第229話
王都の地下深くに拡がる古代遺跡の一角にて。襲い掛かって来たゴロツキ集団を見事返り討ちに処した俺の次なる標的は、根城に巣食う奴等の残党だ。
しかしながら、俺達の本来の目的は攫われた貴族の娘の救出である。どうにか要救助者を確保した今、必ずしも危険を冒して奴等をぶっ殺す必要は無い。いや寧ろ彼女の健康状態を鑑みれば、一刻も早く地下遺跡から退去して、薬師ギルドなり治療院に向かうべきなのかも知れない。
てな訳で、俺は一先ずPTリーダーである金パツ坊やに伺いを立てる事にした。もし坊やが救出を優先するのであれば、俺は独り此の場に残って奴等を残らず殲滅する腹積もりだ。
別に世の為人の為、なんて気高い精神性なんぞ欠片も持ち合わせて居ない俺だが、相手は確認しただけでも何名もの人間を攫って殺害した凶悪な賊である。王都の治安、延いては今後の我が身の安全の為にも、俺は奴等を見逃す気はサラサラ無い。それに連中には先程散々聞かされた不愉快極まる自慢話で被った精神的苦痛の代価を、単時十割の利子付きでキッチリと支払って貰わねばならんからな。
「いや、奴等を見過ごす事など出来ない。それに衛兵やブィキャルに報せたとしても、対処は恐らく間に合わないと思う。連中とて仲間が殺された事には直ぐに気付くだろうし、あの手の連中は総じて逃げ足が速いからね。だから彼女には申し訳無いけど、もう少しだけ頑張って貰う」
「フンッあったり前でしょ。あんな連中、私が全部燃やしてやるんだから!」
「・・・異議無し」
「で、でも彼女はどうするの。此のままじゃ危ないよ」
で、どうするか坊やに訊ねてみたところ、どうやら皆もゴロツキ共を殺る気満々な御様子。しかし敵の動向よりガキの容態を先に心配をする辺り、ロディアル君もといナヨ雄は良い奴だな。また、女子組も威勢の良い台詞こそ吐いてるものの、二人共意識を失って横たわるガキにぴったりと寄り添っている。まあお前等なんぞが幾ら引っ付いたトコロで、暑苦しいだけでガキの容体が改善する訳も無いんだが。
俺達は検討の結果、ガキを一旦ゴミ捨て場の目立たない岩陰に安置する事にした。流石に今の状態のまま担いだりして戦闘なんぞ行えば、邪魔臭い上に下手すりゃ其のままくたばりかねんからな。幸いにも松明の灯りが無ければ周囲は暗闇の為、余程の事が無ければ不逞の輩に見付かる事はあるまい。
俺は地面に転がる丸太剣と撒き菱を手早く回収すると、各々更なる戦闘に備えて装備の点検を行った。ガキは坊やとナヨ雄が持参した傷薬と治療道具で応急手当を施した後、身体を冷やさぬようションベンのローブを着せて目立たない場所に寝かせてある。当初は優しさ溢れる俺が愛用の外套を貸してやろうとしたのだが、ションベンの奴にそんな汚いモン被せるなと強硬に反対された。くおおぉぉマジ此奴を一発ぶん殴りてぇ。
ともかく此れ以上時間を掛けると、事態の深刻さを奴等に気付かれてしまいかねん。いや、既に察知されてる可能性もある。兵は拙速を尊ぶとも言うしな。俺達はゴミ捨て場に散乱するゴロツキ共の死体の確認と処理(する気は無いが)は後回しにして、速やかに次の行動に移る事にした。
松明を掲げた俺は金パツ坊や達を先導して、奴等の根城を目指して先程来た道を戻る。背後が滅茶糞五月蠅くてイラ付くが、我慢、我慢だ。くううっ、何だか俺独り頑張って足音を忍ばせるのがアホらしくなって来るぜ。
奴等の根城の間近まで近付いた俺は、金パツ坊やに合図を送って松明の火を消した。此処から先は、一旦斥候役の俺が先行して様子を見る手筈だ。
そして独り先行して奴等の根城の出入口が在る空間迄戻った俺は、文字通り頭を抱えた。あの見張りの死体っ死体がっ。アイツ等岩陰に隠したつもりなんだろうが、手がモロに見えてんじゃあねぇか。おおぉぉいお前等もっと丁寧に隠せよ。仕事が雑すぎんぞボケッ。
