第237話
狩人ギルドの牛舎に隣接する安酒場で幾らか情報交換を済ませた俺達は、金パツ坊やの先導で店を後にした。聞けば何やら面白いモノを見せてくれるそうなので、時間が空いてるなら一緒に来ないかとのこと。今日は鍛錬以外特にやる事も無いので、俺は二つ返事で坊やの提案に乗る事にした。
俺達野郎三人は来るべき遠征について軽く雑談を交わしながら、行き交う人々の間を縫って暫くの間歩き続けた。すると往来の人の数が次第に疎らとなり、何時しか周りの風景は随分と見晴らしが良くなった。周囲に拡がるのは、恐らくは農地だろうか。先程までは路傍に隙間無く密集していた建築物も、今では点々と散見される程度だ。中々に長閑な風景だな。今日は天気も良いし、昼間だが空には二つの月が薄っすらと見える。
勿論此の辺りは、俺にとっては初見の風景だ。と言うか、一口に王都と言っても滅茶糞広いからな。今迄俺が足を踏み入れた場所なんて、地下も含めて王都のほんの一握りに過ぎない。
更に歩を進めた俺達だが、とある大型の木造建物の前で、俺達を先導する金パツ坊やが足を止めた。
「カトゥー。着いたよ」
坊やが此方を振り向いて、心なしか得意げに口を開いた。
此の場に近付くにつれ、先程から俺の嗅覚を刺激していたのは、濃い獣の体臭。そして強烈な糞尿の臭いだ。
ほう。もしや此の異界でも、畜産業が営まれてたりするのだろうか。見れば建屋の傍には、小規模ながらも柵で囲われた放牧地っぽい草地も在る。都市の内側で畜産とは、流石は大国の王都と言ったトコロか。不本意ながらすっかり馴染んでしまった臭くて固いジビエなんぞでは無く、畜産農家の方々が手塩にかけて育んだ、美味くて変な虫とか混ざって無い安全なお肉。俄然期待が高まる。
金パツ坊やは建物に歩み寄ると、入口の傍に据え付けてあった釣り型の鐘をガンガン鳴らした。が、リアクションが何も無い。
しかし坊やは動じる事無く、一定の間隔を置いて鐘を何度もガンガン鳴らし続ける。すると。
「オラぁ!さっきから何度もうるせぇぞ。コッチは今忙しいんだよ!」
すると極めて不機嫌そうな銅鑼声と共に、建物の影からやたら体格の良い髭面の男が姿を見せた。
ふむ。機械化され設備が整った故郷とは比べ物にならぬ程に、此の異界の畜産は重労働であろう。なので、男の屈強そうな見た目もさもありなん。確かアプリリスの町の牧場主も、ほぼこんな感じの見た目だったな。髭は仕事するのに邪魔臭そうだけど。
濃い顔を盛大に顰めて俺達を睨み付けたおっさんは、しかし金パツ坊やとナヨ雄に目を向けると、キョドりながら分かり易く慌て始めた。
「おっおっフェイルニール様にロディアル様。ええと偉そうにしちまって、大変申し訳ねぇ」
髭のおっさんは初見の居丈高な態度とは打って変わって、大柄な身体を縮めてペコペコと卑屈に何度も頭を下げる。
おお~貴族様ってやっぱ偉いんだな。もしかして、普通にタメ口な俺ってやっぱ不味いのか?・・・まあいっか。坊やだけなら兎も角、ナヨ雄にペコペコ頭を下げるのはちょっと嫌だし。それにあのションベンと乳白色に媚び諂うとか、想像しただけでゲロ吐きそうだし。
「非礼は許すから、そう畏まらないでくれ」
金パツ坊やは苦笑いを浮かべながら、尚も頭を下げるおっさんに鷹揚に応えた。
「ありがてぇ。それで、今日はどんな用向きで?」
「ああ。先日見せて貰った例の物を、彼にも見せたいと思ってね」
坊やは隣に立つ俺の肩に手を掛けた。
「へえ。此のお人は、フェイルニール様の学校のお友達ですかい?」
「そういう事なので、宜しく頼むよ」
俺は金パツ坊やが何やら口を開くのを遮って、一歩前に進み出て髭のおっさんに向けて悠然と声を掛けた。
其の態度を見るにどうやら髭のおっさんは、俺を坊やの貴族仲間だと勘違いしてるみたいだ。なので俺が平民(正確には外国人だ)だとバラされる前に、チョットだけお貴族様気分を味わってみたくなったのだ。嘘偽りは何も言って無いので、後で咎められても勿論俺は何も悪く無い。
