第224話
狩人ギルドの依頼を受注した俺達は、攫われた貴族の娘を救出すべく不確定な情報を頼りに、地下遺跡に在ると言われる推定反社組織の根城へと向かった。
「俺も詳しい場所は知りやせんが、さっきの道を進んだ先が怪しいですぜ」
狭い通路に身を隠した俺達に対して、案内人のトールⅢ号が小声で言った。先程通路を歩く人族に危うく見付かりそうになった為、俺達は来た道を一旦少し引き返して具合の良さそうな枝道の奥に身を隠した。他の人族に遭遇した頻度を鑑みると、確かに此の先に拠点が在る可能性は高そうだ。
「ならば俺が先行して探ってみようと思うが。問題無いか?」
俺は金パツ坊やに単独での偵察を申し出た。此れ以上ゾロゾロ並んで進めば、他の人族に見付かるのは避けられ無いだろう。
「俺は勿論構わない。此処まで誰にも見付からずに来れたのは、君のお陰だしね。でも、君は大丈夫なのかい?」
「ああ。問題無い」
「じゃあ、是非君にお願いしたい。他の皆は其れで構わないかい」
金パツ坊やが背後を振り返って訊ねると、トールⅢ号とナヨ雄が頷く。一拍遅れて滅茶苦茶嫌そうな顔のションベンと、フードに隠れて表情が伺えない乳白色が頷いた。
「無理はしなくて良いから、感付かれないよう十分気を付けてくれ」
「うむ。無理そうなら一度此処へ戻るから、その時は改めて手を考えよう」
てな訳で。他の連中を置いて先行した俺は、一気に歩くペースを上げた。そして先へ先へと探索の手を延ばすと、如何にも其れっぽい広い空間にぶち当たった。
空間は岩肌が剥き出しで遺跡の通路と言うよりはほぼ洞窟なのだが、面積は故郷の教室のざっと4倍、天井は高さ凡そ10mくらいはありそうだ。通路の奥には、俺が入り込んだのとは別の通路が、目視だけで三か所視認出来る。その内の一つには壁にランプが設置されており、通路の前には見張りと思しき男がヒマそうに佇んで居る。外観も充分に怪しいのだが、何より人族特有の生活臭が漂って来る辺り、あの先が目当ての無法者共の根城に間違い無さそうだ。特に排泄物の臭いはかなり酷いな。
俺は暗闇の中に身を潜めながら、推定無法者達の拠点の入口や、目視可能な周囲の地形をじっくりと観察する。幸い光源が見張りの傍に在る原始的なランプのみなので、身を隠す闇には事欠かない。但し、月や星明りで照らされた地上と違い、光が届かない地下の暗闇は俺の眼を以てしても何も見え無いので注意が必要だ。不用意に動いて躓いてコケたりして見張りに見付かったら、幾ら何でもアホ過ぎるからな。
俺は更に暫くの間観察を続けたものの、如何にもヤル気無さそうな見張りがケツやチ〇コを掻く位しか動きが無い。だが辛抱強く監視を継続すると、推定無法者の拠点から一人の男が姿を現した。そして見張りの男と短く言葉を交わすと、俺が来たのとは別の通路に向かって歩き始めた。
見える範囲で周囲の地形を充分に頭に叩き込んだ俺は、気配を殺しつつも素早く移動し、忍び足で男を尾行する事にした。幸い男が持つ松明が有れば、俺が尾行するには充分な明るさだ。
どうやら男の目的は用足しだった模様だ。人相の悪い男はゴソゴソと帯を外して下穿きをズリ降ろすと、床に口を開けた縦穴に放尿し始めた。う~む垂れ流しかよ。どうりで周りが臭っせえワケだ。ふむ。見た目が汚ねえので余り気が進まないが、此奴をお持ち帰りして色々話を聞いてみっかな。
俺は男の粗末なチ〇コを観測して我が愛する愚息の勝利を確信した後、ベストの収納から二個の石礫を取り出した。そして男が下穿きを履き直したタイミングを見計らって、小粒な石礫を一つ投擲する。
