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狂騒は悪意の中に  作者: 河童胡瓜乃丞
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20/24

本幕 其ノ拾九

 電撃大賞長編小説部門に投稿した小説です。

 江戸時代と妖怪をイメージしたものを書いてみました。

 江戸時代のことを色々と調べていたのですが、はっきりとしたことはなかなか把握できなかったので、その大部分はイメージとなっています。

 今後の参考にしますので、感想をいただければとても嬉しいです。


 黒猫たちは白装束を威嚇するように、爪牙を顕にして低い唸り声を上げた。隙を窺うように朱眼を爛々とさせ、そして撓る尾を地に何度も打ちつける。

 白装束は妖刀の切っ先で自身を中心として半径二尺ほどの円を地に描くと、刀身を腰に差している鞘に収め、ゆっくりと黒猫たちを睥睨した。

 この円より内に侵入すれば斬る。そう宣言したかのようだ。

 より一層緊迫感が高まり、そして静寂が満ちる。

 それに耐えかねたのか、ふいに一匹の黒猫が白装束の背後から飛びかかった。

 白装束は微動だにしない。が、その黒猫が円の内に入った瞬間に、侵入した異物を排除せんと、腰の鞘から妖刀を抜き放つ。

 一閃。

 妖刀は瞬く間に鞘に収まっており、斬られた黒猫は粉塵と化して崩れ落ちた。

 何事もなかったかのように佇んでいる白装束からは感情の揺らぎが窺えない。

 その様を挑発として受けたのか、黒猫たちは一斉に襲撃をかける。

 しかし鞘から抜き放たれた妖刀が縦横無尽に奔り、妖しい瞬きを発すれば、一匹、また一匹と、円の内に入った黒猫が次々と一刀両断に処される。ある黒猫は斬られ役という囮に徹し、そしてまたある黒猫は死角からの波状攻撃を行うも、傷ひとつ負わせられずに斬り捨てられ、粉塵と化して崩れ落ちた。

 僅かな時間の内に、白装束を囲む黒猫は五匹にまで減っていた。

 旗色が悪いと見たのか、黒猫たちは慎重な足取りで間合いを縮める。それぞれが円の二寸ほど前で足を止め、全身の毛を逆立てて威嚇したが、白装束は反応を示さない。

 そして膠着に陥った。

 そのまま小半刻ほど経過したが、白装束に円から出て攻勢に転じる気配はない。黒猫たちが攻め入って来るのを待ち受けているのだろう。余裕があるからなのか焦れているような雰囲気はなく、冷徹な目で周囲を見ている。

 ふいに白装束の右方で隙を窺っていた黒猫が地を蹴った。

 白装束は目もくれずに妖刀を抜き放ち、側頭部を目がけて飛び込んで来たその黒猫の首を撥ねた。が、その瞬間に黒猫は目を大きく見開くと、焙烙玉が炸裂したかのように、体内で圧縮していた妖気を辺り一面にぶちまけた。

 間近でそれを頭から浴びた白装束は、硝子が擦れたような悲鳴を上げた。衣類が襤褸のようになっており、顕になった枯枝のような肢体は爛れている。

 その隙を見て白装束の後方にいた黒猫が飛びかかる。

 白装束は体勢を崩しながらも妖刀を振るい、黒猫を袈裟斬りに処す。が、その瞬間に再び黒猫が炸裂し、発せられた凄まじい衝撃波を受けた白装束は大きく弾き飛ばされた。転がりながらも受け身を取るが、咄嗟に全身を庇った左腕は肩から先が消失しており、傷口から妖気が煙塵となって吹き出ていた。

 その瞬間を待っていたかのように、三匹の黒猫が白装束に襲いかかる。

 反射的に斬ろうとした白装束の動きが固まり、妖刀の刃が飛び込んで来た黒猫の眼前でぴたりと止まった。斬れば再び痛烈な反撃を被るかもしれないと躊躇したのだろうが、黒猫たちはこれ幸いと白装束の体にむしゃぶりつき、致命傷を与えるべく喉元や後頭部を狙う。

 猛る白装束は妖刀の柄で黒猫たちを次々と打ち払い、跳躍して距離を取った。

 黒猫たちは間髪を容れず、直ぐさま追撃をかける。

 白装束は咆哮を上げ、妖刀を空に掲げた。刀身の周囲が歪み、軋んだ音が湧き立つ。

 不穏な空気が漂うものの、好機として攻め入って来る黒猫たちはその速度を緩めない。

 白装束は刀身に集約させた妖気を不可視の刃と化して次々と放った。

 黒猫たちは一斉に散開する。が、僅かに反応が遅れた一匹の黒猫は四肢を、そして頭部を斬り飛ばされて霧散した。

 次いで白装束は左方から襲いかかって来る黒猫に狙いをつけて、妖刀を投じる。

 妖刀は風を斬り裂きながら空を奔り、黒猫の眉間を貫いて後頭部へと抜けた。黒猫は我が身に起こった事を理解できなかったのか呆けたような表情を見せ、その直後に粉塵と化して崩れ落ちた。

