第249話
鉱山地帯の人々の安全を脅かす魔物及び猛獣を大規模討伐する仕事に加わるべく、俺達は森と赤銅色の岩山に囲まれたウィッシの町を訪れた。
此れと言ったトラブルも無く町の中に入った俺達は、訳有って荷運び役として雇い入れた年嵩のおばちゃんズによる道案内に従って、町外れに在る見晴らしの良い広場に足を踏み入れたのだが。
広場には大勢の同業者やら此度の仕事仲間と思しき連中が屯したり、或いは小勢で各々天幕を張って腰を据えていた。更に広場の奥を眺めると、威圧感溢れる円形の大型天幕が鎮座しているのが目に留まる。成る程、アレがギルドから金パツ坊やから聞き及んだ、此度の大規模討伐の拠点て訳か。
以前狩人ギルドで聞いた話に拠れば、今回と同様の大規模討伐は、此の辺りでは定期的に催されているらしい。其の名目は鉱山と鉱山労働者、及び其の関係者が定住する近隣の集落の治安維持である。しかしながら鉱山自体の立ち入りは領主が定めた法令で厳しく制限されており、部外者の立ち入りは厳禁である。もし許可無く侵入して捕まった場合は、例え悪気が無くとも其の場で容赦無く首をチョンパされるか、或いは木に吊るされるそうな。ヒエ~怖い怖い。
まあそれはさておき。ヒャッハ~魔物ぶっ殺すぜぇ!などと息巻いたトコロで、俺達は所詮王都から遥々旅して来た余所者である。なので具体的に何をすれば良いのか、右も左も分からない状態だ。そこで先ずは拠点に在るらしい狩人ギルドの出張所にて現場の仕切り役と面談して、俺達の参戦の申告をしたり、今後の指示を仰ぐ必要が有る・・とは金パツ坊やの言だ。
てな訳で。俺達は金パツ坊やを先頭に、早速拠点と思しき大型天幕を訪ねてみる事にした。
しかし間近で見ると本当にデカい天幕だな。それに何やら既視感を感じると思ったら、アレだ。以前大変お世話になった、行商人のヴァンさんの隊商の天幕に造りがよく似ているのだ。但し、サイズはあの天幕より二回りくらいはデカく見えるが。
アレから月日は兎も角、年数は左程経っていない筈なのだが・・ヴァンさんの隊商と寝食を共にした日々は、もう遠い昔の出来事に思えてしまう。あの人は今でも息災にしてるだろうか。
俺はあの頃とは比較にならぬ程に、強く逞しくなった・・と思う。回復魔法に加えて、日属性や水属性の魔法も習得した。ちっとは成長した俺の雄姿を、彼に再会して見て貰いたい。そんな気持ちは勿論有るけれど。今や彼の隊商とは、大山脈を介して遠く隔たってしまった。なので再び逢うのはもう難しいやも知れないな。
天幕の出入口には、武装した一人のゴツい体格の男が陣取って居た。そこで早速金パツ坊やが男に声を掛けると、非常に胡散臭そうな目でジロジロと見られた。しかし坊やが此処までの経緯と討伐に加わる意思を説明してギルドカードを提示すると、渋々といった感じで天幕の中から下働きぽい小男を呼び出してくれた。どうやら此の貧相な小男が、目的の場所まで案内してくれるらしい。
おばちゃんズは男に止められたので止むを得ず外で待機して貰い、俺達は天幕の中に足を踏み入れた。因みに俺の旅荷は全部俺が担いでるので、万一おばちゃんズに荷物をガメられても俺は問題無い。
薄暗い天幕の内部は木製の梁から吊るされた布で仕切りが施されており、通路や各々の部屋で区画されている模様だ。尤も、声や物音は布越しに丸聞こえだが。
俺達が小男に案内されたのは、天幕の出入口から目と鼻の先に在る一室である。
「旦那ぁ。またぞろ討伐の参加希望者が来やしたぜ。中に通しても良いですかい」
小男は布で仕切られた部屋の出入口の前で立ち止まると、室内に向けて濁声を張り上げた。すると
「逐一許可など求めなくて宜しい。此方は忙しいんだ。さっさと通せ」
室内から即座に応えが有った。応答を耳にした小男は、今度は顎をしゃくって俺達に入室を促して来た。其処で俺達は坊やを先頭に、仕切りの布を押し広げて部屋の中へ足を踏み入れた。
部屋の中には諸々の種類の紙や紙片が至る所に散乱しており、酷く雑然としていた。部屋の中央には木製の長机が鎮座しており、机上には油製のランプが置かれている。そしてランプの周りには、紙片が山と積まれている。何かの弾みでランプの火が燃え移りそうで、ちょっと怖いんだが。