しかし幸いにもゴロツキ共には俺程夜目が利く奴が居ないのか、見張りの死体は雑に転がったまま見付かった様子は無い・・のか?いや、先程奴等からの追手が掛かった事を鑑みると、とうにバレてると考えた方が良さそうだ。
ランプの灯りに照らされた通路の入口の前には、岩陰に転がる死体とは別の新たな見張りが二人。落ち着かない様子でしきりに周囲を見回している。成る程、見張りの奴等随分と俺達を警戒してやがる。俺独りで先行したのは正解だったな。もし隠形の技術に乏しい坊や達が一緒だったら、速攻で奴等に俺達の接近がバレたろうからな。
お陰様で地下の暗闇にも随分と目が馴染んだ。俺は濃い闇に沿って目立つ通路の出入口から素早く離れると、鍛え抜いたピンチ力とブーツのスパイクを存分に生かして壁に取り付き、フリーで慎重に登り始めた。幸い此の空間の天井はかなり高い為、余程気配を立てねば俺の存在が露見する可能性は薄い。
確実に身体を保持しながら天井を素早く移動した俺は、速やかに見張りの男達のほぼ直上迄辿り着いた。移動の途中で何だかモゾモゾ蠢く気色悪い生物の感触が幾つも顔や首筋に張り付いたが、今は歯を食い縛って黙殺する。そして両脚で岩のクラックに身体をガッチリと固定した俺は、逆さにぶら下がりながら両手でベストのホルダーから新式苦無を引き抜くと、狙いを定めて投擲した。
狙いは寸分違わず、投擲した苦無は見張りの男達の頭頂部に突き立った。
チッ。岩壁に囲まれた空間のせいか、思いの外音が響くな。投擲とほぼ同時に天井から身を躍らせた俺は、可能な限り気配を立てぬよう受け身を取りながら柔らかく着地する。日頃の鍛錬と常人を逸脱した身体能力のみならず、数多の魔物共との戦闘で練り上げた受けの技術が、かくの如き受け身の際にも存分に発揮される。
気配を殺しながら地面に降り立った俺は、声も無く崩れ落ちる男達を素早く両腕で支える。そして、其のままランプの灯りが届かぬ闇の奥へと引き摺り込んだ。
見張りを始末して死体を手早く隠蔽した俺は、早々に通路を引き返して金パツ坊や達と合流すると、彼等を伴って再度ゴロツキ共の根城が在る空間へと足を踏み入れた。
「カトゥー、奴等の見張りは?」
「うん?見張りはお前達が斃したんだろう」
耳元で坊やから尋ねられた俺は、雑に放置された最初の見張りの死体が転がる辺りを顎で指し示した。此の状況でやれ見張りをどうやって倒しただの、死体はどうしただのと余計な詮索が始まると非常に煩わしいので、俺が殺った見張りについては知らぬ存ぜぬを決め込む。そもそも人殺しの腕なんぞ、踏ん反り返って自慢する気にも詳しく語る気にもなれんからな。先程人を甚振る糞みたいな自慢話を散々聞かされたばかりなので尚更だ。
程無くゴロツキ共の根城の前に集まった俺達は、其の出入口を五人で包囲した。先頃お持ち帰りした男に吐かせた情報に拠れば、此の通路の先には幾つかの広い空間が在るらしい。だが、袋小路で奥から抜ける道は無い筈だ。そして俺の発達した五感は、出入り口の通路の奥から発せられる複数の気配を既に察知している。逆に背後からの気配は特に感じられ無いので、挟撃される可能性は薄いと見た。とは言うものの、奴等の懐へと軽々に踏み込むのは些か躊躇われるのだが・・・。
「よし、始めるぞ」
金パツ坊やの合図で、俺達は背中に担いだ廃棄物を出入口の通路の前にバラ撒いた。
実は此処に至る迄に、俺達はゴミ捨て場から火種になりそうな物資ゴミを適当に見繕って担いで来たのだ。移動する坊や達が矢鱈五月蠅かったのは、未熟な隠形に加えて此の荷物のせいでもある。
「シーリン、ロナ、頼むぞ!」
「ええ、いくわよっ!」
「・・・任せて」
金パツ坊やの要請を受けて、ションベンが朗々と呪文を唱え始める。僅かに遅れて乳白色が、念仏みたいな呪文をボソボソと呟く。
すると密かに周囲の魔力観測に努める俺の目の前で、ションベンが燃え盛る炎の塊を通路の奥に向けてぶっ放した。コイツは俺も習得した、炎の飛沫の魔法である。俺の見た限りションベンの炎の飛沫は、発動と発射の速度は非常に拙いものの、炎のサイズだけなら中々の代物だ。更に続けて2発目、3発目と同様に魔法を放り込んだションベンは、今度は炎の舌の魔法を発動して俺達がバラ撒いたゴミに着火する。
