第30話「冬」
第30話「冬」です。
玲奈にとって、冬は少し特別な季節です。
もしかすると、自分が死んだ季節。
それでも今は、こたつがあって、みかんがあって、みんながいる。
二十年前にはなかった「冬の過ごし方」を、玲奈は少しずつ取り戻していきます。
そしてレオスも、少しずつ変わっていく。
「好きかもしれない」だった言葉が、
少しずつ「好き」に近づいていく。
今回は、そんな二人の冬のお話です。
「なあ、レオス」
「ん?」
「冬やな」
「そうだね」
「あたし、冬に、死んだと思う」
玲奈が、言った。
こたつの中で、みかんを、食べながら。
「……秋か、冬か、どっちかだと思うけど。記憶が、あいまいやから」
「そっか」
「なんか、冷たかった、記憶があって。でも、怖くはなかった。なんか、眠くなってきた感じがして」
「眠くなってきた、感じ」
「うん。不思議やんな。怖くなかったんやな、死ぬの」
「……そうなんだ」
「まあ、あいまいな記憶やから、ほんとは、怖かったかも。でも、覚えてないということは、そんなに、しんどくなかったんかな、と思って」
「……玲奈らしい、解釈だね」
「でしょ。悪い方には、考えんようにしてる」
「それは、強さだよ」
「強さ?」
「うん。悪い方に考えないようにする、って、誰でもできることじゃない」
「そうかな」
「そうだよ。データで見ても、ネガティブな思考に、引っ張られる人の方が、多いから」
「データで見んでええって」
「……まあ、でも、強いよ」
「ありがとな」
「どういたしまして」
「また、どういたしまして、って言えた」
「……うん。最近、言えるようになった」
みかんを、一房、食べた。
「冬って、嫌いじゃないけど、なんか、複雑やな」
「複雑?」
「死んだ季節かもしれんから。でも、こたつとか、みかんとか、ええやんな。おでんもあるし」
「ええものも、あるね」
「そう。嫌いになれへんな、冬」
「嫌いにならなくていいよ」
「でも、なんか、冬が来るたびに、思い出すかもしれん。死んだこと」
「それは、仕方ないんじゃないか」
「そうやな。でも、それでええかな、と思って。思い出しても、こたつで、みかん食べてたら、それで、バランスとれてる気がするから」
「……みかんで、バランスとるの?」
「みかんでも、なんでも、ええねん。温かいもんがあったら、ええねん」
「温かいもの、か」
「うん。あんたも、温かいよ」
「体温は、正確には——」
「そういう意味やなくて」
「……わかってる」
「わかってたんや」
「……うん。わかってた」
「言わんかったやん」
「照れくさかった」
「照れるんや、あんた」
「……最近、少し、そういうことが、わかってきた」
「成長やで」
「成長じゃないよ」
「成長やって」
「……まあ、いいんだけど」
健太が、帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり。どこ行ってたの」
「図書館。採用試験の、勉強」
「ええな。はかどった?」
「まあまあです。でも、集中できました」
「図書館、集中できるよな」
「できますね。あと、途中で、スラムダンク、読んでたら、時間が——」
「読んでたんかい」
「ちょっとだけです。でも、やっぱ、面白くて」
「あかんやん、それ」
「すみません。でも、花道が、おやじに言う台詞のとこ、読んでしまって」
「あー、あの台詞。泣けるよな」
「泣けますね。あの一言で」
「あんた、勉強しに行って、漫画で泣いてきたんか」
「泣いてないです。感動しただけです」
「一緒やろ」
「……まあ」
レオスが、言った。
「その台詞、何?」
「え、レオスさん、知らないんですか」
「まだ、読んでないから」
「早く、読んでください。図書館で、借りれますよ」
「……明日、行ってみる」
「行くんですか」
「スラムダンクの続き、気になってたから」
「好きなんやな、スラムダンク」
「……好きかもしれない」
「読んだら、泣きますよ。絶対」
「泣かないよ」
「泣くって」
「泣かないよ、僕は」
「……泣いたら、教えてください」
「泣かないから、教えるものが、ない」
「まあ、楽しみにしてます」
「楽しみにしてるの、こっちだよ」
美咲が、帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり。冷えたやろ」
「冷えた」
「こたつ、入り」
「入る」
美咲が、こたつに、入った。みかんを、取った。
「今日、寒いな」
「寒いな」
「冬やから」
「冬やな」
「……みかん、うまい」
「でしょ」
「こたつで、みかんは、最強やな」
「最強やで」
「反論できない」
「反論できんやろ」
「レオスは、反論する?」
「……しない。最強、かもしれない」
「かも、じゃなくて」
「……最強だよ」
「言い切った」
「言い切った」
「成長やな」
「成長じゃないよ」
「成長やって」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、また、みかんを、食べた。
