本幕 其ノ四
電撃大賞長編小説部門に投稿した小説です。
江戸時代と妖怪をイメージしたものを書いてみました。
江戸時代のことを色々と調べていたのですが、はっきりとしたことはなかなか把握できなかったので、その大部分はイメージとなっています。
今後の参考にしますので、感想をいただければとても嬉しいです。
丑三ツ刻。
濃縮された怨嗟が内奥で胎動した。
禍々しい瘴気を帯びた濃霧が漂っている、静寂が満ちた薄暗い境内。
その中央に建てられている老朽化した社の中には一振りの長刀が納められていた。
雑草すら顔を覗かせていない堅く痩せた土が広がっている中で、唯一生えているのが、社に覆い被さっている注連縄の巻かれた巨木だ。毒々しいまでの濃緑色に染まった葉を誇っている様は、まるで他の栄養分までも貪り喰らっているかのように感じられる。
いつからか女が社の前で倒れていた。
女は絡繰人形のようなぎこちない動作でゆっくりと体を起こした。青白い肌と痩せ細った体躯、そして生まれたばかりの仔馬のような頼りない足取りは病人のようだが、その状態よりも目を惹くのは、身に纏っている白装束や、腰の帯に差している藁人形と木槌と五寸釘、頭に乗っている鉄輪とそれに立てている六本の蝋燭、そして顔を覆っている般若の面の方だろう。
女は右に左にとよろめきつつも巨木に歩み寄り、藁人形を叩きつけるように押し当てた。そして藁人形の胸に釘の先端を埋め込ませ、懐から取り出した木槌を頭上に振り被り、そこで金縛りにあったかのように動きを止めた。
体が激しく痙攣しているが、それは女が木槌を振るうのを必死に押し止めているからだ。抗わねば取り返しのつかない事態となる。そう本能が察したのだろう。
これはただの夢。それ以上でも以下でもない。女は虚ろな意識でそう喘いだ。
しかし毎晩見せられるそれは日が経つ毎に鮮明で生々しくなり、ここ最近は寝ても覚めてもそれから意識が逸らせないため、もはや高が夢と笑い飛ばせなくなっていた。
女の足元から鼻孔を抉るような強い腐臭が這い上がってきた。
これまでそれを無視し続けてきたが、初めてそれを正視してしまった。
そこにあったのは渦巻く呪言だった。空気を震わすように低く、そして断末魔の叫喚のように甲高くもあるそれは、女が心の奥底に押し込めていたものに違いなかった。
今まで必死に木槌を抑えに抑え、何とか耐え抜いてきた。
しかしもはやそんな余力はなく、忍耐の綱は摩耗の果てにぷつりと切れた。
女は虚空に向かって獣のような咆哮を高らかに上げ、理性の灯を握り潰すと、髪を振り乱して狂ったように木槌を振るい、藁人形に釘を次から次へと打ち続けた。
丑の刻参り。女が行っているそれは著名な呪術だ。
呪術には緻密で複雑な儀式と、何よりその知識が必要で、どちらも一朝一夕で身につけられる類のものではない。辛うじてその片鱗に触れられたとしても、制御できなければ負の力は自らの身に降りかかり、そして仮に制御できたとしても、いざ力を行使するためにはそれに見合った贄を捧げなければならない。
そもそも素人が試みたところで何事も起こせずに終わるのが常なのだが、不幸にも、女はそれを行使するに際し、大きな助力を得られる逸品を手にしてしまっていた。悪しき曰くを重ねに重ね、特異な力を宿してしまったそれは、呪術成立への呼び水となったのだ。
そして。
災厄の歯車が再び回り始めた。




