第6話「初日」
第6話です。
玲奈にとって二十年ぶりの「仕事」が始まります。
特別な事件はありませんが、人と話せることの嬉しさや、働くことの温かさを感じてもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
よろずや・タカハシの、朝。
開店前。店長が、レジの前に、立っていた。
「じゃあ、今日から、よろしくね」
「よろしくお願いします」
「最初は、レジだけ、やってくれたら、いいから。慣れてきたら、品出しとか、教えるし」
「わかりました」
「わからないこと、あったら、聞いて。恥ずかしくないから」
「はい」
「あと」
店長が、少し、間を、置いた。
「お客さんが、来たら、顔を、見てね。商品じゃなくて、顔を」
「顔を」
「そう。何を、買いに来たかより、どんな顔して、来たか。それで、声かけ方が、変わるから」
「……難しいですね」
「難しいよ。でも、コツが、あってね」
「何ですか」
「目を、見る。目が、全部、しゃべってるから」
玲奈は、少し、黙った。
「……やってみます」
「うん。まあ、最初は、できなくて、いいよ。レジ、打てれば、十分」
開店した。
最初の客は、近所の、おじさんだった。缶コーヒーを、一本、持ってきた。
「いらっしゃいませ」
「あ、新しい子?」
「はい。今日から、です」
「へえ。よろしくな」
「よろしくお願いします。毎日、来られるんですか」
「まあ、ほぼ毎日。コーヒーだけ、買いに」
「コーヒー、お好きなんですね」
「好きっていうか、習慣やな。ここのコーヒー、飲んでから、仕事行く、みたいな」
「ルーティーンですね」
「そう。これ、ないと、調子出えへんねん」
「大事にしてください、そのルーティーン」
「ありがとな。じゃあ、またな」
「またお越しください」
おじさんが、出ていった。
「いい接客だったよ」
店長が、言った。
「ほんまですか」
「うん。ちゃんと、話、聞いてた」
「習慣の話、面白かったです。コーヒー一本で、スイッチが、入るって」
「そういう人、多いよ。うちに、来る人」
「なんか、わかります。あたしも、コンビニで、働いてた時、夜中に、来る人が、好きやって。疲れた顔して、来て、ちょっと話して、帰っていく人」
「そうそう。それが、よろずや、なんだよ」
昼になった。
客が、少し、増えた。
主婦らしい、女性が、来た。買い物カゴに、色々、入れて、レジに、来た。
「あ、ポイントカード、ありますか」
玲奈が、聞いた。
「え、ここ、ポイントカード、あるの?」
「あ。ないです。すみません、つい、言ってしまって」
「あら、面白い子ね」
女性が、笑った。
「前、コンビニで、働いてたもので」
「そっか。まあ、ないならないで、いいわよ」
「すみません」
「謝らなくて、いいわよ。可愛いじゃない」
女性が、出ていった。
「玲奈さん、今の、よかったですよ」
健太が、言った。健太も、同じ店で、働くことに、なっていた。
「よかった? 失敗やろ」
「でも、笑わせてたじゃないですか」
「それは、たまたまやて」
「たまたまでも、笑顔に、なってたから、いいと思います」
次の客が、来た。
中学生くらいの、男の子だった。お菓子を、二個、持ってきた。
「三百二十円です」
「あ、五百円で」
「百八十円の、おつりです」
玲奈が、お釣りを、出した。
「ありがとうございます。あ、そのお菓子、どっちが、おすすめですか」
男の子が、聞いた。
「うーん、どっちも、好きやけど。今日の、気分やったら」
レオスが、口を、挟んだ。
「カロリーで、言うと、こちらが、二百三十キロカロリーで、こちらが、百九十キロカロリー。糖質は——」
「ちょっと、待って」
玲奈が、止めた。頭の中で。
「何」
「それ、聞いてへんから」
「参考になるでしょ」
「中学生が、カロリー、気にすると、思う?」
「……思わないか」
「思わへんで」
玲奈が、男の子に、笑いかけた。
「こっちの方が、最近、人気みたいで。よく、売れてます」
「じゃあ、そっちにします」
「正解。おいしいですよ」
「ありがとうございます」
男の子が、出ていった。
「レオス」
「わかってる」
「カロリーは、いらん」
「わかってる。でも、客観的な、情報として——」
「いらん」
「……まあ、いいんだけど」
「何回目」
「数えてないよ」
「あたしは、数えてる」
「……やめて」
午後。
スーツ姿の、男性が、来た。疲れた顔。昼ごはんを、買いに来たらしかった。
「あたためますか」
「はい」
玲奈が、レンジに入れた。待っている間、男性が、ぼーっと、立っていた。