俺達は見た目に相反してやたら腰が低くなったおっさんの案内で、広い畜舎の中へと足を踏み入れた。此の世界には、見た目地球と変わらぬ猪が棲息する。ならば食用のPorkが飼われていても何ら不思議ではあるまい。胸が高鳴るぜっ。
ところが畜舎の中に居たのは、荷運びでお馴染みの鱗鳥だった。何だよ唯の荷鳥かよ。限界までブチ上がった俺のテンションが、マッハで下降墜落する。
しかし背後で人知れず意気消沈する俺を気に留める事無く、おっさんは畜舎の更に奥へと歩を進める。そして、其処で俺が目にしたのは。
待ち焦がれてた豚では無く、馬鹿デカい鳥だ。見慣れた鱗鳥とは明らかに別種の、初めて見る容貌だな。しかもざっと見ただけで、少なく見積もっても10羽位は、畜舎の壁に縄で繋がれている。
謎鳥の身の丈は、足裏から頭頂部までで凡そ3m前後と言ったトコロか。シルエットは荷鳥よりも全体的に細身である。しかし首と脚はブッ太くて、充分な力強さとちょいとばかりの危険を感じさせる。そして何よりも、荷鳥と違って全身が鳥らしい羽毛で覆われている。そして羽毛の色は、個体に拠り様々だ。嘴は人の頭くらいなら余裕で咥えられそうな程馬鹿デカく、丸い目は死んだ魚の目の様で些か不気味だ。
ふむ。ほぼ墜落し掛けたテンションが、地上スレスレで持ち直す。期待とは若干異なるが、此れは此れで全然アリだ。肉の食い応えは充分過ぎるだろう。此奴一羽解体すれば、一体何百人分の腹が満たせるのやら。しかもこれ程の体格なら、ダチョウすら遥かに凌駕するサイズの卵の収穫も期待出来る。唯一の懸念は、デカい分肉の旨味が大味か薄味な事だが、敢えて手間暇掛けて飼育してるくらいだ。其の辺りの問題はクリアしてると信じたい。
「成る程。此奴は大したものだな」
「フフッ驚いただろう。此れが俺達のとっておきって訳さ」
「で、解体と出荷は何時になる。これ程見事な体躯となれば、流石に俺達だけで丸々一羽分の肉を貰う訳にはいかんだろう」
「え?」
「ん?」
あれ?もしかして此の鳥は食肉用じゃ無いんか。まぁ鱗鳥も居たから、勿論其の可能性は頭に浮かばないでも無かったが。ガッカリだよ。ホントにガッカリだよ・・・。
「カトゥー。君は一体何を言ってるんだ。此の獣はシークゥ。俺達は此の子達の背に乗って、ギリンガムまで行くつもりさ」
おぉ~マジか!俺は乱高下しまくるテンションで巨大な怪鳥の姿を、改めてマジマジと眺めた。
シークゥこと騎鳥(俺命名)の事は、王都の同業者や一緒に旅をしたストイケから何度か耳にした事が有る。実物を目にしたのは初めてだが。
此の魔物だか鳥だかは、荷車を引く事で御馴染みの鱗鳥と同じく、飛べない鳥(て事にしよう)である。しかし鱗鳥とは違い、人を乗せて走るのに非常に適している。逆に何故鱗鳥が騎乗(馬じゃないけど)に適さないかと言えば、身体の形状やら、背中に人を乗せるのを嫌う性質やら、そもそも足が遅いので乗る意味が無い等、幾つか理由がある。しかし鱗鳥は足こそ遅いが低速トルクの出力は馬鹿みたいに優秀なので、糞重い荷を引かせるには最適なのだ。
そして騎鳥に目を向ければ、鱗鳥のような重い荷車を牽引するパワーこそ無いものの、身体の形状が比較的人を乗せるのに適しており、また足が速くて尚且つ長距離を走り続けられる強靭な心肺機能と持久力を有している。その為、人や旅の荷を背に乗せて走る事は朝飯前・・らしい。
また、以前興味本位でストイケから色々話を聞いたのだが、騎鳥は元々魔物領域に生息する魔物であったのだが、人間領域に持ち込まれたのはかなり古い時代らしく、其の存在自体は昔から広く知られていたみたいだ。そしてエリスタルや其の周辺諸国において騎兵と言えば、騎鳥を乗り熟す兵(馬じゃ無いけど)である。但し、騎鳥自体が非常に希少で高価である事や、軍事的な需要が非常に高い事も相まって、古くから運用されるのは極一部の上級貴族を除けば専ら軍関係のみであり、一般に騎鳥が流通する事はついぞ無かったそうな。