程無くして魔法の力で意図的に不完全燃焼にでもしたのか、炎上するゴミからは不自然なまでに大量の黒煙が立ち昇り、しかも其の煙は渦巻く異常な軌道を描いて通路の奥へと飲み込まれ始めた。此の超自然的な現象は間違い無く、乳白色が発動した風属性魔法の効果であろう。
・・・にしても此奴等、全然躊躇いが無えな。
俺としてはションベンが発案した魔法の炎と煙でゴロツキ共を巣穴から燻り出して叩く此の策は、正直な所余り乗り気では無い。其の理由はションベンがムカ付くから・・てのは正味15パーくらいの内訳で、もしかすると救出したあの貴族のガキ以外にも、目前の根城の奥には奴等にとっ捕まった不幸な被害者が居るかも知れないと考えたからだ。其の懸念は勿論坊やにも伝えてみたのだが、返って来た返事は迷わず決行である。其の際の坊やの言に拠れば、居るかどうかも不明瞭な被害者の存在よりも、今は賊を確実に討って後の被害を防ぐ事の方が大切なのだそうな。まあ坊やの主張は理に適ってるし、他に有用な代案が俺に有る訳でも無いのだが・・・。
それから暫しの間、俺達野郎三人組が見てるだけで目が痛くなりそうな焚火と其処から吐き出される煙の様子を眺めて居ると。
突如黒煙の中から、奇声を上げながらゴロツキが飛び出て来た。
「ロディ!」
「オオッ」
しかし此の事を予め予期していたのか金パツ坊やとナヨ雄は的確に反応し、飛び掛かって来たゴロツキを一刀で切り伏せた。二人の斬撃を受けたゴロツキは、頸部と腹から鮮血を撒き散らしながら糸が切れた操り人形の如く地面に転がった。
その後も次々と黒煙で満たされた通路の奥から現れるゴロツキ共を、二人の若き剣士が着実に切り伏せてゆく。酷く充血した眼球から涙を零すゴロツキ共は、煙と有毒ガスに巻かれて最早真面に戦える状態では無いのだろう。先程のゴミ捨て場での戦闘とは打って変わって、今度は殆ど一方的な展開だ。一方のションベンと乳白色は、先程の威勢の良い台詞に反して変な色気を出す事は無く、魔法に拠る焚火の維持と黒煙の誘導に徹している。
ふむ、此の調子なら最早俺の出る幕は無さそうだな。俺は丸太剣βを肩に担ぐと、邪魔臭い賊の死体を蹴り飛ばしつつさり気なく立ち位置を斜め後方にズラす。
しかし先程金パツ坊やは、後に裁きの場で証言させる為にゴロツキ共の首領格は出来るだけ生け捕りにしたいと語っていたのだが。奴等の揃いも揃って薄汚れて似通った見た目のせいで、頭目が誰だか皆目分からん。此の調子では生け捕るのは些か難しいかも知れんな。まあ最悪俺がお持ち帰りした男が居れば問題は無いらしいが。
何時なりとも援護出来るよう石礫を掌で転がしつつも、見物を決め込んだ俺の目の前で凶相の悪漢共が次々と一方的に斬り倒されてゆく。やがて金パツ坊やが半裸の男を屠ったのを最後に、奴等からの半ば捨て鉢な抵抗はパタリと止んだ。俺が指折り数えた死体の数から推測した限りでは、最早通路の奥に生き残りは殆ど居ない筈だ。
それから暫くの間、金パツ坊やとナヨ雄は油断無く通路を見据え、俺はサボりがバレぬよう意味も無く丸太剣βを八相や上段に構えたりして様子を伺うも、ゴロツキ共の後続が現れる様子は無かった。そして。
「フウゥッ、やっと終わった・・・のかな」
肩で息をするナヨ雄が、一つ大きく息を吐いた。
「多分、な。しかし油断は禁物だぞロディ」
額に大粒の汗を滲ませながらそう口にする金パツ坊やは、未だ構えを解いていない。
「フフッ流石フェルね。素敵な剣技だったわよ!」
しかしションベンは委細構わずキラッキラに目を輝かせ、身をクネらせながら金パツ坊やに黄色い歓声を送る。其の緩んだアホっぽいツラは、さながら餌を目の前にした豚の如し。しかし其の直後に俺をひと睨みした一瞬だけは、ポリスメンに職質されたギャングみてえな表情をしてやがった。
