第241話
騎鳥に騎乗して赤い街道を走り続けた俺達は、入口の門が閉ざされる日没前にどうにか王都に程近い都市に辿り着いた。他の旅人や門番を驚かせぬよう、俺達は都市の姿が間近に迫ると騎鳥から下りて徒歩で出入口に近付いた。
今の季節は初夏だけに、日照時間がかなり長い。空は未だ明るいが、見れば木製の門の両脇には既に松明が掲げられている。遅い時間のせいだろうか。幸いにも、俺達の前の入門待ちは僅か数名。
先頭に立って門に近付いた金パツ坊やは、革鎧に身を包んだ厳つい門兵に対して気さくに声を掛けた。そして俺達の順番が回って来ると、坊やは到底貴族の坊ちゃんとは思えぬ程に、場慣れした様子で俺達の分まで入市の手続きを済ませた。どうやら単に坊やが如才無いだけでなく、騎士学院の威光は此の都市でも通用するらしいな。
にしても、やけに易々と門の中に入れたな。主に金銭面で・・と少しばかり訝しんで坊やに理由を訊ねてみると。どうやらエリスタルの王都周辺に在る主だった都市に限れば、王都から来た者だと証明出来れば入市税は免除される、らしい。恐らくは煩わしい手順を踏ませて逐一税を徴収するよりも、都市間の往来を円滑にする方が何かと利点が有るのだろう。まあ其の辺りは俺の推測でしか無いが。
まあ今はそんな事はどうでも良い。先ずは早急に俺達の宿泊先と、騎鳥の寝床を確保せねば。何せ故郷と違って、宿を事前に予約する事など出来る訳も無いし。しかし幸いにも、金パツ坊やには何処だか当てが有るらしい。それに此処はそれなりにデカい都市なので、万が一坊やの当てが外れても他の宿泊先には困らないと思われる。
俺達は門番や往来の人々に道を訊ねながら、先ずは騎鳥を預ける厩舎を目指す。
幸いにも騎鳥の預け先は門から程近い町外れに在った為、直ぐに見付かった。周囲に濃い獣と糞尿の臭いが漂う木造の建物は、想像以上にデカい。流石に放牧地こそ無いものの、床面積だけでも王都の狩人ギルドの牛舎の軽く倍は有るだろうか。金パツ坊やの言に拠れば、此れ等役畜の預かり所の運営には複数の貴族や商会、また商人ギルドからの資金も入ってるらしい。
俺達、と言うか金パツ坊やは革紐で騎鳥を引いたまま厩舎にズカズカと踏み込むと、近くで糞を満載した桶を運ぶやたら体格の良いおっさんに気さくに話し掛けた。
う~む、にしても発達した俺の嗅覚には中々にキツい。因みに騎鳥は所構わず、しかも何の前触れも無しにデカい糞をブリッと放出する。そして放出された糞は、地球の鳥類特有のアレでは無く、見た目もスメルも普通に獣糞だ。
そう言えば昼間の休憩の際には、金パツ坊やに擦り寄って「とっても綺麗な景色ね」とかホザいてるションベンの奴が、目と鼻の先で黒羽に特大のブツをブッ放されて心地良い悲鳴を上げてたな。あの時はゴロツキ共をぶっ殺した時の万倍スカッッとしたぜ。そんな獣糞だが、王都には道端で垂れ流しても回収する連中が居るのだが、他の町だとどうなんだろうか。いやまあかなりどうでも良いけど。
目の先で獣糞を運搬してたおっさんは、坊やと騎鳥の姿を一目見るなり此方の事情を凡そ察した模様で、作業を中断して直ぐに厩舎の責任者を呼んでくれた。そして現れた責任者も、同様のムサ苦しいおっさんだった。しかも作業員のおっさんと非常によく似た顔立ちである。兄弟か何かだろうか。
騎鳥を8羽も引き連れてる俺達は、結構な大所帯である。しかし金パツ坊やがおっさんと交渉した結果、騎鳥は問題無く預かって貰えるそうだ。坊やが預り金を支払い、野郎三人で積み荷を鳥具から取り外す。個別に交渉するのは面倒なので、旅費の一部はPTリーダである坊やに纏めて預けてある。また積み荷は人力で運べる量では無いので、貴重品を除いて騎鳥と一緒に預かって貰う。
「ちゃんと此処の人達に従うんだぞ」
所詮は鳥なので人語を解するとは思えんが、俺は念の為黒羽に何度も言い聞かせると、おっさんに対しては黒羽の危険性を充分に注意喚起してから厩舎を後にした。しかし俺の忠告を受けたおっさんには、ハァ?素人のガキが偉そうに何言ってんだ・・て感じの反応をされた。少々腹は立ったが、まあ一理ある。此処は飼育のプロ(多分)に一任してしまおう。
騎鳥を預けた俺達は、随分と疎らになった往来の人に道を訊ねながら、金パツ坊やの先導で目当ての宿屋に向かった。周囲は既に薄闇に包まれているが、果たして宿は確保出来るのだろうか。
