第29話「初雪」
初雪が降りました。
二十年ぶりに見る雪。
同じ雪でも、山で見るのと、誰かと一緒に見るのとでは、少し違う。
そんな小さな違いを、玲奈は楽しめるようになりました。
そしてレオスも、少しずつ「好き」という感情を覚え始めています。
宇宙人だった彼が、
「好きかも」と言えるようになった。
それは小さな変化ですが、
この物語にとっては、大きな一歩です。
今回は、そんな二人の冬の始まりのお話です。
朝、起きたら、白かった。
「雪や」
玲奈が、言った。
窓の外。うっすらと、白くなっていた。本格的な雪ではなかった。でも、確かに、雪だった。
「そうだね」
「二十年ぶりやな」
「山にも、雪、降ってたんじゃないの」
「降ってたけど、山の雪と、こうやって、窓から見る雪と、違う気がして」
「どう違うの」
「見る場所が、違う。山の中で見る雪は、自分も、その中やったから。今は、温かい部屋の中から、見てる」
「中から、見てるから、違う」
「そう。これが、人間の、雪の見方やな、って思って」
「山にいた時も、人間だったけど」
「幽霊やったから、少し、違った。今は、ちゃんと、中から、見てる感じがする」
「……そっか」
「外、出てみたい」
「まだ、時間あるよ。行こう」
外に、出た。
冷たかった。
「つめた」
「当然だよ。雪だから」
「でも、なんか、気持ちええな」
「気持ちいいの?」
「うん。空気が、きれいな感じがして」
「雪が、大気中の、汚染物質を——」
「データは、いいから」
「……まあ」
「手に、乗せていい?」
「乗せれば」
玲奈が、手を、広げた。雪が、舞ってきた。一粒、二粒、手のひらに、落ちた。
「あ。すぐ、溶けた」
「体温で、溶けるから」
「はかない」
「雪は、そういうものだよ」
「でも、きれいやったな。落ちてくる、一瞬が」
「……一瞬のために、落ちてくる、か」
「そうやな。でも、その一瞬が、ええねん」
「……データには、ない、美しさだな」
「データにない、ものが、一番、ええねんで」
「そうかもね」
「そうやで」
よろずやに、着いた。
店長が、ストーブを、出していた。
「今日、寒いな」
「初雪でしたね」
「そうやな。今年は、早いな」
「早いですか」
「例年より、少し。まあ、来たら来たで、ええけど」
「店長、雪、好きですか」
「まあ、好きやで。なんか、街が、静かになるから」
「静かになりますね、雪の日」
「音が、吸収されるんやな。雪が」
「そうですね」
「なんか、世界が、やさしくなる気がして、好きやわ」
玲奈が、笑った。
「店長、詩人やな」
「詩人ちゃうで。ただ、思ったことを、言ってるだけや」
「それが、詩人やって」
「そうかな」
「そうやで」
昼。
健太が、テキストを、広げていた。
玲奈が、覗いた。
「何、読んでるの」
「警察官の、採用試験のテキストです」
「もう、勉強、始めてるんや」
「はい。美咲に、早く始めろって、言われたので」
「美咲に、言われたんや」
「言われました。計画立てて動け、って」
「美咲、ええこと言うな」
「そうですね。なんか、美咲に言われると、やらなきゃ、って気になるんですよ」
「それが、美咲の、すごいとこやな」
「そうですね。あ、でも、一個、問題があって」
「何?」
「数学が、苦手で」
「あたしも、苦手やったわ」
「そっすか」
「レオスは、得意やろ。教えてもらえば」
「え、レオスさんが?」
「数値処理は、得意だよ」
レオスが、言った。
「でも、あんた、教え方、知ってる?」
「教え方、か。データとして、知ってるけど、実践したことは、ない」
「試してみたら、いいやん」
「……やってみようか」
「ほんまですか」
「うん。数学の、どのあたりが、苦手なの」
「確率と、場合の数、ですね」
「それなら、説明できる。少し、時間を、もらえる?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「……まあ、いいんだけど」
「それ、なんで、今、言ったんですか」
「言ってしまった」
「……ありがとうございます」
玲奈が、笑った。
「レオスが、勉強、教えてる。なんか、すごいな」
「すごくないよ」
「すごいって。宇宙人が、人間に、確率、教えてる」
「データとして、持ってるだけだよ」
「でも、教えてあげようとしてるやん」
「……健太に、なってほしいから」
「警察官に?」
「そう。玲奈の言ってた通り、健太みたいな人が、そういう仕事に、向いてると思うから」
「あんた、やっぱり、ええ宇宙人やな」
「ええ宇宙人、じゃないよ」
「ええって言ったら、ええんやって」
「……まあ、いいんだけど」
夕方。
雪は、やんでいた。
「今日、雪、やんだな」
「そうだね」
「また、降るかな」
「冬だから、また、降るよ」
「また、降ったら、また、外に、出よう」
「出よう」
「手に、乗せよう」
