第245話
ちょっとしたトラブルが有ったものの、俺達は無事鉱山周辺の魔物を討伐する仕事を受注する事が出来た。実際の所、此処まで遠路遥々やって来た挙句、受注が空振ったり、オイオイ聞いてた話と違うんだが・・てな事態に陥る可能性は充分に有った。
何せ此処では故郷と違って、遠方の都市とリアルタイムな情報を正確に共有するなど到底覚束無い上、人々は日本人の感覚では有り得ない位いい加減なトコロがある。なので俺も脳味噌を充分にローカライズするか、或いはインド人にでも成り切って頭スパイシーにしとかないと、再三怒りで沸騰する羽目に成りかねんからな。
金パツ坊やは流石その辺りは心得たもので、もし今回の仕事の受注が上手く行かなかった場合は、暫くの間ギリンガムに滞在して別の仕事を見繕うと話していた。魔物や賊がほぼ駆逐された王都近郊とは違い、此の町では坊や達が実績を積みたい荒事の仕事が幾らでも見込めるからだ。
しかしまあ仕事の受注自体は滞り無く済んだのだが、其の後がひと悶着であった。ひとしきり坊やの無事を喜んだ後、改めて其のフルボッコな顔面を目の当たりにしたションベン達は、それはもうキレにキレ散らかして、場所も人目も憚らず俺に向けて魔法をぶっ放そうとしやがるし。ハァ~、メンドクセ。野郎がちょっとボコられた位で何だっつうの。今は多人数相手の喧嘩に見事勝利を飾った坊やを、手放しで褒め称えるべき場面だろうが。ついでに単独での白星をアシストした俺に対しても、せめて一人頭おっぱい二揉みくらいの褒美を提供してしかるべきであろう。
逆上した二人に対しては坊やが当初は笑いながら、そして終いには怒気を滲ませながら真顔で取り成したお陰で、その場はどうにか収まった。まあどの道ナメクジ並みにトロ臭い此奴等の魔法何ぞ、何発ぶち込まれようが当たる気がしねえけどな。どうやら二人共ズラシの技術も習得して無いみたいだし。
ともあれ一通りの用向きが済んだので、険悪な雰囲気(特に気に留めて無い俺を除く)のまま狩人ギルドを後にした俺達は、坊やの提案で近場に在る酒場で情報の共有と今後の方針を練る事にした。我が腹時計と太陽の位置から判断するに、今の時刻は丁度正午くらいだ。辺境と同じくエリスタルの人々は一般的に昼食を摂る習慣が無いらしいので、店内の客は疎らだ。
鉱山地帯の人々の生活と生命を脅かす魔物や猛獣を討伐する今回の仕事は、ギリンガムから徒歩で丸二日程北方に在る町を拠点に行われる。今回の様な大規模な間引きは定期的に行われているのだが、人的被害に伴って突発的に小規模討伐が開催される場合も有る。
金パツ坊やの話では、俺達が参加するのは一連の討伐の二段目で、暫く前に敢行された一次討伐の残敵掃討に当たるとのこと。狩人ギルドで受けた仕事の依頼元は、此の辺りを治める領主である。勿論大いに危険を伴う仕事なのだが、依頼主が複数の鉱山を運営しているだけあって、金払いはすこぶる良いらしい。そして討伐には領主の私兵を始め、狩人や傭兵、地元の有志等のべ300名以上が参加するらしく、其の際は拠点の町を挙げて派手な催しが行われたり、ギリンガムから遠征した露店が店を開いたりと毎度ちょっとしたお祭り騒ぎとなるそうだ。因みに領主の私兵は直接戦闘に参加する事は殆ど無く、基本後方から偉そうにあれこれと口を挟むだけらしい。
ギリンガムの狩人ギルドで受けられる討伐関連の仕事には、物資の運搬やら天幕の設営、便所やゴミ捨て場の穴掘り、怪我人や死人の搬送等の後方支援も有ったのだが。俺達が躊躇無く受けたのは、最前線で相手をシバく一番キツくて汚くて危険なお仕事である。其の主たる理由は金パツ坊や達の実績と経験を積む為ではあるが、当たり前だが後方支援の仕事は、比較的安全な分報酬もショボい。なので俺達の場合、王都からの遠征費等の必要経費を勘定に含むと、前線でキリキリと働かねば完全に赤字になってしまうという切実な事情も有るのだ。まあガチで切実なのは俺だけかもだが。
