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遥か異界の地より  作者: 富士傘
一丘之貉傑雛聚合編
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299/306

第243話

紺碧に晴れ渡った空。


眩しく照り付ける太陽の光。


爽やかに吹き抜ける青臭い風。


俺は規則正しい呼吸のリズムを刻みながら、赤茶けた石材が織り成す原始的な舗装路をひたすらに駆け続ける。露出した肌から吹き出る汗は忽ち乾燥した大気に拡散し、身体から心地良く余剰な熱を奪い去る。背負った旅荷に括り付けられた水樽が揺れ、僅かな水音が耳に届く。


ふと視線を巡らせると、俺の背丈を遥かに超える巨大な鳥の姿が目に留まる。全身を艶やかな黒羽根に身を包み、俺と並んで軽やかに疾走する其の巨躯は、何とも威圧的でありながら、同時に頼もしくも見える。


再び前方に視線を戻せば、巨鳥の背に跨って前方を走る幾人かの人族の姿が視界に入る。故郷では存在し得ぬ其の後ろ姿はとても幻想的で、何処ぞの精巧なCGやら絵画と見紛う光景だ。とは言え耳朶を打つ鳥達のリアルな足音と、鼻を突く獣臭が俺が空想に耽る事を許さない。


事前に計画してあった、赤い街道における最後の宿泊地は既に抜けた。今回の旅の第一の目的地である鉱山都市ギリンガムは、あと一息の距離迄迫っているハズだ。


とは言っても、目的の都市の姿が不意に目の前に現れる訳では無く。しかし其の前兆は、街道の随所に見受けられる。


暫く前より足元は人の手で舗装され、更には硬い石の舗装路には鮮明な轍の跡が刻まれている。道の脇には一定の間隔で、人工物と思しき石塚や街路樹ぽい樹木が散見されるようになった。また、他の旅人達と鉢合わせる頻度も随分と増した。其の中でも特に目立つのは、大量の原木を積載した荷車を牽く荷鳥や荷蜥蜴である。騎鳥を駆る俺達・・もとい騎鳥を駆る金パツ坊や達と己の脚でつっ走る俺は、幾度か脚の遅い荷車を後方から追い抜く事となった。


それから一時の休憩を挟んで、更に走り続ける事体感で凡そ1時間。先頭を走っていた金パツ坊やが突如笛の合図を一つ鳴らし、次いで徐々に速度を緩めて騎乗した騎鳥の脚を止めた。そして、


「おおい皆、見てみろよ。多分あれが俺達が目指すギリンガムの町だ!」


此方を振り返った坊やは、人差し指で前方を差し示しながら高揚した様子で声を張り上げた。普段は大人びた態度の坊やだが、こういった時には年相応に見えるな。


すると釣られて坊やが指差す方向に顔を向けたナヨ雄やションベン達も、同じ光景を目にしたのか次々と歓声を上げる。


が、しかし。う~む・・幾ら目を凝らしても、俺には地面の起伏に遮られて何も見えんのだが。単純な視力は坊やよりも恐らく俺の方が上な筈だが、目視出来無いのは俺独りだけ徒歩で視点が低いせいだと思われる・・・・まあいっか。跳び上がって視点を変える事は可能だろうが、今の俺の脚力でいきなりバッタみたく全力ジャンプなんぞしたら、特にションベン達からさぞ気味悪がられそうだし。一方でよもや人語を解するとは思えんが、急に踏ん反り返って露骨に此方をチラチラ見る黒羽の背に跨るのも、何となく癪に障る。まあ狩りの獲物と違って、都市は放って置いても逃げ隠れなんてしないだろうしな。


ひとしきり遠方に見出した景観を堪能した(俺以外)後、俺達は金パツ坊やの号令に従って再び街道を走り始めた。


其れから暫く経つと、漸く俺の視界にも周囲とは異彩を放つ構造物が見えて来た。成る程。俺達が歩を進める街道の更に先。丘陵地の麓に拡がる居住地を守る防壁と思しき石造りの建造物は、確かに今迄俺達が経由した街道の宿場町に在ったソレと比べると、随分と堅牢かつ規模が大きく見えるな。昨夜見せて貰った街道の地図の記憶や、目に見える限りの構造物の規模から察するに、坊やの言った通りアレが俺達が目指すギリンガムで間違い無さそうだ。


