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あなたが世界を愛さずとも  作者: 甘
ひさ子について
34/43

雪崩




――雨ヶ谷 丈、26歳。甘いフェイスに大人の色気を兼ね備えた、二枚目俳優。


女性が選ぶ結婚したい芸能人、男性が選ぶ憧れる芸能人、ともに圧倒的1位! ランキング殿堂入りを果たした、男の中の男。その内なる本音を探る!




……って、その紹介、ちょっと恥ずいっすね。なんですか、男の中の男って。からかわないでくださいよー。


からかってない? みんなそう言ってるって? ええ、ほんとかな? 龍儀先輩以来の殿堂入りは、非常に光栄なことですが……。自分じゃ、まだまだ、子どもっぽいとこがありすぎて困ってますよ。今回のドラマも、学生役ですし。




――新日曜ドラマ『1のAのヤクザくん』で、主人公の男子高校生を演じられるんですよね。




俺の演じるトシロウは、ヤクザの組長なんですけど、ケンカばっかりかといえばそうではなくて。学生らしく青春ぽいこともたくさんやっていくんで、「ヤクザくん」と一緒に楽しんでほしいなと思います。


オファーが来たとき? ……そうですね、はじめは、おいおいまじか! っておどろきましたよ。この歳でまた学生になれる機会なんてなかなかないですか。まだ学ランいけるぜ!ってとこ、堂々と見せてやります!




――その金髪と筋肉も役作りですか?




あ、はい、そうです。この金髪、ブリーチ3回くらいしたんですよ。めっちゃ痛かったっす。


体のほうも、一応気をつけてます。ヤクザとはいえ学生役なんで、あんまり作りこみすぎず、ケンカのときに映えるように胸と腕の筋肉を重点的に仕上げました。……ちょっとネタバレなんすけど、今回、半裸のシーンが多いんすよ。だからなおさら筋トレがんばってます。




――半裸ですか! それは女性ファン必見ですね!


セクシーシーンもたっぷりで、見応えバツグンなこと間違いなしな新ドラマ! 情報解禁から、雨ヶ谷さんの実に2年ぶりとなる学生役に、期待の声がたくさん! トレンドにも上がってましたね。




2年……あぁ、もう2年も経つんですね。早いな……。あれから2年、か……。


時間というものは早いものです。少し前まで新人だった俺が、20代後半に突入しているなんて。感慨深いです。


期待を裏切らないよう、自分の子どもっぽさを全面に出していこうかなと思います(笑)




――2年前というと、連続ドラマ『星のない夜』で、ピュアな学生役を熱演されました。あの作品が、トップ俳優の仲間入りを果たしたきっかけだと言う方も多いです。当時のことは、憶えていますか?




そりゃあ憶えてますよ。『星のない夜』は、俺にとって、とても大切な作品のひとつです。


なつかしいなあ。月9の主演なんて大役、はじめてで、当時はたくさん迷惑をかけたと思います。大成功をおさめることができたのは、キャストやスタッフの方々に恵まれたおかげです。


ここだけの話、完全撮りおろしの映画の話もあったんですよ。




――その話がなくなったのは、やはり、当時雨ヶ谷さんとともに主演を務めた、ヒロイン役の春日野妃希さんが起因していますか?




どうでしょう? 俺も含め、皆さん忙しい方ばかりでしたから。スケジュールが合わなかったのもありますし、単純にドラマが最高傑作すぎたのもあるかもしれません。




――彼女とは熱愛報道が流れていましたよね。




ぶっこみますね!? どこまで行く気ですか……。




――電撃引退した彼女について、どのようにお考えですか?




ぐいぐいきますね〜……。ええっと……すみません。彼女については、事務所NGなんです……が、まあ、少しだけ。


ぶっちゃけると、もっと一緒にいたかった、ってのが本音です。


彼女……ひさ子は、特別でした。ドラマではW主演という形だったものの、視聴者、スタッフ、俺でさえも、本当の主人公はひさ子演じるコヨリだったと思っていました。あのナチュラルな演技も、もちろん彼女自身も、とても魅力的で、心から尊敬しています。


できることなら、もう一度、ひさ子に会いたいです。一緒にまた……それこそ学生役のドラマをやって、青春を謳歌したいですね。




――それは、恋愛の意味合いも含まれてますか?




どっちだと思います?




――えっ。




…………。


……あはは。冗談ですよ(笑)


俺自身、2年前より確実に力をつけていると自負しています。今回のドラマ『1のAのヤクザくん』では、圧倒的主人公として光りまくっていくので、楽しみにしていただけたらうれしいです。





(マガジン ウワサノ 5月号より)









「ギャッハッハッ!」




2本目の瓶をがぽがぽ注ぎ、勢いよく飲み干した。秒で空っぽになったグラスを、俺はわざと強めに置く。それでも品の欠片もない馬鹿笑いは止まってくれない。


体がでかいと、笑い声もでかくなるのか。いや、んなわけねえ。彼女の前でそんな笑ってるとこ、見たことねえぞ。


そもそも、こいつに愚痴ろうとしたのがまずかった。




「いつまで笑ってんだよ」


「アッハハ! わ、悪い……だって……ヒヒッ」


「何だよ」


「いやこれは笑うだろ! おま、バッカだなあ!」




赤ワインに溺れた幼なじみは、俺の拗ねた顔を見て、いっそう笑い転げた。正しくは、社長に叩かれた頬を見て、なのだろうけれど、だとしても笑いすぎだ。


雨に打たれたおかげで赤みは引いたし、顔を見たって何もないはずなのに。まあ、目の前の彼よりは、顔立ちができあがっているだろうが。


こいつは別の意味でできあがってんな。




「いい加減それ返せ」


「へいへい。……フハッ。やべえな、ぶちかましてんな」


「わあってるよ俺はバカだよ」




手元に戻ってきたのは、モノクロ印刷された1枚の紙。来月発売予定の雑誌に掲載されるインタビュー記事だ。


エンタメとゴシップの両面を持つ、月刊誌『マガジン ウワサノ』。そのインタビューを受けたのは、つい昨日のことだ。新ドラマの撮影が予想以上に押してしまい、深夜になってしまったが、記者の女性は快く許してくれた。