「お仕事、大変そうですね」
玲奈が、言った。
「まあ、そうですね」
「顔に、出てますよ。疲れが」
「そんなに、ひどい顔ですか」
「ひどくは、ないですけど。目が、疲れてる感じで」
「目に、出るんですね、疲れって」
「出ますよ。あと、肩も、上がってます」
「そうですか」
「意識して、下げてみてください。ちょっと、楽になるから」
男性が、少し、肩を、下げた。
「……ほんとだ」
「でしょ」
チン、と、鳴った。
「お待たせしました。ゆっくり、食べてください」
「ありがとうございます」
男性が、出ていった。出る時、さっきより、少し、肩が、下がっていた。
「よかったです、今の」
また、健太が、言った。
「ほんま?」
「玲奈さん、接客、向いてますよ」
「そうかな。なんか、つい、話しかけてしまうねん」
「それが、向いてる、ってことじゃないですか」
夕方近く。
また、おじさんが、来た。朝の、缶コーヒーの、おじさんだった。
「あれ。また来てくれたんですか」
「あー、ちょっと、忘れ物、してね。タバコ、買い忘れてた」
「そうですか。何を?」
「マイルドセブン」
「あ」
玲奈が、少し、止まった。
「マイルドセブン、今は、名前、変わってるんですよ。メビウスって」
「え。いつから」
「えーと……あたしも、詳しくは、わからんのですけど。今は、メビウスで、売ってます」
「そうか。知らんかった。じゃあ、それで」
「はい」
玲奈が、取ってきた。
「ありがとな。でも、よく、知ってたね。新しい子やのに」
「コンビニで、働いてたこと、あるので。昔は、マイルドセブン、って、呼んでたから、わかりました」
「昔って、どのくらい」
「二十年くらい、前ですね」
「それは、また、古いな」
「まあ、色々、ありまして」
おじさんが、笑った。
「そうか。まあ、頑張ってな」
「ありがとうございます。またお越しください」
おじさんが、出ていった。
「今の、自然でしたよ」
健太が、言った。
「マイルドセブンのやつ」
「でも、知らんかったら、詰まってたな」
「そこは、知ってたから、よかったんじゃないですか」
「二十年前の、知識が、役に立ったわ。なんか、おもしろいな」
玲奈が、笑った。
夕方。
少し、暇な時間。
玲奈が、店内を、見回していた。
「なあ、レオス」
「ん?」
「楽しいな、これ」
「バイトが?」
「うん。人と、話せるのが、楽しい。二十年、誰とも、話せんかったから」
「山に、いたから」
「うん。幽霊って、声は、出せるけど、聞こえへん人が、多くて。話しかけても、反応してくれへんから。だから、こうやって、反応してくれるのが、嬉しい」
レオスは、何も、言わなかった。
「あんたとは、話せるな」
「僕は、頭の中に、いるから」
「そうやな。変な話やけど」
「変だよ。客観的に、考えると、かなり、変な状況だよ」
「でも、話せるから、いい」
「……まあ、そうだね」
「これからも、話しかけていい?」
「……どうせ、話しかけてくるでしょ」
「そうやけど、一応」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、笑った。
店長が、レジの奥から、言った。
「今日、よかったよ」
「ほんまですか」
「うん。お客さんの、顔、ちゃんと、見てた」
「教えてくれたから」
「素直な子は、伸びるよ」
「素直かどうか、わかりませんけど」
「素直だよ。だって、幽霊が、コンビニで、働こうとしてるんだから。それ、十分、前向きでしょ」
「……言われてみたら、そうですね」
「また、明日も、来てね」
「はい」
玲奈が、エプロンを、脱いだ。
「ただいま」
健太が、聞いた。
「玲奈さん、今、なんて、言いました?」
「ただいま」
「誰に」
「なんとなく。二十年ぶりに、働いたから。なんか、帰ってきた感じがして」
健太は、少し、黙った。
「……おかえりなさい」
「ありがとな」
レオスは、その言葉を、聞いていた。ただいま。帰る場所のない者が、言った言葉。
なぜか、その言葉だけが、長く、残った。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
今回は玲奈の仕事初日のお話でした。
レジで交わす何気ない会話や、「ただいま」「おかえり」という何気ない一言が、この作品らしい日常になったかなと思っています。
レオスも少しずつ地球での暮らしや、人との距離感を知り始めています。
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次回もよろしくお願いいたします。




