第28話「おでん」
おでんの大根は、
時間をかけるほど、味が染みていく。
人も、同じだった。
一緒にいる時間が増えるほど、
玲奈の存在は、レオスたちの中に染みていった。
そしてレオスは、初めて自分から、
「好きかもしれない」と言った。
よろずやが好き。
みそ汁が好き。
漫画が好き。
地球に来たばかりの宇宙人が、
少しずつ「生きる理由」を覚え始めている。
けれど――
玲奈は、死んでいる。
どれだけ日常が続いても、
その事実だけは、変わらない。
次回、
その「日常」に、小さな異変が起こる。
第29話へ続く。
十一月になった。
よろずやに、おでんが、登場した。
店長が、朝から、鍋を、仕込んでいた。
「おでん、始めるの?」
玲奈が、聞いた。
「そうやで。毎年、この時期から、やってる」
「ええな。おでん、好きやってん」
「そっか。何が、好きやった?」
「大根かな。染みてる大根」
「ああ、わかるわ。あれが、一番、ええんよな」
「そうそう。あと、たまご」
「たまごも、ええな」
「コンビニで働いてた時、おでん、よく、食べてたわ。仕事終わりに」
「仕事終わりの、おでんか。ええな、それ」
「ええねん。深夜の、おでん、最高やってん」
レオスが、鍋を、見ていた。
「……なんで、一つの鍋に、全部、入れるの」
「おでんやから」
「でも、具材によって、煮える時間が、違うじゃないか。大根と、はんぺんと、卵を、同じ時間、煮るのは、非効率じゃないか」
「おでんは、非効率でええねん」
「でも、食感が、変わるよ。全部、一緒に煮たら」
「変わっても、ええねん。おでんは、そういうもんやから」
「そういうもの、って、何回、言うんですか」
「何回でも言う。そういうもんやから、そういうもんやって言うねん」
「……わかった、ようなわからないような」
「まあ、食べたら、わかるから」
昼になった。
お客さんが、来た。おでんを、買っていった。
「大根、ください」
「はい、お待たせします」
玲奈が、大根を、器に、入れた。
「寒くなりましたね」
「なりましたね。おでん、温まりますよ」
「そうやね。毎年、ここの、おでん、食べてるんよ」
「そうなんですか」
「うん。ここの、大根、ようしみてて、うまいから」
「それは、嬉しいです。伝えておきます」
「よろしく」
お客さんが、出ていった。
「玲奈」
レオスが、頭の中で、言った。
「ん?」
「今の人、毎年、来てるって」
「そうやな」
「よろずやが、続いてるから、毎年、来れる」
「そうやな」
「続いてる、ってことが、大事なんだね」
「大事やで。続いてることで、また来れるから。また会えるから」
「……そっか」
「レオスも、続けたい?」
「何を」
「ここにいること」
「……うん」
「ええやん」
「まあ、いいんだけど」
「今日は、まあ、じゃなくて、うん、やったやん」
「……そうだったかな」
「そうやったで。進歩やな」
「進歩じゃないよ」
「進歩やって」
夕方。
草野と、田村が、おでんを、食べていた。休憩中。
「おでん、うまいっすね」
田村が、言った。
「うまいですよ」
「草野くん、何が好き?」
「俺、ちくわぶ、好きですね」
「ちくわぶか。渋いな」
「渋いですかね」
「あたし、大根かな」
玲奈が、横から、言った。
「玲奈さんは、大根」
「染みてる大根が、最高やねん」
「わかります。あの、出汁が染みてる感じ」
「そうそう。どうやって染みるんやろ、あれ」
「時間やと思いますよ。長く煮てたら、染みてくるから」
「時間か。じゃあ、長く煮れば、染みるんやな」
「そうですね」
「人間も、そうかもな」
「どういう意味ですか」
「長く一緒にいたら、染みてくる。その人の、良さが」
「……玲奈さん、なんか、いいこと言いますね」
「そう?」
「そう思います。俺、玲奈さんと、まだ、一か月くらいしか、一緒にいてないけど、もう、染みてますよ」
「染みてる?」
「なんか、玲奈さんの、仕事の仕方とか、考え方とか。気づいたら、真似してて」
「それは、嬉しいな」
「玲奈さんみたいに、なりたいな、と思って」
「あたしみたいに、なったら、幽霊やで」
「そうじゃなくて、玲奈さんの、人との関わり方が、好きやから」
「……ありがとな、田村くん」
「いえ。本当のことやから」
草野が、ちくわぶを、食べながら、言った。
「俺も、染みてますよ。玲奈さんに」
「草野くんも?」
「うん。最初、俺、玲奈さんのこと、古い人やな、って思ってたんですけど。今は、なんか、こういう人が、一番、すごいな、と思って」
「こういう人って、どういう人?」
「なんか、自分の感覚で、動ける人。効率とか、トレンドとか、関係なく、好きなものが、はっきりしてる人」
「あたし、そんなに、はっきりしてるかな」
「してますよ。おでんの大根が好き、って、迷いなく言えるじゃないですか」
