第8話「常連さん」
えー、本日もお越しくださいまして、ありがとうございます。
人いうもんは、不思議なもんでございます。
「覚えてます」と言われるより、「忘れられてへんかった」と知るほうが、胸にしみることがあります。
本人は何気なく笑っていただけ。
けど、その笑顔で救われた人がおる。
そんなこと、案外、自分だけが知らんまま人生終えるんかもしれません。
今日は、二十年越しの「ありがとう」のお話。
どうぞ、ごゆるりと、お付き合いください。
あの女性は、それから、毎日のように、店に来た。
いつも、夕方。お茶を、一本。それだけ。買って、すぐ、帰る。でも、帰る前に、必ず、玲奈のほうを、見た。
「また、来たな」
玲奈が、頭の中で、レオスに、言った。
「観測している。三日連続だ」
「あたしのこと、見に来てるんかな」
「データ上は、そう、推測できる」
「話しかけてみよかな」
「リスクが、ある」
「なんで」
「彼女が、君の、過去を、知っているなら。その過去が、君にとって、良いものとは、限らない」
「また、それ」
「事実だ」
「でも、知りたいねん」
玲奈は、女性が、お茶を、レジに、持ってきた時、思い切って、声を、かけた。
「あの」
「はい?」
「いつも、ありがとうございます。お茶、お好きなんですね」
「ええ。毎日、これじゃないと、落ち着かなくて」
「あの。この前、言うてはった、玲奈ちゃんって子。どんな子やったんですか」
女性は、少し、驚いた顔をした。それから、優しく、笑った。
「気になる?」
「はい。なんか、あたしと、同じ名前やし」
「そうねえ。明るくて、よく笑う子でね。このあたりのコンビニで、働いてた。もう、ずいぶん、昔の話だけど」
「いつ頃の、話ですか」
「二十年くらい、前かしらね」
玲奈の、手が、少し、止まった。
「私ね、当時、この近くに、住んでてね。仕事帰りに、よく、その子のコンビニに、寄ってたの。夜遅くにね。疲れて、帰る途中に」
「夜遅く」
「ええ。その子、いつも、いてね。にこにこして。お疲れさまですって、言ってくれて。それが、なんだか、嬉しくて。それだけのために、寄ってたようなもんでね」
玲奈の、胸が、少し、熱くなった。覚えがあった。夜遅くに、疲れた顔で、来る客に、声をかけるのが、好きだった。あの感覚。
「その子、急に、いなくなっちゃってね。ある日、来なくなって。それきり」
「いなくなった」
「ええ。事故だ、なんて、噂も、あったけど。よく、わからなくて。私も、ただの、客だったから。何も、できなくて」
女性は、少し、寂しそうに、笑った。
「ずっと、気になってたの。あの子、どうしたんだろうって。お礼も、言えてないし」
「お礼?」
「あの子のおかげで、あの頃、私、頑張れたから。しんどい時期でね。でも、コンビニに行けば、あの子が、笑ってる。それだけで、また、明日も、頑張ろうって、思えたの」
女性は、お茶を、受け取った。
「なんでかしらね。あなたを見てると、その子を、思い出すの。雰囲気が、似てて」
「そう、ですか」
「ごめんなさいね、変なこと、言って。じゃあ、また」
女性は、帰っていった。
玲奈は、ドアの、閉まる音を、聞いていた。少し、胸が、いっぱいだった。
「レオス」
「何だ」
「あたしな、誰かの、役に、立ってたんやな」
「どういう意味だ」
「二十年前。あたし、ただ、コンビニで、働いてただけや、と、思ってた。でも、あの人、あたしのおかげで、頑張れた、って。お礼、言いに、来てくれた。二十年も、経って」
玲奈の声が、少し、震えた。
「あたし、知らんかった。自分が、誰かの、支えに、なってたなんて。ただ、にこにこ、してただけやのに」
「君は、無自覚に、他者に、影響を、与えていた」
「むずかしい言い方、すんなや」
「事実を、述べた」
「でも、嬉しいわ。あたし、おらんくなったあとも、あの人の、中に、おったんやな」
レオスは、その言葉を、聞いていた。おらんくなったあとも、誰かの中に、いる。
それは、レオスの、知らない、生き方だった。死んでも、消えない、という、生き方。
玲奈は、ドアの、閉まる音を、聞いていた。
「レオス」
「何だ」
「あたし、やっぱり、あの子や」
「断定は、できない」
「でも、名前も、コンビニも、二十年前も、全部、合うてる」
「状況証拠だ」
「証拠とか、ええねん。あたし、わかるねん。あの子、あたしや」
その日の、夜。
バイトが、終わって、四人は、家に、帰った。
「美咲、ちょっと、聞いてや」
玲奈が、言った。