しかし騎鳥の俊足で丸九日、か。俺は休まず身体と脚を動かしつつも、遠景を眺めながら物思いに耽る。


思えばエリスタルの王都から随分遠くまで来たもんだ。道中雑多なトラブルにこそ見舞われたものの、越境が思いの外円滑に済んだ事も有り、旅程はほぼ予定通りと言って差し支えないだろう。


因みに王都と其の周辺の地は、勿論エリスタルの王(今更だが地球の「王」と同一の概念なのか定かで無いが、面倒なので気にしない事にした)が直接統治する王領の一部だが、此の辺りの地域はとある地方貴族の領地である・・らしい。そして此の国で一般的に街道を伝って領跨ぎをするには、領境等に設けられた所謂関所で武装した兵やら役人を相手に何かと煩雑な手順と、加えて金が必要になる。尤も、俺独りなら越境する際に街道なんて使わんし、以前の旅では同行者にお偉い軍属であるストイケ様が居たお陰でほぼ素通りだったけどな。


但し赤の街道の関所に限れば、先代の王の治世の頃より王都から派遣されたとても優秀な役人達が駐在している。その為、事前に正規の手続きさえ踏んであれば、越境は他の街道と比べて格段に手際良く済むのだ。


しかし逆に正規の許可や身分証が無かったり、例えば旅荷が少々イリーガルだったり何て場合には、果たして真っ当に街道を抜けて越境する事は可能なのだろうか・・・実際の所そういった場合は、関所越えの成否は役人への袖の下次第である事は言うに及ばず、である。袖の下の作法や強請られる金額に違いこそあれ、赤の街道の関所も勿論例外では無い。


とは言ったものの、実は先代のエリスタル王は臣下の汚職に対して滅茶糞厳しかったらしい。其の治世においては仮に違法な賄賂だの横領といった類の汚職が発覚した場合、咎人が例え貴族階級の高級役人であっても場合に拠っては奴隷落ちやら首チョンパまで、厳しい刑罰が容赦無く断行されてたそうな。しかし王が代替わりし、また時を経た事で、役人達は随分とタガが緩んでるみたいだ・・と、此処までほぼストイケと金パツ坊やからの受け売りである。


少々話は逸れたが、此処まで遥々旅して来た俺達はと言えば、PTリーダーである金パツ坊やが狩人ギルドやら騎士学院の威光や、更には自前のコネをフル活用して事前に手を回してくれたお陰で、拍子抜けする程つつがなく、しかも袖の下処か驚く程安価な通行税を払うだけで越境出来たと言う訳だ。


にしても坊やの野郎、爽やかイケメンの癖に顔面以外も隙が無さ過ぎないか。男は顔じゃねえ、中身だ。と、顔面強度に恵まれなかった野郎としては声を大にして叫びたいのは山々なのだが。俺が此奴に勝てる要素て、腕っぷしと尻穴の清潔さくらいしか無えじゃん。漲る劣等感がハンパ無いんだが。


折角ハイレベルな爽やかイケメンに生まれ付いたんだから、お前は欲を張らず見た目オンリーで勝負してくれや・・・いや、止めよう。妬み嫉みといったネガティブ思考で嘆いたトコロで、後に残るのは空しさだけだ。俺は俺なりに、己の持ち味を生かして天の差配に抗ってみせるぜ。先ずは今日から排便の後には、アスクリンで尻穴の皺の隅々まで念入りに洗浄する事にしよう。それにイザとなれば我が腕っぷしを存分に生かして、坊やの下穿きを力づくでキャストオフして其の容姿に目が眩んだ女共にケツ穴のスメルを嗅がせてやろう。さすれば戯れの恋など瞬時に冷めると言うものだ。



目的地が近付くにつれ、街道の周囲では農地やら小さな集落やら用途不明な石造りの塔が目に留まる様になった。遠目には一筋の川の姿も見える。其れ等を横目に、俺達は更に先へ先へと歩を進める。此の辺りまで来ると街道の道幅は幾分広がり、行き交う人々と頻繁に擦れ違う。俺達は徒歩の旅人を騎鳥で跳ね飛ばさないよう速度を緩め、速足で都市の入口を目指した。


先頭を歩く坊やの誘導で街道を離れて支道に入った俺達は、遂に鉱山都市ギリンガムの防壁を間近に望める地点へと辿り着いた。此処からでは未だ都市の内部は見え無いが、其の感想はまあこんなもんか、である。


