5、翻る反旗 後半
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シュウシャ基地内は避難してきた民間人たちでごった返していた。
「基地を避難所として開放する。」
シマがそう言った時、誰もが驚愕した。しかし、異論を唱える者はいなかった。民間人の安全を考えれば、それが最善の策だったからだ。避難シェルターか基地。どちらかより近くて安全な方へ逃げ込めるように。掟破りは承知の上。ここまできてしまえば、シマにはもう怖いものなど何も無かった。
分隊長たちを集め、作戦を説明する。
最後に、シマは言った。
「もう1度言うが、我々の任務は民間人の保護だ。Xの討伐ではない。出来る限り、奴らとは交戦するな。戦うなら、逃げるために戦え。いいか、決して命を粗末にするな。自他に構わず、民間人と同じくらい、自分も大切にしろ。我々が今日を生き延びることで、明日また救われる命があるということを、絶対に忘れてはならない。いいか、死ぬな。死ぬことを恐れたまま、任務を遂行しろ。以上。」
「――はいっ!」
曹長が真っ先に敬礼した。それを皮切りに全員が倣う。
シマは頷いた。
「では、全体、出動。」
命令を動力に軍が動き出す。分隊が自治区内を回り、民間人を護送してくる。
1時間ほどで、ほぼ全員の避難が完了していた。誇るべき早さだった。
「C‐1から3まで、護送完了しました!」
「よし。」地図に赤いバツ印を付ける。「これで全員、だな。軍の損害は。」
「軽傷者32名。重傷者4名。死者いません。」
「民間は。」
「・・・まだ把握できておりませんが、救護班はそろそろ限界のようです。」
「そうか。」
シマは少し考え、
「部屋が足りなくなったら、寮も開放しろ。」
「わかりました。」
曹長が踵を返す。
シマは大きく息を吐いた。あとは援軍が来るのを待つだけ。被害は最小限に留められたはずだ。
急造の指令本部を離れる。基地内を見回す。あてもなく歩く。不安そうな顔や、強張った顔ばかりがある。シマが探している顔はなかなか見当たらなかった。茶色の髪が目に入るたびに駆け寄ったが、すべて別人だった。あの特徴的な、金色の瞳はどこにもない。
全身が彼を探していた。天然なのかセットなのか分からない、寝癖のようなフワフワの髪。故意か過失か、おそらく両方で穴だらけのダメージジーンズ。着古され色褪せた、サイズの合っていないブルゾン。金細工の付いた骨董品のような西洋刀。数日前、最後に見た姿だ。シマは意外に思った―――案外、覚えているものだ。
体育館へ行く。仮設の救護施設として使っている場所だ。
入るやいなや、怒鳴り声が聞こえた。
「放せや、このクズどもぉっ!」
大柄な男性が暴れていた。数名が必死になって抑えにかかっている。男性は腕に怪我を負っていた。治療の痕がある。しかし、暴れた所為で血が噴き出していた。
「何事だ。」
「あっ、中佐っ。」
抑え役の1人があからさまに安堵した表情になった。
「すみません、彼はレジスタンスの方のようなのですが―――」
「放せっつってんだろうがっ、クソ軍人野郎どもがぁっ! 俺はリンを助けに行くんだっ!」
反射的に、シマは男性の肩を掴んでいた。
「今、なんと。」
「あぁっ? てめえにゃ関係ねぇだろっ!」
「彼は今どこにいる。」
「はぁっ?」
「答えてくれ。彼は今どこだ。」
男性は無傷な方の手で、シマの胸ぐらを掴んだ。血の付いた夜叉のごとき顔がシマを睨みつける。万全の状態だったら、片手で投げられてしまいそうな力だった。
「ちっ、てめぇ、どうしてリンのこと知ってんだ。どういう関係だコラ。――そうか、何っかリンが調子悪そうにしてたのは、てめぇの所為か! この軍人野郎、てめぇリンに何を」
「黙れっ!」
鋭い一喝に空気が張り詰めた。誰もが一歩後ずさる。レジスタンスの男性でさえ、気圧されて喉を鳴らした。
「そんなこと今はどうでもいいだろう――」と、シマは相手の襟元を掴み返した。詰め寄る。「――教えろ。頼む、教えてくれ。彼は今どこにいる。」
「っ・・・。」
「どこにいるんだ。教えてくれ、頼む・・・っ。」
声がみっともなく震えた。情けない。しかし止められない。心臓の裏側が痛いのだ。万力で締められているようなのだ。どうしようもない焦燥感と恐怖。
ちら、と、男性が横を向いた。釣られてそちらを見る。タブレットを持った女性がこちらを見上げていた。怖々とした手付きでタブレットを差し出してくる。シマは男性から手を離し、それを受け取った。地図の上で赤い点が点滅している。
