第7話「夏祭り」
えー、ようこそお越しくださいました。
夏になりますと、お祭りいうもんがございます。
たこ焼き食べたり、焼きそば食べたり、射的で外したり。
毎年おんなじことをしてるのに、不思議と飽きません。
今日は、そんな夏祭りに、宇宙人と幽霊がおります。
世界を救うはずの宇宙人が、たこ焼きの熱さで困っております。
人生いうんは、案外そんな寄り道のほうが、あとになって思い出になるもんです。
ほな今夜も、ゆるりとお付き合いください。
「夏祭り、行こうぜ」
玲奈が、言った。
バイトから、帰った夜。健太のアパートで、四人が、こたつを、囲んでいた。
「夏祭り、ですか」
「うん。近くで、やってるんやろ。ポスター、貼ってあったで」
「ありますよ。毎年、神社で」
「行こ。行こ行こ」
「玲奈さん、浴衣、持ってないですよね」
「浴衣か。浴衣、着てみたいな」
「レンタルとか、あるんじゃないですか」
「いや」
美咲が、言った。
「うちのが、たぶん、着れる。サイズ、似てるから」
「ええの?」
「どうぞ」
当日。美咲が、玲奈に、浴衣を、着せた。いや、レオスの体に。
「……変な感じやな」
「何が」
「自分の体やのに、自分じゃない体に、浴衣、着せてもらってる」
「考えたら、ややこしいな」
「考えたら、あかん」
玲奈が、鏡を、見た。三十代の、女性が、浴衣を、着ていた。
「かわいい」
「まあ、悪くはない」
レオスが、言った。
「また、悪くないって」
「……きれいだよ」
「え」
「きれいだよ、って、言った」
「あんた、今、褒めた?」
「事実を——」
「褒めたやん」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、笑った。
夜。神社の、境内は、屋台で、いっぱいだった。たこ焼き。焼きそば。かき氷。射的。ヨーヨー釣り。
「うわ」
玲奈が、止まった。
「うわ、うわ、うわ」
「どうした」
「夏祭りや。ほんまもんの、夏祭りや」
「ほんまもんって、何。毎年、やってるやつだよ」
「あたしは、二十年ぶりやねん」
「そうか。まあ、そうか」
「たこ焼き、食べたい」
「食べよ」
「焼きそばも、食べたい」
「食べよ」
「かき氷も」
「全部、食べよ」
玲奈が、歩き出した。浴衣で。レオスの体で。
たこ焼きを、買った。八個入り。
「あっつ」
「熱いよ、当然」
「わかってても、あつい」
「フーフーしてから、食べれば」
「フーフーは、したくない。あつあつを、そのまま、食べたい」
「それは、わがままでしょ」
「わがままやけど、したい」
「……まあ、いいんだけど」
「ふふ。このオチ、好きやわ、ほんまに」
四人で、歩いた。屋台を、見ながら。玲奈が、あちこちで、止まる。
「あ、ベビーカステラ。これ、好きやってん」
「今も、あるよ」
「変わらんなあ」
「変わらないものも、あるんだよ」
「うん。それが、なんか、ほっとする」
かき氷を、買った。イチゴ味。
「つめた」
「氷だから」
「わかってるけど、つめた」
「食べなければ、いい」
「食べたいから、食べてる」
「……まあ、いいんだけど」
「なあ、かき氷って、なんで、こんなに、うまいんやろ」
「砂糖水を、氷で、冷やしただけだよ。原価で、言うと——」
「原価、聞いてへん」
「参考に、なると、思って」
「なれへん」
「……そうか」
「でも、なんか、夏に、食べるから、うまいんかな。夏にしか、食べへんから」
「そっか。稀少性かな」
「そうかも。同じものでも、タイミングで、うまさ、変わるもんな」
「……それ、面白い、観点だよ」
「でしょ」
「食べ物の、美味しさを、決めるのは、味だけじゃなくて、場所と、タイミングと、一緒にいる人間も、関係するって、データに、あったけど、実際に、体験すると、なるほど、と思う」
「あんた、今、素直やん」
「素直じゃないよ。データの、確認を、してるだけ」
「素直やって」
「……まあ、いいんだけど」
焼きそばを、買った。美咲が、食べながら、言った。
「玲奈、焼きそばの、麺、ソース味なのに、なんで、こんなに、うまいんやろな」
「美咲も、言い出した」
「な、健太」
「うまいよな、焼きそば」
「なんか、四人で、夏祭りで、焼きそば食べて、かき氷食べてるの、普通やな」
「普通?」
「うん。宇宙人と、幽霊と、大学生二人が、夏祭り来てるのに、話してること、ぜんぶ、普通のことやん」
「そうやな」
「それが、なんか、ええなと思って」
美咲が、少し、間を、置いた。
「……うちも、そう、思う」
射的の前で、止まった。
「やってみよう」
「当たらないと思いますよ」