非常におだやかに取材は始まった。


だから油断していた。気づいたときには、にこやかなまま、引退だの熱愛だの、無関係な話題を引き合いに出されていた。



彼女の引退を知ったのは、その取材の直前だった。社長からの一斉メール。報告と注意事項が送られてきた。


悲しかったし、むかついた。


インタビューで喧嘩を売ってしまったのもそのせいだ。たぶん。


正直、あのときの感情を明確に覚えていない。とにかくしっちゃかめっちゃかだった。


今もそうだ。それで、2日連続で深夜まで残業したあと、明日がオフだと知るやいなや、疲れていようと雨の中だろうとおかまいなしにマウンテンバイクを走らせ、この家にやって来たのだ。



売られた喧嘩は買う主義だったのだろう、今日の午前中には、記事を事務所に送ってきやがった。内容の確認よろしくお願いします、と丁寧書きまで寄越して。


おかげで社長に呼び出され、みっちりしぼられた。


形だけの謝罪をすれば、なぜか度胸だけは買われた。しかし、幼なじみに愚痴れば爆笑される。そのうえ、彼女の引退は悪夢ではなく、詳しいことは何もわからずじまい。もう最悪だ。




「俺は好きだぜ? おまえのそういうとこ」




瓶ごとつかみ、酔いしれると、ちゃんと乾いていない金髪をぐしゃぐしゃとまさぐられた。半開きの目でガンを飛ばせば、「あー怖い怖い」とのっぺらぼうな反応をされる。



こいつに好かれたってなあ。


本当に好いてほしい人は、好いてくれない。


それどころか、もう二度と会えないかもしれない。



これが失恋ってやつなのか。たちが悪すぎる。やってらんねえ。


耐えられる気がまったくしない。こんなつらいものだとは思わなかった。


こういうときはヤケ酒に限る。瓶を逆さにした。喉が心地よく焼けていく。きついアルコールが脳天に押し寄せた。かっと熱くなる。



きらいだ。


人生で一番きらいだと決めこんだ味と、よく似ている。


前頭葉に激痛が襲った。記憶の引き出しが引っ張り出される。




――わたしは、あなたに釣り合いません。




少し、困ったような顔をしていた。それでいて、無情に諭しているようでもあった。




――どう足掻いても、あなたの隣には立てないんです。




この想いに、明日はない。崖から突き落とされた気分だった。


あれも彼女なりのやさしさだったのだろうか。今となっては知るよしもない。彼女のいない明日が来てしまう。


目元の神経を逆なでされた。目頭が濡れる。


あのとき飲んでいたのも、心臓から搾り取って集めたような赤黒いワインだった。




「……なあ」


「ん?」


「……彼女とは……おまえ……あの……」




瓶をいくら覗いても、もう1滴も入っていない。不用意にそわそわしながら、テーブルに突っ伏す。


ため息を落とされた。




「だから、言っただろ。ライクより」


「じゃなくて」




あご先を卓上にくっつけ、語気を力ませた。彼の太い眉がぴくりと跳ねる。


さっきの威勢がしぼんでいく。口をもごもごさせながら、ぱたりと額を倒した。




「彼女と、俺のこと。……どう思ってた?」


「熱愛報道のこと?」


「全部含めて」




俺と彼女、それぞれの好感度は、芸能界きっての高さだろう。が、ふたりセットになると、賛否両論だった。ドラマどおりだと喜ぶやつもいれば、それとは別だの、年の差がどうのと妬み悲しむやつもいる。俺はリア恋、彼女は崇拝対象に思うファンが、思いのほか増加しているせいだ。


彼女のことを一番近くで見守ってきた、俺の幼なじみは、俺に持っていた好感とおんなじものを、ふたりのときにも持てるだろうか。


俺がその立場にいたら、きっと無理だろう。俺はそんな男だ。




「うらやましかったよ」




缶ビールが活気よく開く。


あまりに意外すぎてオウム返ししてしまった。彼はへたくそに笑む。




「おまえ、グイグイいってただろ? 俺にはできなかったから」


「……」


「けどな」




頬杖をつき、俺を憎らしそうに見下ろす。




「彼女が毒されやしないか、気が気じゃなかったよ。おまえにあの子はもったいねえ」




ビールをひと口飲み、冗談ぽくケラケラ笑った。そういえばこいつは笑い上戸だった。


ほんのりと柑橘の爽やかさがよぎる。胸がつんと痛くなる。高い鼻を冷たい感触が伝っていった。




「……だよな」


「え? なんつった?」


「なあんも!」




だせえな、俺。


八つ当たりするようにインタビュー記事を丸めて捨ててやった。


テーブルには瓶と缶がまだまだ並んでいる。開けてほしそうにしている缶をひとつ、つかみ取った。


今の俺には、明日とか、未来とか、まったくわかんねえよ。今夜をしのぐことで精一杯だ。




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