第244話
俺達の騎鳥と嵩張る荷物を預かって貰える厩舎は、門から幾らか歩いただけで直ぐに見付かった。本来は旅人達が都市に滞在する間、代価と引き替えに人族の宿舎に入れない荷鳥や荷蜥蜴を預ける獣舎らしいのだが、聞けば希少な騎鳥も問題無く受け入れて貰えるそうだ。しかも街道の宿場町に在ったショボい厩舎と違い、代金に色を付けろと横柄に要求される事も無かった。何とも素晴らしい。サービス業とはかくあるべきだな。
騎鳥達に積載した旅荷を降ろした俺達は、業務を取り仕切る厳ついおっさんの案内で獣&糞臭い木造の厩舎へと足を踏み入れたのだが。オイコラ黒羽。無暗に余所様の荷鳥達を威嚇するんじゃない。コイツ先日訪れた宿場町の厩舎で、隣に繋がれてた矢鱈ゴツい鱗鳥を迂闊にも挑発しまくってフルボッコされた事をもう忘れよったんか。余計な所で鳥頭を発揮するんじゃねえよ。
アホ鳥がまるで他校の縄張りに乗り込んだ芋ヤンキーの如く、厩舎内に居並ぶ鱗鳥達に対して無駄にイキり散らすので、俺はアホを軽くシバきながら力任せに連行して指定された柱にどうにか繋留した。此奴には人語を解せないと分かっちゃいるが、俺は口頭で釘を刺さずには居られなかった。
「俺達が戻るまでの間、此処の世話役の人達に大人しく従うんだ。いいな。くれぐれも暴れたりするんじゃないぞ」
縄で繋がれた黒羽の前に仁王立ちした俺は、不貞腐れた態度で逸らしたツラを両手で挟み込んで強引に引き戻すと、其の目を目力を込めて真っ直ぐに睨みながら滾々と言い含めた。いやホントマジで頼むよお前。
「ハハッオイ兄ちゃん!シークゥの世話に関しちゃ、ソイツは余計なお世話ってモンだぜ。素人は黙って俺達に全部任せときな」
すると俺達の近くで干し草の束を担いだ長身の男が、此方を向いて笑いながら野太い声を上げた。イヤだって、コイツ全然普通じゃねえから。他の行儀良い子達とはまるで別物だから。ホントに大丈夫?宿場町でたかだか一晩預けるのとは訳が違うってのに。確かに此の厩舎の人達の見た目は皆屈強そうに見えるけど、体高三メートル越えのコイツがピヨって暴れ狂ったら流石にヤバない?
・・・・いや、止そう。今更グダグダ言っててもしゃーなし。男の言う通り、当面の間コイツの事は専門家に一任しよう。それに此処まで偉そうに豪語された以上、もし何か由々しき事態が起きても俺は知らぬ存ぜぬ一切の責任は負わぬ。
黒羽を含む騎鳥達や、人力で運搬するのが困難な分の旅荷を厩舎に預けた俺達は、預かり賃を支払った後、改めて荷物を纏め直して厩舎を後にした。引受人のおっさんに対しては黒羽は気性に難ありだから、くれぐれも扱いには気を付けてくれ・・と、一応念押しはしておいた。なので後の事は知らん。暴れて死人が出たり、逆に駆除されて鳥肉にならない事を祈ろう。
鉱山都市(と俺が勝手に呼んでる)ギリンガムは、王都から見れば辺鄙なド田舎である。何せ此処から北方には幾つか小さな町や集落が点在するのみで、更に足を延ばせば鉱山地帯と、超危険な未開の地が拡がるのみだ。
そんなド田舎にしては都市の規模はそれなりだし、赤の街道のお陰か或いは鉱山の恩恵に拠るものか、街には随分と活気が有る。目抜き通りぽい通路には人と喧騒が溢れ、通路の端には雑多な露店が立ち並ぶ。
周囲に見える街の景観には、他の都市と比べて特筆すべきモノは見当たらない。例えば人々の住居と思しき建築物は、目に見える限りでは基本石や煉瓦で造られており、木造建築は意外と少ない。其の造りは総じて粗末で、王都と違って三階建て以上の高層建築は見当たらない。但し、都市の中心部は小高い丘となっており、高台を囲う防壁の奥にはやたらデカい建物の一部が此処からでも垣間見える。恐らくはあの辺りが高貴な身分だったり、都市の支配階級の居住地なのだろう。
強いて街中で目立つ代物を挙げるとすれば、至る所で見掛ける半裸のムサ苦しい男達だが、今の季節ならば半裸族は他の町でも特に珍しくは無い。それに見るからに汗臭そうな野郎の裸なんて、HALFだろうがFULLだろうが俺には全く以てどうでも良いし。