「それは、おでんの話やで」
「でも、人生の話でも、そうやと思う」
玲奈が、少し、笑った。
「草野くん、ええこと言うやん」
「たまに言います」
「たまに、か」
「たまにです」
「ふふ。ええな、それ」
「なんで、ええんですか」
「あんたたちみたいな子が、よろずやに来てくれて、こうやって、おでん食べてるのが、ええねん」
「それが、ええんですか」
「それが、最高やで」
夜。
閉店後、玲奈が、鍋の片付けを、していた。
「今日の、おでん、うまかったな」
「大根、食べれたし?」
「食べれたし。なんか、懐かしかった。仕事帰りに、食べてたやつと、同じ感じがして」
「同じ味なの?」
「同じかどうか、わからん。でも、同じ感じがする。温かい感じが、同じ」
「それが、食べ物の、力だよ」
「食べ物の、力?」
「食べ物は、記憶と、繋がってる。同じ温かさが、同じ記憶を、呼ぶ」
「……データで、言うてる?」
「データと、感覚、両方で、言ってる」
「両方で、言えるようになったんやな」
「……少しだけ」
「十分やで」
おでんの、鍋が、冷めていった。
でも、その温かさは、しばらく、残っていた。
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(第29話へ続く)
翌朝。
「なあ、レオス」
「ん?」
「昨日の、おでん、うまかったな」
「うまかったね」
「また、食べたいな」
「今日も、やってるよ」
「今日も、大根、食べよ」
「毎日、大根なの?」
「毎日でも、ええねん。好きやから」
「好き、って、強いな」
「好きは、強いよ。好きなものが、あるだけで、毎日、楽しくなるから」
「好きなものを、持つことで、毎日が、変わるの?」
「変わるで。朝起きた時に、今日も、大根食べれる、って思えたら、それだけで、行く気持ちが、出るやん」
「大根が、モチベーションなの?」
「大根でも、なんでも、ええねん。何でもいいから、好きなもんが、あったら、それが、動く理由になるから」
「……なるほど」
「あんたは、好きなもん、ある?」
「最近、少しずつ、わかってきた、気がする」
「何が」
「……スラムダンク」
「漫画やん」
「あと、みそ汁」
「食べ物やん」
「あと」
「あと?」
レオスが、少し、黙った。
「……よろずやが、好きかもしれない」
「よろずやが」
「うん。なんか、あそこに、行くのが、楽しみになってきた」
「それ、すごい成長やで」
「成長じゃないよ」
「成長やって。最初、あんた、地球、好きかどうかも、わからんって言ってたやろ。それが、今は、よろずやが好き、って言えてる」
「……そうかもしれないね」
「そうやで。あんたも、好きなもん、増えてきたんや」
「増えてきたのかも」
「ええことやで、それ」
「……うん」
「また、まあ、じゃなくて、うん、や」
「……うん、の方が、正確だから」
「成長やって」
「……まあ、いいんだけど」
「それは、戻ってきた」
「……戻ってきた」
「ふふ。ええやん、それで。あんたは、あんたやから」
「……あんたは、あんただから、か」
「そう。あんたが、そのままで、ええねん」
「……そっか」
「うん。じゃあ、今日も、よろずや、行こ」
「行こう」
その夜、こたつで。
「なあ」
玲奈が、言った。
「ん?」
「最近、毎日、ええな、って思いながら、寝てる」
「ええな、って?」
「今日も、ええ一日やった、って。そう思いながら、眠れるのが、ええなって」
「そっか」
「あんたは、そういうこと、思う?」
「……最近、少し、思う」
「何が、ええの?」
「……わからないけど。なんか、ある。ええな、っていう感覚が」
「それでええ。わからんでも、感じてたら、ええから」
「……うん」
「おやすみ、レオス」
「おやすみ」
第28話「おでん」を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、おでんの話です。
……と言いながら、
実はかなり重要な回になっています。
大根が好き。
みそ汁が好き。
スラムダンクが好き。
よろずやが好き。
最初は「地球に興味がない」と言っていたレオスが、
少しずつ、この場所に「好き」を増やしています。
それはつまり、
地球で生きる理由が増えているということ。
そして玲奈も、
「今日もええ一日やった」と思って眠れるようになりました。
二十年間、何もなかった玲奈に、
普通の毎日が戻ってきた。
でも――
この物語で一番怖いのは、
「幸せになった瞬間」です。
幸せな時間ほど、
失いたくなくなるから。
次回から、
この穏やかな日常に少しずつ変化が入っていきます。
玲奈とレオス。
二人が「ずっと一緒にいる」と思える時間は、
本当に、ずっと続くのか。
ぜひ、第29話へ。




