原石⑶
「っ、か、カット! 今の表情よかったよ!」
「巽くん! 視線の使い方がうまいねぇ」
「きゃー! 巽かわいー!!」
「きゅんきゅんしたー!」
「あ、あはは。あざっす」
エキストラたちまで褒めちぎり、巽さんは照れくさそうに頬を掻く。その顔に、あたしと同じような悔しさはにじんではいない。
あれは素直と鈍感、どちらなのだろう。
やけに巽さんだけを持ち上げる周りが不気味で、あたしはどうしてもあの輪に入れずにいた。
ひたすらモニターを睨み続けた。胸の内側でふつふつと燃えたぎる何かを感じる。それをプライドと呼ぶには陳腐で、対抗心と呼ぶには勝敗が明らかすぎる。
かわいらしいアヤの映える画面から視線をちょいと上げれば、アヤ本人が実在する。まるで本当にフィクションから出てきたようでぞくっとした。
アヤではなくなった彼女は、和気あいあいとした人だかりから数歩離れたところで、涼しげに休憩していた。
マネージャーらしき男性からホットココアを受け取り、ほっとひと息。周りに何を言うでもなく、男性と少し話して、台本をチェックする。
あ、あの子もココア飲むんだ。なんて、ちょっと安心感を覚えた。いや、別に、何を飲もうと自由なのだけれど。
あの小さな彼女もまだ子どもだということを、忘れかけていた。それくらいあたしは彼女に惹かれてる。引きつけられている。
「では先に2,3話の撮影いきます」
ヒーローとヒロイン、メインふたりの撮影が続く。
次は、先ほどのシーンとは別日のライブ会場、という設定。
入口で、気になる子、アヤを待ち伏せるユウダイ。客に押されてよろけたアヤを助けようとし、一緒になって転倒してしまう。その拍子にアヤのメガネが落ち、隠されていた美貌があらわになる。
これが2話のラストだ。
ふたりとも衣装が変わった。巽さんは引き続き『mix』監修のコーディネート、妃希さんは学校帰りという設定のため、かっちりとした制服を着ている。
あたしの出番は、第3話。ふたりのついでにあたしも着替えている間に、いくつか細かいカットが撮り終わっていた。
アクション! カット! の声がよくとおる。
エキストラをまじえ、転倒するまでの流れが完成された。
今までどしんと据え置きされていたカメラが、妃希さんの下から構えられる。下敷きになったユウダイの視点で、アヤの素顔が明かされるのだ。
ローアングルでも、彼女はしっかりかわいい。
ふつうは多少ブスに見えるようにできているのに、これってどういうことよ。あたしがやったらとんだ事故画でお蔵入り決定だった。
カチンコが鳴ると、たった今よろけたようにアヤがカメラのほうに降ってきた。かしゃん、とメガネが落ちる。
つむられた目が、おそるおそる開けていく。きれいな目。長いまつ毛が怖々と伏せられる。
「イタタ……」
うまい。
まつ毛で陰り、目に反射するカメラの存在がぼかされた。
あれは、計算?
カットがかかり、今度はアヤ視点にカメラが移動される。
床に寝そべった巽さんの表情を、至近距離でおさめていく。メガネが落ちてきて目を見開き、あまりのかわいさにぱちくりと瞬きをする。
さっきの、恋に落ちたシーンのときより感情が乗っていない。妃希さんのあとのソロカットで、よけいに浮き彫りになる。
誰もがそれに気づいていながら、そんなもんだろうと指摘しない。オッケーを出した監督は、すでに次のシーンに向けて動いていた。
そんなもん。
たった数秒のひとコマなんか、そんなもんなんだ。
誰もが、真実に気づいている。さっきのはたまたまで、彼にとっては事故のようなものだったのだと。
気づいていても……だからこそ、得意げに気づいていないふりをする。余裕で及第点なのだからNGにするまでもない。リテイクしても同じことだ。そう高をくくった腹の内で、もてはやす準備を整えている。
不安に思っているのは、あたしだけ。
これが世に出たとき、世界の中心にいるのが誰か。
もう、わかってしまって。
第3話は、ふたりが起き上がったところから始まる。
他の客が入場しきり、閑散とした廊下にフワリが現れるのだ。
フワリは幼なじみのユウダイが大好きで、ライブに来てくれたと知ってすぐ駆けつけた。しかしユウダイがアヤに惹かれていることに気づき、嫉妬心を燃やす。
このシーンが、本日最後の撮影となる。
妃希さんだけは、このあと別のロケ地で何シーンか撮る予定だ。それを聞いたときはハードスケジュールだなあ、と同情したけれど、今は惜しくてならない。
もっと彼女の演技を見たかった。
しかも撮影されるのが、第2話に収録される、アヤの過去のエピソード!
