第2話「共存」
第2話「共存」です。
宇宙人と幽霊が一つの体で暮らし始めて、最初の夜。
二十年ぶりのご飯。
二十年ぶりのお風呂。
レオスにとっては理解できない人間の「なんとなく」が、少しずつ心を揺らし始めます。
ゆるく笑えて、少しだけ温かい時間を楽しんでいただけたら嬉しいです。
コンビニを出た時、おにぎりの代金は、健太が、払っていた。
「……ありがとうございます」
「いや、全然」
「いくらでしたっけ」
「千二百円」
「返します。いつか」
「いつか、って」
「地球の通貨を、入手したら。方法は、まだ、わかりませんが」
「……まあ、いいですよ」
玲奈は、おにぎりを、食べながら、歩いていた。三つ全部、食べていた。
「うまい。うまい、うまい」
「三つ、食べましたよ、もう」
「腹、減ってたから」
「二十年分?」
「それ、計算できひん」
四人は、健太のアパートへ、向かった。夜明けの、空が、少しずつ、白くなっていた。
健太のアパートは、駅から、徒歩十五分の、古い二階建てだった。
「どうぞ」
ドアを、開けた。六畳一間。こたつ。テレビ。漫画の山。
「……散らかってるね」
レオスが、部屋を、見て、言った。
「まあ、一人暮らしなんで」
「漫画、積み方が、物理的に、おかしいよ。あの角度、絶対、崩れる。崩れるの、わかってて、なんで、放置してるの」
「崩れたら、積み直せばいいかなと」
「その発想が、わからない。未然に防げることを、なんで、事後対応にするの。効率、悪くない?」
「あんた、人の家、来て、最初の一言、それ?」
玲奈が、言った。
「事実を、言っただけだよ」
「ええとこ、一個、言い」
「……まあ、広さは、悪くない」
「六畳やで」
「地球の住居としては、標準的だよ」
「ほんまに、ひねくれてるな」
美咲が、冷蔵庫を、開けた。
「健太、何もないやん」
「買い物、行けてなかったから」
「卵と、米と、あと、賞味期限、ギリのちくわ」
「ちくわは、ちょっと、やめといて」
「四人分、どうするの」
「卵かけご飯で、いいですか」
「やった」
玲奈が、手を、上げた。
「卵かけご飯って、何」
レオスが、聞いた。
「生卵を、ご飯に、かけて、食べるやつ。醤油で」
「……生卵を」
「うん」
「火、通さないの」
「通さない」
「それ、リスク、高くない? 地球の食文化、全般的に、火、通す方向じゃないの。なんで、ここだけ、生でいくの」
「うまいから」
「うまかったら、生でいいの」
「いいねん」
「……まあ、いいんだけど」
ご飯が、炊けた。卵かけご飯が、できた。
「いただきます」
玲奈が、手を、合わせた。
「それ、何」
「いただきます」
「意味は」
「命、いただくってこと。たぶん」
「たぶん、なんだ」
「みんな、言うから、言う。それでええねん」
「根拠、ないじゃん」
「根拠で、ご飯、食べへんねん」
一口、食べた。
「……うまい」
声が、小さかった。
「うまい。うまいわ、これ」
「卵と、米と、醤油だよ」
「それが、うまいねん」
「栄養バランス、悪いけどね。タンパク質と、炭水化物だけで、ビタミンが——」
「黙ってて。今、うまいねん」
「……まあ、うまいのは、わかるけど」
玲奈は、食べた。一杯。二杯。三杯。
「健太、もっと、炊いて」
「あ、はい」
「すまんな。二十年、食べてへんから」
「……そっか」
健太が、また、米を、炊き始めた。何も、言わなかった。ただ、炊いた。
美咲が、自分の茶碗を、玲奈の前に、置いた。
「これも、食べ」
「ええの?」
「うち、そんな、食べへんから」
「ありがとな」
レオスは、その様子を、見ていた。
「……なんで、自分の分を、あげるの」
レオスが、美咲に、聞いた。
「なんとなく」
「合理的じゃないでしょ。自分の食料を、渡したら、自分の栄養補給が、不十分になる」
「そういう話じゃないから」
「じゃあ、どういう話なの」
「……なんとなく、って、言ったやん」
美咲が、少し、呆れた顔で、言った。
「あんた、宇宙人やのに、なんか、めんどくさいな」
「めんどくさくないよ。疑問に思ったことを、聞いてるだけ」
「それが、めんどくさいって、言うねん」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、四杯目を、食べながら、言った。
「レオス、あんたも、食べへんの」
「食べてるよ」
「同じ体やから、食べてることに、なってるんか」
