第242話
普段よりも随分と高い視点に拡がる景色は、見渡す限りの原野と森。そして行く手には、唯一文明の爪痕を声高に主張する一本道が遥か先まで伸びている。
都市を離れ、更に其の周囲に拡がる農地を抜ければ、後にはもう人の手の及ばぬ大自然の営みが在るのみだ。其の辺りは、大国と謳われるエリスタルとて辺境と大差は無い。何処にでも人の営みを垣間見る事が出来る故郷とは、文字通り隔世の感が有る。
騎鳥に騎乗して街道をひた走る俺は、規則的な振動に身を委ねながら鼻で大きく大気を吸う。すると、俺の鼻腔を雑多な匂いが吹き抜ける。無論、最も濃いのは俺が跨る騎鳥の獣臭だが、他にも草木の匂いや土の匂い、更には素性も知れぬ様々な匂いを感じられる。一見すると似たような大自然の風景であっても、場所が変われば気候も植生も土壌も異なる。自然と、感じられる匂いも地域に拠り多種多様だ。
とまぁ、異界の大自然の息吹を全身で味わう俺だが、そんな事は割とどうでも良い。
何故なら俺が騎鳥に騎乗して旅を続ける上で、非常に重大な問題に直面したからだ。
其の問題とは・・・
・・・騎鳥に乗るの、飽きちゃった。
いや其れ以上に、此のままボケっと騎鳥の背に跨って揺られていると、プリップリに磨き上げたマイボディが鈍る気がして、とてもとても歯痒い気分なのだ。
そこで俺は、一計を案じた。
それから暫しの間走り続けて、続いて街道の水場で束の間の休息を過ごした後。黒羽に騎乗して隊列の最後尾で再び走り出した俺は、頃合いを見て空中に身を躍らせた。そしてロンダートと後方二回宙返りをキメて十字ポーズで着地すると、ダッシュで先行した黒羽に追い付いて、横並びに走り始めた。此の程度のペースなら何ら問題無いとは思うが、先ずはお試しで空身で行ってみようか。因みにワザワザこんな回りくどい方法で自走し始めたのは、一度騎乗しないと黒羽を走らせられなかったからだ。
唐突に己の背から飛び降りて並走を始めた俺に対して、黒羽のリアクションは言語化すると は? 嘘やろ? ちょっとアンタ何やってんの? てな感じで驚愕の三度見だ。ややウケる。中々お笑いの才能あるよ、キミ。
困惑してあからさまにキョドりまくる黒羽は無視して、俺はフォームを整えて街道をひた走る。こうして自らの脚で走ると、騎鳥達の走るペースが相当なものであると分かる。体感ではあるが、地球基準で凡そ時速20km超は出とるやも知れんな。成る程。金パツ坊やがドヤる訳だぜ。しかし俺とて、街道を走って移動するのは慣れたものだ。
俺と黒羽は隊列の最後尾な事もあり、前方を走る坊や達は俺が騎鳥から飛び降りた事に全く気付いて無い。しかし、俺が走る様を目撃した者が他に居る。此処は流石大国の主要街道だけあって、稀に行き交う他の旅人達に遭遇したのだ。そんな旅人達は希少な騎鳥に跨って走らせる坊や達を見て、一様に驚きと羨望の眼差しを向ける。そして騎鳥と横並びで爆走する俺の姿を目の当たりにして、一様に驚愕に目を剥いて頭がイカれた輩を見る眼差しを向けて来た。う~んコレコレ。他の旅人共からこの種の熱い視線を向けられると、慣れ親しんだ何時もの旅って感じがするぜ。
その後、体感で一時間程走り続けた俺達は、金パツ坊やの合図と指示に従って、街道の傍に聳える巨木の木陰で休憩を取る運びとなった。流石に坊やは道中で俺が自走してる事に気付いたみたいだが、坊やの笛の音を聞いて此方を振り返ったナヨ雄は、激しく先を争って走る俺と黒羽を目の当たりにして驚愕に目を見開き、そして女子二人組は、驚愕と酷い呆れがブレンドされた表情を俺に向けた。
「アンタ、頭オカシイんじゃないの?」
坊やに先導されて辿り着いた大樹の傍で騎鳥から降りたションベンは、開口一番。俺に対して素直過ぎる一言を言い放った。
言うねぇ。しかし誠に遺憾ながら、何も言い返せない。俺とて己の行為が、些か常識外れなのは重々承知である。
