


ちっぽけなプライドと自信を砕かれたら、ただの凡人。


彼女には、なれっこない。



それでも。




「七音さん、焦らないで」


「ぁ、」


「ゆっくり、ゆっくり、息を吸って、吐いて」




背中に温もりが触れた。ぽん、ぽん、とやさしく撫でられる。


その手は、その声は、妃希さんのものだと気づいたとたん涙腺がゆるんだ。



だめだ。


もう。


戻れない。



でもいいの。


戻りたくない。




もしかしたら、あたしは今、やっと、恵まれたのかもしれない。




涙が出そうになって上を向いた。引っこめ。泣くのは今じゃない。


ずっと撫でてくれるリズムに合わせて深呼吸をした。すぅ、はぁ、すぅ。清んだ空気を流し入れ、細胞単位まで染み渡らせる。



戻らない。あたしはあたしをリセットする。




「……妃希さん、ありがとう」


「もういいんですか?」


「はい。ご迷惑おかけしました」




監督たちにも頭を下げると、鼓膜が震えた。あたたかな言葉ばかりが耳に届く。あたしはまた頭を下げた。


撮影が再開される。カメラやレフ板に囲まれながら、妃希さんと向かい合う。


緊張は、まだ、してる。けど、怖くはない。


背中に温もりが残ってる。




「テイク3、よーい」




妃希さんはあたしを見て、一度うなずいた。


温もりが広がっていく。あたしのと混ぜ合わさり、馴染んでいく。


体温が上がった。




「アクション!」




あたしの中に、フワリが、いる。




「撮影お疲れ様」


「フワリちゃっ! あ、あの……いかが、でしたか?」


「……、嫉妬した」


「シット、そうですか、嫉妬……って、ええ!? どどどうしてわたしに嫉妬を!?」


「あたし……」




あたしはフワリとはちがう。


全然かわいくない。


ごめん、でも、本当はかわいくなりたい。


憧れたの。きらきらな一等星に。愛されたいと願ってしまったの。



フワリ、あなたもそうだった。




「あたし、昔、ブスだったの」




ためらいがちに吐き出せば、心臓が痛んだ。


かわいい、かわいいフワリが、かわいげなく映っていたらいやで、精一杯口角を上げた。


アヤは声を上げておどろく。なにげないその仕草もちゃんとかわいくて、たまらず語気を強める。




「でもユウくんのことが好きで、大好きで。隣に立ちたくて、がんばってかわいくなった。今だって死ぬほどがんばってる!」




この思いをアヤに――妃希さんに明かすと、選手宣誓しているみたい。


うん、あたしも、がんばる。ここからがんばっていく。


フワリの思いと完全に共鳴していた。




「だから許せなかったの。かわいいを隠してるあなたが、ユウくんの隣にいること。ユウくんがあなたを選んだことも、全部」


「フワリちゃん……」


「だけど」




声の色を変えた。たとえるなら、朗らかなオレンジ。今の空みたいに何もかも包んでしまえそうなくらいのトーンで、伝えなくちゃ。


本当に伝えたかったこと。


さっき無理に引っこませた涙が、ふちに溜まっていく。赤らむ目に光が反射した。




「撮影してたあなたは、すごくかわいかったよ」




自己満足で十分。言うだけ言って、アヤの横を通り過ぎていく。


一拍遅れて彼女は振り返った。感極まった激情をたたえられず、ほとばしる。




「っ、ふ、フワリちゃん大好きです!!」


「ッ!」


「ずっとずうっと! わたしの憧れです!!」




ぽろっと涙があふれた。たったひと粒、ファンデーションの上を滑っていく。



ここは笑おうって決めてたのにな。


ありがとう。あたしもきらきらさせてくれて。




「カットォォー!!」




あたしはすぐさま踵を返した。


来た道を一直線に走り、勢いよく妃希さんに抱きついた。またひと粒、涙がこぼれ落ちる。アイメイクが崩れても気にならない。




「え、えっと……七音さん?」


「妃希さんに出会えてよかった……っ」


「そんな、大げさな」




冗談ぽく笑う妃希さんを、さらに力強くぎゅっとする。



本当だよ。


アヤがあなただったから、愛さずにはいられなかった。



握手会のときにファンが悶えながら言っていた「クソデカ感情」って、きっとこれのことだ。単純な喜怒哀楽では片付けられない。


あぁ、困ったな。思っていたよりも深い沼にダイブしてたみたいだ。


心地よくて離れられそうにない。




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