「なあ、みんな」
「ん?」
「来年の冬も、一緒に、みかん食べよな」
「食べよう」
「来年も、こたつ、出よな」
「出す」
「来年も、みんなで、ここにいような」
「いる」
「……即答やな、みんな」
「即答でいいでしょ」
「ええよ。嬉しいから」
窓の外、冷たい、冬の夜だった。
でも、こたつの中は、温かかった。
玲奈が、死んだかもしれない、季節。
でも、今は、みかんがある。こたつがある。みんながいる。
それで、十分だった。
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(第31話へ続く)
翌日、よろずやで。
松本が、帳簿を、更新していた。
「玲奈さん、今月の、収支、見てもらえますか」
「はい」
画面を、見た。
「なんか、先月より、増えてますね」
「そうなんですよ。田村くんが入ってから、若い客が、少し増えて。あと、おでん、始めてから、リピーターが増えた気がして」
「おでん、効果あったんや」
「あったと思います。あと、正直に言うと、玲奈さんが、接客してるから、というのが、一番大きい気がします」
「あたしが?」
「うん。お客さん、玲奈さんと、話したくて、来てる人、多いと思いますよ」
「そんなに?」
「そんなに。富田さんも、そうやし。他の、常連さんも、玲奈さんいる?って、聞いてくる人、います」
「……知らんかった」
「知らないままで、いいと思いますけどね。意識すると、変わることもあるから」
「そっか。ありがとな、松本さん」
「いえ。あと、俺も、ここに来て、よかったです」
「クレームつけに来たのに?」
「クレームつけに来たから。あの時、玲奈さんに、声かけてもらわんかったら、どこに行ったかわからんので」
「あたしは、普通に話しかけただけやのに」
「その普通が、あたしには、嬉しかったです」
「……そっか」
「はい。こういう人と、一緒に働けて、よかったです」
玲奈は、少し、黙った。
「あたしも、松本さんに来てもらって、よかったわ」
「ありがとうございます」
「お礼はいいって。一緒に、働こな、これからも」
「はい」
レオスが、頭の中で、言った。
「玲奈」
「ん?」
「今の会話、見てた」
「見てたんや」
「うん。また、人が、影響を受けてる」
「影響ってほど、ちゃうけど」
「松本の顔が、変わったよ。話す前と後で」
「そんなに?」
「そんなに。僕には、わかる」
「……あんた、最近、人の顔見るようになったな」
「見るようになってきた」
「最初は、データばかりやったのに」
「データより、顔の方が、情報が多いと、わかってきた」
「それが、人間みたいになってきてる証拠やで」
「人間みたい、か」
「ええことやで」
「……そっか。ええことかもしれない」
「ええことやって。素直に、ええことって、言い」
「……ええことだよ」
「そっちやな」
「そっちだよ」
「成長したな」
「……まあ、いいんだけど」
「それは戻った」
「……それは、戻ってくる」
「なんで」
「……落ち着くから」
「口癖が落ち着くんや」
「……うん」
「ふふ。ええやん、それ」
その夜、こたつで。
「なあ」
玲奈が、言った。
「ん?」
「最近、毎日、ええな、って思いながら、寝てる」
「ええな、って?」
「今日も、ええ一日やった、って。そう思いながら、眠れるのが、ええなって」
「そっか」
「あんたは、そういうこと、思う?」
「……最近、少し、思う」
「何が、ええの?」
「……わからないけど。なんか、ある。ええな、っていう感覚が」
「それでええ。わからんでも、感じてたら、ええから」
「……うん」
「おやすみ、レオス」
「おやすみ」
第30話「冬」を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、かなり日常寄りのお話でした。
こたつでみかんを食べて、
漫画を読んで、
勉強をして、
みんなで来年の話をする。
特別なことは何も起きていません。
でも、玲奈にとっては、
この「何もない時間」こそが特別なのかもしれません。
二十年前。
玲奈は山で冬を迎えていました。
そして今。
同じ冬を、こたつの中で、
みんなと一緒に迎えています。
「来年の冬も、一緒にみかん食べよな」
玲奈がそう言えるようになったこと。
それだけでも、
二十年前とは大きく違います。
そしてレオスも、
最初の頃とは別人のようになってきました。
データでは説明できないものを覚え、
「嬉しい」を知り、
「好き」を知り、
誰かと来年の約束までしています。
宇宙人だったレオスが、
少しずつ「人」として生き始めている。
そんな変化を、
これからもゆっくり描いていきたいと思います。
ただ――
玲奈が死んだ季節。
その事実だけは、
まだ消えていません。
冬が深くなるにつれて、
玲奈の記憶もまた、
少しずつ戻ってくるのかもしれません。