他には周囲を見渡すと、各所で不穏な黒煙が立ち昇っているのが見えるくらいか。もしや火事・・てな訳では無さそうだな。周りの人間が全く気にも留めて無いし。
てな感じで景観は何て事は無いのだが、一つ気掛かりな事が有る。無駄に大自然に溢れた此の異界では珍しく、街の空気がやたら悪いのだ。いや雰囲気やら治安では無く、文字通りの意味で。大きく深呼吸をすれば僅かな硫黄臭が鼻を突き、喉奥があっという間にザラ付く。理由は定かでは無いが、此の汚れた空気は如何にも鉱山都市って感じがするな。鉱山と言えば鉱毒やら公害の存在がどうしても頭に浮かぶし。
しかしまあ、幾ら気にしたトコロで俺に何か出来る訳も無し。此処に長期滞在する予定も無いので、今だけは我慢する事にしよう。
それからは評判の良い宿屋を求めて、俺達は目に付いた地元民らしき人達や露店の店員に道を訊ねながら街中を歩き回った。因みに地元民とは意思疎通は全く問題無いが、連中訛りが結構酷い。しかし露店の兄ちゃんにプッお前訛ってんぞと指摘したら滅茶糞ブチ切れて殴られそうになったので、余り触れない方が良さそうだ。
幸いにも金パツ坊やのイケメン効果や人当たりの良さも相まって、些か値は張るものの好条件な宿は直ぐに見付かった。俺としては宿泊の手続きだけ済ませて其の足で狩人ギルドを訪れても良かったのだが、仕事の受付の期日までには幾らか余裕が有るのと、女子組がギャースカと糞うるせえので、結局坊やが二人の熱望を受け入れた形で今日は街を軽く散策してそのまま宿に落ち着く運びと相成った。
その後、ウッキウキな女子二人に挟まれる金パツ坊やの背中を眺めながら、連れ立って背後を歩く俺とナヨ雄は空し過ぎる友情をチョットだけ深めた。ああ、我が激情の赴くままに背中の水樽で彼奴等のド頭をカチ割る事が出来たのなら、とてととてもと気持ちが良いだろうなあ・・・・おいナヨ雄君。いい加減僕の肩から手を離しなさい。知性と理性に溢れた現代人たる此の僕が、マジでそんな事する訳無いでしょ。
迸る妬みとひと握りの悲しみで寝台を濡らした翌朝。
例によって惰眠を貪る怠惰な雌共を金パツ坊やが叩き起こすと、宿の食堂で朝餉を済ませた俺達は、ギリンガムの狩人ギルドに足を向けた。ギルドの凡その所在地は、昨日の内に聞き込みを既に済ませてある。
時折り道行く人に場所を尋ねながら狩人ギルドに向かった俺達は、幸いにも殆ど迷う事無くギルドの建屋に辿り着く事が出来た。其のサイズは一般的な住居よりは遥かに大きいものの、造りのチープさは大して変わらない様に見える。そして石造りの壁には、文字が刻まれた木製の表札が掲げられている。富裕層かつ学校通いな坊や達は勿論読み書きは堪能だが、今の俺も不断の努力の甲斐あって、特定の単語だけならどうにか読める。表札を見た限り、此処がギリンガムの狩人ギルドで間違い無さそうだ。
建屋の入口には固い手触りの布が垂れ下がっているだけで、扉の類は見当たらない。些か不用心に見えるな。俺達は腕で布を押し広げて入口を潜った。すると、
(ほう・・)
俺は内心で思わず感心する。学校の教室の軽く数倍はあろうかと思われる広い空間は、様々な装いの同業者達でごった返している。ギリンガムの狩人ギルドは随分と盛況なご様子だ。そして建屋の中に足を踏み入れるや否や、大勢の同業者一同の視線が一斉に俺達・・・と言うか金パツ坊やと女子二人に集まる。坊やの見た目は言わずもがな。そして女子組は、ド派手なローブを着てアホ程目立ちまくってるからな。
部屋に足を踏み入れた俺達は、同業者達の熱い注目を浴びながら歩を進めて幾つか在る受付カウンターから伸びる待機列の最後尾に並んだ。う~む、しっかし周りからの視線がウザ過ぎるぜ。此の世界の連中は、相変わらず無遠慮に他人の事をガン見しよるな。坊や達は気にする素振りも見せないが、正直滅茶糞居心地が悪いんだが。
待機列の回転速度は思いの外悪く無く、左程待つ事無く俺達の順番が回って来た。受付カウンターにはブ、もとい恰幅の良いお姉さんがドスンと陣取り、金パツ坊やの端整なツラを見るなり露骨に相好を崩した。チッまたかよ。
