第230話
狩人ギルドにて受注した拉致された貴族の娘を捜索する依頼を果たすべく、俺達は王都の地下深くに拡がる古代遺跡へと足を踏み入れた。其処で俺達は、瀕死ではあったものの辛うじて生きていた要救助者を確保し、併せて彼女を監禁していたゴロツキ共の殲滅にも成功した。ところが、任務を果たして首尾良く遺跡から退散しようとした矢先。俺達の前に、揃いの金属鎧で身を固めた謎の集団が立ち塞がった。
集団の後方迄は視認出来ないが、足音等の気配から察するに其の規模は凡そ15人前後と言ったトコロか。金パツ坊やも、ナヨ雄も、そして俺も当たり前の様に金属鎧を身に纏っているので些か感覚が麻痺しがちだが、本来金属鎧は真っ当な庶民では到底手が届かない代物である。そして一様に臭くて粗末な身形だったゴロツキ共とは異なり、現れた連中の武装は見たところ良く手入れされており、その上統一性が有る。一体何者かは知らんが、余り良い予感はしねえな。
通路を塞ぐ形で身構える俺達の姿を認めたらしい鎧集団は、先頭の鎧が右手を上げると其の歩みを止めた。続けて一斉に盾を構えて腰の得物に手を掛ける。其の整然とした所作を見る限り、鎧集団の練度は先程のゴロツキ共とはまるで別物だな。しかし此の狭い通路では、散開して俺達を包囲する事は叶うまい。
互いに沈黙したまま対峙する通路に、不穏な空気が満ちる。と、やにわに金パツ坊やが構えた得物を鞘に納めて、俺達を背にして数歩前に進み出た。そして其の動きに応じる様に、今度は鎧集団の先頭に立つ巨躯が此方に歩み寄って来た。む、近付く鎧から微かに漂って来る、此の臭いはもしや。
「其処なる御仁に申し伝える。俺の名はフェイルニール。アルマーダ騎士学院に所属する学徒だ。此度は狩人ギルドの要請を受け、賊に連れ去られた子女を救い出すべく此の場に赴いた。差し支え無いのであれば、皆様方の所属と目的を明示されたし」
金パツ坊やは相対する鎧に対して、胸を張って堂々と名乗りを上げた。
「ほう、学生か」
坊やの名乗りを受けた巨躯の鎧は、留め金を外して頭部を覆う兜を脱いだ。其れと同時に、拘束から解放された赤銅色の長い髪が兜から零れ落ちた。
巨躯の鎧の中身は、臭いと声から想定した通り女性であった。其の外見は意志の強さを感じさせる切れ長の目と髪と同じ色の瞳を持つ、目鼻立ちの整った美女・・・と言いたいトコロだが。
俺達を見下ろす女の身の丈は、推定195cmを優に超えるだろう。そして身の丈のみならず、分厚い身体からは半端無い骨太さと体格の屈強さが滲み出る。更には顔よりもブッ太い首と、見るからに頑強そうな顎、更には鎧の上からでも見て取れる、みっしりと盛り上がった全身の筋肉・・・。
ぬおぉ惜しいっっっ。チクショオオォッなんちゅう残念な女だ!顔の各パーツと配置が無駄に整ってるだけに、却ってガッカリと惜しいと勿体無い感が三位一体となって、俺のハートを責め苛んで止まねえっ。
例え地球の全人類から罵られようとも、俺は断固推したい。古き善き女らしさって奴を。そして何と言うかもうちょっとこう、固くて汗臭そうな筋肉よりも脂肪分をアピールして頂きたい。今此の瞬間の、俺の魂の奥底からの切なる願いだ。
・・・などと俺は日頃の鍛錬の成果を存分に発揮し、超高速で脳味噌をブン回しながら心中悪態を付きまくる。しかし勿論、内なる灼熱を表には一切出さない。澄まし顔で鎧集団を一瞥する俺は、見た目だけなら実にCoolで平静そのものだ。
「俺はマルガリア。エリスタル王立第三軍騎士団麾下の騎士である。此度は部下達の訓練を兼ねて、近頃悪評著しい賊共を討伐すべく此の遺跡に踏み込んだのだが。どうやら我々は一足遅かったらしいな」
ふむ、第三軍か。女の名乗りを耳にして、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。
俺は軍属のストイケと暫く旅を共にしたお陰もあり、エリスタルの軍に関しては多少の知識がある。以前ストイケから聞き齧った情報に拠れば、エリスタルの軍組織は地方領主の私兵と、エリスタルの王が指揮権を持つ直轄軍に大別される。その内の直轄軍は明確な役割を持つ幾つかの軍団で構成されており、また各々独自の騎士団を擁する。
