第225話
王都の地下に拡がる暗い遺跡の中にて。装備を整えて身支度を済ませた俺達は、行方不明となった貴族の娘を救出すべく、彼女が囚われて居るであろうゴロツキ共の根城へと慎重に歩を進めた。
もし其の道中に他の怪しい人族と遭遇する事があれば、更年期がエクスプロージョン中のBBAの如く片っ端からボコり倒して拘束する腹積もりであったのだが。幸いにも俺達は誰の目にも留まる事無く、連中の根城の玄関口と思しき広い空間の近く迄辿り着く事が出来た。其処でナヨ雄と女子二人には一旦隠れて待機して貰い、俺が先導して金パツ坊やとの二人で物見の為に先行する事にした。
何せ俺以外は全くの初見だからな。先程尋問した男からの予備知識だけでいきなり殴り込むのは、些か無謀に思える。なので本来ならば偵察には全員連れて行きたかったのだが、隠形力皆無な女子二人を同行させると、高確率で見張りにバレる。そこでキーキーと文句を垂れるションベン達は金パツ坊やの説得で黙らせて、お守り役のナヨ雄と一緒に目立たない場所に置いて来たのだ。
其処から更に歩いて目的の空間を目前にした俺は、背後を振り返って金パツ坊やに合図を送った。そして屈んで背中を差し出すと、掴まって来た坊やを背負って松明の火を消した。見張りの怠慢のお陰か、或いは単純に運が良かったのか、先程は不用意に近付いても見付からずに済んだが、今度も上手く行くとは限らないからな。
其れからは地形の記憶と手足の感触を頼りに、暗闇の中を四つ足となって慎重に前に進む。すると間も無く、俺達は記憶と違わぬ空間に辿り着き、ランプの灯りと其れに照らされた見張りの姿を再度確認した。そこで俺は、金パツ坊やを背負ったまま闇に紛れて岩陰へと素早く身を潜めた。
「あの見張りが立つ通路の先が、恐らくは奴等の根城・・だろう。先程の男は、アソコから出て来た所を捕らえた」
俺は見張りの方を親指で指しながら、金パツ坊やと顔を寄せ合って囁いた。
「うん、成る程。奴が吐いた情報を信じるのであれば、あの先は袋小路と見て良いだろう。さて、頭数は俺達の方が圧倒的に不利だけど、どうしたものかな」
「そうだな。あの通路の出入口を半包囲して、出て来る奴等を叩くのはどうだ。其れならば、数の不利を補う事が出来る筈だ」
「ふ・・・む。悪く無いね。まあ連中が素直にあの通路から出て来るとは限らないけど。其の場合は、膠着して我慢比べになるかも知れないな」
「ショ、シーリンの火魔法をあの中に放り込んで焼き殺す手も考えたが、難しいな。大人数を始末するにはもっと火種が欲しい。それに例え火攻めが上手く行ったとしても、攫われた娘も纏めて死にかねんからな」
あと言葉には出さないが、幾らゴロツキ相手とは言え、人間を問答無用で纏めてロースト・・てのは流石に少々躊躇われる。見た目も非常にグロいだろうし。
「ああ。俺達の目的は、飽く迄彼女の捜索と救出だからな。で、君はどうする?」
「うむ。フェルよ。放り込むのは止めるにせよ、彼女の火魔法を陽動に使えないだろうか。派手な日属性魔法ならば、奴等の注意を充分に引ける筈だ。もし使えるのであれば、俺は其の隙を突いて潜入を試みてみよう」
明るい地上なら或いは難しいやもしれんが、身を潜める暗闇に事欠かぬ此の場所ならば、十分な成算が有る。
「うん。しかし、もう一つ問題が」
金パツ坊やはそう呟くと、顔を顰めて俺達が来た通路に顔を向けた。そんな坊やの懸念には、俺も心当たりが有る。
「ああ。もしかすると、あの根城の外に出てる奴が居るかも知れんな。流石に皆揃って出掛けてる・・などとは考えたく無いが、下手すりゃ挟撃される可能性もある」
先程尋問した男がゲロった話では、奴等はあの根城の中に居るハズ・・だが。
「正直に言えば、もっと戦力が欲しいな。でも暗くて見辛いけれど、此の空間には俺達が来た通路の他にも幾つか抜け道が有るみたいだ。なので最悪の場合でも、撤退する事は可能だと思う。何時までも躊躇してられないし、此処は一つカトゥーの案で仕掛けてみようか」
「そうだな・・・ん?」
俺達がゴロツキ共への対処について小声で協議していると、見張りが立つ通路の奥から巨大な壺を担いだ男が現れた。そして男は、異臭漂う便所が在る通路の奥へと姿を消した。
