第27話「秋の夜長」
秋は、夜が長い。
静かな夜ほど、人は余計なことを考える。
玲奈は、死んでいる。
レオスは、少しずつ人間になっている。
そして四人は、何でもない毎日を「大事な時間」だと思い始めていた。
けれど――
「ずっと、一緒にいる」
その約束は、誰にも分からない未来に向けたものだった。
第27話「秋の夜長」
何も起きない夜ほど、
大切な何かが、静かに動き始める。
秋が、深まった。
夜が、長くなった。バイトの帰り道、もう暗かった。
「なあ、レオス」
「ん?」
「最近、夜、長くなってきたな」
「秋分を過ぎたから。日が、短くなってる」
「そっか。あたし、これ、毎年、感じてた気がするわ。生きてた時」
「感じてたんだ」
「うん。秋になると、なんか、気持ちが、落ち着く感じがして。夏の、騒がしさが、落ち着いて。なんか、一人になる感じが、した」
「今は?」
「今も、少し、そういう気持ちがする。でも、一人じゃないから、違うな」
「違うか」
「うん。去年、この時期、どこにいたか、覚えてる?」
「去年、この時期、君に、会う前だよ。宇宙に、いた」
「そっか。去年のこの時期、あたしは、山にいた」
「一年、経ったね」
「経ったな。早いな」
「早い?」
「早い。充実してると、早い。山にいた時、時間が、遅かった。何もないから」
「充実の逆は、時間が遅い」
「そうやな。あんた、今、時間、どう感じる?」
「……早い、気がする」
「珍しいな」
「うん。最近、早いと思う」
「それが、充実してる証拠やで」
「そうか」
「そうやで」
よろずやの、帰り道。
田村が、一緒に、歩いていた。
「あの、玲奈さん」
「ん?」
「この辺、心霊スポット、あるって、聞いたんですけど」
「ああ。あの山」
「怖くないですか」
「怖くないよ」
「なんで」
「そこに、いたから」
「え?」
「二十年、あの山に、いたから」
「……玲奈さんが?」
「うん。あたし、あそこの幽霊やったから」
「……そっすか」
「そっすか、って、驚かないの?」
「まあ、玲奈さん、宇宙人の体を借りてる幽霊やって、最初から、聞いてたから」
「そっか。慣れたんやな」
「慣れましたね。なんか、普通に、なってきました」
「普通、か。嬉しいな、そういうの」
「嬉しいですか」
「うん。普通、って、一番、ええことやと思うから」
「普通が、ええんですか」
「そう。特別なものより、普通のものの方が、続くから。普通の毎日が、続くのが、一番、ええねん」
「……なるほど」
「田村くん、バイト、続けてくれてるよね」
「はい。案外、楽しくて」
「よかった」
「最初、クレームつけに来た時、まさか、ここで、働くとは思わなかったですけど」
「縁やな」
「縁ですね」
「縁って、不思議やろ。怒って来たのに、今は、一緒に、歩いてるんやから」
「不思議ですよね」
「でも、そういうこと、あるよ。人生って」
「……玲奈さん、もう一回、人生、やってるんですよね」
「まあ、そうやな。変な感じやけど」
「変じゃないですよ。なんか、ええと思います」
「ありがとな」
田村が、先に、曲がり角を、曲がって、行った。
「ええ子やな、田村くん」
「最初と、全然、違うね」
「玲奈の、おかげでしょ」
「あたしは、何も、してへんで」
「してるよ。君が、いることで、変わってる」
「……そうかな」
「そうだよ。データで見ても、君に、関わった人は、状態が、良くなってる」
「データで、見んでええって」
「でも、事実だよ」
「……ありがとな」
家に、着いた。
玲奈が、空を、見た。
星が、出ていた。秋の、星。
「なあ、レオス」
「ん?」
「あたし、死んでるんやな」
「……うん」
「こうやって、歩いて、話して、ご飯食べて、仕事して。でも、死んでる」
「そうだね」
「変やな」
「変だね」
「でも、まあ、ええか」
「ええの?」
「うん。死んでても、今は、ここにいるから。それで、ええかな、って」
「……そっか」
「あんたと、一緒に、いられるから」
「……うん」
「あんたと、一緒に、いられる間は、ええわ」
レオスは、何も、言えなかった。
「あんたと、一緒に、いられる間は」。
その言葉の、意味を、考えた。
いられる間、は、有限だ。
いつか、終わる。
それが、怖かった。
「なあ、レオス」
「ん?」
「こういうこと、健太たちには、言えへんな。なんか、重くなるから」
「僕には、言えるの?」
「同じ体やから。重くならない」
「そうか」
「あんただから、言える」
レオスは、その言葉を、記録した。
あんただから、言える。
その意味を、理解するのに、少し、時間がかかった。
でも、理解した時、何かが、胸の中で、動いた気がした。
名前のない、何かが。
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(第28話へ続く)
翌日。よろずやで。
松本が、帳簿を、持ってきた。
