第3話「スマホ」
第3話「スマホ」です。
二十年間、時間が止まっていた玲奈。
スマホも、SNSも、写真も、全部が初めての世界です。
当たり前になった便利さと、当たり前だからこそ忘れてしまう大切なもの。
そんな二人の少し不思議な日常を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
朝。健太が、こたつで、スマホを、いじっていた。
「あ。それ、何」
玲奈が、覗き込んだ。
「スマホですけど」
「すまほ」
「スマートフォン。電話です」
「電話って、あの、分厚いやつちゃうの。アンテナ、ぴょこって、出てるやつ」
「あー、ガラケー。今は、こういうのが、主流で」
「薄い。なんで、こんなに、薄いの」
「液晶だから」
「触っていい?」
「どうぞ」
玲奈が、受け取った。指で、触れると、画面が、反応した。
「うわ。動いた」
「タッチパネルだよ」
「ボタン、ないやん」
「画面が、ボタン」
「意味、わからん」
「まあ、触ってれば、わかるよ」
玲奈が、画面を、なぞる。アイコンが、ついてくる。
「おもしろ。動く、動く」
「いや、それ、目的のない操作だよ」
レオスが、言った。
「ええねん。楽しいから」
「楽しいだけで、何時間も、触ってる人、いるよね、地球人。データで、見た。一日、平均、四時間以上。四時間、って、相当だよ。一日、二十四時間のうちの、四時間。起きてる時間を、十六時間として、四分の一。四分の一の時間を、この小さい画面、見てる、って」
「あんたは、どう思うの」
「不思議だよ。そんなに、見るもの、あるの、って」
「あるんやろな。見てる人が、おるんやから」
「そっか。まあ、そうか」
健太が、動画を、流した。猫が、箱に、入ろうとして、失敗していた。
「あ。猫」
「動画だよ」
「動いてる。かわいい」
「同じ映像を、何回も、見てる人、多いよね。この、猫の動画、再生回数、三百万、超えてる。三百万人が、同じ猫の、箱失敗、見てる。それって、なんなんだろうね」
「かわいいから」
「かわいさで、三百万、説明できるの」
「できるやろ」
「……まあ、できるか」
レオスが、また、少し、黙った。
「……僕が、理解できないだけで、意味は、あるのか」
「そういうこと」
「じゃあ、なんで、何回も、見るの」
「何回見ても、かわいいから」
「……それ、効率、悪くない? 同じ情報を、何度も、入力して」
「効率で、猫、見てへんねん」
「……まあ、いいんだけど」
健太が、カメラの、使い方を、教えた。玲奈が、画面を、タップする。自分が、映った。三十代前後の、かわいい系の、女性が、映っていた。
「あ。これ、私や」
「君の顔に、擬態してるから」
「久しぶりに、見た。自分の顔」
玲奈の声が、少し、静かになった。
「山に、鏡、なかったから。自分の顔、どんなやったか、忘れてた」
「……そっか」
「かわいいやん、私」
「急に、戻ってきた」
「かわいいやろ」
「……まあ、悪くない外見だよ」
「褒めてるやん」
「事実を、述べただけ」
「ふふ。ありがとな」
写真を、撮った。健太と、美咲と、玲奈(の外見)の、三人で。
「ええ写真や」
「SNSに、上げていい?」
美咲が、聞いた。
「えすえぬえす、って、何」
「写真を、みんなに、見せるやつ。知らない人も、見る」
「知らない人が、見る?」
「うん。世界中の人が、見る可能性がある」
「世界中」
玲奈の声が、少し、大きくなった。
「世界中の人が、私の写真、見るん?」
「まあ、フォロワーだけやけど」
「ふぉろわー」
「うちのこと、気にしてる人」
「美咲って、有名人なの」
「全然。普通の、大学生」
「それでも、見てくれる人、おるんや」
「うん」
美咲が、投稿した。「謎の三人組」とだけ、書いて。
数分後、コメントが、来た。
「『誰これ。楽しそう』やって」
「楽しそうやって」
玲奈の声が、明るくなった。
「私ら、楽しそうに、見えるんや」
「写真では」
「ほんまに、楽しいし」
「まあ、そうだけど」
また、コメントが、来た。
「『真ん中の子、かわいい』やって」
「真ん中、私や」
「レオスの外見やけどね」
「中身、私やから、私や」
「……そういう解釈で、いくんだ」
「いくよ」
玲奈が、コメントを、見ていた。しばらく、黙って。それから、美咲のスマホを、もう少し、操作した。
「これ、他の人の、投稿も、見れるの?」
「見れる。タイムラインで」
「タイムライン」
「みんなの、投稿が、流れてくるやつ」
玲奈が、スクロールした。ご飯の写真。猫の写真。誰かの、誕生日。旅行の景色。
「……みんな、色々、やってるんやな」