「カトゥー。今の男は何だろう」
「さあ。あの先には便所が在る筈だが、排泄物にしてはあの壺はデカ過ぎるな」
「ウ~ム・・・」
「気になるのなら、俺が探ってみよう。場合に拠っては拘束するなり眠らせるなりして、奴等の戦力を削げるしな。フェルは暫くの間、此処で待機しててくれ」
「ああ、頼む。くれぐれも慎重にな。独りで無茶はしないでくれよ」
「承知した」
俺は即座に音と気配を殺したまま岩陰から這い出ると、光の届かぬ物陰を伝って通路の奥へと消えた壺男の後を追った。
彼我の速度差のお陰もあってか、松明の灯りと若干覚束ない足取りで歩く壺男の姿は直ぐに見えて来た。その為、此の先は物陰に隠れながら密かに尾行しようと一瞬思案したのだが。改めて男の姿や身のこなしを観察してみれば、此奴が背後を振り向く所作よりも、恐らくは俺が暗闇に紛れたり天井に張り付く方が遥かに速いと思われる。考えを改めた俺は、変にコソコソしたりせず堂々と男の後を付いて行く事にした。
壺男は僅か数m程度の背後を尾行する俺に気付く様子は全く無い。可能な限り気配を殺していると言え、随分と鈍感な奴だ。男が担ぐ壺からは何とも言えぬ悪臭が漂っており、其の中身は何となく想像は付く。とは言え、一応確認はしておくか。
壺男は糞尿の刺激臭が鼻を突く便所を素通りすると、通路の奥に向かって更に歩を進めた。通路の先からは便所とは別種の酷い悪臭が流れて来て、文字通り鼻がひん曲がりそうだ。俺は強烈な悪臭に耐えながら壺男の後に付いて暫く歩くと、またしても巨大な空間に辿り着いた。光源が壺男が持つ松明だけなので全容は定かで無いが、一目見た限りでは先程見張りが居た空間よりも更に二回りは大きく見える。いや、今は空間の広さなど割とどうでも良い。其れよりも注意を向けるべきは。
広い地下空間に辿り着いた壺男は背中に担いだ壺を億劫そうに地面に降ろすと、壺を逆さにして雑に内容物をぶちまけた。床にぶちまけられた壺の中身は、俺が想像した通り雑多に入り交じった生ごみであった。
地下空洞の中にはそんな生ごみを含む様々な廃棄物が積もりに積もって形成されたと思しき巨大なゴミ山が形成されており、とんでもない悪臭を周囲に撒き散らせていた。常人より鼻が利く俺にはかなりキツい環境である。空気が鼻のみならず目に染みるし、チョット泣きそう。
壺男にとってもゴミ捨て場の環境はキツいのか、空になった壺を手早く背中に担いで足早に其の場から立ち去った。男の目的も知れたし、本音を言えば俺も後に付いてさっさと引き上げたかった所なのだが。
壺男が掲げた松明の灯りにゴミ山が照らされた際、一瞬だがとあるモノが、偶然にも俺の目に留まった。留まってしまったのだ。
視界に捉えたのは、ほんの一瞬。俺の発達した視力を以ってしても、詳細を判別する事は出来なかっのだが。俺にはどうしても、ソレを看過する事は出来なかった。
そこで、俺は暗闇に身を潜めて壺男がゴミ捨て場から姿を消すのを見届けてから更に充分な時間を置いて、携行した松明に発火の魔法で火を灯した。そして悪臭を我慢しながらゴミ山に近付いてみる。どうやら此のゴミ山は単に床へ投棄したゴミが積み上がった代物では無く、床に空いた大穴からゴミが溢れて山と化してるみたいだ。
良く見れば様々なキモい生物が集り、蠢くゴミの山を目の前にした俺は、松明を掲げて先程一瞬眼に留まった場所を照らしてみた。其処で見たモノは・・・。
まるで胎児の様に丸くなって身を縮めた人族の死体が、積み上がったゴミに半ば埋もれて転がっていた。其の姿は正に朽ちたボロ雑巾としか形容出来ない、余りに無残な姿であった。暫し無言のまま天井を見上げた俺の口からは、自然と途轍もなく苦い溜息が漏れた。ハァ・・・此の手の仏さんてのは、何度目にしても嫌なモンだぜ。
しかも目の前の仏さんは、発見した場所と身体的特徴から察するに俺達の探し人だよなあ・・多分。赤黒くパンパンに腫れ上がった顔は特徴どころか性別の判別すら困難な上、頭髪は毟り取られたのか僅かしか残っていない。が、しかし僅かに残された髪色はションベンに近い色の金髪で、全身腫れ上がって傷だらけの身体は子供のサイズだ。しかも衣類は全て剥ぎ取られているので、性別も一目で分かった。
