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第1話「墜落」

この物語は、宇宙人と幽霊の話です。


母星の滅亡を調査するために地球へ来た宇宙人と、二十年間山に取り残されていた幽霊が、なぜか一つの体を共有することになりました。


壮大なSFのようでいて、やっていることはコンビニに行ったり、おにぎりを食べたり、スマホに驚いたりする話です。


気軽に読んでもらえたら嬉しいです。


それでは、第1話「墜落」をどうぞ。

 母星が、滅びかけている。


 これは比喩でも、誇張でもない。あと数年で、文字通り、住めなくなる。大気が、薄くなっている。水資源が、枯渇しつつある。上層部は「移住計画」を立ち上げ、候補の星を探すよう、調査員を派遣した。


 その一人が、レオスだった。


 宇宙船の中、レオスは、計器を見ながら、ぼやいていた。


「……割に合わないよな、この任務」


 誰にともなく、言った。応答する者は、いない。


「候補地、百三十七番目だよ。百三十七。もうさ、上層部、自分で来てよ。一個一個、全部、行ってよ。なんで僕だけ、こんな辺境の銀河まで、来なきゃいけないの。僕の専門は、大気圏のエネルギー解析だよ。それを、なんで宿泊先の視察みたいなことに、使ってるの。おかしいよ、役割分担が」


 地球が、見えてきた。青い星。遠くから見れば、きれいだった。


「……まあ、外観は、悪くないか。水、多いし。大気も、あるし。候補としては、悪くない。問題は、もう住民がいるってことだけど、そこは、まあ、上層部が、考えることだから」


 レオスは、計器を、確認した。大気圏突入の、準備を始める。速度、調整。角度、設定。


「あとは、降りるだけだ」


 その時。


 警告音が、鳴った。


 スペースデブリだった。人間が、宇宙に、打ち上げて、放置した、金属の残骸。それが、突然、飛んできた。


「え、ちょっ——」


 衝撃。


 宇宙船が、傾いた。制御が、効かなくなった。計器が、次々と、赤くなる。


「おい、マジか。ちょっと待って。待って待って待って——」


 大気圏に、突入した。


 宇宙船が、燃えながら、落ちていく。


「……っていうか、これ、絶対、デブリに当たったよ。人間が、打ち上げといて、回収しなかった、あれだよ。あれのせいだよ。宇宙に、ゴミ、捨てんなよ。捨てんなよって、母星でも、言われてるでしょ。なんで、地球人、宇宙にゴミ、捨てんの。最悪だよ、この星の第一印象——」


 山に、刺さった。



 その夜。


 大阪近郊。山の中。


 心霊スポットとして、地元では有名な場所だった。夜になると、肝試しに来る者がいる。今夜も、二人が、来ていた。


「…ほんまに、ここ?」


 美咲が、スマホのライトを、向けながら、言った。木々が、黒く、立ち並んでいる。


「うん。ここ、有名やで」


 健太が、少し、胸を張って、言った。


「有名って、心霊スポットとして有名なんやろ。それ、デートで来るとこちゃうやん」


「でも、来てくれたやん」


「……まあね」


 美咲が、先に、歩き始めた。健太が、ついていく。


 山の中は、暗かった。虫の声だけが、聞こえた。風が、木々を、揺らした。


 その時。


 夜空が、光った。


 流れ星、ではない。もっと、大きかった。もっと、近かった。轟音と共に、光が、山の中に、消えた。


「……え」


 健太が、立ち止まった。


「今、何」


「知らん」


 美咲も、立ち止まっていた。


 ドン、という音が、した。地面が、微かに、揺れた。


「……飛行機?」


「あんな、落ち方する飛行機、ある?」


 二人は、顔を、見合わせた。


 それから、音がした方向へ、走った。



 煙が、上がっていた。


 木々の間に、何かが、刺さっていた。金属の、かたまり。見たことのない形。見たことのない素材。


「……何、これ」


 健太が、呟いた。


 その金属の、扉が、開いた。


 中から、何かが、出てきた。


 人間に、見えた。でも、少し、違った。輪郭が、シャープすぎる。動きが、なめらかすぎる。


 それは、レオスだった。


 宇宙船から、這い出して、地面に、立った。煙を、吸い込んで、咳き込んだ。


「……最悪だ」


 レオスが、言った。


「船が、動かない。通信も、切れた。最悪だ。最悪すぎる。上層部、何が、スペースデブリに注意、だよ。注意して、どうにかなるものを、注意って言うんだよ。避けられない速度で飛んできたものを、注意しろって言う意味、わかってる? わかってて言ってる?」


