第4話「住民票」
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
今回のお話は「住民票」がテーマです。
宇宙人と幽霊という非日常を描きながらも、市役所という現実の中で起こる、少しおかしくて少し切ない日常を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、第4話をお楽しみください。
朝。美咲が、こたつの上に、紙を、広げていた。
「あんたら、これ、どうするの」
「これ、何」
「バイトの、応募用紙。住所と、名前と、身分証のコピー、いる」
「身分証」
「免許とか、保険証とか。本人って、証明するやつ」
「あー」
玲奈の声が、止まった。
「ない、わ」
「ないって」
「死んでるもん。戸籍も、消えてるやろし」
「レオスは」
「宇宙人だから、ない。地球の書類、持ってない」
「二人とも、ないんかい」
「自分で、ツッコまないでよ」
レオスが、言った。
「役所、行こう」
健太が、言った。
「役所?」
「住民票とか、市役所で、なんとかなるかも」
「健太、たまに、まともなこと、言うね」
「たまに、って、つける、必要、ある?」
「あるやろ」
「……まあ」
四人は、市役所へ、向かった。
平日の昼。窓口は、そこそこ、混んでいた。番号札を、取って、待った。
「待つんだ、これ」
レオスが、言った。
「当然でしょ」
「非効率だよ。アプリで、番号管理すれば、ここで、待たなくても、いい。なのに、なんで、紙なの。市役所だけ、紙、多い」
「まあ、いろいろ、事情が」
「事情って、何。言い訳でしょ、それ」
「あんた、市役所の職員でも、ないのに、詳しいな」
「詳しくないよ。普通に、見たら、わかる話」
しばらく、待った。
「……あ」
玲奈が、言った。
「何」
「この、壁の、ポスター。マイナンバーカード、作ってください、って。マイナンバーって、何」
「国民一人に、番号を、割り当てる、制度だよ」
「番号で、管理されるんや」
「そういうこと」
「なんか、こわい感じするな」
「効率的だよ。いろんな手続きが、一元化されるから」
「でも、なんか、番号に、なってる感じが」
「番号は、番号だよ。君が、玲奈である、ことは、変わらない」
「……そうやな」
「そうだよ」
玲奈が、少し、笑った。
「あんた、今、慰めてくれた?」
「慰めてない。事実を、言っただけ」
「慰めてたやろ」
「慰めてない」
「ふふ」
番号が、呼ばれた。窓口の女性が、にこやかに、対応してくれた。
「本日は、どのような、ご用件でしょうか」
「住民票と、身分証明書を、作りたくて」
「ご本人様の、確認できる書類は」
「それが、ないんです」
「ないと、難しいですね。お名前と、ご住所は」
「玲奈です」
玲奈が、答えた。
「苗字は」
「あー」
玲奈が、止まった。
「忘れた」
「忘れた、と」
「二十年、思い出してなかったから。自分の苗字、何やったかな」
窓口の女性は、困った顔を、した。当然だった。
「生年月日は、わかりますか」
「えーと。昭和の、何年かな。平成、ちゃうよな。昭和や。たぶん」
「たぶん、なんですか」
「たぶん」
窓口の女性の、笑顔が、少しずつ、固まっていった。
「お年は」
「三十二歳です」
「……苗字も、生年月日も、わからないのに、年齢は、わかるんですか」
「感覚で」
「感覚」
「死んだ時、三十二やったから。時間、止まってるから、今も、三十二かな、と」
「……死んだ時」
「はい。二十年前に」
「今、こちらに、いらっしゃいますよね」
「います。幽霊ですけど。宇宙人の体を、借りてまして」
窓口の女性が、レオスを、見た。
「事実です」
レオスが、言った。
「彼女は、故人。僕は、地球外生命体。現在、一つの体を、共有しています。したがって、双方とも、地球の戸籍、住民票、身分証明書、すべて、存在しません」
窓口の女性は、しばらく、固まっていた。それから、にっこり、笑った。
「……少々、お待ちいただけますか。担当の者と、確認して、まいります」
奥に、消えた。
「もう、戻ってこーへんのちゃう」
美咲が、小声で、言った。
「失礼な対応は、してないよ、僕」
「真顔で、宇宙人と、幽霊が、一緒に入ってます、って、言うからやろ」
「事実だから」
「事実でも、言い方が」
「言い方で、事実は、変わらない」
「変わらんけど、受け取り方が、変わる」
「……まあ、そうかもね」
しばらく、待って、別の職員が、来た。少し、疲れた顔の、年配の男性だった。
「えー、お話は、伺いました。率直に、申し上げますと、こちらでは、対応が、難しくて」
「そうですか」
「身分を、証明するものが、何もないと、住民票も、戸籍も、出せないんですよ」
「そっか」
玲奈の声が、少し、小さくなった。
「私、ほんまに、書類の上では、おらん人間なんやな」