「へぇ、フェイルニール君は遥々王都から来なすったのね。此処までの長旅はさぞ大変だったでしょう」
「ええ。貴方の言う通り流石に遠かったですね。なので此処に辿り着く迄に色々有って、本当に大変でした。それで早速なのですが、俺達は鉱山周辺の魔物を討伐する仕事を受けに来たんです」
丸い肉体の受付嬢と互いに挨拶と名乗りを済ませた金パツ坊やは、雑談を早々に切り上げて仕事の話を口にした。まあ俺達の後ろにも未だ他の同業者が並んでるからな。
「あら、そうなの。北の間引きの仕事はかなり評判だし、実入りも良いから遠方から依頼を受けに来る狩人は珍しくは無いけれど。でも普通はもっと早くから此の町に入って、別の仕事で稼ぎながら受けるものよ。旅の時間や旅費を勘定に入れると、間引きの仕事だけじゃ割に合わない事が多いからね」
「俺達も出来ればそうしたかったのですが・・・俺は王都のアルマーダ騎士学院の学徒です。なので自由に使える時間は限られているので」
坊やは苦笑いを浮かべながら、雑嚢から取り出した暫定のギルドカードと王都のギルドからの紹介状等の束を丸嬢に差し出した。
「成る程。そういう事ね。アルマーダの学生さんなら、卒業した騎士様から勧められたのかしら。それなら、報酬よりも実績や経験がお望みなのね」
坊やの話を聞いた丸嬢は、受け取った皮紙に目を落としながら得心がいった様子で頷いた。いやいや、俺が望むのは報酬オンリーなんだけどね。今は余計な口は出さないけど。
「アロア!少しの間、此処を代わって貰えるかしら!幾つか確認したい事が有るから、フェイルニール君は私と一緒にあの卓へ行きましょう。あと手続きにはもう少々時間が掛かるので、お連れの方々は彼方で待ってて貰えるかしら」
背後を振り返った丸嬢は良く通る声で別の職員を呼ぶと、金パツ坊やに対して一緒に場所を移るよう促した。そして今度は俺達の方を見て、他の同業者達が集まる部屋の一角を指差した。どうやら受注の手続きには、ある程度時間を要するらしい。
「じゃあ俺達は手続きを済ませて来るから、皆は部屋の何処かで適当に待っててくれ。詳細は後で改めて話そう」
てな訳で。受付カウンターを後にした俺は部屋を見渡すと、据え置かれたバーテーブルぽい小さな円卓の一つが丁度空きそうな様子が垣間見えた。そこで気配を殺して迅速に移動した俺は、ギルドを立ち去った同業者と入れ違いで素早く空いた卓に陣取った。少し遅れてナヨ雄とションベン達も、首尾良く待機場所を確保した俺を見て此方に合流した。
しかしながら、坊やの身柄を丸嬢に奪われた形となったションベンと乳白色は、其れはもう不機嫌極まりないご様子。そして此奴等から延々と丸嬢への恨み節を聞かされる俺の機嫌も、スカイツリーの天辺から紐無しバンジーをカマす勢いでデンジャラス急降下だ。グダグダグダグダとマジで糞うっるせえぇな。俺に文句ブー垂れてもそんなん知るかボケッ。
俺とションベンと乳白色。互いの理由は違えど全員超絶イライラしながら金パツ坊やの帰還を待ちわびて居ると、受付カウンターの前に漸く手続きを済ませたらしい坊やの姿が見えた。ところが。
坊やが此方に来る素振りを見せた矢先、見るからに柄の悪そうな三人組の男に囲まれた。おいおいマジか。何処の町にもあの手のアホは湧いて出るもんなんだな。しかし思い返せば坊やの奴、初対面の時もチンピラぽい奴に絡まれてたな。まあ確かに如何にも絡まれ易そうな外見ではあるが。
「おうおう。随分とお綺麗な格好してんじゃねえか。餓鬼の分際でよぉ」
「お前のツラは昨日も見たぜぇ。女を二人も侍らせやがって」
「オイッ!テメェ。何だその目は。ちょっとツラが良いからって生意気なんだよ!」
「あ~あ~お前、目上への態度がなってねぇなあ。それじゃあ仕方ねぇなあ。じゃあ、ちょっとだけ俺達と一緒に来て貰おうか。正しい礼儀作法って奴を、俺達がじっくり教えてやるよ」
そして俺の発達した聴覚には、聞き耳を立てる迄も無くチンピラ三人組の声が明瞭に聞こえて来る。