「玲奈さん、見てもらえますか。先月の、収支」
「あたし、数字、あんまりわからんけど」
「大丈夫です。確認するのは、これが合ってるかどうか、だけなので」
「どういうこと」
「この数字を、店長に、渡す前に、玲奈さんに、一回、見てほしくて。店長、数字、わからないから。玲奈さんが、わかってたら、間違ってた時に、気づけると思って」
「あたし、店員やけどな」
「でも、責任感が、ありそうやから」
「……ありがとな」
「いえ」
「じゃあ、見方、教えて」
「はい。まず、ここが——」
松本が、丁寧に、説明した。
玲奈が、聞いた。
レオスが、頭の中で、見ていた。
「……玲奈」
「ん?」
「松本、君を、信頼してるね」
「そうかな」
「そうだよ。責任のある仕事を、頼んでいる。それは、信頼の証拠だよ」
「でも、あたし、数字、わからんのに」
「数字じゃなくて、君を、信頼してる。そういうことだよ」
「……そっか」
「また、人が、君に、引き寄せられてる」
「引き寄せてへんよ」
「引き寄せてるよ。データで見ても」
「データで見んでええって」
「……でも、事実だよ」
玲奈は、少し、黙った。
「なあ、レオス。あたし、ここに、いていいと思う?」
「どういう意味?」
「死んでるのに、バイトして、みんなと仲良くなって。それって、ええのかな、って、たまに思う」
「いいと思うよ」
「根拠は?」
「みんなが、喜んでるから。松本も、田村も、草野も、富田さんも、健太も、美咲も。君がいることで、状態が良くなってる。それが、根拠だよ」
「……データで見ると、ええんか」
「データで見ても、感情で見ても、ええと思う」
「感情でも、見れるようになったんやな」
「少しだけ」
「十分やで」
「……そっか」
「うん。そっか、やで」
「……まあ、いいんだけど」
「秋やな、今日も」
「そうだね」
「秋が終わったら、冬か」
「そうなるね」
「冬も、一緒にいような」
「……一緒にいる」
「来年の春も、一緒にいような」
「……いる」
「あんた、今日、即答やな」
「即答で、いいでしょ」
「ええよ。嬉しい」
「……嬉しいと思ってもらえると、僕も、何か、感じる」
「何を感じる?」
「……名前が、まだわからない。でも、悪くない感じ」
「それが、嬉しいってことやで、たぶん」
「……そうかもしれない」
夜。こたつで。
「なあ、みんな」
玲奈が、言った。
「ん?」
「最近、思うねんけど。こういう時間が、一番、ええな」
「こういう時間って?」
「こうやって、みんなで、こたつで、ご飯食べて、くだらない話して。何でもない時間」
「くだらない、か」
「くだらないけど、大事な時間。二十年、こういうのが、なかったから」
「今は、あるね」
「あるな。ありがたいわ」
「ありがたい、って、珍しいな、その言葉」
「珍しい?」
「なんか、玲奈さんらしくない、というか」
「そうかな。でも、ほんまに、そう思うから」
「……そっか」
美咲が、言った。
「玲奈、一個、聞いていい?」
「なんでも」
「ここに、ずっと、いたい?」
「……いたい」
「いつまで、いられるかは、わからんけど」
「わからんけど、いたい」
「……そっか」
「美咲は?」
「あたしは?」
「うん。玲奈が、ここに、ずっといることを、どう思う?」
「……そうなってほしい、と思う」
「ほんまに?」
「ほんまに。あんたがいる方が、面白いから」
「面白い、か」
「面白いっていうか。まあ、そういうこと」
「美咲、素直やな」
「素直じゃない」
「素直やって」
「……まあ、ええわ」
健太が、言った。
「俺も、ずっとここに、いてほしいです」
「健太、ありがとな」
「いえ。レオスさんは?」
「……ずっと、一緒にいる」
「そっか」
「即答やん」
「即答でいいでしょ」
「ええよ。嬉しいわ」
「嬉しいなら、よかった」
「あんた、本当に、変わったな」
「変わってない」
「変わってるって」
「……まあ、いいんだけど」
四人が、笑った。
秋の夜。こたつの温かさ。
こういう夜が、ずっと続けばいい、とみんなが思った。
声には出さなかったけど、全員が、思っていた。
第27話「秋の夜長」を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、物語の中でも少し珍しい「何も起きない回」でした。
玲奈が笑って、レオスが少し素直になって、健太や美咲、田村や松本とも自然に繋がっていく。
事件が起きなくても、物語はちゃんと進んでいます。
むしろ、こういう何気ない時間があるからこそ、この先に起こる出来事が意味を持つのだと思います。
「ずっと一緒にいよう」
この言葉を、四人は口にしました。
でも、この物語では――
「ずっと」が本当にずっとなのか。
そこだけは、まだ誰にも分かりません。
秋の夜長。
少しだけ、登場人物たちと一緒に、
何でもない時間を過ごしていただけたら嬉しいです。
次回も、よろしくお願いします。