カーン
そして男の背がビクリと跳ねたのを見て、もう一つ石礫を投擲。同時に俺自身も、気配を殺したまま身を躍らせる。
次いで、男の顔が視界の端を掠める軌道で投擲した石礫を追う。俺は其の様子を眺めながら悠々と男の背後に回り、其の頸にスルリと前腕を滑り込ませた。
・・・五、六秒。ジャスト六秒で、完璧にチョ-クを極められた男の身体からクタリと力が抜けた。
う~む何とも辛抱が足りん奴だな。にしても奇襲する際は隠形だけ頑張るよりも、こうして上手く相手の注意と視線を誘導してやった方が遥かにチョロいな。まあ相手が複数名の場合は余り使えん手かも知れんが。
俺は失神した男の手足を手早く拘束すると、その身体を手持ちの縄草のロープを使って背中に固定して其の場を離れた。
「土産だ」
ムサ苦しい野郎一丁をお持ち帰りした俺は、金パツ坊や達が待機する場所まで引き返して縄草のロープを緩めると、気を失ったままの男を雑に床に放り投げた。
「ええと、この男は一体・・」
金パツ坊やは、床に倒れた男と俺を交互に見て随分と戸惑った様子だ。まあそらそうか。逆の立場なら俺も超戸惑う。坊やの背後をチラ見すると、トールⅢ号とションベンが何だかドン引きしている。おいおいトールは兎も角、お前はビビッとる場合か。一体何しに来たんだYO。
「うむ。目標と思われる怪しい場所を確認したので、ついでに其処に居た怪しい奴を捕まえて来た。丁度良いので、此奴から色々聞いてみよう」
「そ、そうか。う~ん・・じゃあ此処は少々危険なので、一旦場所を変えようか」
尚も戸惑い気味な金パツ坊やの提案で、そういう事に成った。とは言え、此奴が姿を消した事はその内バレるだろうから、余り悠長にはしてられないだろうがな。まあお持ち帰りした事で色々と具合が悪いなら、人知れず男をあの便所に再度リリースする事も可能だ。先程絞め落とした際、此奴には何が起きたか全く分かって無いだろうしな。多分。
俺達は再び移動して比較的安全そうな場所に腰を据えると、ナヨ雄とトールⅢ号を見張りに立てた。そしてションベンが発火の魔法で起こした火種を、グースカ寝たままの男の手の甲に落とした。男が悲鳴を上げて目を覚ますと、金パツ坊やに拠る尋問が開始された。
「おい貴様。早く起きろ」
「あ・・うぁ・・何だ、お前」
金パツ坊やが、呻く人相の悪い男の胸倉を掴んで乱暴に引き起こした。
「俺は上層区を守護する衛士の者だ。貴様等の度重なる無法を腹に据えかね、鉄槌を下すべく此処に派遣されたのだ。貴様は最近ワーティ、いや年端も行かぬ貴族の娘を攫っただろう」
「え、あ、いや違うっ!俺ぁ悪くねえ。上に命令されただけなんだよぉ!」
う~む、此れは。落ち着いて金パツ坊やの身形を見れば、衛士なんて嘘だと直ぐに分かりそうなモンだが。目が覚めたばかりで混乱してるのか、或いは尋問する坊やの妙な迫力に押されたのか。何れにせよ何か思い当たる節が有るのか、驚く程あっさりと其れっぽい台詞をゲロったなコイツ。
そして男の悲鳴交じりの言葉を聞くと同時に、坊や達の纏う雰囲気がスッと変わった・・様に感じられた。トールⅢ号と、ついでに俺は平常運転だが。
「俺の質問に答えろ。貴族の娘を、攫っただろう?」
「違う違う違うっ!俺じゃねえっ。俺は何も悪くねえっ!」
男は拘束された身体で激しく藻掻き、唾を飛ばしながら喚き散らす。すると金パツ坊やは腰の鞘からナイフを抜いて、