「カトゥー。一体何故あんな真似を?」
俺は特に反論も言い訳する気も無いのでションベンの暴言を黙殺すると、今度は金パツ坊やが困惑した様子で訊ねて来た。
「うむ。シークゥに乗るのには些か飽きた。其れに騎乗したまま楽をしてると、身体が鈍るしな。あと昨日一日乗ってみて、俺ならシークゥの脚にも充分付いて行けると判断した。つまりはそういう事だ」
「そ、そうか。まあ君が良いのなら止めはしないけど、余り無茶はしないでくれよ」
「ああ」
てな訳で、そういう事になった。
此の場所には水場は無いので、騎鳥達には水樽の水を飲ませてやる。そして休憩の間に、俺は黒羽の鳥具に据え付けられた俺の荷物を全て取り外して背中に担いだ。結果今度は俺に代わって、黒羽の方が空身となる。先程迄の行程では満足な負荷が得られ無かったので、今度は自分の旅荷を担いで走る事にしたのだ。
暫くして金パツ坊やが皆に出立を促すと、俺は荷を担いだまま黒羽の背に跨った。坊や達と、ついでに黒羽からの滅茶糞訝し気な視線は知らん振りしておく。そして隊列を組んで走り出すと、先程のリプレイの如く空中に身を躍らせた。
再び黒羽と横並びで走り始めると、黒羽は俺に対して繰り返しボディコンタクトをカマしてきたり、行く手を塞いで俺の足を止めようとしたり、俺に向けてグエグエと鳴きながらしきりに妙な動きをし始めた。霊長類たる俺に鳥の思考など分かろうハズも無いが、黒羽の一連の狂った仕草から推察したトコロでは、どうやら此奴は己の背に乗って欲しい・・・と俺に訴えてる様な気がする。
しかし俺はもう出発の時を除けば此奴の背に跨る気は無いし、正直ウザい。此奴も一応王都の厩舎で訓練を受けた騎鳥だろうに、黙ってキリキリ走れんのか全く。
俺は黒羽の奇行の数々を完全に無視していると、今度は何を思ったか、急に速度を上げてスルスルと俺の前に出た。そしてケツを振りながら、あろう事かいきなり俺に向けて糞をブッパしやがった。
「ぬおおっ!?」
形振り構わ無さ過ぎだろっ!コイツどんだけ俺を背中に乗せたいんだ。俺は鍛え上げた身体能力と反射神経を振り絞って、目の前にバラ撒かれた糞の散弾を辛うじて回避する。そして憤怒と共に黒羽に追い縋ると、ケツの辺りの羽根を3本ばかり掴んでブチ抜いた。
グエエッ!?
すると黒羽は跳び上がって悲鳴を上げるも、脚を止めたり何処かへ逃亡する兆候は無い。ふむ、相変わらず素行が悪過ぎる鳥だが、根性はそれなりに座ってるみてえだな。
その後も黒羽が性懲りも無く悪ふざけをする度に、俺は情け容赦無く其の羽根を毟りまくった。そして暫く経つと、黒羽は漸くしょぼくれて大人しくなった。
それから暫くの後。次に辿り着いた休息地の水場では、ちょっとした事件が有った。コソコソと何やら話し合っていた金パツ坊やとナヨ雄が、何と自分達も騎鳥を降りて走りたいと言い出したのだ。
う~ん一体何を思ったのか知らんが、ヤル気が有るのは結構な事だ。しかし実際の所、お前等の心肺機能と持久力じゃ全然無理だろ。と、二人にはキッパリと口頭で伝えてあげたのだが。両者共真剣な表情で、どうしても挑んでみたいと毅然と訴えた。
勿論女子組は坊や達の申し出には大反対で、しかも何故か俺が滅茶糞睨まれた。いや、確かに先んじて走り始めたのは俺だけどさあ。別に坊や達に勧めた訳でも何でも無いんだが。まあPTのリーダーである坊やがどうしても遣りたいなら好きにすれば良いし、どの道結果は容易に想像が付くので、俺には強く反対する理由は無い。
てな訳で。俺達野郎三人は、晴れて騎鳥では無く己の足で街道を走る事に相成った。
休憩を終えて出立の準備を済ませると、金パツ坊やは号令と共に騎鳥に繋いだ革紐を引きながら歩き始め、そして徐々に速度を上げて走り始める。すると後に続く騎鳥も、坊やと歩調を合わせて走り始めた。