確かに道中で立ち寄った幾つかの街道の宿場町よりは大規模な都市と見受けられるが、流石に俺達が拠点とする王都とは比べるべくも無い。まあ当たり前だろうが。防壁は石材か或いは煉瓦の様な建材を積み重ねて、隙間を泥かセメントだかで埋めた造りである。高さは5から10m足らずと言ったトコロか。王都を囲う圧巻の巨壁と比べてしまうと、造りもサイズも随分とショボい。山で鍛えた視力で注視してみると風雨に晒され続けたせいであろうか、所々崩れ掛けてるし。


都市の周囲には背の高い樹木は生えておらず、他に背の高い遮蔽物が無いので防壁に設けられた都市の出入口と思しき門は直ぐに見付かった。其処には入門待ちと思しき人々が列を成しており、騎鳥から降りた坊や達と俺は其の最後尾に付いた。何羽もの騎鳥を引き連れた姿は兎に角目立ちまくる為、列に並んだ俺達は周囲の連中からは好奇の目でアホ程ガン見される。まあ今回の旅に出てからは毎度の事だ。


それから金パツ坊やが傍で目に留まった商人風な旅装の旅人に気さくに話し掛けて色々と訊ねてみたところ、どうやら都市の出入口は此処で間違い無さそうだ。


俺達はやたら好奇心旺盛な商人風の男と旅の情報交換をしたり、都市に入ってからの行動方針についてあれこれと話し合っていると、待機列に並んでから体感で小一時間程で俺達の入門手続きの番となった。


入門の手続を行う数名の門兵達は、飾り気の欠片も無い武骨な金属鎧を身に纏い、しかも全員揃って髭モジャの大層ムサ苦しい男達である。もう一度言おう。大層ムサ苦しい。


俺達の拠点である王都や、以前滞在した芸術の都と呼ばれるリュネサスの衛兵達は、時には目を引かない程度に流行の形状に加工した金属鎧や革鎧を着こなし、あるいは鎧の表面にさり気なく装飾を施したりと総じて小洒落た装いをしていた。また髭率は非常に高かったものの、多くの者のソレは綺麗に整えられており、ムサ苦しさが最小限に留められていたのだが。


対してギリンガムの門兵が身に纏う鎧は、加工した金属板を雑に組み合わせだだけに見える飾り気皆無な代物である。しかも顔の下半分を覆う髭は見るからに不揃いで、髪も碌に洗って無いのかボサボサか或いはギトギトにテカっている。・・・う~む、俺が言うのも何だが、此奴等実にモテ無さそうだ。カッペの見た目がどうにも垢抜け無いのは、何処の世界でも大して変わらないんだな。個人的には武骨な見た目は嫌いじゃ無いんだが、臭いのだけは勘弁して欲しいぜ。


都市への入門の手続きは越境の時と同様に、殆ど金パツ坊やにお任せである。なので俺は狩人ギルドの身分証を提示するだけだ。坊やとナヨ雄が全員分の記帳と税の支払いを済ませ、入門の手続き自体は滞り無く済んだ。しかし其の際、若い門兵達がションベンと乳白色に露骨過ぎる好色の目を向けて来やがったので、二人からまるで汚物の如く盛大に避けられていた。其の冴えないムーヴを見てると、何故だか無性に羞恥心が込み上げるんだが。お前らそういうトコロだぞ。


門を潜り抜けた俺達は、いよいよ鉱山都市の内部へと足を踏み入れた。未だ日没までには余裕が有る。先ずは騎鳥達を厩舎に預けて、お次は宿探しである。そして宿を確保して腰を落ち着けたら、今度はギリンガムの狩人ギルドを訪れる手筈だ。


此の都市は旅の終着点と言う訳では無く、ギルドの仕事は更に北方の鉱山地帯に在る町が拠点となる。但し、此処から先の集落には狩人ギルドの窓口が存在しないので、王都のギルドで貰った紹介状や請書的な書簡をギリンガムの支部に持ち込んで、改めて仕事を受注する流れとなる訳だ。


街道とは違い、都市の地図は貴族である坊や達であっても容易に入手する事は叶わないそうだ。そこで俺達は適当に道行く人に訊ねながら、騎鳥を預けられる厩舎を探す事にした。

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