 周囲を、見回した。木々。暗闇。そして。


 人間が、二人、こちらを、見ていた。


「……君たち、いたの」


「い、いました」


 健太が、震える声で、言った。


「助かった。この星の、住民だね。ちょっと、聞いてもいい。ここから、一番近い、文明圏って、どっち?」


「文明圏って……」


「町、だよ。人間の、住んでるとこ」


「あの、それより、あなた……」


「宇宙人です。詳しい話は、後で。とりあえず、町の方向だけ、教えて」


 健太が、指を、差した。山の下の方向。


「ありがとう。じゃあ」


 レオスが、歩き始めた。


 その瞬間。


 体が、止まった。


 金縛り、というものを、レオスは、知識として、知っていた。人間が、霊的な存在によって、動きを、封じられる、現象。しかし、まさか、自分が、体験するとは。


「……なん、だ、これ」


 動けない。足が、地面に、貼り付いたように、動かない。


 そして、何かが、入ってきた。


 意識の、中に。身体の、中に。温かい、何かが。


 次の瞬間、レオスの口が、開いた。


 レオスの意思では、ない。


「…………あれ」


 女の声が、出た。


「あれ、あれ、あれ。なんか、体がある。体がある! 足がある! 手がある! あ、指も、ちゃんと、動く! やばい、動く!」


「……誰ですか」


 レオスが、頭の中で、聞いた。


「玲奈。あなたは?」


「レオス。宇宙人」


「宇宙人」


「そう」


「……ふうん」


 沈黙。


「まあええか」


「よくないよ」


「腹減った」


「腹減ったって、君、死んでるんじゃないの」


「死んでるけど、この体、お腹、空いてる感じがする」


「それ、僕の感覚だよ」


「あ、そっか。でも、空いてる」


「……わかりました。とりあえず、出ていく方法を、考えながら、町へ向かいましょう」


「了解」


 レオスが、歩き出そうとした。健太と美咲が、まだ、そこに、立っていた。こちらを、見ている。


 まずい。宇宙人の外見のままでは、まずい。


「ちょっと待って。今から、擬態する」


「擬態?」


「見た目を、人間に変える。標準的な成人男性に——」


 体が、変わり始めた。


 でも、何かが、おかしかった。


 レオスの意図した方向と、違う方向に、変わっていく。輪郭が、柔らかくなる。身長が、少し、下がる。髪が、伸びる。


「ちょっと、待って。方向が、違う。男性に——」


「あ、こっちの方が、ええやん」


「君が、操作しないで。これ、僕の擬態機能だから」


「でも、なんか、こっちの方が、しっくりくる」


「しっくりくるかどうかの問題じゃないよ。男性に——」


「こっちの方が、ぜったい、ええって」


 止まった。


 視点が、下がっていた。レオスは、自分の手を、見た。細い。女性の手だった。


 健太が、口を、開けていた。美咲が、目を、細めていた。


「……あなた、さっきと、全然、違う人に、なってる」


「なってるね」


「……女性に、なってる」


 レオスは、頭の中で、声を、荒げた。


「なんで、女性になってるの! 僕が、男性の設定で、擬態しようとしてたのに、なんで!」


「だって、こっちの方が、かわいいし」


「かわいいかどうかの問題じゃないよ! これ、僕の体だよ? なんで、君の好みで、決まってるの!」


「でも、なってしまったから」


「なってしまったから、って」


「まあ、コンビニ、入れるから、いいやん」


「よくない。全然、よくない。……あと、なんか、この顔、誰」


「あ」


 玲奈の声が、少し、静かになった。


「これ、私の顔や、たぶん」


「……君の顔?」


「うん。死ぬ前の。久しぶりに、なった」


 レオスは、何も、言えなかった。


「まあ、ええわ。コンビニ、行こ。おにぎり、食べたい。久しぶりに」


「……久しぶりって、どれくらい」


「だいぶ前に、死んだから。この山で、ずっと、おってん。気付いたら、長かった」


 美咲が、静かに、言った。


「……その顔、かわいいですよ。ちゃんと、どこにでも、いそうな感じで」


「でしょ」


「でしょ、じゃないんだよ」


 レオスが、低い声で、言った。


「……まあ、いいんだけど」


