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プロローグ「二十年前の夜」

二十年前、一人の女性が消えました。


深夜のコンビニで働いていた、ごく普通の女性です。


事件にもなりました。

捜索もされました。


それでも、見つかりませんでした。


そして二十年後。


その山に、宇宙船が落ちてきます。


これは、

死んだはずの女性と、

滅びかけた星から来た宇宙人の物語です。


少し不思議で、

少し笑えて、

少しだけ優しい話になればと思います。


『宇宙人、乗っ取られました。』


どうぞ、お楽しみください。


 深夜の、コンビニは、静かだった。


 外は、暗い。車の音も、途切れた。冷蔵庫の、低い音と、有線放送の、くぐもった音楽だけが、店の中に、流れていた。


 玲奈は、レジの前に、立っていた。


 三十二歳。背は、低い方だった。髪は、短く、エプロンは、コンビニの、緑色の。少しだけ、よれていた。


 何年も、着てきた、エプロンだった。


「いらっしゃいませ」


 自動ドアが、開いた。


 入ってきたのは、スーツの、男だった。四十代くらい。疲れた顔をしていた。目の下に、くまが、あった。


「あ、田中さん。今日も、遅かったですね」


「うん。もう、嫌んなるわ」


「何があったんですか」


「部長が、また、無茶言うてね。資料、全部、作り直し、やって」


「え、全部」


「全部」


「それは、きついですね」


「きついよ。もう、帰りたくて、帰りたくて」


「でも、帰れたじゃないですか。ここまで、来れたんやから」


「まあ、そうやな」


「何、食べますか。温かいもの、食べてください。夜中は、冷えるから」


「肉まん、あるか」


「あります。今日、さっき、補充したやつやから、熱々ですよ」


「それ、くれ」


 玲奈が、肉まんを、取った。袋に、入れて、渡した。


「熱いんで、気をつけてください」


「ありがとな。玲奈ちゃん、元気ええなあ、いつも」


「元気が、取り柄やから」


「羨ましいわ。俺も、そんくらい、元気やったら」


「田中さん、十分、元気ですよ。こんな夜中に、まだ、歩けてるやないですか」


「歩いてるだけやて」


「歩けるうちは、大丈夫ですよ」


 田中が、少し、笑った。


「なんで、そんな、元気なんや。こんな、深夜に」


「楽しいから」


「仕事が?」


「うん。こんな時間に、来てくれる人と、話せるから」


「変わった子やなあ」


「そうかな」


「そうやって」


 田中が、肉まんを、持って、出ていった。出る時、少しだけ、振り返った。


「また、来るわ」


「待ってます」


 ドアが、閉まった。


 玲奈は、また、レジの前に、戻った。


 少し、経った。


 また、ドアが、開いた。


 今度は、女の子だった。高校生くらい。制服ではなかった。私服。目が、少し、赤かった。


「いらっしゃいませ」


 女の子は、何も、言わなかった。棚を、ふらふらと、見ていた。特に、何も、取らなかった。


 玲奈は、見ていた。


 しばらくして、女の子が、レジに、来た。チョコレートを、一つ、持って。


「百二十八円です」


 女の子が、財布を、出した。手が、少し、震えていた。


「大丈夫ですか」


 玲奈が、言った。


「……別に」


「夜中に、一人で、来てくれたから。なんか、あったかな、って、思って」


「べつに、何も、ないです」


「そっか。ならよかった」


 玲奈が、チョコレートを、袋に、入れた。


「これ、どうぞ」


「……ありがとうございます」


「気をつけて、帰ってね」


 女の子が、出ていった。


 玲奈は、その背中を、見ていた。


 絶対、何か、あったんやろな、と思った。でも、聞かなかった。聞くより、渡した方が、いいこともある。チョコレートと、「気をつけて」の言葉の方が、何かを、届けられる気がした。


 そういうことが、この仕事では、わかるようになっていた。


 何年も、やってきたから。


 窓の外に、山が、見えた。


 この辺では、有名な、山だった。心霊スポット、なんて、噂も、あった。玲奈は、気にしなかった。ただの、山だと思っていた。コンビニから、毎晩、見える、山だった。夜は、黒く、シルエットだけが、見えた。


