第26話「調査の中断」
今回のお話は、少しだけ立ち止まる回です。
玲奈の死の謎を追いかけること。
その先にあるものを知ること。
それも大切だけれど、
今、一緒に笑っていられる時間も大切。
「一緒に怖がれる」
それは、ひとりで怖がることとは、
少し違うのかもしれません。
そして健太は、玲奈とは別の道を、
少しずつ歩き始めています。
よかったら、最後までお付き合いください。
「一回、調査、やめよか」
玲奈が、言った。
バイトの後、四人がこたつを囲んでいた。
「やめる、って、何で」
健太が、聞いた。
「なんか、今が、ええから」
「今が、ええから?」
「うん。調査してると、どうしても、暗いことに、近づいていく感じがして。でも、今は、みんなと、こうやって、こたつで、ご飯食べてて。それが、ええから。もう少し、このまま、いたい、と思って」
「……そっか」
「ダメかな」
「ダメじゃないですよ。玲奈さんが、決めることやから」
「でも、健太は、調べたい、と思ってたやろ」
「まあ、そうですけど。でも、玲奈さんが、今は、ここにいたい、って思うなら、それで、いいと思う」
「ありがとな、健太」
「いえ。でも」
「でも?」
「いつか、また、調べましょうね」
「うん。いつか」
美咲が、言った。
「止めるって言っても、富田さんは、来るやろ。何か、話してくれることも、あるかもしれない」
「それは、聞く。来てくれたら」
「それで、ええと思う。無理に、進めなくても」
「うん」
レオスが、頭の中で、言った。
「玲奈」
「ん?」
「本当に、やめてもいいの」
「本当に」
「……わかった」
「でも、あんたは、どう思う?」
「どう、って」
「やめることについて」
「……玲奈が、決めることだから」
「そうやなくて、あんたは、どう思う?」
レオスが、少し、黙った。
「……正直に言うと、少し、安心した」
「安心?」
「うん。調査が、進むと、何か、出てくる気がしてた。それが、怖かった」
「何が出てくるのが、怖かったの?」
「……わからない。でも、出てきたら、今が、変わる気がして」
「今が、変わるのが、怖いの?」
「……うん」
「あんたも、そう思うんやな」
「そう思うよ。同じだよ、僕も」
「……ほな、一緒やな」
「一緒だね」
「ええやん、それ」
「何が」
「一緒に、怖がれるのが、ええな」
レオスは、何も、言わなかった。
一緒に、怖がる。それは、孤独じゃないということだった。
その感覚が、最近、少しずつ、わかってきた。
「なあ、何か、食べよか」
玲奈が、言った。
「さっき食べたじゃないの」
「また、食べたい」
「……まあ、いいんだけど」
「カップラーメン、ある?」
「ある」
「食べよ」
「深夜に、カップラーメン」
「ええやん、たまには」
「カップラーメン、高いよ。原価で言うと——」
「原価、聞いてへん」
「……まあ、食べよう」
健太が、お湯を、沸かした。
「健太、カップラーメン、何味が好きですか」
「しょうゆかな。玲奈さんは?」
「あたしも、しょうゆ。なんか、王道が、一番うまい」
「そうですよね」
「美咲は?」
「うちは、塩」
「塩か。渋いな」
「渋くない。さっぱりしてる」
「レオスは?」
「食べたことないから、わからない」
「どれも、食べてみ」
「全部、食べるの?」
「全部、試してみたら、好きなの、わかるから」
「非効率だよ」
「ええねん、カップラーメンは」
「カップラーメンは、非効率でも、いいの?」
「深夜のカップラーメンは、非効率でも、いいねん。それが、ルールや」
「そのルール、誰が、決めたの」
「みんな」
「……まあ、いいんだけど」
お湯が、沸いた。
カップラーメンに、お湯を、入れた。
三分、待った。
「なあ、三分って、長い」
「長いね」
「でも、この三分が、大事やねん」
「なんで」
「待つから、うまいねん」
「待つから、うまい」
「そう。すぐ食べられたら、うまくないねん」
「それは、心理的効果で——」
「わかってる。でも、そう感じるねん。それでええやん」
「……そうかもね」
三分、経った。
食べた。
「……うまいな」
レオスが、言った。
「でしょ」
「カップラーメン、こんなに、うまいの?」
「深夜やから、うまいねん」
「深夜だから、うまい、か」
「夜中に、みんなで食べるから、うまいねん」
「……なるほど」
「わかった?」
「少し、わかった、気がする」
「成長やな」
「成長じゃないよ」
「成長やって」
健太が、そっと、スマホを、触っていた。
美咲が、気づいた。
「何、調べてんの」
「警察の、採用試験」
「……調査、中断、しないの?」
「玲奈さんは、調査を、中断した。俺は、自分のことを、調べてるだけです」
「……そっか」
「ダメですか」
「ダメじゃない。むしろ、ええと思う」
「ありがとうございます」
玲奈は、カップラーメンを、食べながら、気づいていなかった。
健太が、今、自分のために、動いていることに。
