表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/17

第9話「雨」

えー、本日もようこそお越しくださいました。


雨の日いうもんは、不思議なもんでございます。


晴れの日は先ばっかり見ますけど、雨の日は自分の心を見てしまう。


急いでる人まで、なんや歩くんがゆっくりになります。


せやから今日は、大事件もございません。


雨の音を聞きながら、人の心が少しだけ動く、そんな一日のお話でございます。


どうぞ、ごゆるりと。


 雨だった。


 朝から、ずっと。


 よろずやは、定休日だった。健太の、バイトも、休みだった。四人は、アパートで、こたつに、入っていた。


 何も、していなかった。


 テレビが、ついていた。誰も、見ていなかった。雨の音が、窓から、聞こえた。


「……雨って、いつまで、降るんだろ」


 健太が、言った。


「今日は、一日、雨の予報ですよ」


 玲奈が、スマホを、見ながら、言った。


「明日は?」


「明日は、晴れる、みたい」


「そっか」


「雨、嫌い?」


「嫌いじゃないけど。なんか、ぼーっとするな。雨の日」


「わかるわ。山にいた時、雨の日は、特に、なんも、せんかったもん。ただ、降るの、見てた」


「二十年、それ」


「二十年、それ」


「……すごいな」


「雨、好きやで。音が、好きやねん」


「雨の音」


「うん。なんか、一個一個、違うやろ。雨粒って。ぱちぱちって、言う時と、さーって、言う時と。同じ雨やのに」


「確かに」


 レオスが、口を、開いた。


「雨粒の、音が、違うのは、落下速度と、着地面の、材質による。アスファルトと、土では、音が、違う。あと、粒の、大きさによっても——」


「黙ってて」


「説明したら、面白いかと——」


「雨の音、聞いてる時に、説明は、いらん」


「……そうか」


「雨の音は、黙って、聞くねん」


「……わかった」


 しばらく、みんなで、黙って、雨の音を、聞いた。


 ぱちぱちぱち。さー。ぱちぱち。


「……なんか、いいね、これ」


 レオスが、言った。


「でしょ」


「音が、変わるたびに、雨の強さが、変わってるのが、わかる。なんか、雨が、生きてるみたいな——」


「また、しゃべり出した」


「いや、今のは、いいかと思って」


「まあ、今のは、許す」


「許す、ってなんで、許可が、いるの」


「いるねん」


「……まあ、いいんだけど」


「美咲は、雨、好き?」


 玲奈が、聞いた。


「まあ、嫌いじゃない」


「どんな時に、いい、と思う?」


「……洗濯、できない時以外」


「条件付きかい」


「当たり前やろ。洗濯、できひんのは、困る」


「現実的やな」


「現実的に、生きてるから」


「でも、雨の音、聞いてる時は、好きやろ」


「……まあ、嫌いじゃない」


「好きやろ」


「……うん」


「素直やん」


「雨のせい」


「レオスも、さっき、同じこと、言ってた」


「レオスと、一緒にしないで」


「同じやん」


「……まあ、いいんだけど」


「美咲まで、言い出した」


「移ったんやろな」


 健太が、笑った。


「うつるんですね、それ」


「うつるよ、多分」


 美咲が、お茶を、飲みながら、言った。


「健太、今日、なんか、元気ないな」


「そう? 普通やけど」


「普通の時より、黙ってる」


「雨やから」


「雨のせいにした」


「……まあ、ちょっと、考えてることが、あって」


「何」


「就活」


 部屋が、少し、静かになった。雨の音が、大きく、聞こえた。


「来年、四年生やから。そろそろ、動かな、あかんのやけど。何がしたいか、全然、わからんで」


「そっか」


「みんな、なんか、やりたいこと、あって、就活してるのに、俺、ほんまに、何も、思い浮かばへんくて。なんか、焦るわ」


「焦るな」


 美咲が、言った。


「焦ってないと、乗り遅れる」


「それは、そうやけど」


「まあ、でも、今日、考えることでも、ないか」


「それは、現実逃避では」


「雨の日は、現実逃避が、正しいから」


「……そういうもん?」


「そういうもん」


 健太が、ため息を、ついた。


「玲奈さんは、コンビニで、働きたかったんですよね。ずっと」


「まあ、気付いたら、そうやったな。特に、意識して、なかったけど」


「それ、いいですよね。なんか、自然に、好きな場所が、決まってて」


「決まってた、というか。死んで、山おって、コンビニの灯り、見てたら、自然と、あそこに、おりたいなって。なっただけやから」


「死んで、山おって、っていう、前提が、すごいですけど」


