第10話「写真」
まいど、おおきに。
「写真いうもんは不思議でございますなぁ。」
撮った時は「はいチーズ」で終わりですけど、二十年経って見返したら、その一枚が人生をひっくり返すこともある。
押し入れの奥から出てきた写真ほど、「今さら出てくるんかい!」いうタイミングで現れます。
ほな今回は、一枚の写真が繋いだ二十年のお話。
第10話「写真」、どうぞお楽しみください。
女性は、また、来た。
三日後の、午後。今度は、お茶も、持たずに、入ってきた。
「あら、また、来てしまって。いいかしら」
「もちろんです。いらっしゃいませ」
「あのね、持ってきたものが、あって」
女性が、バッグから、封筒を、取り出した。
「昔の写真なの。整理してたら、出てきて。あなたに、見せたくて」
「写真」
「うん。二十年前の。その玲奈ちゃんと、一緒に、撮ったやつが、あって」
玲奈の、手が、止まった。
「……見せてもらえますか」
「どうぞ」
女性が、一枚、取り出した。
古い、写真だった。少し、色が、あせていた。
コンビニの、前で、二人が、並んでいる。女性は、若い頃の、顔をしていた。そして、もう一人。
「……あたし、や」
玲奈が、小さく、言った。
「そう。玲奈ちゃん」
写真の中に、女性が、いた。三十代くらいの。明るそうな顔で、笑っていた。エプロンを、着ていた。コンビニの、エプロン。
「……忘れてた。こんな顔、してたんや」
「かわいかったよ。いつも、笑ってて」
「笑ってる、な」
「そういう子やったから」
玲奈は、しばらく、写真を、見ていた。
「あの」
「何?」
「この写真、しばらく、借りられますか。スマホで、撮らせてもらえたら、それで、いいんですけど」
「いいわよ。あなたに、あげる。私は、もう一枚、持ってるから」
「ええんですか」
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
玲奈が、写真を、受け取った。
レオスが、頭の中で、見ていた。
玲奈の顔が、写真の中にも、あった。今と、同じ顔。笑っていた。
「レオス」
「ん?」
「あたしの顔、こんな顔やったんや」
「うん」
「今と、一緒やな」
「擬態してるから、そうだね」
「でも、なんか、不思議やな。二十年前の自分と、今の自分が、同じ顔で」
「時間が、止まってるから」
「そうやな。止まってた、んやな。あたしだけ」
しばらく、黙った。
「なあ、レオス」
「ん?」
「あたし、この人、好きやったと思う。昔。この、笑顔」
「どういう意味」
「誰かと、話してる時の顔やもん。一人でいる時と、違う顔。あたし、人と、話すの、好きやったんやな、やっぱり」
「そうだね。今も、そうじゃないの」
「今も、そうやな。変わらんな、その辺は」
「二十年、変わらないものも、あるんだよ」
「あんた、ええこと、言うな」
「事実を——」
「ええこと、言ってるって、言ってる。受け取っといて」
「……ありがとう」
女性が、少し、立ち止まった。
「ねえ、あなたに、聞いていいかしら。変な質問やけど」
「どうぞ」
「あなた、もしかして」
女性が、玲奈を、じっと、見た。
「玲奈ちゃん、本人?」
部屋が、静かになった。
レジの音が、一回、鳴った。
「……なんで、そう思うんですか」
「わからない。でも、なんか。あなたが、写真見た時の、顔が。知ってる人が、自分の顔、見た時の、顔やった気がして」
「……」
「違ったら、ごめんなさいね。おかしなこと、言って」
玲奈は、少し、考えた。
「……そうです」
「やっぱり」
「色々、ありまして。今は、別の体を、借りてるんですけど。中身は、玲奈です」
「そっか」
女性が、小さく、笑った。
「会えたんだ」
「……会えましたね」
「よかった。ずっと、どうしてるか、気になってたから」
「こんな感じで、生きてます。いや、生きてないですけど」
「生きてるよ。十分」
玲奈が、少し、黙った。
「あなたのこと、覚えてます。夜中に、来てくれてた人」
「覚えてくれてたの」
「はっきりとは、思い出せないですけど。でも、なんか、覚えてる。お茶、よく買ってた」
「そうそう。烏龍茶。毎晩」
「しんどそうやったけど、よく笑ってはった」
「そうね。あなたが、笑わせてくれてたから」
「……そうですか」
「そうよ。ありがとうね。当時」
「こちらこそ、来てくれてたから」
二人が、少し、笑った。
健太が、バックヤードから、出てきた。
「あ、すみません、少し、いいですか。在庫の、確認が——」
「今、大事な話、してるから、ちょっと待って」