うわぁ。お前等の気持ちは痛い程分かる。分かるけれども、幾ら何でも其のムーヴは余りにショボ過ぎるだろ。俺、恥ずかしくて直視出来ねえよ。しかも三人組が身に纏う服は揃って何だかボロいし、その上の革鎧も何だか所々変色してて汚ねえし。まあ身形に関しては、俺も余り他人の事は言えないが。
「ちょっと!アイツ等!」
「・・・殺す」
俺がおやつ代わりの干し肉を齧りながら其の様子を見物していると、案の定ションベンと乳白色がブチ切れて、即座に坊や達の方へ突貫しようとする。が、しかし。
「待て」
俺はタッチの差で狂犬共の後頭部を両手で鷲掴みにして、其れ以上動かないよう拘束した。
「ちょっと、何するのよ!離しなさいよ!」
「・・・死ね!」
ションベン達は喚きながら俺の拘束から逃れようと暴れるが、勿論此奴等程度の力で俺の握力と腕力をどうこう出来るハズもない。しかしそんな事より、周りの人達から向けられる不審の眼差しが痛いのなんの。
「良いだろう。仲間を待たせてるので、手早く済ませようか」
そうこうする内に、金パツ坊やがチンピラ三人組の戯言を受け入れると、連中の一人が坊やの肩に腕を回して、三人掛かりで坊やをギルドの外に連行していった。其の際、坊やは一度だけ此方を振り向いて、其の不敵な面構えと目が合った。う~む、あのツラで見下されたら確かに腹立つかも。
坊やの姿が見えなくなると、ションベン達は益々ヒートアップしてキーキーと喚き出した。
「フェルが危ないじゃないの!一体どういうつもりっ!」
「離せ離せ離せ!・・・今直ぐ離さないと殺すぞ」
「無粋」
俺は鷲掴みにした後頭部達に向けて、一言言い放った。
「何ですってえ!?」
「別にアイツは俺達に助けを求めてなかったろう。余計な邪魔をするな」
「ふざけるなっ!相手は三人掛かりなのよ!私達が助けなきゃ」
「・・・もしフェルの身に何かあったら、どうしてくれる」
おいおい。ほんの少し前に地下遺跡で大人数相手に派手な殺し合いをしたばかりだってのに、今更だろ。此奴等もしかすると、野郎を駄目にするタイプやも知れんな。
返り討ちにするにせよ逃げるにせよ、手前に売られた喧嘩の始末くらい手前で付けなくてどうするよ。自分のケツ拭き何ぞ一端の野郎なら最低限。まして非力な女に拭かせるとか糞カス未満だろ。まあ腕力に自信の無いモヤシなら、頭や金を使ったり他人に助力を請うのも一つの手かも知れん。しかしアイツが志すのは、集団を率いて戦闘も熟す腕利きの騎士だろうに。
・・・もし本当に何かあったら?その時はちゃんと手を合わせて供養してやるさ。
「まあ、そういう事だ」
俺はキーキーと五月蠅い後頭部からの声を黙殺すると、ナヨ雄の方を振り向いて一声掛けた。ナヨ雄は眉を顰めながらも、特に何も言わずに頷いた。
其れから暫くの後。俺は変わらずションベン達の後頭部を掴んだままである。そしてナヨ雄は其の正面に回って、フライング更年期の如くヒスる二人を懸命に宥める異様な絵面である。ああ、周りの同業者達の視線が痛恥ずかし過ぎるぜ。
俺が突き刺さる好奇の視線に耐え忍んでいると、部屋の出入口の布が押し拡げられて、一人の年若い男が姿を現した。其の男は勿論、金パツ坊やである。そして真っ直ぐに此方に近付いて来た坊やを見て、俺はションベン達の後頭部を解き放ってやった。
「フェル!」
俺の拘束から解放されたションベン達は、物凄い勢いで金パツ坊やの胸に飛び付いた。そんな坊やの端整な顔は。
節々が腫れ上がり、特に片頬はパンパンに膨らんでいる。更に右目の辺りは内出血で青黒く染まり、鼻血の痕も生々しい。どうにか爽やかイケメンの面影は残っているものの、何とも無残な有様だ。おおう、結構派手にやられちまったな。あの三人、見た目に拠らず結構腕が立つんだな。
「・・・で、勝ったのか?」
齧っていた干し肉を飲み込んだ俺が訊ねると、坊やは腫れ上がった顔に不敵な笑みを浮かべながら、グイと握り締めた拳を俺達に見せ付けた。
其の姿を見た俺は、自然と頬が緩む。俺はナヨ雄と目を合わせると、何も言わず三人で互いの拳を合わせた。