オイッ!そんな簡単な方法で騎鳥を走らせられるなら、前もって俺にも教えてくれや。お陰で不要な曲芸を二度も披露する羽目になったじゃねえか。しかも俺はまたしても黒羽の背に跨り、隊列は既に走り始めている。
俺は仕方無しに、再度黒羽の背から空中に身を躍らせた。
俺の目の先で走る金パツ坊やとナヨ雄は、それはそれはもう滅茶糞頑張った。が、しかし。二人共次第にペースが落ち始め、そして走り続ける事体感で凡そ30分弱。遂に満足に歩く事すら覚束なくなり、そして息も絶え絶えとなって地面に倒れ伏した。
思ったよりは頑張ったが、まあこんなモンかな。俺は二人に近付いて身体を仰向けに転がすと、汗塗れの真っ赤な顔でヒィヒィと過呼吸気味な二人の顔に、水樽の水を惜しみ無くぶっかけてやる。飲料水の備蓄には余裕が有るので、多少浪費しても次の宿泊地で補給すれば問題無かろう。
すると普段とはまるで別人の如きスピードで騎鳥から飛び降りたションベンと乳白色が、金パツ坊やに猛烈な勢いで駆け寄って取り縋った。ほう。二人共その気になれば、中々良い動きをするじゃねえか。それにションベンの奴、今度は上手く俺を避けやがったな。以前は軽率にタックルをカマして逆に吹っ飛ばされてたが、ちっとは学習してやがる。
汗と水で濡れぼそったまま喘ぐ坊やとナヨ雄は、所属する騎士学院で普段から相当に鍛え込んでるみたいだ。自走を申し出た際の態度からも、其の自信の程が伺える。しかし俺の目付けでは、両名のフィジカルや身体能力は所詮真っ当な人間の範疇である。恐らくは噂に聞く騎士の試練とやらも受けては居まい。そんな二人が長距離走に優れた騎鳥と並んで走ろうなど、幾ら何でも無謀に過ぎる。まあ下手に粘られて旅程が遅延しまくると不味いので、今は予想通り早々にぶっ倒れてくれて安心したが。
過負荷に拠り疲弊し切った坊やとナヨ雄の身体は、少し休んだ程度では到底回復しそうに無かった。俺は此の場で野営しても一向に構わなかったが、そうなると女子組がまたぞろギャースカと五月蠅そうだ。そこで俺は二人に対してコッソリ加減した回復魔法を注ぎ込んで、辛うじて動ける程度に強制的に再起動させた。そして俺は悄然となった二人のケツを文字通りブッ叩いて、半ば無理矢理騎鳥に乗せて旅を再開した。
____その後の俺達の旅は、順調・・・とはとても言えなかった。
特に道中野営をする事になった際には、俺はションベンと乳白色の二人と一触即発の事態となった。何故なら森で狩った獲物の肉を怠惰な女子組に提供するのを、俺が断固として拒んだからである。働かざる者に供する糧無し。碌に働かないお前等には、ちょっとだけ臭くて固いが野性味溢れるジビエは絶対にやらん。不味い保存食でも食ってろ。特にションベン。貴様日属性魔法を操る癖に、碌に火起こしも出来んのか。
尤も、一口に魔法で火起こしと言っても、そう単純な代物では無い。火種や燃料の種類や材質、状態、更には天候や湿度など、条件次第で着火に色々と《《コツ》》が要る。それに魔法の威力が高過ぎると火種が直ぐ駄目になってしまうし、相手が生木だと容易には火が付かない。かと言って、都合良く乾燥した枯木や枯草が手に入るとも限らない。其の辺りの勘所を身に付けるには、学校で燃え易い火種と燃料に着火するだけでは到底覚束ない。多種多様な条件の中に在って、そして幾多の経験を積み重ねる事で初めて体得出来るのだ。てな訳で、お前は己の未熟を少しは反省しろ。
他にも金パツ坊やとナヨ雄が再び走りたいと騒ぎ出して、案の定ぶっ倒れて動けなくなったり、道中の宿場町で騎鳥泥棒を黒羽が半殺しにしたりと連日連夜アホみたいにトラブルが絶えなかったものの。
王都を出立してから丁度九日後。俺達は漸く、最初の目的地である鉱山都市ギリンガムに辿り着いた。




