第248話
メシマズ都市ギリンガムを離れた俺達が、野営で一夜を明かして都合丸一日程も歩いた頃合。太陽の位置から見て北方へと続く粗末な街道は、次第に急勾配な隘路となり、何時しか木々の生い茂る山道となった。
まあ山道とは言っても、以前俺が命辛々踏破したあのヤバ過ぎる大山脈とは、険しさもスケール感もまるで別物だ。生い茂る木々のお陰で見通せる眺めは限られるが、ざっと見た感じでは周囲の山の標高は、精々が千メートル程度であろう。なので一口に隘路嶮路と言っても、俺にとっては舗装された平地の街道とさしたる違いは無い。
歩きながら大きく息を吸えば、此ればかりは故郷とさして変わらぬ山林特有の青臭い芳香が、鼻腔と肺腑を満たす。また目視は出来無いものの、何処か近場に渓流でも在るのだろうか。耳をすませば、微かな水音の響きが聞こえて来る。
お陰でリアルに過ぎるコスプレを装った本物の衣装や、歩荷の如きサイズと重量の旅荷にさえ目を瞑れば、ちょっとしたハイキングでもしてる気分だぜ。
そしてそんな長閑な気分になるのには、もう一つ理由が有る。周囲に拡がる山林の雰囲気が、何となく故郷の山に似ているからだ。
ぱっと見た限りでは、俺たちの周りには未開の山林が見渡す限り拡がっているように思える。しかし注意深く観察してみると、視界に入るのは比較的若い木々ばかりで、年輪を重ねた古株の樹が殆ど生えていないのが見て取れる。加えて意識して探れば、伐採の跡も至る所に見受けられる。先程景色が開けた場所に出た際には、人の手で根こそぎ乱伐されたのだろうか。無残にも禿山と化した山肌が遠方に垣間見えた。
どうやら此の辺りの山林は、故郷に似てかなり人の手が入ってるみたいだな。
俺の故郷である日本は、国土の過半が山林である。となると大自然が溢れまくってるじゃねえかなどと思いがちだが、実際には其れ等の山林のほぼ全ては、過去に人の手が入っているか、或いは人の手で植林された代物だと聞いた事がある。しかし此の異界では、故郷ではとうの昔に喪われた原初の森が、太古の昔と変わらぬであろう姿でそこいら中に残っている。特に広大無辺な魔物領域は、言わずもがなほぼ全域が人跡未踏の地だしな。
双方の違いは一目瞭然で、俺が今迄見て来た其の手の古い森には、人が分け入った痕跡が全く無いのは無論の事、故郷ならば余裕で御神木扱いされるサイズの馬鹿デカい樹が、まるで雑草みたく至る所にニョキニョキ生えているのだ。
また其れ等の原生林に棲息する動物は驚く程多種多様で、しかも時折畜生の分際で異常に賢くて危険な奴等と遭遇する事がある。とは言え、黙れ小僧とか急に人語を喋り出す様な胡散臭・・もといファンタジックな賢さでは無く、例えば信じ難い位巧妙に地形やら擬態等を駆使して獲物を待ち伏せたり、個体どころか群れでバックトラックを仕掛けたりと、あくまで動物的な賢さではあるが。
道行く旅人が迷わない様にする為だろうか。山道の行く手には自然石に人為的な刻印が残されていたり、木々に巻かれた目印と思しき縄が散見された。また、荷物持ちのおばちゃんズが此の道の事を良く知っており、先頭の金パツ坊やが道を誤りそうになる度にアホ程大騒ぎして正しい道へ誘導してくれたお陰で、俺達は迷う事無く目的地に向けて歩みを進める事が叶った。まぁ例えおばちゃんズが居なくとも、鍛え抜かれた俺の目や鼻が、此れ程鮮明な人間の足跡を見失う事なんぞまず無いんだが。