「しかし生き残りを確認しようにも、此のままじゃ中に踏み込めないな。ロナ。君の魔法であの煙をどうにか出来ないか」
「・・うん。皆、後ろに下がってて。煙を散らすから。あ、フェルは此処に来て、私を守って」
「グッ・・・」
乳白色が己の隣を指し示すと、ションベンが露骨に歪ませる。オイお前曲がりなりにも貴族の端くれを名乗るなら、もう少し体面て奴を気にしろよ。
それから乳白色がブツブツと呪文を呟くと、淀んだ地下の空気が再び動き始めた。そして通路の奥に立ち込める黒煙が、出入り口から次第に外部に排出されてゆく。始めは緩やかな動きだったが、排出する空気の流れは次第に勢いを増してゆく。
そして程無く、俺達の行く手を遮る黒煙はどうにか立ち入れそうな程に薄まった。しかし油断は禁物。俺は相棒の先端に松明を括り付けて検知器代わりとし、ゴロツキ共の根城へと慎重に足を踏み入れた。
結局俺達の懸念は杞憂に終わり、根城に巣食うゴロツキ共は一人残らず地獄に向けてドナドナされていた。此の場で金パツ坊やとナヨ雄が斬り捨てた賊は十二人を数え、更に煙に巻かれてくたばったと思われる賊を根城の奥で四名確認出来た。また、俺は其の確認の際に物のついでに目に留まった硬貨を幾らか失敬しておいた。どうせ持ち主は既に地獄逝きなので、全く問題は無い。
また、根城の奥を探索中誠に不愉快な事に、俺達の依頼とは別口であろう奴らに攫われたと思われる女の遺体を一体、発見した。遺体の状態は胸糞過ぎて口にもしたく無いが、俺達が此処に来た時には既に他界してたあろう事はせめてもの幸いか。俺は遺体の冷たく固くなった瞼を閉じて、手を合わせて冥福を祈った。
こうして賊の殲滅を確認した後。俺達、と言うかほぼ俺と金パツ坊やが顔を突き合わせて協議した結果、その辺に散乱するゴロツキボディの後始末はブィキャルにブン投げる方向で纏まった。死体を埋める穴を掘ろうにも足元は岩だし、あの人数を俺達だけで地上まで運び出すのは余りに重労働過ぎる・・・と俺は強く訴えた。いや、俺の筋力と持久力なら運ぶのは恐らく造作も無いが、改めて言おう。賊の惨殺死体運びなんぞ、糞面倒&糞キモいから絶対やりたく無い。
方針が定まれば早速行動開始だ。俺達は速やかに地下遺跡から撤収する手筈を整える。一旦ゴミ捨て場迄戻った俺達は、女子組からの強い要望で救助したガキを俺では無くナヨ雄が担ぎ、先ずは比較的安全な場所で俺達の帰還を待つブィキャルの案内人と再び合流する事にした。
しかしこの時、予期せぬ事態が起きた。
ゴミ捨て場を後にした俺達が、先程量産した死体が散乱したままのゴロツキ共の根城の入り口へと引き返していたその時。俺の発達した聴覚が、前方から近付いて来る複数の足音を捉えたのだ。すわ、ゴロツキ共の残党か?いや、にしては話に聞いてたよりも気配の数が多過ぎる。しかも、不味い。気配の動きが思いの外速い!
俺達だけならまだしも、重症のガキを担いだままでは退避が間に合わん!しかも此の辺りの通路には、全員が身を潜めて遣り過ごせそうな隠れ場所が無い。
焦った俺は、即座に金パツ坊やに謎の集団の接近を訴えた。そして手短に話し合った結果、一旦身を潜めるのに適したゴミ捨て場まで退避を試みるも、急速に近付く気配からは到底逃れられそうに無い。
ええい、こうなりゃ致し方無し。
俺達はナヨ雄が担いだガキを急いで地面に降ろすと、ガキを背にして急速に近付く気配に向かって立ち塞がった。
それから幾らかの時を経て。接近する足音は次第に明瞭となり、既に金パツ坊や達でも聞き分けられそうだ。そして遂に。謎の気配に対して身構える俺達の視線の先に、松明の灯りに不気味に照らされた金属の光沢が浮かび上がった。
俺達の前に現れたのは、見るからに弱そうだったゴロツキ集団とは違い、揃いも揃って銀色の甲冑で全身を覆った、明らかにヤバそうな一団であった。