ガッ
拘束された男の手を抑えて、いきなり振り下ろした。
「質問に答えろと言っただろ」
「ギイャアアアッ!」
男は身体を捻じ曲げ、情け無い声で喚き散らした。振り下ろされたナイフの切っ先付近を確認すると、男の小指が中程から切断され、切断面から鮮血が溢れ出している。オイオイ坊やの奴容赦無えなあ。未だ実行犯と確定した訳でも無かろうに。まあ其れはさておき、いきなり切断すんなよ。血が飛んで服に付いたらシミになるだろうが。俺の外套は撥水加工してあるから、血で汚れても水洗いで取れるとは思うけどさあ。
「おい、フェル」
俺は喧しい男は無視して、金パツ坊やに指を折る身振りを見せた。情報を吐かせる為に痛めつけるにせよ、ちゃんと段階を踏んでくれよな。ポキっと行くとかさあ。
「カトゥー。今は、時が惜しい」
金パツ坊やは横目で俺をチラリと一瞥するも、俺の慈悲深い提案を素っ気無く退けて直ぐに男に向き直った。見ればトールⅢ号は明らかに引いてるにも拘らず、ションベンと乳白色は無表情に尋問の様子を眺めている。
「さあ、俺の質問に、答えるんだ」
そして坊や再び、尋問を再開した。俺は拷問だの私刑といった鬱屈とした暴力行為は正直好きでは無い(但し俺自身の報復行為は除く)ので、少し下がって其の光景から目を逸らした。
男は尋問や痛みに対する耐性が殆ど無かったのか、指を三本チョン切られただけで自分が知っている情報をあっさりと吐いた。まあ見た目だけなら人相は強面だが、身体の肉付きを見れば中身の程度は察せられる。其の辺のゴロツキの忍耐力なんて所詮そんなモンか。
尋問の成果として、此奴等が貴族の娘を攫った実行犯かどうかはともかく、監禁先は俺が目撃した推定ゴロツキ共の根城である事はほぼ間違い無い事が分かった。また、ゴロツキ共の人数や根城の大雑把な構造も判明した。但し、娘の監禁場所については、男も詳細は知らないらしい。中々に面倒な状況だな。最悪娘を人質に取られたら・・・出来る限り頑張るつもりだが、命の優先順位は既に明確にしてある。
俺達が即興で組み立てた作戦は、金パツ坊や達が陽動となり、隠密行動に優れる俺が其の隙を突いて娘を奪還する流れだ。正直不安はかなり有るものの、先程とっ捕まえた男のショボ過ぎる腕前を考慮すれば、充分行けそうな気もする。まあ最悪駄目そうなら、脱兎の如く逃亡するのみ。また案内人であるトールⅢ号は、此処で留守番だ。
俺達はゴロツキの根城への殴り込みに向けて、手早く装備を整える。金パツ坊やは見るからに高級そうなヒーターシールド擬きを、ナヨ雄は小型の円盾を腕に固定する。更には二人共頭部に金属製の兜を装着した。
女子二人はフードと布で顔を隠し、各々意匠を凝らした杖を手に持つ。お前等ヤル気満々だが、肥え太った鴨が葱と肝臓差し出しに行く様にしか見えんぞ。ホントに付いて来るのか・・・まあ殺られたら殺られたで、その時はご冥福を祈ってあげよう。
俺は石礫と各種小道具、ホルダーの苦無とナイフをチェック。持参した背嚢をトールⅢ号に預けて相棒と丸太剣βを担ぎ、ネックウォーマーで顔を隠す。勿論、背嚢から貴重品は全て取り出してある。
因みに俺がお持ち帰りした人相の悪い男は、拘束されたまま息も絶え絶えな様子で足元に転がって居たが、此のままでは失血死しそうなので圧迫止血を施しておいた。いやあ俺って優し過ぎるだろ。
こうして迅速に準備を整えた後、俺は金パツ坊や達を先導してゴロツキ共が巣食う根城へと歩を進めた。




