指針
秋を楽しむことはできない運命らしい。
ひだまりに紅葉が落ちた。
枝のてっぺんまで赤らんだ並木道に、昨晩磨いたばかりのパンプスを歌わせる。靴擦れに貼った絆創膏がずれ、ジクジクと痛みが広がる。ショルダーバッグから新しい絆創膏を取り出し、赤色を隠した。
バッグの持ち手をかけ直し、木漏れ日をずんずん進んでいく。バッグからはみ出した荷物が、リズムを刻んでいた。
荷物はすべて仕事関係のものだ。
高校を卒業してから1年、文化祭実行委員もとい学級委員ではなくなったというのに、あれを越える仕事量に直面している。苦ではない。慣れもあるだろうが、それ以上に、わたし自身がこのときを心待ちにしていた。
表参道の一画。
開店祝いのスタンド花が飾られた、こぢんまりとした建物がある。
乳白色の塗装にかけられた、鉛色に浮かび上がる看板。
『lix』
夢に見た、わたしのお店だ。
高校3年目のオリジナル舞台が無事に成功したあとのことだ。暇を持て余していたわたしに、母は言った。
――ブランドを立ち上げてみる気はないの?
思い立ったが吉日。母の助けもあり、高校を卒業する1か月前に、オリジナルブランドを発足した。
大学に通いながら、手始めにオンラインショップを開いた。
よく思わない人もたくさんいた。「しょせん七光り」「すねかじりもいいところだ」「エリートはずるい」耳にたこができるほど聞かされ、実際にいやがらせもされた。
家族や仲間、お客様は、いつも味方でいてくれた。そのおかげで訴え方を知れたし、ショップの運営も支えてもらい、いろんな意味で成長できた。
そうして満を持して、店舗を出せることになった。
あと1時間後に、オープンする。
ブランドコンセプトは、「誰もが主役になれる」。
客層を限定せず、性別に囚われないユニセックスなファッションを目指す。誰が着ても楽しんでもらえるように、肌にやさしい素材、使いやすいニュートラルカラーをメインに取り扱っている。
ありがたいことに、すでに多くのファンがおり、何人か花を贈ってくださった。入口だけやけにカラフルなのはそのためだ。
そのど真ん中を陣取っているのは、一番豪華なスタンド花。二段に連なった花々は、母と弟からのものだった。
ふたりとも忙しく、母は打ち合わせ、弟は京都でドラマの撮影中だと聞いた。お祝いには来れないからと、気を遣ってくれたのだろう。
1年生のときの舞台『グレーゾーン』で、弟の凰河――いいや、オーガは、その勇姿を観客の記憶に焼きつけることに成功した。公演終了後、囲み取材並みの出待ちがあったほどだ。握手、サイン、ガチの取材などが繰り広げられるなか、スカウト目的に挨拶しに来る人もいた。
後日、有名プロデューサーが、なんと、新作の大河ドラマの主演にオーガを指名した。大河ドラマ主演の最年少記録を更新したことで話題となり、絶賛放送中のドラマは高視聴率をマークしている。
そういえば、そのプロデューサーから、魔法使いの師匠についても事情聴取されたと聞いた。真実を知っているのは、1AGの中でもあの場に立ち会った少数だけ。いまだに公言されていない。カスガノさんが自身の影響力を恐れ、秘密にするよう頼んだのだ。
この秘密は墓場まで持っていくと、わたしは決めている。
贈り物の花たちを写真におさめたあと、店内に入った。アルバイトの女子2人に出迎えられる。オンラインショップのヘビーユーザーでもある2人は、朝早くから念入りに掃除をしてくれていた。
挨拶をし、バッグから荷物を取り出す。できあがったばかりのA0サイズのポスターだ。レジ横の壁にポスターを貼り付ける。
デザインはわたしが考案し、色彩の細かなバランスをぎりぎりまで調整してきた。
完成品は、目にやさしい配色でまとまっている。ブランド名は下に添えるだけ。今秋の目玉商品をまとう男子を、全面に写している。
顔のパーツがこっくりとした彼は、世界に活躍の幅を広げている人気モデル。名を、五十嵐巽。店をかまえることをを機に、本日発表した、ウチの、『lix』のアンバサダーである。
「あ、そのイケメン知ってます! タツミくんですよね!?」
アルバイトのひとりが、ポスターを指差す。「そうだよ」と返事しながら、もう1枚、別のデザインのポスターを飾る。もうひとりの子は首を傾げた。
「ファンなの?」
「ううん、昔観たウェブドラマに出てたの。『スクランブル!』ってやつ」
「それなら知ってる! おひいちゃんが出てたやつだ」
「そうそう! そっか、稜花、好きだったね」
掃除と談笑を器用に進行していく。
「妃希ちゃんのドラマなら、あたしもけっこう見てるよ」
「何が好き?」
「んー、ホシヨル!」
「あー! いいよね! 今度中国でリメイクするらしいよ」
「まじ!? えー、気になる」
「でも、コヨリちゃんはおひいちゃんしか考えられないなあ」
「わかる。かわいいし、きれいだし、やさしいし、ずっといい子だったよね……」
「本人もそんな感じだったのかな……」
ふと、ふたりが「あっ」と顔を見合わせた。何かミスでもしたのかと、すぐさま視線を向ける。ふたりはこちらをガン見していた。
「店長ってアテ高出身でしたよね!?」
店長じゃなくてオーナーなんだけど……。
通称アテ高と呼ばれる母校を思い出す。しみじみと肯定を示せば、ふたりの圧が強まる。若干腰が引けた。
「おひいちゃんとは会ったことあります!?」
「あ、あるよ? 同級生だもの」
「ええっ! すごおい!」
「妃希ちゃんってどんな子でした!?」
きらきらとした瞳に、期待の色がほのめく。思わず頬を丸めた。
「とてもすてきな人だったよ」
先に旅立ったあなたは、今、何をしているのだろう。
いろんな声を聞いた。
わたしにむいた以上の矛が、あなたの痕を傷つけ、そのたびに盾が積み重なっている。
あなたへの愛は、まったく風化されずに、ここにある。
そのことを、知っているのだろうか。きっと、知らずとも、笑っているのだろう。
――自分のは、自分でつかみに行くよ。
まだ、お互い、ハッピーエンドに向かっている途中だ。
準備を整えている間に、そのときはやってきた。店の前は人であふれ返っている。
スタッフ一同、位置につく。全員の顔を見渡す。深呼吸をし、満面の笑みで扉を開けた。
まっさらな風が吹き、自慢の洋服たちがふわりと泳いだ。
「いらっしゃいませ!」