 叢に落ちて転がった妖刀を掴むべく白装束は走るが、その間に黒猫が立ち塞がる。

 白装束は速度を緩めずに腰に指していた鞘を逆手で抜き、黒猫に向かって掬い上げる。黒猫はぎりぎりで鞘を左方へ跳んで避けると、地を蹴って白装束に飛びかかるが、白装束は返す刀で鞘を振るう。宙を舞っている黒猫はそれを避けられる体勢ではなく、横っ面を打ち据えられ、弾き飛ばされた。

 この隙にと妖刀を取りに走る白装束だが、その足が止まり、そして彫像のように固まる。

 白装束の視線の先には、妖刀が三十振りほど落ちていた。

 いずれも同質の妖気を発し、早く手に取れと白装束を呼んでいる。

 どれが本物なのか。その見当がつかないのか、白装束は動かない。

 ふいに視界にあった妖刀が一斉に浮かび上がると、一定の距離を取りつつ、切っ先を向けながら白装束を囲み込んだ。そして見計ったかのように白装束を目がけて奔る。

 白装束は目を大きく見開き、素早い体捌きを駆使して妖刀を避けつつ鞘で次々と弾く。

 しかしいくら弾いたところで、その妖刀は再び白装束を強襲する。

 多勢に無勢により手が回りきらなかったのか、妖刀が白装束の左肩に深々と突き刺さった。金城鉄壁を穿ったそれが契機となり、さらに右脇を二本の、左大腿を三本の妖刀が貫く。

 哮る白装束の視界の隅に、ひと振りの妖刀が入った。

 それは他の物とは違い、手に取られるのを待っているかのように転がっている。

 間断なく襲いかかってくる妖刀を弾く内に見つけたほんの僅かな隙をつき、白装束は転がっている妖刀へと跳躍した。その背を目がけて妖刀が奔るが、白装束は躊躇せずに走る。

 伸ばした指先が転がっている妖刀の柄に触れようかというその刹那。

 その妖刀が黒猫に変態しながら伸ばされた手を掻い潜り、擦れ違い様に白装束の喉元を爪で斬り裂いた。

 黒猫が軽快に着地する傍らで、白装束は喉を押さえながらのたうつ。被っていた般若の面が外れ、干物のように痩せ細った女の顔が顕わになった瞬間、妖刀が仰向けになった白装束を地に縫いつけるべく次々と突き刺さる。

 白装束は大きく痙攣し、声に鳴らぬ断末魔の悲鳴を上げた。

 黒猫は白装束の胸に飛び乗り、喉元を噛み千切った。

 目を見開いて海老のように体を仰け反らせるも、程なく動かなくなった白装束の体と衣装は煙塵と化し、ゆるりと吹いた風に散らされて消えた。

 勝利の彷徨を上げた黒猫の体が揺れ、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 結界が解かれたのと同時に地に突き刺さっていた妖刀が消え、そして黒猫の肉体が人形へと変貌する。

「まずい、な」

 珠は出血が続いている右手首の傷を押さえながら、吐き出すように言った

 血を流し過ぎた。冷静さを欠き、いつもより深く斬ってしまったと悔やむも、それを意識しすぎて中途半端になれば、あっさりと返り討ちにされかねないのが厄介だ。

 珠は気力を振り絞って立ち上がり、亀のような歩みで足を進める。

 視線の先には今まで妖気で覆い隠していた妖刀ある。ここで気を失おうものなら、その隙に誰かに拾われかねない。この散々な出来事が無意味となってしまうのだ。

 自らの危機を察したのか、妖刀は妖気を発して珠の体を押さえ込もうとするが、白装束を失ったためか、その圧力は弱い。しかし今の珠には充分だったようで、珠はその場で崩れ落ちるように倒れた。

 朦朧とする意識を叱咤し、這いずりながら珠は妖刀を目指す。

 腕を伸ばし、震える指が妖刀の柄にかかろうとした瞬間に、ふっとそれが遠退いた。

 顔を上げると、何者かの足が見えた。妖刀は拾われてしまったらしい。

 妖刀が嗤った気がした。

 不味い。そう思った瞬間に、珠は意識を失った。


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