そして坊やが丸嬢から聞いた所に拠れば、討伐を取り仕切る連中は前々から拠点の町に滞在しており、既に次の大規模討伐の準備は着々と進められてるらしい。そして俺達急拵えの実働組は、討伐の拠点となる町に一旦集結した後、各々暫定の所属と役割を割り振られて魔物及び猛獣狩りに従事する事に成るそうなのだが。参集の刻限迄には、北方の町への移動の時間を考慮に入れても未だ丸二日程の猶予が有るとの事。
そこで俺達は、各々の意向に従って僅かな余暇を過ごす運びとなった。
俺は出立までの間、ギリンガムの街で諸々の情報収集に勤しむ事にした。特に実際に俺達が交戦するであろう、近隣に生息する魔物や野生動物についての知識は出来る限り抑えておきたい。坊やはチンピラ三人組に手酷く殴られたので、女子組から静養する事を強く勧められていたが、当の本人は空いた時間を無為に過ごす気はサラサラ無いらしい。俺の考えに同調して、独自に情報を集める腹積りの様子だ。
また、坊やの看病を渋々諦めたションベンと乳白色はと言えば。ギリンガムには二人が在籍する魔法学院の支部・・と言うか高名な学院出身の魔術師が創設した私塾みたいな代物が在るらしく、其処を尋ねてみたいとの事。そしてナヨ雄は、護衛として二人に同行する事に相成った。
そして翌日。
俺は情報収集を頃合いを見計らって一旦切り上げて、当座の宿屋へ舞い戻った。調査の進捗は、正直に言うと芳しく無い。まあ調べると言ったって、情報ネットワークは言うまでも無く、有用な図書館だの書庫なんぞが都合良く手近な場所に在るハズも無し。それに例え在ったトコロで俺には閲覧させて貰う伝手が無いし、万が一有ったにせよそもそも俺は字が読めねえし。
なので必然的に、調査の方法は聞き込みオンリーとなる訳だが。
相応の知識を蓄えているであろうギルドの同業者達の口は、余所者の俺に対して一様に重かった。しかも辛うじて面識の有るギルド受付の丸嬢に接触しようとするも、彼女は丸い癖に何故か同業者の野郎共に大人気で、常に応対に追われており悠長に長話をする隙が全く無い。ならばと今度は試しに他のギルド職員に話し掛けてみたら、糞みたいな塩対応で一蹴されてしまった。どうやら以前世話になった赤毛のおっさんみたいな、暇で気の良いギルド職員にはそうそう出会えるものでは無いらしい。
ならばと気を取り直して、今度は露店の店主やら其の辺を歩く通行人に色々訊ねてみるも、市井の連中が魔物に関する有益な情報なんて持ってる訳ねえし。
かくして調査に行き詰まった俺は、一旦仕切り直すべく宿屋の食堂で飯を一杯やりに来た・・と言う訳だ。我が肉体の維持と更なる発展、そして心中に溢れるイライラを解消する為には、栄養価の高い食事を摂取する事が不可欠だからな。
日中の食堂は調理場の竈に火が入って無いせいか、注文した食事を拵えて提供してくれる事は無い。しかし接客のおばちゃんを呼んで金さえ出せば、朝餉の余り物や作り置きの料理を頂く事が可能だ・・と、昨晩宿屋の主人が教えてくれた。
てな訳で。俺は腹の虫の導きに従い勇躍して食堂に乗り込むと、時間帯のせいか他の利用者の姿は無く、しかし何故かションベンが独りで木杯を傾けて居た。そして其の表情は、此方に顔を向けるなりみるみる険しくなる。
カ~ッ!此奴昨日の事未だ根に持ってるのかよ。ホンマに糞ウッゼェな。しかし悲しいかな、此奴と乳白色から連日カマされる理不尽な疎まれムーヴには、誠に不本意ながら随分と慣れてしまった。なのでションベンの眼球から放たれる手前ぶっ殺すぞ光線には委細構う事無く、俺は卓を挟んで此奴の対面の椅子に無言で腰を下ろした。