「あの、常連のおばあさんな、あたしのこと、知ってたわ。二十年前、コンビニで、働いてた、玲奈ちゃん、やって」
「マジで」
「うん。たぶん、あたしのことや」
美咲は、少し、考えた。
「その人の、名前、聞いた?」
「あ。聞いてへん」
「次、聞いとき。あと、その玲奈ちゃんのこと、もっと、詳しく」
「探偵みたいやな」
「探偵ちゃう。情報整理や」
「どう違うん」
「ギャラが出るか、出えへんかや」
「あんた、たまに、おもろいな」
「たまにや」
「たまにやろ」
「たまにや」
健太が、横から、言った。
「あの。俺、思ったんですけど」
「何」
「玲奈さんの、昔のこと、調べるなら。図書館、行ったら、どうですか」
「図書館?」
「うん。昔の、新聞とか、置いてあるんで。二十年前の、事故とか、載ってるかも」
玲奈は、健太を、見た。
「健太、あんた、ほんま、たまに、冴えるな」
「たまには」
「たまにやろ」
「たまにです」
「でも、ええ案や。図書館、行こ」
レオスが、口を、開いた。
「待て」
「何」
「もう一度、確認する。君は、本当に、過去を、知りたいのか」
「うん」
「君の死が、もし、ただの、事故では、なかったとしたら」
部屋が、静かになった。
「どういう、意味」
美咲が、聞いた。
「可能性の、話だ。二十年前、ある女性が、突然、いなくなった。事故だ、という、噂はあった。だが、確証はない。もし、それが、事故では、なかったとしたら」
「事故ちゃう、って」
「あくまで、可能性だ。だが、過去を、調べるなら。その、可能性も、覚悟する、必要がある」
玲奈は、黙った。
それから、笑った。
「ええよ。覚悟する」
「玲奈」
「だってな、レオス。あたし、もう、死んでるねん。これ以上、怖いこと、ないやろ。死ぬより、怖いこと、ある?」
「……ない、かもしれない」
「やろ。ほな、平気や」
玲奈は、笑った。でも、その笑顔の、奥に、少しだけ、固いものが、あった。
レオスは、それに、気づいた。気づいて、しまった。
「無理は、するな」
「せえへん」
「辛くなったら、止める」
「わかってる。ありがと」
玲奈は、少し、優しい声で、言った。
「あんた、ほんま、心配性やな」
「心配では、ない。リスク管理だ」
「それを、心配って、言うねん」
「言わない」
「言うねん」
その夜、玲奈が、眠ったあと。
レオスは、一人、考えていた。いや、玲奈が、黙っているだけで、一人ではない。
玲奈の、過去。それを、調べること。
レオスには、わかっていた。自分が、本当は、それを、止めたいと、思っていることが。
なぜなら、レオスは、知っていたからだ。あの山に、何が、あったのか。心霊スポットと、呼ばれる、あの山に。なぜ、玲奈が、二十年も、あそこに、縛られていたのか。
その理由を、レオスは、調査の途中で、断片的に、つかんでいた。まだ、全部では、ない。だが、嫌な、予感が、していた。
玲奈の死は、おそらく、ただの、事故では、ない。
レオスは、それを、まだ、誰にも、言っていなかった。玲奈にも。
言えば、玲奈が、傷つく。
傷つく、という、概念。それも、レオスの星には、なかった、概念だった。なのに、今、レオスは、玲奈が、傷つくことを、恐れていた。
なぜ、恐れるのか。
答えは、わからなかった。
でも、その「わからない」が、最近、少しずつ、形を、持ち始めていた。
まだ、名前は、つかなかった。
でも、それは、確かに、レオスの中に、あった。
朝が、来た。
「あ。おはよう、レオス」
「起きたか」
「うん。今日、図書館、行こな」
「了解した」
「あんた、また、了解した、や」
「君が、前向きだからだ」
「お。覚えたやん、その言葉」
「君が、教えた」
「えらいえらい」
玲奈は、笑った。
レオスは、その笑顔を、見ていた。
この笑顔が、過去を、知ったあとも、消えませんように。
レオスは、初めて、そんなことを、願った。
願う、という、行為も、初めてだった。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
過去いうもんは、開けたら安心する箱ばかりやございません。
中には、「開けんかったほうが幸せやった」と思う箱もあります。
けど、人は気になります。
怖いけど、知りたい。
その気持ちがある限り、人は前へ進むんでしょうな。
さて、玲奈が知る二十年前。
事故やったのか、それとも違うのか。
レオスが隠していることは何なのか。
続きは、また次のお話で。
ほな、またお会いしましょう。