 玲奈は、少しの間、それを、見ていた。


「玲奈さん」


 同僚の、声が、した。バックヤードから、出てきた。


「上がりの、時間ですよ」


「あ、ほんまや。もうそんな時間か」


「お疲れ様でした」


「お疲れさま。あとは、よろしくな」


 玲奈は、エプロンを、脱いだ。ロッカーに、しまった。鏡を、見た。自分の顔が、映っていた。


 疲れてなかった。


 不思議と、疲れなかった。どんな夜でも、この仕事が、好きだった。


 なんで、好きなのか、うまく、説明できなかった。でも、好きだった。深夜に、来る人と、話せるから。みんな、素直だったから。夜中は、人間が、素直になる、と玲奈は、思っていた。余計なものを、全部、脱いだ後の、顔をしていた。


 田中さんみたいに、疲れた顔で、来る人。さっきの、女の子みたいに、泣きそうな顔で、来る人。眠れなくて、来る人。何もないけど、なんとなく、来る人。


 みんな、何かを、持って、来ていた。


 それを、玲奈が、全部、受け取れるわけじゃなかった。肉まんを渡して、「気をつけて」と言うだけだった。それだけだった。


 でも、それだけで、よかったんだと思っていた。


 誰かが、夜中に、一人で歩いて、ここまで、来てくれた。それだけで、十分だった。


 玲奈は、鏡を、見た。自分の顔が、映っていた。


 笑っていた。


 疲れているはずなのに、笑っていた。


 こういう顔が、できるのは、この仕事のおかげだと、思っていた。


 コートを、着た。店を、出た。


「お疲れ様でしたー」


「おつかれ。また、明日ね」


 外は、冷たかった。秋の、夜だった。


 玲奈は、歩いた。帰り道は、山の、麓を、通った。暗い、道だった。でも、慣れていた。何年も、通ってきた道だったから。


 街灯が、ぽつぽつと、ある。光と光の間は、暗かった。でも、怖いとは、思わなかった。


 この道を、何百回も、歩いてきた。


 鼻歌を、歌いながら、歩いた。テレビで、よく、流れていた、曲だった。のだめカンタービレの、主題歌。のどかで、少し、切ない、曲。玲奈は、クラシックが、そんなに、好きではなかったけれど、あのドラマの、曲は、好きだった。


 山の、空気がする、道だった。木の、においがした。


 秋だな、と思った。


 もう少ししたら、寒くなる。冬は、コンビニが、忙しくなる。肉まんと、おでんと、ホットコーヒー。あたたかいものを、求めて、来る人が、増える。それも、好きだった。


 玲奈は、空を、見上げた。星が、出ていた。


 きれいだな、と、思った。


 明日も、仕事だな、と、思った。


 明日も、田中さんが、来るかな、と、思った。


 その時。


 足が、止まった。


 道の、先に、人が、いた。


「……あれ」


 暗くて、顔は、見えなかった。


「こんな時間に、こんなとこで、どうしたんですか」


 玲奈は、声を、かけた。


 いつも通りに。


 誰にでも、声を、かける、玲奈だった。


 相手が、振り向いた。


 玲奈は、もう、一歩、近づいた。


──


 その夜、玲奈は、帰らなかった。


 翌日、コンビニの、同僚が、気づいた。翌々日、警察が、動いた。山を、捜索した。


 でも、玲奈は、見つからなかった。


 ただ、消えた。


 まるで、最初から、いなかったみたいに。


──


 でも、いた。


 玲奈は、確かに、いた。


 田中さんに、肉まんを、渡した夜。星を、見上げた夜。鼻歌を、歌いながら、歩いた夜。


 その全部が、確かに、あった。


 そして、二十年後。


 山から、宇宙船が、落ちてきた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


プロローグでは玲奈という女性の日常を書きました。


正直に言うと、この作品で一番大事なのは宇宙人ではありません。


玲奈です。


誰かに肉まんを渡して、

誰かに「気をつけて帰ってね」と言える人。


たぶん世界中どこにでもいる、

特別ではない人です。


でも、その「特別ではない人」が突然いなくなったら。


残された人はどう思うのか。


そして、いなくなった本人は何を思うのか。


この物語はそこから始まります。


次回からはいよいよ二十年後。


山に落ちた宇宙船と、

滅びかけた星から来た宇宙人が登場します。


……ただし、たぶん皆さんが想像している宇宙人ではありません。


引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。

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