健太が、言った。
「やってみたい」
「三回、打てますよ」
玲奈が、銃を、持った。レオスの手で。
一発目。外れた。
二発目。外れた。
三発目。外れた。
「あー」
「言いましたよ、僕」
「でも、やりたかったから、ええねん」
「……結果は、ともかく、楽しかった、と」
「そう」
「非効率だけど、楽しかった」
「そう。それで、ええねん」
レオスは、黙った。
非効率でも、楽しかった、で、終わる。地球人の、やり方。
なぜか、それが、少しずつ、わかってきた気が、した。
花火が、上がった。
ドン、という音と、光が、夜空に、咲いた。
「あ」
玲奈が、止まった。
空を、見上げていた。
ドン。ドン。
光が、開いて、散る。
「……」
玲奈が、黙っていた。
「どうした」
レオスが、頭の中で、聞いた。
「……きれいやな」
「そうだね」
「花火、久しぶりに、見た」
「二十年ぶり」
「うん」
玲奈の、声が、少し、震えた。
「……泣いてる?」
「泣いてへん」
「声が、震えてたよ」
「泣いてへん」
しばらく、沈黙した。
「……少し、泣いてる」
「やっぱり」
「でも、悲しくて、泣いてるんちゃう。きれいで、泣いてる」
「きれいで、泣くの?」
「泣くよ。きれいなものを、見たら」
「……そういうもの、なんだ」
「そういうもの。あんた、泣いたこと、ある?」
「ない。僕の星には、涙、ないから」
「かわいそ」
「かわいそうじゃないよ。泣く、必要が、ないだけ」
「でも、花火、見て、泣きたくなる気持ち、わからんの?」
「わからない」
「そっか」
玲奈が、少し、黙った。
「いつか、わかるかもよ」
「わかると思う?」
「わかると思う。あんた、最近、少しずつ、わかってきてる気がするから」
「……そうかな」
「そうやよ」
「……まあ、いいんだけど」
「涙の話で、まあ、いいんだけど、か」
「……そうなっちゃった」
玲奈が、笑った。泣きながら。
美咲が、横で、静かに、見ていた。玲奈が、泣いているのを、見ていた。何も、言わなかった。ただ、見ていた。
健太が、美咲に、小声で、言った。
「玲奈さん、泣いてる」
「見てる」
「声、かけなくて、いいの」
「いい」
「なんで」
「今、泣きたいんやと思う。邪魔したら、あかん」
健太が、黙った。
花火が、続いた。
玲奈が、空を、見上げたまま、言った。
「レオス」
「ん?」
「あんたも、見てる?」
「見てるよ。同じ目だから」
「きれいやろ」
「……まあ、データとしては、光の、拡散パターンが——」
「きれいやろ」
「……きれいだよ」
「そっちの答えが、聞きたかった」
玲奈が、少し、笑った。泣きながら。
その時。
玲奈の、視界の、端に、人影が、見えた。
人混みの、中。屋台の、明かりの、逆光で、顔は、見えなかった。でも、こちらを、じっと、見ている人が、いた。
「あ」
「どうした」
「あの人、こっち、見てる」
「人混みの中だよ。みんな、花火、見てるだけじゃないの」
「違う。あの人、花火じゃなくて、あたしを、見てる」
レオスが、その方向を、見た。
人影は、あった。でも、次の瞬間、人混みに、消えていた。
「……いなくなった」
「気のせいかな」
「気のせい、かもしれない。でも」
「でも?」
「なんか、見覚えのある、気がして。その人」
「誰かと、会ったことが、あるの?」
「わからん。でも、なんか」
玲奈が、少し、黙った。
「気になる」
レオスは、その言葉を、聞いていた。
気のせいか、気のせいじゃないか。それは、まだ、わからなかった。
でも、レオスには、少し、嫌な、予感が、した。
花火が、また、上がった。
「きれいやな」
「きれいだよ」
「ええ夏祭りやったわ」
「……そうだね」
玲奈の声が、また、少し、温かくなった。
レオスは、その声を、聞きながら、さっきの、人影の、ことを、考えていた。
誰だったのか。
なぜ、玲奈を、見ていたのか。
答えは、まだ、なかった。
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
花火いうもんは、一瞬で消えてしまいます。
せやのに、人は毎年見に行きます。
きっと大事なんは、花火そのものやのうて、誰と見たかなんでしょう。
レオスは、まだ涙が分かりません。
玲奈は、その理由を知っています。
美咲は黙って寄り添い、健太は空気を読もうとして読めませんでした。
そして、人混みの中で玲奈を見つめていた、あの人影。
偶然なのか、それとも二十年前から続く何かなのか。
その続きは、また次のお話で。
ほな、またお会いしましょう。