道が険しくなった事で、ションベンと乳白色はバテる頻度が格段に増した。そんな女子組を坊やとナヨ雄が励まし、おばちゃんズが叱咤し、俺が煽り倒しながら更に歩き続け、そして今度は山中での野営を経て翌日の正午くらいの刻限。メシマズ都市ギリンガムを出立した俺達は、丸二日の道程を経てウィッシだかウィシだか呼ばれる町に辿り着いた。
ウィッシは既に滅び去った近隣の原住民の古い言葉で、赤と言う意味らしい。其の名の示す通り、ウィッシの町は森と特徴的な赤銅色の岩山に囲まれた、山間部の開けた土地に在る町だ。王都やギリンガムとは勿論比べるべくも無いが、山中の集落としてはそれなりの規模に見える。また俺達が辿り着いた町の出入口には堅牢そうな石垣が築かれており、見たところ木製の杭を使った頑丈そうな防護柵とミックスして、恐らくは町をぐるりと囲っているのだろう。巨大な防壁を築く迄には至らぬものの、防衛意識はかなり高そうだ。
「ハァ、ハァ、ハァ~~~~やっと・・・着いた」
町の出入口の正面迄辿り着くと、ションベンが弱々しい声を上げて、無言で息を荒げる乳白色と並んで地面にへたり込んだ。オイ、お前ら。派手なローブのケツに土が付いても良いのか?
俺達が町に入る手続きは、拍子抜けする程あっけなく完了した。つうか金パツ坊やが厳つい容姿の守衛に入町税を支払ったのみで、ほぼスルーである。何でもおばちゃんズが町の出入口に立つ守衛達と顔馴染みらしく、良い笑顔で連中に近付いたおばちゃんズは其の肩に腕を回して極めて馴れ馴れしく挨拶を交わすと、猛烈に喋り倒す勢いのままにほぼなし崩しで話を通してしまったのだ。う~む、前言撤回。此奴等の防衛意識はカスだな。
石垣を通り抜けて町に足を踏み入れると、ションベンと乳白色がぐったりして再び地面に座り込んだ。
見れば重い旅荷を担いで山道を歩き続けた金パツ坊やとナヨ雄も、かなりお疲れの様子。荷運び要員であるおばちゃんズの面々も表情や所作に濃い疲労の色が見受けられるが、喋る口は一時も閉じないのは流石だ。しかも先程馴れ馴れしく話してた守衛の一人が、餓鬼の頃にウンコを漏らした話で超盛り上がってやがる。お前等公衆の面前で、人のアンタッチャブルな過去話を軽率に暴露すんじゃねえよ。幾ら何でも可哀想過ぎるだろ。しかも未だ町の出入り口は目と鼻の先なのに、声がデカ過ぎんぞ。もしあの守衛のおっさんに聞かれたらどうすんだ。
座り込んだままテコでも動こうとしないションベン達が再起動する迄暫し休憩を取った俺達は、金パツ坊やの先導で町中を移動する事にした。
ギリンガムの狩人ギルドで今回の討伐の仕事を正式に受注した俺達だが、仕事の依頼主である領主やら各種ギルドやら近隣の町や村やらに関わる偉い人達が音頭を取って、此の街には既に今回の大規模討伐の拠点が設けてられいるそうだ。そして其の拠点には、俺達が籍を置く狩人ギルドの暫定の出張所も在るらしい。坊やの話では俺達は一旦ギルドの出張所で受付と照会を済ませ、追ってギルドからの指示を待つ事になるのだそうだ。
てな訳で。貧弱女子共が漸く立って歩く事を承諾したので、俺達は伝え聞いた拠点へ移動しようとしたのだが。当たり前だが此の町を訪れるのは初めてなので、何処に向かえば良いのか誰も分からない。そこで何時もの如く、目に付いた適当な人に道を訊ねようとしたのだが。
「ホラコッチだよ坊や。アタシ達の後に付いて来な」
「全く世話が焼けるねぇ~」
「ウヒッ。逸れないよう、ウチの尻から目を離すんじゃないよ」
