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遥か異界の地より  作者: 富士傘
一丘之貉傑雛聚合編
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第234話

パアンッ


薄暗い未明の刻限。静謐な大気を引き裂いて、甲高い衝突音が俺の耳朶を震わせた。


・・・ハァ。まあ、初めから上手くいく筈も無いか。


俺は軽く落胆の息を吐くと、土壁に突き立った一振りの剣の前まで歩み寄った。そして柄に手を掛けて、壁に剣身がほぼ埋まった得物を一息に引き抜く。引き抜かれた直剣の刃渡りは、目測で1尺7寸(約50cm)程。故郷の一般的な打刀と比べると些か寸足らずではあるものの、エリスタルの王都で一般的に使用される直剣としては、護身用のサイズとして広く普及している。


俺は引き抜いた剣を一振りして埃を落とすと、目の前で剣身を立てて刃の状態を確かめてみる。すると。


ゲエッ。もう切っ先が欠けてやがる。未だ購入したばかりだってのに。クソッ此れだから数打ちの安物はよ。まぁ所詮鍛錬用だから、欠けても別に困らんと言えば確かにそうなんだが。しかし気分的に非常に宜しく無い。



フィジカル、剣、魔法、そして拳。俺は今も休む事無く、日毎にローテーションを組んで、ゲロ吐きそうな鍛錬のルーティンを熟して研鑽を積み重ねている。幸いにも肉体と技術、双方未だ限界は見えず。地道ながらも着実に右肩上がりの成長は続いており、其れこそが己に課した厳しい鍛錬を継続し得る最大のモチベとなっている。


因みにルーティンとは言っても、アホみたいに唯ずっと同じ鍛錬ばかり繰り返してる訳では無い。更なる飛躍の為には、創意工夫と新しい取り組みは常に必要だ。例えば先日から俺は新たな試みとして、王都の各所に聳える巨大な防壁を、スパイク付草履を履いて斜めに駆け上がる鍛錬を取り入れている。ホールド皆無なほぼ垂直な巨壁を、脚力と体幹を頼りに一気呵成に登り切るのだ。パルクール何て生易しい代物じゃ無い。自分で言うのも何だが、真っ当な地球人には到底不可能な芸当だ。


相棒や丸太剣βをブン回すだけでは、どうにも練り上げる部位が上半身に偏ってしまいがちだ。瞬足の踏み込み、緻密な足捌き、揺るがぬ体幹。単なる知識では無く実体験として、剣の更なる高みに至るには、より強靭で粘り強い下半身が必要不可欠だと俺は確信する。しかし漫然とその辺を走ったりするだけでは、先ず負荷が圧倒的に足りぬ上、効率も非常に悪い。そこで考案したのが、前述した壁登りや壁走りと言った変態的鍛錬という訳だ。


但し、満足する負荷が得られた分、怪我のリスクは常に付き纏う。実際慣れぬ間は足首を壊したり不十分な体勢で落下したりして、何度も重い怪我を負う羽目に成ったしな。しかしながら俺の場合、どれだけ怪我しようが回復魔法が有るので何の問題も無い。致命的な怪我さえ無ければ、僅かな時間でスッキリ完治だ。但し、治療中は滅茶糞痛いけどな。あともう一つの問題点は、目撃者に通報されたり衛兵に見咎められたら取っ捕まってドナドナされかねないので、空が明るい時分には敢行出来ない事か。


そして今、俺が挑んでいる鍛錬も、日々の研鑽のルーティンに新たに付け加えられた代物だ。まあ鍛錬と名乗るのも烏滸がましいレベルで失敗したが。


其の目的は強敵、いや格上を刺しうる切り札を身に付ける事。


構想自体はストイケと一緒に旅をしてた頃から、密かに胸中で温めては居た。何せクソッタレな現実って奴では、漫画やゲームと違って悪意に満ちた理不尽なんぞ到る所に無造作に転がっているのだ。取捨選択して適性レベルや勝算がある相手とだけ戦う事なんぞ叶う筈も無いし、危機的状況に陥った際に何処からか頼もしい味方が現れる、何て幸運に恵まれるのは稀有な事例だ。逆に特に前兆も脈絡も無く、いきなりラスボスみてえな化け物に遭遇して襲われる、何て事態は普通に起こり得る。実際に以前キルキーの大河で、とんでもなくヤバい奴等にいきなり襲われたし。そして当たり前だが、其の際に愛だの怒りだのスキルだので急に覚醒してパワーUPじゃーい・・何ぞ望むべくも無い。死ぬべくして普通に死ぬだろう。


なので此の世で最も大切な我が命を守る為、日頃から備えねばならぬ。まぁ実際に危機的状況に陥った場合、真っ先に恃むであろう一番の切り札は自慢の逃げ足なのだが。とは言え、進退窮まって逃げられぬ状況も充分考えられるし、忍ばせた手札は多いに越した事は無い。


