表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたが世界を愛さずとも  作者: 甘
カスガノさんについて
33/43

指針




秋を楽しむことはできない運命らしい。




ひだまりに紅葉が落ちた。


枝のてっぺんまで赤らんだ並木道に、昨晩磨いたばかりのパンプスを歌わせる。靴擦れに貼った絆創膏がずれ、ジクジクと痛みが広がる。ショルダーバッグから新しい絆創膏を取り出し、赤色を隠した。


バッグの持ち手をかけ直し、木漏れ日をずんずん進んでいく。バッグからはみ出した荷物が、リズムを刻んでいた。


荷物はすべて仕事関係のものだ。


高校を卒業してから1年、文化祭実行委員もとい学級委員ではなくなったというのに、あれを越える仕事量に直面している。苦ではない。慣れもあるだろうが、それ以上に、わたし自身がこのときを心待ちにしていた。



表参道の一画。


開店祝いのスタンド花が飾られた、こぢんまりとした建物がある。


乳白色の塗装にかけられた、鉛色に浮かび上がる看板。



lix(リンクス)



夢に見た、わたしのお店だ。


高校3年目のオリジナル舞台が無事に成功したあとのことだ。暇を持て余していたわたしに、母は言った。




――ブランドを立ち上げてみる気はないの?




思い立ったが吉日。母の助けもあり、高校を卒業する1か月前に、オリジナルブランドを発足した。


大学に通いながら、手始めにオンラインショップを開いた。


よく思わない人もたくさんいた。「しょせん七光り」「すねかじりもいいところだ」「エリートはずるい」耳にたこができるほど聞かされ、実際にいやがらせもされた。


家族や仲間、お客様は、いつも味方でいてくれた。そのおかげで訴え方を知れたし、ショップの運営も支えてもらい、いろんな意味で成長できた。



そうして満を持して、店舗を出せることになった。


あと1時間後に、オープンする。



ブランドコンセプトは、「誰もが主役になれる」。


客層を限定せず、性別に囚われないユニセックスなファッションを目指す。誰が着ても楽しんでもらえるように、肌にやさしい素材、使いやすいニュートラルカラーをメインに取り扱っている。



ありがたいことに、すでに多くのファンがおり、何人か花を贈ってくださった。入口だけやけにカラフルなのはそのためだ。


そのど真ん中を陣取っているのは、一番豪華なスタンド花。二段に連なった花々は、母と弟からのものだった。


ふたりとも忙しく、母は打ち合わせ、弟は京都でドラマの撮影中だと聞いた。お祝いには来れないからと、気を遣ってくれたのだろう。



1年生のときの舞台『グレーゾーン』で、弟の凰河――いいや、()()()は、その勇姿を観客の記憶に焼きつけることに成功した。公演終了後、囲み取材並みの出待ちがあったほどだ。握手、サイン、ガチの取材などが繰り広げられるなか、スカウト目的に挨拶しに来る人もいた。


後日、有名プロデューサーが、なんと、新作の大河ドラマの主演にオーガを指名した。大河ドラマ主演の最年少記録を更新したことで話題となり、絶賛放送中のドラマは高視聴率をマークしている。


そういえば、そのプロデューサーから、魔法使いの師匠についても事情聴取されたと聞いた。真実を知っているのは、1AGの中でもあの場に立ち会った少数だけ。いまだに公言されていない。カスガノさんが自身の影響力を恐れ、秘密にするよう頼んだのだ。


この秘密は墓場まで持っていくと、わたしは決めている。



贈り物の花たちを写真におさめたあと、店内に入った。アルバイトの女子2人に出迎えられる。オンラインショップのヘビーユーザーでもある2人は、朝早くから念入りに掃除をしてくれていた。


挨拶をし、バッグから荷物を取り出す。できあがったばかりのA0サイズのポスターだ。レジ横の壁にポスターを貼り付ける。


デザインはわたしが考案し、色彩の細かなバランスをぎりぎりまで調整してきた。


完成品は、目にやさしい配色でまとまっている。ブランド名は下に添えるだけ。今秋の目玉商品をまとう男子を、全面に写している。


顔のパーツがこっくりとした彼は、世界に活躍の幅を広げている人気モデル。名を、五十嵐巽。店をかまえることをを機に、本日発表した、ウチの、『lix』のアンバサダーである。




「あ、そのイケメン知ってます! タツミくんですよね!?」




アルバイトのひとりが、ポスターを指差す。「そうだよ」と返事しながら、もう1枚、別のデザインのポスターを飾る。もうひとりの子は首を傾げた。




「ファンなの?」


「ううん、昔観たウェブドラマに出てたの。『スクランブル!』ってやつ」


「それなら知ってる! おひいちゃんが出てたやつだ」


「そうそう! そっか、稜花、好きだったね」




掃除と談笑を器用に進行していく。




「妃希ちゃんのドラマなら、あたしもけっこう見てるよ」


「何が好き?」


「んー、ホシヨル!」


「あー! いいよね! 今度中国でリメイクするらしいよ」


「まじ!? えー、気になる」


「でも、コヨリちゃんはおひいちゃんしか考えられないなあ」


「わかる。かわいいし、きれいだし、やさしいし、ずっといい子だったよね……」


「本人もそんな感じだったのかな……」




ふと、ふたりが「あっ」と顔を見合わせた。何かミスでもしたのかと、すぐさま視線を向ける。ふたりはこちらをガン見していた。




「店長ってアテ高出身でしたよね!?」




店長じゃなくてオーナーなんだけど……。


通称アテ高と呼ばれる母校を思い出す。しみじみと肯定を示せば、ふたりの圧が強まる。若干腰が引けた。




「おひいちゃんとは会ったことあります!?」


「あ、あるよ? 同級生だもの」


「ええっ! すごおい!」


「妃希ちゃんってどんな子でした!?」




きらきらとした瞳に、期待の色がほのめく。思わず頬を丸めた。




「とてもすてきな人だったよ」




先に旅立ったあなたは、今、何をしているのだろう。



いろんな声を聞いた。


わたしにむいた以上の矛が、あなたの痕を傷つけ、そのたびに盾が積み重なっている。


あなたへの愛は、まったく風化されずに、ここにある。


そのことを、知っているのだろうか。きっと、知らずとも、笑っているのだろう。




――自分のは、自分でつかみに行くよ。




まだ、お互い、ハッピーエンドに向かっている途中だ。



準備を整えている間に、そのときはやってきた。店の前は人であふれ返っている。


スタッフ一同、位置につく。全員の顔を見渡す。深呼吸をし、満面の笑みで扉を開けた。


まっさらな風が吹き、自慢の洋服たちがふわりと泳いだ。




「いらっしゃいませ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