「そうやね」
「見知らぬ人の、ご飯、見てるの、なんか、不思議やな。この人、今日、何食べたか、知らんでいいのに、知ってる」
「まあ、そうやな」
「でも、なんか、ええな。知らん人の、日常が、見える感じ」
レオスが、言った。
「それ、プライバシーの、問題、あると思うけど」
「自分で、上げてるんやろ」
「そうだけど、見られる範囲が、どこまでか、把握できてるの、みんな。フォロワーって、言っても、設定次第では、誰でも、見れるわけで。その、リスクを、理解した上で、上げてるのかな、って」
「あんた、また、重いとこ、突くな」
「重くない。普通の、話だよ」
「玲奈さんは、はじめてのSNSやし、ええねん」
健太が、取り成した。
「あ、そういえば」
玲奈が、言った。
「こういうの、昔も、あったな。あいのり、ってわかる?」
「あいのり?」
「恋愛番組。ラブワゴン、っていう、ピンクのバス乗って、知らない人と、旅して、告白するやつ。毎週、誰と誰が、くっつくか、次の日、学校で、話してた」
「それ、知らないです」
健太が、言った。
「え」
「俺、生まれてないか、赤ちゃんか、くらいの頃じゃないですかね」
「……そっか」
玲奈が、少し、止まった。
「そっか。そんな、昔の話、なんやな。あたしには、つい最近やのに」
「時間の感覚、難しいですよね」
「難しいな。あたしは、二十年前で、止まってるから。当たり前に、知ってることが、知らんことになってたり」
「レオスは?」
美咲が、聞いた。
「あいのり、知ってる?」
「データにはある。なぜ、見知らぬ人間の、恋愛の行方を、見続けるのか、理解できないけど」
「わからんでええ」
「また、わからんでええ、だよ」
「うん」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、コメントを、見ていた。しばらく、黙って。
「なあ」
「ん?」
「二十年、誰も、私のこと、知らんかったやん。山で、一人で。でも、今、こうやって、見てくれる人が、おる。なんか、不思議やわ」
「……SNSの、普及率が——」
「そういう話ちゃう」
「……そっか」
「うん。ただ、嬉しいわ。それだけ」
レオスは、何も、言わなかった。
嬉しい。その言葉を、データとして、処理しようとした。でも、うまく、できなかった。処理の仕方が、わからなかった。
「なあ、レオス」
「ん?」
「あんたの星には、スマホ、あるの」
「ない。脳内通信だから」
「便利やん」
「便利だよ」
「でも、写真、撮れへんやろ」
「撮れない」
「ほな、この写真、あんたには、ないわけや。私らの、この瞬間」
「……まあ、そうだね」
「なんか、もったいないな」
「もったいなく、ないよ。記録なんて、なくても——」
「私は、残したい」
玲奈が、言った。
「この瞬間。ここに、おったってこと。私が、おったってこと」
レオスは、何も、言えなかった。
「あんたの星、もうすぐ、なくなるやろ」
「……そうだね」
「なくなったら、あんたの星の記録も、なくなるんちゃう」
「まあ、そうなるかもね」
「もったいない。あんたの星のことも、残したい」
「残す意味、あるの。もう、なくなる星だよ」
「あるやろ。あったんやから。確かに、あったんやから」
レオスは、しばらく、黙った。
「……君、不思議なこと、言うね」
「そうかな」
「なくなるものを、残す。意味が、あるかどうかは、わからないけど」
「意味とか、ええねん。残したいから、残す。それだけ」
窓の外、空が、明るかった。
「まあ、ええわ。次、何しよ。ご飯、食べよ」
「さっき、食べたよ」
「また、食べたい」
「……まあ、いいんだけど」
健太が、美咲に、小声で、言った。
「玲奈さん、当たり前のこと、すごく、喜ぶよな」
「そうやな」
「スマホも、写真も、コメントも。俺ら、なんとも、思わへんのに」
「そうやな」
「なんか、いいよな。それ」
美咲が、少し、間を、置いて、言った。
「……うちも、ちょっと、そう、思った」
第3話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回はスマホやSNSを通して、玲奈の「二十年」という時間の重みを書いてみました。
私たちには当たり前になっているものでも、玲奈にとっては全部が新鮮で、全部が宝物です。
一方のレオスは、相変わらず合理的に考えます。
けれど、「残したい」という玲奈の言葉は、少しずつ彼の価値観を変え始めています。
これからも二人が地球で何を知り、何を感じていくのか、見守っていただけたら嬉しいです。