手札と言えば、例えば以前迷宮『古代人の魔窟』でハグレをぶっ殺した際に使用した、デーモンパウダーも格上相手に余裕で通用はするだろう。しかしながら、アレには色々と問題が有り過ぎる。先ず主成分であるスーパーカエンダケの群生地が王都周辺では見付かって無いし、そもそも微量で即死上等なあの粉末を、長期間携行するのは余りに危険過ぎる。それに何より、俺はあの恐怖の製造過程を思い返すだけで今でも変な汗がドバドバ溢れ出し、全身がガタガタ震え出す。あの時は中毒死寸前の身体を回復魔法で無理矢理再起動させながら、異常なテンションと勢いに任せて辛うじて完成させたが、アレもう一度やるなんて冗談じゃねえ。例え死なねえと分かってても絶対に御免被る。


と、まあヤバ過ぎるあの粉末の事はさておき。そんな訳で、俺は新たな手札を習得すべく、数日前に鍛錬用の得物を一振り、棒手裏剣と一緒に王都の鍛冶師に発注したのだが。此方は陳列品の鞘を少し加工するだけだったので、割と直ぐ手に入った。其処で金パツ坊や達と一旦別れてから二晩明けて、早速脳内で温めた試しを実施してみたのだが・・・正直手応えは全然だな。言うは易しとは良く言ったもので、到底一筋縄では行きそうに無い。もし暫く鍛錬を続けてどうにも見込みが無さそうなら、変に固執せず諦めて別の手札を模索した方が良いのかも知れん。


・・・などと様々な考えを巡らせながらも、俺は更に鍛錬を継続すべく、剣身を再び鞘に納めた。と、其の時。俺の発達した聴覚に、僅かな気配が感じられた。む、もしや此処の先住民かな。全く未練がましい奴だ。


因みに此の場所は、俺が拠点とする宿から直線距離で推定200m程離れた場所に在る、ボロボロに朽ち果てた廃屋である。人目を忍んで鍛錬するのにお誂え向きなので、今では足繁く通っている。因みに冒険心に駆られて此処に初めて足を踏み入れた際には、恐らくは無許可で廃屋に居座る居住者と不意に鉢合わせた。


ボロボロに汚れ切った身形で髭ボーボーの男は、顔を合わすなり俺の胸倉を捻り上げながら途轍もなく横柄な態度で住居への侵入を責め立て、あまつさえ醜悪な笑みを浮かべながら金銭を強請って来た。いや、此の八割がた崩れた廃屋は、何処をどう見たってお前の家じゃないだろ。なので今から此処は俺の縄張りなんで、お前は何処ぞへ消えろ・・と優しい声音で提案してあげたら、男はいきなり腰に差した粗末な得物を抜いて、躊躇い無く俺を刺し殺そうとしやがった。


全く異界人は野蛮でいけねぇな。其処で俺は天パを釘バットでドツかれた不動明王並に優しく、肉体言語を駆使して互いの上下関係を懇切丁寧に教えてあげた。すると俺に得物をへし折られ、優しく撫でられた腹を抱えて蹲る浮浪人は、半べそをかきながら縄張りの譲渡を認めた。全く異界人の癖に惰弱でいけねぇな。己の縄張りを力で徴収するのは、野生の界隈じゃ常識だろうが。


もし我が身の安全だけを考えるなら、後腐れ無く其の場で男を始末して埋めちまうのが最良かも知れん。が、流石にそんな理由で殺人なんて無理無理無理。なので代案として、軽い恫喝と併せて男に手持ちの銀貨を幾らか握らせておいた。分かり易い鞭と飴に拠る懐柔である。すると意外にも、立ち直った男はホクホクの態で何処ぞへ立ち去った。う~む、雨露凌ぐ住居よりも、僅かばかりの金銭の方が優先なのか。此の世界の連中の価値観は良く分からんな。いや、まあ此の廃屋じゃ雨露は凌げそうに無いし、価値観はあの男に限った話かも知れんが。



些か話が逸れたが、今し方感じ取った気配の主は廃屋の奥の長く伸びた草叢の中に隠れたきり、一向に姿を見せる様子は無い。其処で俺は草叢の方に向き直り、肚から誰何の声を上げた。


「其処に隠れてるのは、誰だ。今直ぐ出て来い」


キュイッ


すると恐る恐ると言った態で草叢の影から姿を現したのは、金パツ坊やのペット兼俺との取り次ぎ役でもある小動物のクッルルーだ。まあ気配を幾らか精査した結果、相手の正体は凡そ察してたけど。全く以て落ち着きの無い其の身体は、見てるコッチが不安になる程プルプルと震えており、しかも決して俺と目を合わせようとしない。


相も変わらずビビり過ぎだろ。金パツ坊やのペットであるお前を、理由も無く取って喰う訳無いだろうが。それに大して喰い応えも無さそうだし。所詮は畜生なので理解しろなんて無茶は言わんが、いい加減慣れろや。