長机に据え置かれた椅子の一つには、灰髪の大柄な男が座っていた。手に取った皮紙に目を落としたままの男は、見るからに不機嫌そうな様子だ。他にはギルド職員と思しき数名が、紙の束を抱えながら好奇に満ちた視線を此方に向けている。
そして灰髪の男は顔を上げて俺達を見るなり、盛大に顔を顰めた。
「何だぁ。どいつもこいつもガキじゃねえか。誰だよこんな奴等寄越した馬鹿は」
おおっいきなりご挨拶だな。
一方で俺の方でも灰髪男の評価が下がる。随分と舐められたモンだが、俺達の界隈では、他人の力量を見てくれだけで判断するのはちと危険だと思うがな。それに小柄な俺やションベン達は兎も角、坊やとナヨ雄は見栄えも悪く無いだろうに。
「俺はフェイルニール。俺達は王都からギリンガムを経て、討伐の仕事に参加する為に此の町まで来ました。此れがギリンガムでギルドに手配して貰った紹介状です」
しかし金パツ坊やは、男の無作法な振る舞いに対して気にする素振りも見せずに己のギルドカードを提示すると、雑嚢からギリンガムで丸嬢から貰った紹介状を取り出して男に差し出した。
「フンッ」
男は坊やの手から封書をひったくって雑に開封すると、中の紙を広げて本当に読んでいるのか疑わしい速度で目を走らせ、次いで背後に立つギルド職員と思しき女に無造作に手渡した。
むうっ。
何気無く女に目を向けた俺は、心中で驚嘆した。此のお姉さん・・・栗色の髪で、年の頃は20代半ばから30絡みと言ったトコロか。細目で顔立ちはお世辞にも美人とはとても言えねえが、実に良いモン持ってやがる。
俺の視線は、お姉さんの胸部に釘付けとなった。露出の無い厚手の服を身に纏っているが、鍛え上げた俺の目は誤魔化せんぞ。どうせ一期一会の関係だろうし、チラ見なんてケチ臭い事はせん。ガン見だ。俺の脳内フォルダ、いや脳内コンデンサに、此の素晴らしい映像を鮮明に刻み込んでやるぜ。
俺は坊や達の後方で腕組みしながら、降って湧いたお宝を食い入る様に凝視した。
「チッ。魔物狩りはガキのお遊びじゃねえんだぞ。周りをウロチョロされて足を引っ張られては敵わん」
「あら。お言葉ですが、過去討伐に協力してくれたアルマーダの学生さん達は、皆とても優秀でしたよ。しかも彼等の中には、魔術師の協力者も居るみたいですし」
尚も悪態を付く灰髪の男に対して、お姉さんは書状に目を通しながら異議を唱えた。にしてもションベン達は未だ半人前未満の魔術師見習いのハズだが、ギルドにはどうやら実力が水増しして伝わってるみたいだな。
「ハッ、言われ無くとも知ってるよそんな事は・・・まあ良い。貴様等も一応参加だけは認めてやろう。ヘマして魔物に喰われないよう、精々気を付けるんだな」
「・・・貴様等も?俺達以外にも、騎士学院の学生が参加してるのか?」
お宝に集中する為に男の話を適当に聞き流してた俺だが、些か引っ掛かる部分があったので、男に訊ねてみた。
「おい。誰が口を開いて良いと言った。木っ端の従者の分際で、馴れ馴れしく俺に話し掛けるんじゃねえ。便所虫みたいに叩き潰されてえのか」
すると灰髪の奴、急に半ギレ状態で此方を滅茶糞威圧して来たんだが。
まぁ実際の所、今回の討伐の仕事は6級以上の狩人しか受注出来ないそうだ。なので最底辺の10級狩人たる俺は、一般的には金パツ坊や率いる準5級PTの付属物扱いである。一方ションベンと乳白色は、希少な戦力である魔術師という事でやたら待遇が良く、協力者として一人前扱いして貰えるらしいのだが。何れにせよ、俺が仕事の報酬を山分けして貰えるのも、本来ならば坊や達のお情けなのだ。
「そうか。分かった」
俺は灰髪の指図に対して素直に応じると、半歩下がって視線をお宝に戻した。
灰髪男の横柄な言動には少なからず腹が立つが、今は坊やの顔を立てて大人しくしておこう。なお先日坊やが雇ったおばちゃんズを、初対面でぶん殴りそうになったのはノーカンだ。彼女等は、決して越えてはならぬラインをいきなり越えちまったからな。
「おいっクソガキッ!手前さっきから何処見てやがる!」
「素晴らしいお宝」
「あらあら」
俺の熱い視線と言葉を受けたお姉さんは、柔和な笑みを浮かべながら片頬に手を当てた。
おおぉ!大胸筋の上に尊いお宝を搭載したお姉さんは、俺のオープンなセクハラに対してまんざらでもない御様子。異性(BBA除く)からの此れ程迄に友好的な手応えは、マジで久し振りだぜ。実に素晴らしいっ・・・これって平身低頭して頼み込めば、ワンチャン揉ませて貰えるのでは。ならば今こそ夢に向かって挑戦すべき時ではなかろうか。ありったけの勇気を、振り絞って。