 四人は、山を、下り始めた。


 しばらく、誰も、何も、言わなかった。虫の声だけが、聞こえた。


「あの」


 美咲が、歩きながら、言った。


「この山って、地元では、心霊スポットで、有名で」


「そうなんだ」


「うん。二十年くらい前に、女性が、行方不明になった、って話があって。それから、出るとか、出ないとか」


 玲奈が、静かになった。


「……あの」


「ん?」


「それ、たぶん、私や」


 美咲が、足を、止めた。


「え」


「二十年前に、ここで、死んだから。私」


「……二十年」


「うん。ずっと、山に、おってん。気付いたら、二十年、経ってた」


 健太が、声を、出せなかった。美咲も、しばらく、何も、言わなかった。


「……そっか」


 美咲が、小さく、言った。


「そっか、って」


 玲奈が、笑った。


「うん。まあ、なんか、ごめん。心霊スポット、にして」


「いや、そういう話じゃないけど」


「コンビニ、行こ。おにぎり、食べたい。二十年ぶりに、食べたい」


 健太が、おそるおそる、言った。


「……二十年、食べてないんですか」


「死んでるから。でも、食べたいとは、ずっと、思ってた。山から、コンビニの灯り、見えてたから。あそこで、何か、食べたいなあって、ずっと」


 また、沈黙した。


「……行きましょう」


 レオスが、言った。


「え、急に、優しい」


「優しくないよ。僕も、腹が、減ってるだけ」


「それが、優しいんやって」


「違うから」


 四人は、また、歩き始めた。


 コンビニに、着いた。山の麓の、古いコンビニだった。夜明け前の、空が、少しだけ、明るくなっていた。


「……で、その幽霊って、いつ、出ていくんですか」


 歩きながら、レオスが、聞いた。


「いや、私も、初めてだから、分かんない」


「分かんないで、入ってきたんですか」


「うん」


 レオスは、しばらく、黙った。


「……それ、普通、逆では? 入る前に、出られるか、確認して、入るんじゃないの?」


「いや、なんか、気付いたら、入ってた」


「気付いたら、入ってた」


「うん」


「……まあ、いいんだけど」


 よくなかった。全然、よくなかった。でも、もうどうにも、ならなかった。


 コンビニの自動ドアが、するっと、開いた。


「……あ、勝手に、開いた」


「センサーだよ」


「すごい」


「二十年前も、あったでしょ、それ」


「あったっけ」


「さすがに、あったでしょ」


 玲奈は、コンビニに、入った。レオスの足で。おにぎりの棚の前で、止まった。


「…………なんか、種類、増えてる」


「二十年、経ってるから」


「梅、ツナ、いくら、明太子、コンビーフ……なんで、こんなに」


「人間って、梅か、ツナか、五分、悩む生き物だから。そのアホのために、種類が、増え続けてるの」


「アホやん」


「アホだよ」


「……ええなあ、それ」


「どこが」


「人間って、アホやけど、面白いやん」


 後ろで、健太が、美咲に、小声で、言った。


「……この人ら、何の話してんの」


「おにぎりの話」


「宇宙人と幽霊が、おにぎりの種類の話してる」


「してる」


「……なんか、思ってたのと、ちがう」


「そうね」


 レオスは、何も、言わなかった。


 宇宙の、百三十七番目の、候補地。


 今のところ、評価は、保留だった。---



第1話を読んでいただき、ありがとうございます。


この話は、宇宙人と幽霊という非日常的な存在を主人公にしながら、描きたいのは案外「普通の日常」だったりします。


レオスは合理的で、人間をデータとして見る存在です。


玲奈は二十年間を失った幽霊ですが、人間らしい感情や温かさを持っています。


そんな正反対の二人が出会ったらどうなるのか。


その最初の衝突が、この「墜落」です。


宇宙人が地球に墜落する話でもあり、合理性だけで生きてきたレオスが、人間というよく分からない存在に墜落していく物語の始まりでもあります。


次回からは、玲奈が二十年ぶりの人間生活を満喫し始めます。


お付き合いいただければ幸いです。

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