「……申し訳ないんですが」
「いえ、ありがとうございます」
玲奈が、笑った。
窓口を、離れた。市役所の、廊下。四人で、立っていた。
「……大丈夫ですか」
健太が、聞いた。
「うん。大丈夫。まあ、そうやろな、とは、思ってたし」
「落ち込んでないですか」
「落ち込んでへんで。ちょっと、おかしいな、とは、思うけど。ここに、おるのに、おらんことに、なってる。おもろいやん、それ」
「おもろい、って、言える、玲奈さん、すごいですよ」
「だって、笑うしか、ないやん。泣いても、変わらんし」
美咲が、自動販売機の、前で、止まった。
「何、飲む?」
「え、ええの?」
「おごり。慰めの、つもりで」
「慰め、いらんって、言うたやん」
「玲奈はな。でも、うちが、あげたいから」
玲奈は、少し、黙った。
「……じゃあ、コーヒー。ホットで」
「レオスは」
「コーヒーは、飲んだことが、ないが」
「飲んでみたら」
「じゃあ、コーヒーで」
美咲が、買った。四本。全員分。
「ありがとな」
玲奈が、言った。
「別に」
「いや、ほんまに。ありがとな」
美咲は、何も、言わなかった。ただ、飲んだ。
玲奈も、飲んだ。
「……うまい」
「コーヒー、初めてじゃないでしょ」
レオスが、言った。
「二十年ぶり。違いわかる?」
「違いは、わからないけど。まあ、悪くない」
「また、悪くない」
「……まあ、いいんだけど」
「あんた、レオスの、この台詞、収集したいわ」
「収集、って、何が」
「まあ、いいんだけど、って、何回言うか」
「……数えてないよ」
「あたしは、数えてる」
「……今日、何回」
「五回」
「……そんなに」
「そんなに」
「あんた、レオスの、いいとこ、見てるんやな」
「見てへん。ただ、数えてるだけ」
玲奈が、レオスに、頭の中で、言った。
「あんた、レオス、いいとこ、あるやん」
「……まあ、いいんだけど」
「六回目」
「……」
「あんた、レオスの、いいとこ、見てるんやな」
「見てない。事実を、述べただけ」
「慰めてくれるし、コーヒーも、一緒に、飲んでくれるし」
「飲んでるのは、君が、飲んでるから、飲んでるだけで——」
「一緒に、飲んでる」
「……まあ、いいんだけど」
「七回目」
「……もう、やめて」
玲奈が、笑った。
レオスも、わずかに、何かが、緩んだ気がした。
なぜ、緩んだのか、わからなかった。
四人は、市役所を、出た。
「とりあえず、バイトは、どうするの」
美咲が、言った。
「個人経営の、小さい店なら、書類なし、で、雇ってくれるとこも、あると思うけど」
「コンビニが、いい」
玲奈が、言った。
「コンビニ?」
「死ぬ前、コンビニで、働いてた。またやりたい」
「なんで、コンビニ?」
レオスが、聞いた。
「誰でも、来るから。金持ちも、貧乏な人も、夜中に、しんどい人も。みんな、何か、買って、ちょっと話して、帰っていく。あたし、あの感じ、好きやってん」
「それ、コンビニじゃなくても、よくない?」
「コンビニが、ええねん。コンビニは、夜も、開いてるから。しんどい時間帯に、来てくれる人が、多い。あたし、夜中の客と、話すの、好きやってん」
「なんで」
「夜中って、人、素直になるから。疲れてるし、眠いし。余計なもの、ないから。言葉が、短くなるけど、その分、ほんまのことしか、言わへん気がして」
レオスは、何も、言わなかった。
「……まあ、それは、理解できないけど」
「ええねん。理解できんでも」
「コンビニって、個人経営のとこも、あるの?」
「チェーンが、多いけど。個人で、コンビニみたいに、やってるとこも、あるかも」
「探してみよか」
健太が、スマホを、取り出した。
「あ、すぐ、調べられるんや」
「スマホ、すごいやろ」
「すごいなあ、ほんまに」
レオスが、少し、間を、置いて、言った。
「……この星、悪くないかもしれない」
「え、初めて、ポジティブなこと、言った」
「言ってないよ。評価を、少し、上方修正しただけ」
「同じやろ」
「違うよ。移住候補としての、評価を、少し、変えた、って話で、個人的な、感情とは、別の話だよ」
「ほんまに、ひねくれてるな」
「ひねくれてないよ。正確に、言ってるだけ」
「……ええねん。正確に、言わんでも」
「……まあ、いいんだけど」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回はレオスや玲奈が「この世界で生きる」という現実に初めて直面する回でした。
派手な展開ではありませんが、こういう何気ない日常の積み重ねが、この作品らしさだと思っています。
次回からは玲奈の「コンビニで働きたい」という願いを軸に、また少しずつ物語が動き出します。
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