美人がゆえに妬まれ、友だちに裏切られ、素顔をさらすことが怖くなってしまった彼女が、ある日フワリのライブ映像を見たことを機に、かわいさを武器に輝くアイドルに憧れるようになる。
という、感情ジェットコースターな展開。妃希さんがどう表現するのか気にならないはずがない!
本読みや立ち稽古で何回か見てはいるけれど、本番の彼女はひと味もふた味もちがう。キャストみんなのギアも上がっている。
きっと、ぜったい、やばい! 気になって夜も眠れず、肌荒れしたらどうしてくれるの! 監督のバカ!
「七音。七音、出番よ。セリフ多いけどがんばって」
マネージャーの応援で、あわてて姿勢を正した。
いけない、いけない。私情は一旦忘れよう。
ライブシーンで妃希さんに食われちゃったから、セリフがあるところで爪痕を残さなきゃ。
こんなガチになるの、歌う以外で久しぶり。
ちょっと……うん、ハイになっちゃってる、かも。
「シーン35、テイク1」
あたしは、フワリ。かわいいアイドルの、フワリ。
モデルのユウダイみたいなイケメンがいる、ってスタッフがうわさしてるのを聞いて飛び出してきちゃった。
かわいい、かわいい、恋する乙女。
足りない。
もっと。
かわいくなりたいの。
「よーい、アクション!」
カチン、といつもの合図にフライングして、あたしは廊下の奥から走り出した。
浮き足立ったヒールの音をわざとらしく鳴らす。入口近くに立つ男の子の顔をはっきり捉えると、その足音をさらに大きくさせた。
そこにもうひとり、女の子がいても眼中にない。
「す、すみません、わたし……」
「お、おまえ、ほんとはすげぇかわ」
「ユウくーーーん!!」
「いっ!?」
巽さん――ユウダイの背後から勢いよく抱き着いた。
ト書きどおり、といってもリハより格段に勢いがある。見学してるエキストラのファンの子たちに刺されないよう祈っておきたい。
素の驚きを引き出せたところで、体を離し、ななめ45度の角度であざとく見つめた。
「ここにユウくんに似てる人が来てるって聞いたけど、本当にユウくんだ! わあ! ひさしぶり! 来てくれるなんて思わなかった!」
「……俺もまさかと思ってたけど、本当におまえだったとは」
「だって、ユウくんアイドルきらいだから」
「きらいじゃ、ねぇよ」
「え? 好きになったの? だから今日来てくれたの!?」
「いや……別に……」
あたしの圧に押され、彼の歯切れが悪くなる。また抱きつこうとすれば「お、おいおいおい」とガチで拒まれた。
むうっとほっぺをふくらませるあたしには見向きもせず、彼はちらちらと隣ばかり気にしてる。それにまたむくれた。
彼の隣。小柄な少女が、間抜けにも口をはくはくと開閉させ、拾ったばかりのメガネをぎゅうっと握りしめている。
あたしと目が合うと、彼女は「んぐっ」と喉をつっかえた。ゲホゲホ咳きこみ、思い出したようにメガネをかける。その手も、頬も、耳も、噴火寸前だった。
「あなた……いつもライブに来てくれてるよね?」
「へっ!? わ、わわ、わたしデスカ!?」
「ふふ。そう、あなた。名前は……そう、アヤちゃん!」
「ふぁ!? は、はひ! そうでふ!」
「この前の握手会にも来てくれてたよね。ありがとう!」
「い、いえ! と、とんでもないです!」
ぶんぶんと頭を振りすぎて、またメガネが取れそうになる。
恐縮しきった態度から興奮の度合いが伝わってきて、比例してあたしの営業スマイルのレベルも上がった。もはやこれはリアルなにやけだ。
「どうしてユウくんがこの子と一緒にいるの?」
「え!? ぐ、ぐ、偶然だ偶然!」
「……ふーん。偶然、ねぇ?」
「あ、あの……えっ、おふたりって、あああの」
アヤがおずおずと尋ねてきた。
口元に手を当て、あたしとユウダイの間で高速で視線を泳がせる。混乱と、興味と、ちょっとの苦味。浮かぶ色たちが濃くなるにつれ、細い指が震えていく。