「乗せよう」
「すぐ、溶けるけど」
「溶けるけど、きれいだから」
「そう。それでええ」
「……そうだね」
「レオス、雪、好き?」
「……好きか、どうか、わからないけど」
「でも?」
「……悪くない」
「また、悪くない」
「……好き、かも」
「それでええ。かも、でもええから」
「かも、でいいの?」
「かも、の方が、正直やから。確信がないのに、好き、って言うより、かも、の方が、ええ」
「……そっか」
「うん。あたしも、好きかも、やで、雪」
「さっき、好きって言ってたじゃないか」
「あれは、好きかも、やった」
「……言い方が、変わってる」
「変わってへん」
「変わってるよ」
「まあ、ええやん。どっちも、同じやから」
「どっちも、同じなら、なんで、言い方が——」
「まあ、いいんだけど」
「玲奈が言うの? 今日は」
「たまには」
「……たまに、か」
「たまに」
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(第30話へ続く)
夜。
健太が、レオスに、確率の問題を、解いてもらっていた。
「……この場合、起こりうる全事象は、六通りで」
「あ、そっか。そういう考え方か」
「まず、全部を、書き出す。それから、条件に合うものを、選ぶ」
「なるほど。なんか、レオスさんの説明、わかりやすいですね」
「そう? ただ、データを、整理してるだけだよ」
「でも、わかりやすい」
「……そっか」
「なんか、教えるの、向いてるんじゃないですか」
「向いてるかどうかは、わからないけど。君が、わかってくれると、何か、感じる」
「何を感じるんですか」
「……名前は、まだわからないけど。悪くない感じ」
「それ、嬉しい、ってやつじゃないですか」
「……そうかもしれない」
「玲奈さんみたいですよ、それ」
「玲奈みたい?」
「なんか、少しずつ、玲奈さんに似てきてる気がします、レオスさん」
「……それは、どういう意味?」
「なんか、人の気持ちに、気づくようになってきてる気がして。最初の頃は、もっと、データ、データ、って感じやったけど」
「……最近は、データだけじゃない、気がしてる」
「そうですよね。それが、玲奈さんっぽくて」
レオスは、黙った。
玲奈に、似てきている。それは、どういうことだろう。
「それは、悪いこと?」
「全然。めちゃくちゃ、いいことやと思います」
「……そっか」
「玲奈さんみたいになれたら、最高ですよ」
「最高、か」
「最高ですよ」
玲奈が、横から、言った。
「なんの話してんの」
「レオスさんが、玲奈さんに似てきた、って話です」
「あんたが、あたしに似てきてるの?」
「……似てきてるかどうかは、わからない」
「でも、健太がそう言うなら、そうやろ。健太、観察力、あるから」
「観察力、あるんですか、俺」
「あるよ。ちゃんと、見てるやん、みんなのことを」
「……ありがとうございます」
「で、レオス、どう思う? あたしに似てきてる、って」
「……どう思うか、わからない。でも」
「でも?」
「……悪くないと思う」
「また、悪くない」
「……好き、かも」
「あたしに似てくるのが?」
「……うん」
「何それ」
「……わからないけど、そう感じた」
玲奈が、笑った。
「ええやん、それ」
「何が」
「あんたが、あたしのことを、好きかも、って思えるのが、ええ」
「それは、どういう意味で——」
「どんな意味でも、ええねん」
「……まあ、いいんだけど」
「今日、何回目やろ、それ」
「数えてないよ」
「あたしは、数えてる」
「……何回?」
「七回目」
「……そんなに」
「そんなに。それが、あんたやから、ええねん」
「……そっか」
「うん」
窓の外、また、雪が、少し、降り始めていた。
第29話「初雪」を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「雪」と「好き」がテーマでした。
玲奈は二十年ぶりに、
雪を「温かい部屋の中から」見ました。
山にいた二十年間とは違う。
同じ雪なのに、
自分がいる場所が変わるだけで、
見え方まで変わる。
それは、玲奈自身にも同じことが言えるのかもしれません。
二十年前は、
ただ山にいるしかなかった。
今は、誰かと笑って、
仕事をして、ご飯を食べて、
明日の話ができる。
そしてレオスも変わっています。
最初は、
地球に興味すらなかった宇宙人。
今では、
「よろずやが好きかもしれない」
「雪、好きかも」
そして――
「玲奈に似てくるのが、悪くない」
とまで言うようになりました。
二人の距離は、
確実に近づいています。
ただ、この物語には一つだけ、
最初から変わらない事実があります。
玲奈は、死んでいる。
その事実が、
二人の「好き」を、
いつかどう変えるのか。
第30話からも、
少しずつ物語が動いていきます。