文字通り、あらゆる意味で滅茶糞にヤラれちまったみたいだな。攫われた相手が悪名高いゴロツキ共とは言え、ガキならばワンチャン性暴行は免れると思っていたのだが。どうやら俺の認識は随分を甘かったらしい。
もしコレが其の辺の見知らぬ仏さんなら、俺としては手を合わせてホナサイナラしたいトコロ・・いや実際にするだろう。見てるだけで非常に胸糞悪くなって来るし。しかしながら、相手は推定俺達が捜索中の要救助者である。となれば、今回ばかりは放置して立ち去る訳にもゆくまい。
てな訳で。甚だ不本意ではあるが、俺はガキの遺体をゴミ捨て場から運び出すべく、その身体に触れたのだが。
「むっ」
おおう、コレは・・・。其の身体は冷たくカチコチに固まってるかと思いきや。肌には弾力があって、冷たいどころかかなりの熱を持っていた。マジかよ。周囲が暗いせいもあるやも知れんが、俺の目ですらぱっと見は死体にしか見えなかったのに。そう認識を改めた上で再度目の前の死体改めフルボッコ体を観察してみると、成る程確かに胸が微かに上下しとるな。ゴロツキ共は廃棄物の捨て方といい管理といい色々と杜撰過ぎると思ったが、其のお陰で辛うじて命を繋ぐ事が出来たのやも知れんな。
とは言ったものの。良かった。嬉しい。勿論そんな気持ちは全く湧いて来なかった。よもやこんな有様で、其れでも生きてるなんて言えるのかよ。
ともかく此のままでは宜しくない。俺は松明を口に咥えてガキの身体をゴミ山から慎重に抱き上げると、ゴミ捨て場の端まで運んでそっと床に横たえた。次いで、傷口に群がるキモい虫共を綺麗に払い除けてやる。出来れば水魔法で全身洗浄してやりたいが、身体が冷えると不味いので止めておいた。
さて。探す手間は省けたが、状況は最悪に近い。果たして此奴をどうしたものか。見れば見る程隅々までボッコボコにされた余りに悲惨な姿である。う~む、此の状態では下手に搬送すると却ってくたばりかねんし、此奴が今迄ゴロツキ共から受けた仕打ちや貴族としての今後の人生を鑑みると、或いはもういっそ此のまま楽にしてやった方が多少はマシなのかも知れん。とは言え、相手からの同意も無しに俺の勝手な思い込みだけでトドメを刺しちまう訳にもいかんしな。
横たえたフルボッコ体の傍らに腰を下ろした俺が、此奴の今後の処遇について暫し頭を悩ませていると。突如ガキが身体をピクピクと痙攣させ、次いで何と右腕をユラユラと緩慢に動かし始めた。其の動きは何かを探し求めているのか、或いは拒絶してる様にも見える。絵面は正直ちょっとしたホラーに見えなくも無いが、俺は構わず爪を剥がされたガキの小さな手を繋ぐように軽く握った。そして、駄目元でガキの耳元に向けて声を掛けてみた。
「おい、お前を助けに来たぞ。俺の声が聞こえるか」
すると僅かな間を置いて、俺の手が弱々しく握り返された。おおっ!凄いな。此の状態でよもや意識が有るのか。それにどうやら耳も聞こえるみたいだ。ならば。
「俺の言ってる事が分かるか。分かるなら、もう一度俺の手を握ってみろ」
すると再び、俺の手が微かに握り返された。どの程度かは変わらんが、一応俺の言葉は通じてる・・みたいだな。であれば、チョイと意思を確認してみるか。
「分かるならば、一つだけ問おう。お前には未だ、生きる意志はあるか。いや、生きたいか。もしそうならば、もう一度俺の手を握ってみろ。逆にもし死にたいのなら、其の手を放せ。お前が望むなら、俺が楽にしてやる」
すると次の瞬間。まるで全てを投げ打って縋り付くかの如く、小さな手が思わぬ力で俺の手を握り返した。
「あ・・あ、う・・」
そして譫言のような声を上げるガキの潰された目から、赤黒い雫が流れ落ちた。
へえ、悪く無い。そら簡単にくたばりたく無いよな。例えどんだけ酷い目に遭ったってよ。握られた力から、熱いド根性のバイブスが確かに伝わって来るぜ。
此の手からお前さんの強固な生きる意志、いや執念か。確かに受け取った。本来ならば其処までする義理なんぞ無いんだが、今回は特別大サービスだ。助かるかどうかは分からんが、俺に出来る限りの処置を施してやるぜ。