すると旅荷を背中に担ぎ直したおばちゃんズが、俺達に同意を求める事無く勝手に先頭に立ってズカズカと歩き始めた。其の場で顔を見合わせた俺達だが、金パツ坊やに小声で促されて、一先ずおばちゃんズの言葉に従う事にした。
おばちゃんズに先導されて歩を進めた俺達は、露店が立ち並ぶ広い通りに足を踏み入れた。視界に入るウィッシの街並みは、ギリンガムと非常に良く似ている。通りを囲む建物の建築様式もほぼ同じだ。また街の到る所で立ち昇る黒煙も、先日ギリンガムで見た街の景色と重なる。しかしながら町を囲む防壁も、周囲の建築物も、俺達が歩く恐らくは町の目抜き通りも、流石に大都市と呼ばれるギリンガムの規模とは比べるべくも無く、総じて小粒な印象だ。
但し、小規模ながらも活気はギリンガムに負けてはいない。通りは雑踏と喧噪で溢れ返り、露店からは絶えず威勢の良い呼び込みの声が響いて来る。まるでちょっとしたお祭り騒ぎだ。鉱物資源の恩恵で元々景気が良いのか、大規模討伐に便乗して大勢の人が集まっているのか、或いは他にも理由が有るのか。俺には知る由も無いし、率先して探る気も無い。其れよりも今は。
「チイッ」
俺の口から、我知らず舌打ちが口を付いた。腹の虫の欲望に従って露店の食い物を目で物色していると、天井から吊り下げられた件のゲロマズソーセージ擬きが目に留まったからだ。あのバイオ兵器がこんな場所でも売ってやがるのかYO。流石に以前迷宮でやむを得ず口にした、スカベンジャーの叩き程の破壊力では無いものの。此の辺りの奴等の味覚は一体どうなってやがんだ。
まあ其れはさておき。周りの雑踏に目を向ければ・・ほ~ん居るねぇ。ソレっぽい奴等がゾロゾロと。一応俺等のお仲間・・と考えて良いのかね。何人か覗き見たところ町中にも拘わらず、随分とガチの武装してやがんな・・・にしても、パッと見る限り随分とガラの悪そうな奴等が多いな。もしや傭兵ギルドの奴等だろうか。狩人ギルドの構成員とてお世辞にも行儀が良いとは言えないが、傭兵ギルドの連中は輪をかけて素行が悪いと、世間様の評判が大層悪いからな。
まあ悪目立ちと言えば、俺達も偉そうに他人の事は言えないが。アホみたいに派手な格好の金パツ坊ややションベン達が目立ちまくってるのは言うまでも無いが、俺とて外套を脱いだら相当に傾いた身なりをしてるからな。
おばちゃんズに先導された俺達は、町外れに在る広場に辿り着いた。広場の奥にはちょっとしたサーカス小屋の如きサイズ感の円形の天幕が設営されており、おばちゃんズ曰く、どうやらアレが大規模討伐の拠点らしい。
足を止めて広場の様子を眺め回すと、其処には十人十色の身なりをした大勢の人々が屯しており、また到る所に小規模な天幕が張られている。其の光景はまるで混雑した故郷のキャンプ場の如き有様だが、張られた天幕は見るからに天然素材で尚且つ使い込まれた実用的な代物ばかりだし、屯する奴等は誰も彼も故郷のモヤシ共とは掛け離れた鍛えられた体躯を誇示しており、更には一癖も二癖も有りそうな雰囲気を醸し出している。
こんな場所で寝泊まりするのはセキュリティ的にも排便的にも不安しか無いが、相互監視がある分人気の無い場所で野営するよりはマシ、なのか?・・・にしても随分と糞尿臭えな。にも拘らず周囲に便所らしき場所が見当たらんのだが、コイツ等一体何処でブリブリしてやがんだ。
・・・などと色々と思う所は有るが、何時までもボケっと突っ立っていても仕方無い。気を取り直した俺は、再び先頭に立って歩き始めた金パツ坊やの背中を追って、拠点と思しき天幕へと足を進めた。