「あ、はい、すみません」
健太が、引っ込んだ。
「大事な話、してたのに、ごめんなさいね」
「いえ。健太、ほんまに、空気、読まれへんから」
「男の子って、そういうもんよ」
「そうですかね」
「そうよ。あなたも、昔、そういう、男の子に、振り回されてたんじゃないの」
「……どうやろ。覚えてへん」
「そう。……ねえ、もう一つ、聞いてもいいかしら」
「何ですか」
「あなた、どうして、ここにいるの。二十年前に、事故で、亡くなったって、聞いてたけど」
「色々、ありまして」
「色々って」
「えーと。宇宙人が、墜落してきて。その体を、借りてて」
「……そう」
女性が、特に、驚いた様子も、なく、頷いた。
「まあ、色々あるのね、人生」
「人生、終わってるんですけど」
「でも、こうしてるじゃないの。十分よ」
レオスが、頭の中で、聞いた。
「……なんか、すごい人だね、この人」
「そうやろ」
「宇宙人って聞いて、そう、って言ったよ」
「関西人は、大体、そうやで」
「そうなの?」
「そうやで、たぶん」
女性が、また、バッグを、持った。
「また、来てもいいかしら」
「もちろん。いつでも、どうぞ」
「じゃあ、また、ね」
「また、来てください。お茶、おすすめ、しますから」
「ありがとう」
女性が、出ていった。
玲奈は、写真を、ポケットに、入れた。
「レオス」
「ん?」
「また、来てくれるって」
「そうだね」
「なんか、友達みたいやな」
「二十年ぶりの、知り合いが、また、来てくれる」
「うん。なんか、ええな、それ」
「……そうだね」
健太が、また、バックヤードから、出てきた。
「あの、もう、いいですか」
「いいよ。もう終わった」
「なんの話、してたんですか」
「色々」
「色々って、なんですか」
「健太、空気、読んで」
「……すみません」
玲奈が、笑った。
レオスは、ポケットの中の、写真のことを、考えていた。
玲奈の、顔。笑っている顔。
今と、同じ顔で、笑っていた。
二十年前も、今も。
「レオス」
「ん?」
「なんか、腑に落ちたわ」
「何が」
「あたし、なんで、山から、出られへんかったんやろ、って、ずっと、思ってたけど。なんか、今日、腑に落ちた」
「どういうこと」
「あの人みたいな、人が、来てくれるから。話せる相手が、おるから。それが、あたしの、居場所やったんかな、って」
「コンビニが?」
「うん。コンビニが、あたしの、居場所やったから。離れられへんかったんかな」
「……それは、データ的には、証明できないけど」
「そういう話ちゃう」
「……まあ、そうだね」
「でも、もう、出られたから。ええわ」
「出られたね。結果的に、僕のせいで、強制的に、だけど」
「そうやな。あんたが、落ちてきてくれたから」
「……落ちてきたくて、落ちたわけじゃないけど」
「わかってる。でも、ありがとな。落ちてきてくれて」
レオスは、何も、言えなかった。
「落ちてきてくれてありがとう、って、言われる宇宙人、史上、初めてやと、思う」
「……そうかもしれない」
「自慢してええよ」
「……まあ、いいんだけど」
健太が、また、バックヤードから、出てきた。
「あの、もう、いいですか。在庫が」
「いいよ。もう終わった」
「なんの話、してたんですか」
「色々」
「色々って、なんですか」
「健太、空気、読んで」
「……すみません」
玲奈が、笑った。
店長が、レジの奥から、言った。
「あの人、また、来るね、絶対」
「そう思いますか」
「うん。帰り際の、顔が、もう、決まってたから。次も来る、って、顔。常連さんに、なるよ」
「そうやといいな」
「なるよ」
店長が、のんびりした顔で、言った。
「よろずやって、そういう場所だから。居場所が、ない人が、来る。で、また、来る。それが、よろずやなんだよ」
玲奈は、その言葉を、聞いていた。
居場所が、ない人が、来る。
あたしも、そうやったんかな。
でも、今は、ここが、ある。
それで、十分やった。
お付き合い、ありがとうございました。
写真は時間を止めますけど、人の気持ちは止まらへんもんでございます。
忘れたと思っていても、笑った顔だけは誰かの心に残ってる。
玲奈は二十年間、自分が消えた人間やと思っていました。
でも、誰かの記憶の中では、ちゃんと生き続けていた。
それが今回のお話でした。
さて、写真は見つかりました。
ほな次は、その写真の向こう側にある「真実」が、少しずつ姿を見せ始めます。
笑うて読んで、ちょっとだけ胸が熱くなっていただけたら幸いです。
ほな、また次のお話でお会いしましょう。