例えば第一軍は王族を守護する所謂ロイヤルガード。規模こそ小さいが構成員は全員騎士で、末端まで凄腕の超エリート・・らしい。そして第二軍は第一軍の下部組織の位置付けで、王族を含め高位貴族を始めとした上流階級の連中を守るのが主な役割だ。で、目の前のゴリラ女が名乗った第三軍はと言えば、確か王都や周辺都市の防衛を受け持つと聞いた。しかし都市内部の治安維持を司る衛兵や衛士とは明確に異なり、第三軍の役割は飽く迄外敵勢力からの都市防衛である。
まあ何れにせよ、関わり合うと大層面倒そうな連中である。状況を見る限り交渉事は金パツ坊やに一任した方が丸く収まりそうなので、俺は出来るだけ目立たぬようナヨ雄の背後にそっと身を潜めた。
「フェイルニールとか言ったか。で、此処に来るまでに我々が目にした賊の死体は、お前達の手に拠るものと受け取って良いのかな」
「そうよ。フェルは本当に凄かったんだから!」
すると坊やが応じる前に、すかさずションベンがゴリラ女に対して踏ん反り返ってドヤった。が、しかし。
「黙れ小娘。貴様に発言を許した覚えは無い」
「・・・!」
プッ。ションベンの奴、黙らされてやんの。どうやら貴族様の御威光も、軍属の奴等には全然通用しないらしいな。まあ家名を名乗った訳では無いし、ションベンの奴が見るからに虎の威を借る何とやらてのも侮られる理由なのかも知れんが。
「ええ。あの賊達を討ったのは、俺達です」
不満タラタラの態ながらも一応押し黙ったションベンに代り、坊やが問いに応える。
「ほう。其の話が虚偽や誇張でなければ、大したものだ。お前達だけであれ程の数の賊を斃すとは、な。それに私も当代のアルマーダの事は、度々耳にしている。どうやら噂に聞く天才以外にも、多くの有望な若き芽が育っているようだな」
「・・・いえ、私など大したものではありませんよ」
ゴリラから賞賛されたにも拘らず、坊やは喜ぶどころか一瞬不快そうに顔を歪めた。ふむ。もしや噂の天才君とやらに凹まされでもしたのかね。
「が、しかしだ。貴様に問う。通路に充満したあの煙は一体何だ。其れに酷く焦げ臭い。どうやら逃げ場の無い地下にも拘わらず、随分と派手に火の手が上がった様だが・・よもや貴様等の仕業じゃあるまいな」
「いえ。追い詰められた賊が苦し紛れに拠点に火を放ったんです。お陰で危うく俺達も焼け死ぬところでしたよ」
ゴリラ女から偉そうに詰問された金パツ坊やは、何食わぬ顔でシラを切った。
しかし次の瞬間、ションベンがえ?何ソレみたいな表情をするも、背後から近付いた乳白色が、其のケツに素早く膝蹴りをぶち込んで悶絶させる。おおっナイスキック。俺の中で乳白色の評価が0.02ポイントくらい上昇した。
「フンッまあ良いだろう。其れよりも・・・貴様は何者だ」
うおっ!?急にコッチ見んなゴリラ。俺は咄嗟にゴリラ女から顔を背け、ナヨ雄に視線を送る。オイご指名だぞナヨ雄。後は任せた。
「いや違う。お前じゃない。後ろの小男、貴様だ。オイ、知らぬ振りをするな。顔を此方に向けろ!此れ以上舐めた真似をすれば、只では済まさんぞ」
チッ目立たない様にしてたのに、見た目に依らず目敏いゴリラだな。見咎められた俺は渋々顔を上げて、ゴリラ女と向き合った。
「今一度問う。貴様は何者だ」
「俺は狩人ギルドに籍を置く狩人だ。見れば分かると思うが、別に怪しい者じゃない。此度はギルドの依頼を受けた彼等に、力を貸す為に同行したのだ」
俺は懐から取り出したギルドカードをこれ見よがしに誇示しながら、ゴリラ女の詰問を一蹴した・・筈だったのだが。
「フンッ得体の知れない奴め。その様な言い逃れは、此の俺には通用せん。場合に拠っては我が剣を以って、貴様の身柄を拘束する」
え、何コイツ。ちゃんと質問に答えたのに、何だか知らんがあらぬ疑いを掛け捲って来るじゃねえか。俺は清廉潔白で善良で無害な小市民様だぞ。先程ちょっとばかし人間ぶっ殺しちゃったけど。
「ですが隊長。あの身分証は本物に見えますよ。それにあのチビは見た感じ地味で全然弱そうですし、俺には別段危険な手合いには思えません。今は其れよりも、賊の様子を調べた方が・・」
俺が戸惑っていると、一人の鎧男がゴリラ女の背後から何やら耳打ちするのが目に留まった。そこで発達した聴覚で耳を凝らすと、意見を具申する囁き声が辛うじて耳に入った。そうそう君ィ分かってんじゃねえか。もっとガツンと言ったれよ。
「フンッ確かに地味で目立たない。だが、其れこそがおかしいのだよ。分からぬか?こうして目の前に居るにも拘わらず、俺には此奴の気配が殆ど感じられん。ともすれば見間違いと錯覚しそうな程に。此れを異常と言わず何と言うか」