そして辿り着いた石造りの宿屋は、貴族や豪商の類が宿泊する程の豪華さや格式は無いものの、ションベン達から不平不満は辛うじて出ない程度の清潔さは保たれた、何とも絶妙な水準の宿であった。う~む、宿を選定する際の坊やの苦労が偲ばれるな。
アポ無し飛び込みでの宿泊だが、異界では寧ろ其の方が常識である。呼び出した宿屋の主人との交渉の末、部屋は特に問題無く確保出来た。宿泊費は野郎と女子組で二部屋にて、一泊二食付きで(現行貨幣で)一人頭銀貨10枚だ。ぐぬぬ高い。
皆で食堂に集まって微妙な夕餉(野菜スープと味の無いおやきみたいな料理だ)を腹に収めた俺は、坊やと宿屋の主人に断りを入れて外出した。一旦は任せると決めたものの、騎鳥を預けた厩舎の様子がどうにも気になったからだ。見上げれば空一面には星々が瞬き、周囲に人影は無い。日没はとうに過ぎたが、夜目が利く俺には星と月明りで充分だ。
俺は再び見覚えのある厩舎の前に舞い戻ると、屋内に松明の明かりが灯っているのが垣間見えた。もし厩舎に人気が無いなら其のまま引き返そうと思ってたのだが、どうやらあのおっさん、中々に仕事熱心な模様だ。俺は厩舎の入口に据え置かれた木槌を手に取ると、立ち木に吊り下げられた板木擬きを叩いて厩舎内の人を呼ぼうとしたのだが。
その時、厩舎の中から野太い叫び声と、激しい衝突音が俺の耳に飛び込んで来た。う~む、やっぱし。中で何が起きてるか、大体想像は付くな。
俺は誠に気が進まないながらも、厩舎を囲む柵を飛び越えて屋内に踏み込んだ。其処で、俺が目にしたのは。
とっ散らかった厩舎の壁に背を預けてぶっ倒れるおっさんと、鳥の分際でそれはそれはもうドヤりまくって踏ん反り返る、黒羽の姿が其処に在った。
「おい、大丈夫か?」
俺は黒羽を視界から切らぬよう倒れるおっさんの傍まで歩み寄ってしゃがみ込むと、苦しそうに歪められた顔に向けて訊ねてみた。
「グ・・ム。何ださっきの五月蠅いガキか。要らぬ世話だ」
すると不機嫌そうに応えたおっさんは一つ首を振ると、フラ付きながらも何とか立ち上がった。ふむ、どうやら身体に大事は無さそうだな。あと此の様子なら、無断で厩舎に侵入した事も有耶無耶に出来そうだ。
「一体何が起きたのだ。随分と派手な音が聞こえたが」
「此奴をあの柵に繋ごうとしたら、ちぃとばかり暴れただけよ。大した事ねえ」
「そうか」
見れば黒羽の奥には、確かに金属製の柵が在る。一方のおっさんは、余計な手出しをされると却って迷惑そうだ。其処で一先ず様子を見る事にした俺は、数歩下がって腕を組んだ。
が、しかし。口からボイパみたいな異音を発しながら黒羽に近付いたおっさんだが、俺の目の前で体当たりを食らってあっさりと吹っ飛ばされた。あの飛び具合を見るに、以前俺が黒羽に跨った時と違って、一応加減はされてるみたいだが・・。
「コラッ。従えと、言っただろっ」
ゴゲッ
覚束ぬ足取りで再び立ち上がったおっさんに追撃をカマそうとする黒羽を見兼ねた俺は、叱責しながら跳び上がって其の顔面に正拳を叩き込んだ。嘴から変な声を発した黒羽は派手にグラ付くが、所詮は手打ちの拳である。拳からの手応えからしても、見た目程の威力は無いハズだ。
黒羽に拳を振るう絵面は完全に動物虐待ながら、此方に目を向けるおっさんから非難の声は無い。どうやら流石に此奴がマトモな騎鳥じゃ無いと察したらしい。
その後、おっさんに反抗して暴れようとする度に、俺は鉄拳を用いて容赦無く黒羽をブン殴った。正直に言えば、今迄騎乗してた動物をシバくのはかなり気が進まない。しかし万が一俺の手足が届かない場所でコイツが暴れたら、普通に死人が出そうだからな。互いの今後の為にも、躾はとっても大事だぜ。
結局都合五回はブン殴った所で、黒羽は漸く厩舎のおっさんに従う態度を見せた。そして鞭だけ与えては何れ下剋上を企てかねんと考えた俺は、大人しくなった黒羽を大いに誉めながら優しく撫で回した。と言っても頭を下げてくれんと、手が届か無いから下半身しか撫でられねえが。
が、しかし。我が渾身の撫で撫でも空しく。何度も殴られた事に腹を立てたのか、或いは俺の正拳が微妙な威力だったので、下剋上をカマす絶好の機会と思ったのか。
次の瞬間、黒羽は俺に対してどちゃくそキレた。
ゴギェェェエエッ!