俺は大股で震える小動物の前まで歩み寄ると、身体を強張らせたクッルルーの首に巻かれた首輪から、坊やからの伝達の手紙が入った木筒を掴み取った。





「モムッ、モムッ、ムッ、ムグッ・・・思ったよりは、悪く無いわね。この料理」


強欲なハムスターの如く頬を膨らませ、口腔内に目一杯詰まった食物を漸く飲み込んだションベンが、料理に対して小生意気な品評をホザく。


「こらシーリン。口に食べ物を詰め込まない。あと、食べながら喋るのも止めなさい。行儀が悪いぞ」


すると鋭いナイフと金属製の串を巧みに操り、切り分けた蒸し鳥を優雅に口元に運びながら、金パツ坊やが苦言を呈す。


「・・・品の無い女はフェルに相応しくない。やはり私こそが」


「何ですってぇ!?」


すると澄まし顔の乳白色が、すかさず動揺して目を泳がせるションベンをdisった。


しかして先程乳白色が素早く手元に引き寄せた木皿の料理が、あっという間に貪り尽くされたのを俺は見逃さなかった。其れは皆で共有するハズの料理の皿で、その上俺が注文したにも拘わらず、だ。お前は気品とか以前に品性に欠陥が有るだろ。


隣の席に目を向ければナヨ雄が我関せずを決め込んで、果実酒で満たされた木製の杯を呷っている。此奴は確か未だ16歳なので、故郷ならば完全にアウトな年齢だ。しかしエリスタルでは飲酒に対して特に年齢制限は設けられて無いそうなので、例えゼロ歳児からグビグビ飲んでも、倫理的医学的にはどうか知らんが法的には何ら問題は無い。



此処は骨と大地の恵み亭とかいう可笑しな名が付けられた、所謂大衆酒場である。


鍛錬場の廃屋に現れたクッルルーの仲介に拠り、俺は狩人ギルドの牛舎で金パツ坊やと落ち合った。其処で先日の仕事の顛末の報告と今後の打ち合わせを兼ねて、一度皆で酒席を囲わないかと誘われた。しかしながら、設ける予定の酒席が先日ションベン達と初顔合わせをした微妙過ぎる酒場と聞いて、俺は即座に同席を辞退した。


しかし、俺の拒絶を受けた金パツ坊やが目に見えて意気消沈した為、不憫に思った俺は仕方無しに現状王都で最もお気に入りの飯屋兼酒場を紹介して、其処ならばと酒席の変更を提案してみた。其の店こそが、骨と大地の恵み亭(少し意訳)である。


骨と大地の恵み亭の存在は、一応狩人の先達であるダズに教えて貰った。此の世界の料理は基本薄味でメシマズだが、此の店では金さえ積めば、珍しく香辛料を潤沢に効かせた相応に美味い料理を提供してくれるのだ。金さえ積めば、だが。俺の知る限り、此の世界の香辛料に地球と同じものは唯の一つとして存在しない。しかし以前世話になった行商人であるモックのおっちゃんからの薫陶に拠り、俺は異界の香辛料に関する知識は兎も角、フレーバーや刺激には結構五月蠅いのだ。そして此の酒場は、初訪問からあっと言う間に俺のお気に入りと成った。


此の店を俺に斡旋してくれたダズは、腕っぷしこそ雑魚である。多分。しかし王都における一般常識から束の間の流行、多種多様な噂話、世相から伝統や歴史まで。非常に幅広く豊富な知識を備えており、王都での顔も妙に広い。


また情報と言えば、王都にも所謂情報屋と呼ばれる連中は存在する。その大半は旅人や観光客を相手取って、小銭と引き換えに当たり障りのない情報を提供する者達だ。しかしダズの話に拠れば、王都のディープな情報を売り買いする連中も一応存在はするらしい。


具体的な内容は濁されたが、例を挙げれば貴族の後ろ暗い所業やら、裏家業的な組織に関係する情報って奴だな。但し、其の手の連中は例外無く面倒な組織の紐付きなので、深く関わると碌な目に合わないから気を付けろと忠告された。ならフリーな情報屋とか居ないのかと訊ねてみたら、もし独断で危険な情報を売り買いする能天気な輩が居たら、速攻で刻まれて何処ぞに埋められるか、或いはセリューラム湖の魚の餌になるんじゃないかと呆れられた。


まあ俺は後ろ暗い事など何も無いので、そんな陰気でヤバそうな連中とワザワザ関わる気など毛頭無い。例え向こうからウェルカムされても断固お断りだ。それに万が一金を払ってそんな連中から情報を集めたとして、逆に俺自身の情報がソイツ等を経由して何処ぞへ拡散されるリスクを孕むからな。ダズの奴も王都で情報を集めるなら、王都生まれ王都育ちの俺みたいな男と仲良くなるのが一番だぜっとか大威張りで踏ん反り返ってやがったし。


確かに此の異界では、生きる上で腕っぷしの強さは非常に大切だ。しかし個人的には其れと同等、或いは其れ以上に、俺はダズの多方面に渡る要領の良さやコミュ力を高く評価している。彼奴を模範とし、学ぶべき点は幾らでも有るのだ。

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