「ハァ、言われてみれば確かにそんな気も・・」
オイちょっと待て。俺は今、別にガチで隠形してる訳じゃ無えぞ。ほんのチョットだけ気配を殺して、目立たない様にしてるだけだっつうの。ううむ此のゴリラ初めは目敏い奴だと思ったが、今度は少々アホっぽく見えて来たぞ。
「いや重ねて言うが、俺は決して怪しい者じゃ無い。今は分を弁えず出しゃばらぬよう、後ろに控えていただけだ。妙な勘違いをしないで貰いたい」
「彼の言う通りです。それに賊を討伐する際も、俺達は随分と助けて貰いましたよ」
俺はワケ分からん疑いを晴らすべく、口に出してハッキリと抗弁した。ついでに金パツ坊やも横から助け舟を出してくれる。しかし此の手のタイプは、多分人の話を聞か無さそうだなあ。
「フンッおいドチビ。お前こそ勘違いするなよ。怪しいか否か。判断を下すのは貴様では無く、此の俺だ。貴様は唯、嘘偽り無く俺からの問いに返答せよ。先ずは己の名を名乗れィ」
メスゴリラからの居丈高な指図を受けて、俺は迷った。
目の先で文字通り俺を見下すメスゴリラの尊大過ぎる態度は、勿論滅茶糞ムカ付く。それに連中と此れ以上関わりたく無いという思いもあり、本音を言えば俺の個人情報をくれてやるなど断固お断りだ。しかしだからと言って変に逆らうと、其れは其れで糞面倒そうな相手だ。加えて金パツ坊や達へ要らぬ迷惑が及ぶ事を考慮すると、出来れば余計な波風は立てたく無い。
「おい小僧。悪い事は言わん。大人しく従っておけ。隊長殿は管轄外である賊退治の任務に首を突っ込む為に衛士長に頭を下げる羽目になって、今はとても機嫌が悪いのだ」
「貴様ァ!余計な口を挟むなっ!」
すると、先程メスゴリラに意見をした鎧男が、親切にも今度は俺に聞こえる程度の小声で忠告してくれたのだが。しかし其の直後、激高したメスゴリラにぶん殴られて派手に吹き飛んだ。コ、コイツは。
俺の心は保身と素直な感情の狭間で激しく揺れ動く。が、直後にメスゴリラが吐いた台詞が俺の方針を決定付けた。
「オイ貴様っ。顰め面で黙ってないで、早く答えんかァ。其の貧相な身形から察するに、女衆から歯牙にも掛けられぬ腐れ童貞の分際であろうが。見苦しい輩は人がましい受け答えすら満足に出来ぬのか」
どどどどっ・・貴っ様あぁぁ!!トト親方んトコの小坊主に教えて貰って以来、久方振りに聞かされたぜ其の忌まわしい単語(因みに此の異界ではドゥーピルだっ)をよぉ。其の台詞を言われちゃあ、もう行き着くところは戦争しか無えよなあ。手前は俺をキレさせたっ。
「断る」
「あぁ?」
「だから断る。アンタに名乗る気は無い」
「ほう。理由を聞かせて貰おうか」
俺の拒絶を受けたメスゴリラはキレるどころか、無駄に整った顔に柔和な笑みを浮かべた。但し中の嗜虐心が筒抜けてるが。
「俺はアンタの部下でも何でもない。なので質問に答える義務は無い。それに何より、アンタの態度が気に食わない」
「へえぇ小僧。其処まで言うなら、覚悟は出来てるんだろうなぁ」
メスゴリラが笑みを深め、背後の鎧達が色めき立つ。
「お、おいカ・・」
「いや、勘違いしないで貰おう。俺は別にアンタ達と敵対する気は全く無い。特にアンタの背後の、精悍な騎士の皆様とはな」
金パツ坊やの咎める声に被せて言葉を重ねた俺は、身に纏う外套を脱ぎ捨てた。更には相棒と丸太剣βを地面に放り投げる。
そして無言で拳を構えた俺はリズムを刻みながら、ステップを踏む。
「シシシィッ」
ワンツーから左のダブル。
「シシッ」
肩でフェイント、頭を振りながら踏み込んでボディフック、ショートアッパー。
「シシシッ、シイィ」
ジャブフックコンビからの、ストレート一閃。
シパッ
軽快な風切り音を奏でた後。動きを止めた俺は、呆けるメスゴリラに向けて拳を握り込んだ。
「なのでコレで決めようか。もしアンタが勝ったなら、質問には俺の知る限り全て答えよう。但し俺が勝ったら、此れ以上俺に関わるのは止めてもらおうか」
「貴様・・・」
「まあ俺が怖いのであれば、チーチクの様に逃げて貰っても一向に構わないが」
「クハッ。良いだろうドチビ。身の程知らずにも此の俺相手に拳で勝とうなどと。直ぐに泣き喚いて後悔させてやろう」
少々無理筋な提案を飲ませるべく軽く煽ってやると、アホなメスゴリラは首尾よく誘いに乗って来た。コイツ矢張り俺が期待した通りの脳筋だったな。
てな訳で、そういう事になった。