黒羽は突如馬鹿デカいダミ声を上げると、(因みに他の騎鳥は綺麗な鳴き声だ)地球の灰色熊の5倍はあろうかと思われるサイズの鋭い爪で以って、俺に向けて凶悪な蹴りを放った。其のツラからは鳥の癖に、舐めえんじゃねえぞゴラアァッとキレ散らかす感情が物凄く伝わって来る。だが。
おいおい舐めてんのは手前だろ。この俺相手に下克上など、百年早いわっ!
俺はダッキングで黒羽の鋭い爪を紙一重で躱すと、胴タックルで蹴り足ごと其の巨体を抱え込んだ。そして。
「うぉおおおっ!」
片足立ちで踏ん張りの効かぬ黒羽の巨体を、地面からぶっこ抜いた。
其の爪を俺に向けた以上、加減はするが、容赦はせんっ。もし此れでくたばるなら、お前は所詮其処までの鳥よ。
俺は一瞬脳裏に浮かんだ責任問題とか損害賠償とか都合の悪い単語を黙殺すると、変形フロント・スープレックスで黒羽の身体を大地に叩き付けた。
ドゴオオッ
まるで直下型地震でも起きたかの如く、薄暗い厩舎がビリビリと激しく揺れる。
フッ、決まったな。一応観客が居るので、俺は格好良くポーズをキメながら地面に転がる黒羽を見下ろす。すると、何と嘴からグビグビと泡を吹き始めた。あ、やべっ。
慌てた俺は、引き攣った表情のおっさんに対しては黒羽を介抱する体を装いながら、其の身体へ偽装回復魔法を注ぎ込んだ。
回復魔法の効能のお陰か、ピクピクと身体を痙攣させながら泡を吹いていた黒羽の容態は、暫く経過するとどうにか持ち直した。そして今度こそ大人しくなり、おっさんの命令に対しても暴れる事無く非常に従順になった。此の調子なら、もう監視しなくても大丈夫だろう。多分。
俺はチョッピリやり過ぎちまった詫びも兼ねて、大人しくなった黒羽の身体を改めて優しく撫で回してやった。しかし坊ややションベンの騎鳥は撫でられると喉を鳴らして甘える仕草を見せてたのに、此奴はツーンとソッポ向いたままなのは一体どういう訳だ。いや確かに今し方怒りに任せて思い切りブン投げちまったけど、悪いのは散々反抗した挙句、あろう事か俺を殺そうとしたお前だろうが。俺は何も悪くねぇ。
其の後、俺は妙に腰が低くなったおっさんと二人で、アホ程散らかった建物の中を片付けた。そして改めて黒羽の事を託すと、松明を消して暗くなった厩舎を後にした。
翌朝。
水浴みをさせろとかメシマズとかギャースカ喚くションベンと乳白色が垂れる文句を馬耳東風と聞き流しながら、(但し、俺は早朝の鍛錬後にアスクリンでコッソリ湯浴みしてるぜっ)俺達は食堂で朝餉を済ませて手早く出立の準備を整えた。因みに女子二人組は放って置いたら何時起床するか分かったモンじゃ無いので、野郎三人に拠る甚だ不毛で消極的な協議の結果、一体どうやってか金パツ坊やが部屋に乗り込んで、二名の怠け者を文字通り叩き起こした。
其の後、宿屋の主人に礼を言って出立した俺達は、昨日騎鳥を預けた厩舎を訪れた。それから手続きを済ませて、預けてあった騎鳥と積み荷を受け取ったのだが。厩舎を訪れた俺を待っていたのは、俺を避けまくる騎鳥達の姿であった。
えぇ・・もしやお前等昨夜のアレ見てたのかよ。にしたってそんなにビビらんでも。騎鳥達は俺が近寄るとスイっと逃げて常に一定以上の距離を置き、その上強引に近付くとビビッて威嚇しやがる。くううっションベン達には今迄避けられようが罵詈雑言を浴びせられようが何とも思わんかったが、此奴は結構ハートが傷付くぜ。
俺が内心愕然としていると、突如外套の背中が何者かに引っ張られた。不審に思って背後を振り返ると、黒羽が俺の外套を咥えてグイグイ引っ張ってやがる。むう、さっさと乗れってか?いや未だお前の鳥具に荷物積んでねえし。そもそも町の中では騎乗出来ねえし。いやそれ以前に、お前は俺にブン投げられた当事者の癖に、何で全然ビビらねえんだよ。
しかし黒羽は知った事では無いとばかりに、尚も俺の外套をグイグイと引っ張る。
何となく拍子抜けした気分になった俺は、旅荷を手早く黒羽の鳥具に固定した。それから金パツ坊やの号令と共に、当面の目的地である鉱山都市に向けて旅を再開した。