「れ、レジスタンスは・・・発信機になるもの、必ず、持っとるのです・・・。今そこで光っとるんは、リン君の、バイクの位置やさかい・・・。」
シマは素早く場所を確認した。C‐3とC‐4の間の辺り。位置情報を頭に叩き込む。同時に、最短ルートを脳内で展開。
「・・・分かった、ありがとう。」
タブレットを返す。行こうとして、掴まれたままだったことに気付いた。
「てめぇ・・・何する気だ。」
「・・・。」
シマは黙ってその手を払った。
「おいこらぁっ、答えやがれぇっ!」
男性が吠える。女性がそれをなだめにかかった。
シマは黙したまま、通信機を繋いだ。
「ミシマ大尉。」
『はいっ、こちら、ミシマです。どうかなさいましたか?』
「貴官に、私の指揮権をすべて移譲する。」
『・・・はい?』
「申し訳ないが、後は任せた。」
『え、ちょ、中佐っ? 待って下さい、中―――』
通信を切る。沈黙の向こうに大尉の声が消えた。何も語らなくなった通信機をポケットに突っ込む。通信の間に片手でボタンを外していた。軍服の上着を脱ぐ。ワイシャツ一枚。ネクタイが無い――そう言えば、少将を閉じ込めるのに使ったのだった。呆けた目でこちらを見ている兵卒に上着を投げ渡す。帽子を取る。有無を言わせず、同じ奴に被せる。
「あ、あの、中佐? 何を・・・。」
兵卒が困惑の声を上げた時、シマはすでに走り出していた。
体育館を出、駐車場へ行く。
併設されている整備場に飛び込む。
トラックが並んでいる。隙間を抜けて奥へ。最奥の壁際に、軍用のバイクが1つだけある。あまり使われることはないが、整備はきちんとされていたはずだ。キーは壁に掛かっていた。引ったくるように手の中へ。
エンジンをかける。軽快な駆動音が、シマの焦燥に同調するように振動する。
地面を蹴る。
トラックの間をすり抜ける。
外へ。
門の手前にトラックが止まっていた。兵士が数名その近くにいた。シマに気付いて敬礼し、それから不思議そうな顔になる。中佐はいったい何をなさっているのだろう、と。
門を開けさせる時間が惜しいと思ったシマは、縁石を利用してそのトラックに飛び乗った。そのままアクセルを思い切り回し、宙に身を躍らす。一気に、門を飛び越える。兵士たちがぽかんと口を開けて彼を見上げた。
「っ!」
着地の衝撃で落車しそうになった。無理やり体勢を立て直す。詰めていた息を吐き出す。
(頼む・・・死ぬな、リン・・・っ!)
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ぽかんと口を開けて、兵士たちは中佐を見送った。
「なぁ・・・今の、ヤヅキ中佐だった・・・よな?」
「う、うん・・・たぶん・・・。」
自信無さげになるのも無理はない。なぜって中佐が、あの冷酷無比と名高い中佐が、どんな窮地に陥ろうと眉1ミリ動かさない中佐が、
「・・・何か、泣きそうな顔してなかったか?」
「あ、やっぱ、お前もそう思ったか?」
「だよなぁ。やっぱ、そうだったよなぁ。」
「正直、俺の目がおかしくなったと思ったんだけど。」
「おう、同感。――なんだったんだろうな・・・。」
「なぁ・・・。というか、1人で出てって大丈夫なのか?」
「あ。」
「あ、ってお前な。」
「おーい、」トラックの中にいたもう1人が不満そうな声を上げた。「駄弁ってねぇで、こっち手伝えよ。」
「あ、悪ぃ悪ぃ。」
「ったく・・・。意識のねぇ人間がどんだけ重いか知ってんのかよ。」
「悪かったって。」
言いつつ、3人はトラックから1人の青年を下ろした。力なく瞼を閉じた青年が、担架の上に横たえられる。彼の顔色は真っ青で唇は紫に染まり、時折苦しそうにうわごとを言っていた。
1人が不思議そうに首を傾げた。「コイツ、外傷まったく無かったんだけど、どうしたんだろうな。」
「なぁんか、持病でもあんじゃねぇの?」
「ま、何はともあれ、これで全員、避難完了だな。」
そうだなー、と任務が無事終了したことを笑い合う3人。1人がトラックの収納を請け負って、担架の両端を持つ2人が体育館を目指す。
「・・・ほんと、どこ行ったんだろうな、ヤヅキ中佐。」
ぽつりと片方が呟いた。
「報告した方がいいかもねー。」
「だな。こいつ置いたら、本部に行くか。」
「うん、そうしよう。」
妙にコミカルな仕草で担架を運んでいく2人。上下に微動するその上で、青年の口が小さく動いた。ほとんど音になっていなかったが、その儚い声は、誰かの名前を呼んでいるように聞こえた。