しかしエリスタルの先代の王の治世において、巨大な国家事業である赤の街道の整備と併せて、騎鳥は数こそ少ないものの次第に民間に下される様になったらしい。
因みに騎鳥は辺境には一匹も居なかった。其の理由は単純で、騎鳥ではあの大山脈を越えられ無いからだ。一方の鱗鳥は、別れを惜しむ飼い主の切なる願いに拠り、隊商と共に商人の道を踏破するタフな個体が稀に存在する。まあ殆どは身勝手な願いのせいで、厳し過ぎる道中でくたばるらしいが。
「しかしフェルよ。此奴等に乗ってギリンガムに行くと言ったな」
「ああ」
「此奴等を買うのか?しかし代金はどうする。生半可な金額ではあるまい。それに仮に購入出来たとして、ギリンガムに着いた後はどうする。魔物討伐の間、誰が此奴等の面倒を見るんだ。其れに餌は?飲み水は?寝床は?いや其れ以前に、此奴等を連れてギリンガムに入れるのか?」
畜舎の中に居た怪しい巨鳥は実は騎鳥で、俺等は此奴等に乗って颯爽とギリンガムに行くんじゃ~い・・・と、聞いた時にはほんの一瞬、どちゃくそ気分が盛り上がったが。しかしアホみたいに浮かれる前に、目の前に横たわる諸々の現実的な問題を問い質さねばなるまい。
「うん。先ずシークゥを購入するのは、金銭的にも法的にもとても無理だ。それに購入しても素人の俺達じゃ、真面な運用も難しいだろうね。だから別に購入する訳じゃ無いよ」
「となると?」
「シークゥは購入じゃ無く借用する予定だ。それに赤の街道の宿場町やギリンガムには専門の寄託舎が在るから、俺達が此の子達の面倒を見るのは移動の間だけだ」
ふむ、だろうな。其の辺りの手段は概ね想像は付いた。が、しかし。
「話は分かった。しかし借用するにせよ、結構な金が掛かるんじゃないか。俺の見立てではギルドからの報酬程度では、到底賄えるとは思えんが。お前達はどうか知らんが、俺はそんな金を工面する気は無いぞ」
俺が知る限りの情報から推測すれば、騎鳥のレンタルには相当な金が掛かるハズ。それに単に借りる時だけで無く、道中身柄を預ける際にも金が掛かるだろうしな。まあその気になれば払えない金額では無かろうが、仕事の報酬と合わせて赤字になるのなら、俺としては受ける意味が全く無い。それに・・。
俺は髭のおっさんを横目でチラリと一瞥した。おっさんは俺達に気を使ってか、先程から少し距離を置いて騎鳥を撫で回している。
幾ら貴族とは言え、所詮学生の立場に過ぎない金パツ坊や達や、まして貴族どころか怪しい風来坊である俺に、果たして本当に希少な騎鳥を貸してくれるのだろうか。
「ああ。カトゥーの心配は尤もだ。実際ギリンガムまで往復するのにシークゥを借りるとなると、相当な金額が必要になる。しかし、安心してくれ」
何かしら資金の目途が付いたという事か。俺は坊やに目配せして続きを促した。
「カトゥーは先の狩人ギルドの仕事で賊から助け出した女の子の事は、勿論覚えてるだろ?」
「ああ」
「実は此処のシークゥの飼育所や街道の各地に設けられた中継所には、彼女の御父上も多額の出資をしていてね。先日の仕事の事後処理のついでに今回の件について相談を持ち掛けたら、率先して色々と便宜を図ってくれたんだ。其のお陰で、俺達は格安で必要な数だけシークゥを借りられる事に成ったという訳さ。尤も、其の見返りとして、幾つかお使いを頼まれてしまったけれど」
うおおおマジかよパッパァ。あんなゴキゲンな追加報酬をポンとくれたのに、更に凄っげえ見返りを倍プッシュってか。俺もうパッパの財力と懐の深さに惚れちゃいそうなんだが。
糞おぉしまった。こんな事なら適当に頭皮と毛根復活の実験何て試してないで、パッパの為に全身全霊を以ってあの小娘を治療してやるんだったぜ・・・とは言え格安って結局幾らなんだ。他の必要経費も含めて、後で坊やと細かく詰めねばならんな。