「何よ平民。目障りだから何処かへ行きなさいよ」
俺と相対したションベンは、顔を更に盛大に顰めて口を尖らせた。
「お前こそ、何とか言う魔術師を尋ねるんじゃなかったか?何故此処に居るんだ」
「五月蠅いわね。お前には関係無いでしょ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「お前、何時まで昨日の事を根に持ってるんだ。本当に面倒臭い奴だな」
「なんですってぇ!」
俺が素直なお気持ち(の一部)を表明すると、バンと机を打つ衝撃音と共にションベンが激昂して立ち上がる。ふむ、相変わらず煽り耐性ゼロだな此奴。
「フェルがあんな目に遭ったのに、よくそんな澄まし顔で居られるわね!」
「あんな目?一体どんな目だ」
「・・・っ!!」
「お~い!飯を頼みたいんだが!」
俺は立ち上がったまま此方を睨むションベンを無視して背後を振り返ると、人の気配のする厨房の奥に向けて声を上げた。すると快活な応答に続いて、見覚えのあるおばちゃんが姿を見せた。俺は此方を見ながら困惑した様子のおばちゃんに対して今提供出来る食事は無いかと訊ねると、返答を貰った朝餉の余り物を注文した。
おばちゃんの手に銅貨を握らせた俺が再び正面に向き直ると、茹でタコみたいなツラのションベンが、こめかみに血管を浮かせながらプルプルと身体を震わせている。
「少しは落ち着いて、座ったらどうだ」
「・・・綺麗だったフェルの顔があんなに・・腫れてッ。血塗れの、ボロボロになって・・お前はッ何とも思わないのっ!」
「それがどうした。あの程度の怪我、質の良い傷薬を使えば直ぐ治るだろう」
つうか俺から言わせれば、あんなモン軽傷も軽傷よ。それに此の世界じゃその辺の餓鬼やジジババの喧嘩ですら、ヒートアップすればあの程度普通にやるわ。ったく此れだから貴族の御令嬢て奴は。ゴロツキ共は顔色一つ変えずに魔法で燃やしてた癖に。それとも奴等に散々甚振られてフルボッコされたあの餓鬼を見て、何かしら思う所でも有ったんだろうか。
「お前のせいでっ!お前が、私達の邪魔をしたからっ!」
「言った筈だ。助力は却って邪魔だと。それにあの時、フェルは俺達に助けなど求めて無かっただろう」
「だからって。もしフェルがもっと酷い目に遭ってたら、お前はどう責任を取るつもりなのよ。私は絶対に許さないから!」
「責任?知らんな。喧嘩を受けたのは彼奴なんだから、責任も後始末も全部彼奴自身が負うに決まってるだろう」
「なっ!?」
俺が膨張しまくったハリセンボンの如く敵意ムキ出しなションベンを適当にあしらっていると、おばちゃんが注文した食事を木皿に乗せて運んで来た。おばちゃんは先程の困惑した様子から打って変わって、興味津々の態で俺達をガン見してくる。ついでに先程から物陰に隠れて此方を覗いてるのもしっかりバレてんぞ。
俺の手元に置かれた皿に幾つか盛られたのは、ムリュだかムーリュだか呼ばれる包み系の料理だ。手で掴んで手軽に食べられるので、此の異界では包み系の料理は総じて庶民の間でとても親しまれているのだ。ムリュは故郷の肉まんに近いパオシュとは異なり、敢えて言うなら見た目食感共におはぎに近い。しかし中の具材には独特な臭みとエグ味が有り、お世辞にも美味いとは言い難い。とは言え栄養価は高そうなので、有り難く頂くが。
「平民とは言え、お前だって曲がりなりにもフェルの仲間でしょうが!何で助け合おうとしないのよ!それに昨日は偶々大事に至らなかっただけで、相手がもっと強かったらどうするのよ」
「ムグッ、其の時は其の時で自分で何とかするだろう。其れに先程も言った筈だ。彼奴は俺達に助けなんて求めて無かった」