「貴様ぁ!糞虫にも劣る雑魚の癖に、此の俺を舐めやがって。今直ぐブチ殺すぞドブカスが!」
俺は緊張の余り口腔内に溢れた唾液を、ゴクリと飲み下した。するとほぼ同時に、灰髪男がこめかみにブッ太い血管を浮き立たせて、怒号を放ちながら物凄い勢いでドガンと席から立ち上がった。
おいおいおい。此奴幾ら何でもキレ過ぎだろ。いや、確かに今のはちょっとばかり塩対応だったやも知れんが、別にお前さんに対して暴言を吐いたり、ましてセクハラをカマした訳でも無いだろうが。それに二人の距離感を見た感じ、どうやらお姉さんは此奴の嫁やら恋人て事も無さそうだし。異界の奴等て、些細な事でキレ散らかす奴マジで多過ぎだろ。
灰髪の尋常じゃないキレ芸を目の当たりにして、勿論俺はドン引きだ。折角ブチ上がったテンションにも、文字通り冷や水を差されてしまった。
すると次の瞬間。金パツ坊やがまるで俺を庇うかの如く、静かに灰髪の真正面に進み出た。そして、
「彼は俺の大切な仲間です。此れ以上、侮辱したり罵倒するような真似は止めて頂きたい」
今度は坊やを睨み付ける灰髪に対して、毅然と言い放った。
ひゃだ。フェル君格好良いっ。アレな人々が野郎に尻穴を捧げてしまう気持ちが、ホンの少しだけ分ってしまった気がするぜ。今なら俺の自慢のプリケツを、三撫でくらい迄なら許しちゃいそう。
そして昂る気持ちに導かれるままに、坊やの傍に歩み寄ろうとした俺だったのだが。あと一歩手前で俺の目の前に、険しい形相の一人の女が立ち塞がった。
「ちょっと平民。いやらしい顔でわたしのフェルに近付かないで!」
ハア?おいションベン。誰が邪魔して良いと言った。木っ端魔術師の分際で、偉そうに俺に話し掛けるんじゃねえ。
灰髪の男と金パツ坊や、そして俺とションベン。双方の意図する所は違えど、どちらも灼熱のパトスを迸らせながら激しくメンチを切り合う。
「ハイハイ。何時までも馬鹿やってないで、早く仕事に戻って下さい。未だやるべき事は山積みなんですよ」
そんな張り詰めまくった一触即発の空気を破ったのは、パンパンと手を叩くお姉さんからの仲裁の言葉だった。
「チッ、分かったよ。おいっガキ共。貴様等の参加は受理したから、さっさと此処から消えな。それと実際に討伐を始めるのは、今日から数えて三日後からだ。なので三日後の朝には、必ず此の広場に集合しろ」
「三日後、ですか」
「ええ。討伐に参加するだけの君達と違って、私達には色々と仕事があるんですよ。情報を集めたり、作戦を練ったり、人員を差配したり、物資を纏めたりとか、ね」
訝し気な坊やからの問いに対しては、お姉さんが応じた。三日後と聞いて俺も随分と悠長な気がしたが、移動や輸送手段が徒歩オンリーだったり、碌な情報の伝達手段が無い此の世界じゃそんなもんか。
「あの、もし俺で良ければ、何か手伝えることは有りませんか?」
「あら。気持ちは嬉しいけど、今は大丈夫ですよ。貴方達は余計な気を回さないで、じっくりと討伐の日に備えなさいな」
すると坊やは今度は仕事への協力を申し出たが、お姉さんにやんわりと断られた。まあ場慣れしてない坊やに下手に手を出されても、却って邪魔なのかも知れんな。
てな訳で。若干のトラブルは有ったものの、一先ず此処での用向きは済んだ。そこで俺達が言われた通りさっさと部屋から出ようとすると、灰髪の男に呼び止められた。
「おい、俺は討伐の纏め役を任されている、4級狩人のトールだ。しっかり覚えておけよガキ共」
「私は補佐役をしているル・カルーです。こう見えて、一応3級狩人なんですよ」
そして二人は今更ながら、漸く俺達に自分達の名を告げた。
え、マジかよ。お姉さん3級狩人だったのか。全然そうは見えねえぞ。醸し出す雰囲気と服装を見る限り、ギルド職員だとばかり思ってたわ。いや、しかし今はそんな事よりも。おいおいまさかお前もトールなのかよ。幾ら何でもトール多過ぎだろエリスタル。故郷の鈴木や佐藤じゃねえんだからさあ・・・まあいっか。もし次からも会う機会があれば、此奴の事は灰髪男改めトールⅣ号と呼ぶ事にしよう。
俺はトールⅣ号は無視してお姉さんに向けて目礼すると、金パツ坊や達と連れ立って拠点の天幕を後にした。