「そういうことに、なるね」
「ほな、あんたも、二十年ぶりに、食べてる」
「……僕は、そんなに、食べてなかったけど」
「でも、初めての、卵かけご飯やろ」
「まあ、そうだね」
「うまい?」
レオスは、少し、黙った。
「……悪くない」
「ええやん、それ」
「悪くないって、言っただけだよ」
「十分やって」
夜が、更けた。
「お風呂、沸いてますよ」
健太が、言った。
「お風呂」
玲奈の、声が、変わった。
「お風呂、ある?」
「ありますよ。古いですけど」
「入っていい?」
「どうぞ」
「ちょっと、待って」
レオスが、止めた。
「この体、僕のなんだけど」
「ちょっとだけ」
「ちょっとって、どのくらい」
「五分」
「さっきから、ちょっと、ちょっと、って、言ってるけど、全部、想定より、長いよね。おにぎり、三つって、ちょっとじゃないよね。三杯って、ちょっとじゃないよね」
「お風呂は、五分」
「本当に、五分?」
「……十分」
「増えてる」
「二十年ぶりやから」
「……わかりました。十分。それ以上は、許可しません」
「やった。ええ宇宙人やん」
「ええ宇宙人、じゃないから。渋々、了承してるだけだから」
玲奈は、お風呂に、入った。
「あー……」
長い、声が、出た。
「どうした」
「あったかい」
「お湯だから」
「あったかい……」
「知ってるけど」
「二十年ぶりに、あったかい」
レオスは、何も、言えなかった。
「なあ、レオス」
「ん?」
「あんたの星にも、お風呂、あるの」
「ない。液体に、浸かる習慣が、ない」
「かわいそ」
「かわいそうじゃないよ。必要ないだけ」
「こんな、気持ちええのに」
「……まあ、体表温度が、上がってる感覚は、ある」
「それが、気持ちええってこと」
「……そうなのかもね」
お風呂から、上がった。十七分、経っていた。
「十七分だよ」
「ごめん」
「ごめん、じゃないんだよ。十分、って、言ったじゃないか。七分、オーバーしてる。七分、って、けっこう、長いよ。七分あれば、コンビニ、往復できるよ。七分あれば、カップラーメン、作れるよ。なんで、七分、オーバーしたの」
「気持ちよかったから」
「……それ、毎回、言うの? 時間、オーバーしたら」
「たぶん」
「じゃあ、最初から、十七分、って、言ってよ。十分、って、言わなくていいから。なんで、低めに、言うの。見積もりが、甘いよ、毎回」
「そんな、毎回、ちゃうやん。初めてやし」
「初めてで、七分、オーバーしたら、次は、もっと、オーバーするよ。これ、絶対」
「なんで、そんなに、確信してんの」
「経験則だよ。データが、ある」
「私の、どのデータが、あんの。今日、初めて、会ったやろ」
「……まあ、いいんだけど」
「そのオチ、好きやわ」
「オチ、じゃないよ」
夜が、深くなった。
玲奈は、眠った。死者にも、眠りが、あるのか、レオスには、わからなかった。ただ、頭の中が、静かになった。
久しぶりに、一人だった。いや、一人じゃない。玲奈は、いる。ただ、黙っている。
レオスは、暗い天井を、見た。
考えることが、あった。任務のこと。宇宙船の修理のこと。そして。
もう一つ。
レオスは、知っていた。まだ、誰にも、言っていない、ある事実を。玲奈にも。
言うべきか。言わないべきか。
判断が、できなかった。なぜ、判断できないのか、自分でも、わからなかった。
合理的に、考えれば、答えは、出るはずだった。なのに、出なかった。
それは、初めての、感覚だった。
朝が、来た。
「おはよう」
「起きたか」
「腹、減った」
「昨日、何杯、食べたの」
「昨日は、昨日。今日は、今日」
「その理屈、おかしいよ」
「ご飯、食べよ」
「聞いてる?」
玲奈は、笑った。
レオスは、なぜか、少し、ほっとした。
なぜ、ほっとしたのか、わからなかった。
わからないことが、また、一つ、増えた。
第2話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は大きな事件は起きません。
でも、この物語は、こういう何気ない日常を大切に描いていきたいと思っています。
玲奈にとっては、ご飯も、お風呂も、誰かと笑いながら過ごす時間も、全部が二十年ぶり。
一方でレオスは、人間の「なんとなく」や「優しさ」を理解できず、少しずつ戸惑い始めます。
この二人が、お互いをどう変えていくのか。
これからも見守っていただけたら嬉しいです。