俺はムリュを手に取ってかぶり付きながら、ションベンの詰問に応じた。口の中に微妙過ぎる風味が拡がる。ぐむむむっ、コイツは中々に不味いっ。
「自分より上手の強者、想定外の多勢、未知の相手。意に反してそんな奴等と対峙して切り抜けねばならん状況何ぞ、世の中には幾らでも転がっている。お前はそんな時、何時だって都合良く助力を得られると思うか?まして彼奴の目指す先を考えれば、何れは自分はおろか他人の命運すら切り拓く事を求められる立場だぞ」
「だ、だって今は・・」
「そう。今はまだ良い。彼奴は騎士学院で学ぶ、言わば半人前にも及ばん立場だ。しかし何れ学院を出て、一端の騎士にでも成れば・・・その先には喧嘩どころか、庇護も言い逃れも望めぬ実戦が避けては通れんだろう。となれば今の内に充分な場数を踏んでおかねば、それこそ容易く死にかねんぞ」
「・・・・」
「フェルも其の辺り、色々と考えて居るのだろう。心中焦りもあるやも知れん。だから貴人の身でありながら先日は自ら賊の討伐に身を投じたり、今回とて本来なら王都で悠々自適に過ごせたろうに、遥々遠方の都市まで来て危険な仕事を受けたりしたのだろうさ」
俺がムリュを頬張りながら糞偉そうに能書きを垂れていると、今迄キレ散らかしてたションベンの威勢は何処へやら。何と無言のまましょぼくれて俯いてしまった。うはははっ実に爽快な気分っ。我が舌も滑らかに良く回るぜ。
「人の器の大きさ何てのは、生まれた時から決まってるのやも知れん。しかし乗り越えた苦悩は器の底を穿ち、流した血と汗と涙はより深く器を満たすものだ。己が向き合うべき苦境を何時までも他人任せのままにしては、上っ面だけ成長しても底の浅い人間にしか成れんぞ。其れともお前は、フェルが甘ったれの半人前のままで居るのを望むのか?」
まあ下手に負荷が掛かり過ぎると心が折れたり身体が不具になったり、最悪くたばる場合も往々に有るだろうが。勿論都合の悪い事は口には出さない。
「違う!私は、私は・・・・・いや、私が・・・間違ってた」
するとションベンは俯いたまま、死に掛けたハムスターのションベンみたいなか細い声を上げた。
「そんな事を俺に言っても仕方あるまい。フェルの奴昨日は随分と怒ってたから、其の台詞は彼奴に聞かせてやるんだな。あとギルドであれだけ騒ぎを起こして恥をかかせた件も併せて、ついでに謝罪でもしたらどうだ。勿論ロディアルに対してもな」
「・・・・うん。分かった」
「お前もフェルと同じく、何時までも半人前の子供じゃ居られまい。なら自分の事だけ考えるんじゃなく、他人の気持ちを少しは汲み取る事だな」
俺は肩を落としたまま振り向いて食堂を後にするションベンの背中に向けて、更に一言付け加えた。勿論、自分の事は盛大に棚の上に叩き込んで、だ。
くぁ~!昨日から場の空気が余りに煩わしいのと、其の場の勢いで心にも無い・・訳では無いが厚かましい御託をゴリゴリ並べちまったぜ。コレだから他人に説教じみた事言うのは嫌なんだよ。我ながら反吐が出るね。
「で、お前はどうするんだ」
ションベンが食堂から立ち去った直後。俺は残り一つとなったムリュを口に運びながら、食堂の出入口に向けて声を掛けた。
すると出入口の影から、乳白色が姿を見せた。ションベンとの会話の途中から此奴が隠れて聞き耳を立てていたのは、俺は勿論察知していた。ついでに宿屋のおばちゃんも、今尚厨房の奥から俺達をガン見している。
「・・・私も昨日の事、フェルに謝ってくる」
「そうか」
乳白色は無表情なまま俺に一言告げると、此方に背を向けて何処かへ歩き去った。
ま、此れで彼奴等の俺に対する当たりが、僅かでも改善してくれりゃ良いんだが。