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(第27話へ続く)
翌朝。
「なあ、レオス」
「ん?」
「昨日、調査、中断って言ったやろ」
「言ったね」
「でも、なんか、少しずつは、知りたいかも」
「どういう意味」
「無理に、進めるんじゃなくて。富田さんが、来た時に、聞いたり。自然に、出てきたら、受け取る、みたいな感じで」
「積極的には、動かないけど、来たものは、受け取る」
「そんな感じ」
「……それは、合理的だよ」
「合理的って言わんでいいけど」
「言ってしまった」
「まあ、ええか。あんたらしいし」
「……うん」
「なあ、今日の朝ごはん、何食べよ」
「まだ決めてないね」
「卵かけご飯でいいかな」
「毎朝、卵かけご飯じゃないの」
「好きやから」
「もっと、栄養バランスを——」
「黙って」
「……まあ、いいんだけど」
「お湯、沸かして。みそ汁も、飲みたい」
「みそ汁、誰が、作るの」
「あたしが作る」
「料理、続いてるね」
「続けたいんよ。生きてた時、できなかった時間が、長かったから」
「……そっか」
「レオス、みそ汁、好き?」
「まだ、食べてないからわからない。でも、においは、好きだよ」
「においが好きなら、うまいと思うで」
「そうかな」
「においと味は、繋がってるから」
「データ上も、そうだよ。嗅覚と、味覚は——」
「データは、いらん。食べれば、わかるから」
「……食べてみる」
みそ汁が、できた。
玲奈が、レオスに、渡した。
一口、飲んだ。
「……うまい」
「でしょ」
「温かいな」
「みそ汁やから」
「温かいものを、飲むと、落ち着く」
「それが、みそ汁の、ええとこやねん」
「温かさが、落ち着く、という感覚が、わかってきた」
「成長したな」
「成長じゃないよ」
「成長やって」
「……まあ、いいんだけど」
「また、言うた」
「言ってしまう」
「ええやん。あたし、好きやで、その口癖」
「好き、なの?」
「うん。あんたらしくて」
「……ありがとう」
「素直やん、今日」
「みそ汁のせい」
「みそ汁で、素直になれるの?」
「……なるかもしれない。今日は」
「じゃあ、毎朝、みそ汁や」
「……まあ、いいんだけど」
その日の、昼。
富田さんが、来た。
「あら、今日は、人が多いわね」
「田村くんと、松本さんが、新しく来てくれてて」
「そうなの。なんか、にぎやかになったわね、ここ」
「にぎやかになりましたね」
「いいわ。こういうの。ちょっと前は、あなたと、健太くんと、店長だけやったじゃない」
「そうですね。気づいたら、増えてた感じで」
「玲奈ちゃんが、いるからよ、きっと」
「あたし?」
「うん。あなたがいるから、人が来る。そういう人って、いるのよ。なんか、引き寄せる人」
「引き寄せてへんですよ」
「してるって。見てたら、わかるもん。みんな、あなたの周りに、集まってくるから」
「……ありがとうございます」
「お礼は、いいのよ。そういう人が、ここにいてくれて、よかった、と思って」
「富田さん」
「ん?」
「あたしも、ここにいて、よかったです」
「そうよ。よかったわ、ここに来て。また、ゆっくり話しましょうね」
富田さんが、お茶を持って、出ていった。
「玲奈」
「ん?」
「富田さんも、言ってたよ。引き寄せる、って」
「みんな、そう言うな」
「みんな、そう思ってるってことだよ」
「……あたし、何、してるんかな」
「特に、何もしてないと思う。ただ、いるだけだよ」
「いるだけで、そうなるの?」
「なるんじゃないか。そういう人が、いるんだと思う」
「あんたも、そういう人?」
「僕は、違うよ。調査員だから」
「でも、あたしを引き寄せたやろ」
「……引き寄せたのは、玲奈の方だよ。僕は、落ちてきただけだ」
「落ちてきたのは、あんたやけど、あたしが、憑いたやろ」
「……それは、そうだね」
「お互い様やな」
「……そうかもね」
第26話「調査の中断」を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、謎を追うことよりも、
「今ここにいる時間」を選ぶ玲奈のお話でした。
ずっと調査を続けていれば、
いつか玲奈の死の真相に近づくかもしれない。
でも、真実を知ることで、
今ある日常が壊れてしまう可能性もある。
玲奈が選んだのは、
「もう少し、このままでいたい」という気持ちでした。
一方で、健太は調査を止めていません。
玲奈のためではなく、
自分自身の未来を考え始めています。
そしてレオスも、
「一緒に怖がる」という感覚を覚えました。
宇宙人だったレオスが、
少しずつ人間の感情を知っていく。
この物語では、その変化を
大きな出来事ではなく、
日常の小さな瞬間で描いていきたいと思っています。
次回は、また少しだけ、
玲奈たちの日常に変化が訪れます。
第27話も、よろしくお願いします。