あたしはとにかく笑った。ドクドクと逸る胸を、ユウダイの腕に押しつける。
「じ、つ、は、あたしたち幼なじみなの」
「た! だ! の! 幼なじみ。それ以上でも以下でもねぇから!」
ばっと腕を振り払われた。反射に近かった。
巽さんて、スキンシップに慣れてないのかな。遊んでそうに見えて、実は愚直でうぶ。って、何そのギャップ。特別賞をもらうわけだ。
ユウダイのかわいい俺様キャラも立てていて、いいじゃん。その調子。お願いだからそのまま、あたしたちの邪魔をしないで。
「ふたりは? どういう関係?」
「最近、ちょっと、仲良くなったんだ」
「ふーん……。付き合ってるの?」
「は、はあ!? ち、ちがっ」
「そうだよね」
わざと遮った。
そう返ってくることはわかっていた。台本としてじゃない。その答えしか受け付けたくなかった。フワリの心がそう言ってる。
混乱の続くアヤを横目に、安堵の笑みをこぼした。
「こんな地味な子じゃ、ユウくんにつり合わないよ」
その表情、声色に、嘲りはいらない。
正解であり、本心だ。苦しくても信じ続けた、一途な愛だ。
しかしユウダイはあたしを睨む。あたしのすべてを知っていてなお、その眼差しで責めてくる。
「おいフワリ。言っとくが、こいつは誰よりもかわいいよ」
「誰よりも? ……この、あたしよりも?」
「ああ。ずっとずっとかわいい」
「え、いや、そ、そんな! フワリちゃんのほうがかわいいです! はい、ぜったい! 100パーセント!」
オタク全開のアヤに、ユウダイは「だから!」と言い返す。だが、実際に目が合うと、ひよってそっぽを向いてしまう。
どこぞのヘタレとちがって、あたしはしっかりアヤを見た。さらっと一瞥した、と言ったほうが正しい。
ぴゃっとか、でゅふっとか、薄気味悪い鳴き声がした気がした。気のせいじゃない。アヤの中のオタクがフル稼働している。
「うん、かわいいかもね、それなりに」
「ひぇ!? お、おお、恐れ多い……!」
「でも、もったいないね。隠してるなんて」
「お、俺が言ってるのは、顔のことだけじゃなくて! いや顔もかわいかったけど……って言わすな!」
「はいはい。あたし、ライブの支度があるから行くね」
「はあ!?」
険悪な空気で終わらせない。好きな人を敵に回したくない。
だから、あたしは。フワリは。
呆れたようにスルーしながら、ふたりから離れていく。来たときより低くヒールを鳴らし、アヤの横を通り過ぎる。
寸前、できるだけやさしく、彼女の肩に手を置いた。
「かわいいを隠してるあなたに、ユウくんは渡さないから」
「え……?」
冷たくひそめた声。執念に似た深い情を孕ませる。
アヤはびくりと振り返る。ユウダイには何も聞こえていない。
それでいい。きらわれるならいっそあの子がいい。
じゃあまたあとでね、とアヤの肩に置いた手を軽く上げる。彼女は思わずつぶやいた。
「フワリ、ちゃん……?」
その何気ないひと言に、背筋が凍った。
恐れよりも驚き。不安よりも心配。恋する乙女よりもアイドルのフワリに向けてのものだった。
そうだ、彼女は、どうしたってあたしをきらわない。あたしもきらいになれない。
だから、言えたのだ。
何もかも見透かされている。せめて足は止めないよう、カットがかかるまで歩き続けた。それまでの数秒がいやに長く感じてめまいがした。
――カチン。
カットの声で、腰が抜けた。
「そう、それ! その純粋さが欲しかった!」
「巽くんもナチュラルでよかったよ!」
「いるだけで画が華やかになるよね」
「七音さん、大丈夫ですか?」
すっ、と白い手が降ってきた。
アヤ、じゃなくて妃希さんだ。1秒前と打って変わって感情を読みづらい顔をして、唯一、あたしに手を差し伸べてくれている。
長い物に巻かれたにぎやかしが、だんだんと遠のいていった。
変なの。
あたしはもう、フワリじゃないのに。
たぶん、この子をきらいになれない。そんな気がしてる。