「まあ、確かに」


「でも、その、なりたい、ってなった感覚、正直、うらやましいな」


「健太」


「はい」


「今、何してる時が、一番、楽しい?」


 健太が、少し、考えた。


「……みんなと、こうやって、いる時、ですかね。なんか、変やけど」


「変ちゃうで」


「就活とか、将来とか、関係なく、今日、何食べよ、とか、そういう話してる時が、一番、気楽で」


「それで、ええんちゃう」


「でも、それって、何のスキルにも、なれへんし」


「スキルに、ならんでも、ええやん」


「就活では、なりませんよ」


「就活の話、してへんやん、今」


「……まあ、そうですけど」


「なんで、就活したいの」


「え」


「就活して、どうしたいの」


「……働かな、あかんから」


「働いて、どうしたいの」


「……お金、稼いで」


「お金、稼いで、どうするの」


「……生活、して」


「生活して、どうするの」


「……幸せに、なる、のかな」


「幸せって、何」


「……わかりません」


 健太が、笑った。困った顔で。


「玲奈さんに、聞かれると、全部、わからんくなるな」


「ごめん」


「いや、いいんですけど。なんか、当たり前やと、思ってたことが、当たり前じゃなかったみたいな」


「そっか」


「就活って、なんで、するんやろ、って、急に、わからんくなった」


「まあ、する必要は、あるけど」


「そうなんですよね。でも、何のため、っていうのが、ぼやけてる気がして」


 玲奈が、窓の外の、雨を、見た。


「あたしな、死んで、山に、おった時」


「うん」


「あの時間、無駄やったか、って、聞かれたら、わからんねん。二十年、何もせんかったし。でも、なんか、あの時間があって、今があるような、気も、するし」


「どういう意味ですか」


「わからん。うまく、言えへん。でも、何かを、してた時間だけが、大事なんちゃうかな、って。何もせんと、雨の音、聞いてた時間も、なんか、あたしの一部な気がして」


 健太は、しばらく、黙っていた。


「……それ、聞いて、なんか、少し、楽になりました」


「そう? 何も、解決してへんけど」


「解決してなくて、いいです。なんか、ちょっと、楽になった」


「ならよかった」


 美咲が、言った。


「玲奈、今の、うまいこと言った」


「そう?」


「うん。何も言ってないのに、うまいこと言った」


「意味、わからん」


「そういうこと」


 レオスが、頭の中で、言った。


「玲奈」


「ん?」


「今の、データにない、言い方だったよ」


「どういう意味」


「言葉の、意味としては、何も、言ってないのに、何かが、伝わった。どういう、仕組みなんだろ」


「さあ。あたしも、わからん」


「……人間って、不思議だよね」


「あんた、今、素直やん」


「雨のせい」


「雨で、素直に、なるの?」


「……なるのかもしれない」


「面白いな」


 玲奈が、鼻歌を、歌い始めた。


「何の曲ですか」


 健太が、聞いた。


「東京ラブストーリーの。なんか、雨の日に、聴きたくなって」


「東京ラブストーリー?」


「知らん?」


「名前だけは。俺、生まれてないですよ、その頃」


「そっか。あたしの高校の時の、ドラマやから」


「それ、親の世代ですよ」


「……そっか。そっかあ」


 玲奈が、少し、笑った。


「でも、曲は、ええで。ラブ・ストーリーは突然に、って。チュクチュクンって、イントロが、たまらんねん」


「チュクチュクン」


「そう」


「……いつか、聴いてみます」


「聴いたら、泣くで、たぶん」


「泣きますか」


「泣く。ええ曲やから」


 雨が、少し、強くなった。


 四人は、こたつの中で、ぬくぬくとしていた。


 テレビは、まだ、誰も見ていなかった。


 レオスは、雨の音を、聞いていた。


 嫌いじゃない、と思った。むしろ。


 好きかもしれない、と思った。


 なぜかは、わからなかった。でも、今日は、それで、よかった。



最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。


雨は何も解決してくれません。


せやけど、慌てていた心を、ちょっとだけ座らせてくれる日もございます。


答えが出ん日は、答えを探さんでもええ。


雨の音でも聞きながら、お茶でも飲んで、「まあ、ええか」と笑えたら、それも立派な一日やと思います。


さて、雨が上がれば、物語もまた少しずつ動き始めます。


また次のお話で、お会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