第24話「肉じゃが」
第24話「肉じゃが」
今回は、玲奈が二十年ぶりに料理をします。
スーパーで食材を選び、包丁を握り、肉じゃがを作る。
どれも特別なことではないように見えて、玲奈にとっては二十年ぶりに取り戻した「普通の日常」です。
そしてレオスも、そんな日常の中で少しずつ変わっていきます。
「おいしい」
「嬉しい」
「楽しみにしてる」
今までデータとしてしか理解できなかったものを、レオス自身が少しずつ感じ始めています。
今回は、二人の関係がまた一歩進む回です。
それでは、第24話「肉じゃが」をお楽しみください。
できた。
「肉じゃが、できた」
玲奈が、言った。
鍋の中に、褐色の、煮物が、あった。にんじんと、じゃがいもと、玉ねぎと、肉が、入っていた。
「……においが、する」
「においが、したら、出来てるやろ」
「においだけじゃ、判断できないよ」
「食べたら、わかる」
「食べないと、わからないの?」
「わかるには、食べるしか、ない」
「……食べてみる」
四人で、テーブルを、囲んだ。
「いただきます」
「いただきます」
一口、食べた。
「……うまい」
レオスが、言った。
「ほんまに?」
「うまいよ。データ上も、栄養バランスが——」
「データは、いいから。うまい、だけでええ」
「……うまい」
「うれしいな」
「うれしいの?」
「うれしいよ。作ったから。誰かが、食べてくれるのが、うれしい」
「そういうものなの?」
「そういうもんやで」
「データには、なかった感覚だ」
「データに、ない感覚、最近、多いな」
「……多いな」
健太が、二杯目を、よそった。
「玲奈さん、料理、うまいですね」
「そう? 二十年ぶりやのに」
「二十年ぶりとは、思えないですよ」
「身体が、覚えてたんやろな。手が、動いてた」
「お母さんに、教えてもらったやつ、ですよね」
「たぶん。記憶、あいまいやけど、なんか、懐かしい感じが、した。作ってる時」
「懐かしい感じ、か」
「うん。なんか、台所の、においが、懐かしかった。玉ねぎ、炒める、においとか」
「覚えてるんですね、においは」
「においって、なんか、記憶に、残るよな。あいまいやけど、においだけ、覚えてること、ある」
「わかります」
「健太は、何の、においが、好き?」
「……お母さんの、カレーの、においかな」
「ええな、それ」
「実家、離れてから、カレーの、においに、敏感になって。友達の家で、カレー作ってたら、なんか、胸がいっぱいになって」
「胸が、いっぱいになる、においって、あるよな」
「ありますね」
「あたしは、玉ねぎ炒めてる、においかな。今日、気付いた」
「今日、気付いたんですか」
「二十年ぶりに、嗅いだから」
美咲が、口を、開いた。
「玲奈って、二十年、何の匂いも、なかったの?」
「なかったな。幽霊やから」
「二十年、何も」
「何も。音も、においも、ほとんど、なかった。見えるだけやった」
「……それは、しんどいな」
「慣れたけど。でも、今、においが、分かるのが、嬉しいわ」
「嬉しそうだ」
「嬉しいやん。当たり前やって」
レオスが、また、一口、食べた。
「玲奈」
「ん?」
「この料理、お母さんが、作ってたやつ、と同じ?」
「わからん。でも、似てる、気がする」
「似てる、か」
「うん。なんか、食べて、温かい気持ちに、なるから。同じかも」
「温かい気持ち」
「うん。ご飯って、そういうもんやろ。食べるだけやなくて、誰かを、思い出したり、誰かと、一緒にいる感じがしたり」
「……ご飯が、そういう機能を、持ってるの?」
「機能やなくて、感情やって」
「感情と、機能は、違うの?」
「全然、違う。でも、説明が、難しい」
「……わかった。今は、食べよう」
「そうしよ」
四人で、黙って、食べた。
静かな、食卓だった。
レオスは、玲奈が、作った、肉じゃがを、食べた。
うまかった。
うまい、ということ以上に、何かが、あった気がした。
それが、何なのか、言葉に、できなかった。でも、確かに、あった。
「レオス、どう?」
「うまい」
「うまいだけ?」
「……それ以上の、言葉が、見つからない」
「なんで」
「うまい、という言葉が、正確じゃない気がするんだけど、他の言葉が、わからない」
「それが、おいしいの、正確な意味やと思う」
「言葉が、足りない、ということ?」
「言葉が、足りない時は、言葉以外のもので、表現されてる」
「言葉以外のもの、って、何?」
「顔、とか」
「顔?」
「あんた、今、ちょっと、いい顔、してるで」
「……そうか」
「うん。それで、伝わってるよ」
レオスは、また、黙った。
玲奈の、肉じゃがを、食べた。
今日の、この時間が、記録に、残るといいと、思った。
いつか、玲奈が、いなくなった時、この時間を、思い出せるように。
そう、思った。
なぜ、そう、思ったのか、わからなかった。でも、そう、思った。
「おかわり、いる?」
「いる」
「即答やん」
「おいしいから」
「嬉しいわ」
玲奈が、レオスの、茶碗に、おかわりを、よそった。
レオスは、もう一口、食べた。
うまかった。
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(第25話へ続く)
食べ終わった後。
食器を、洗った。玲奈が、洗って、健太が、拭いた。美咲は、テーブルを、拭いた。レオスは、見ていた。
「あんたも、やり」
「何を」
「食器洗い」
「同じ体だから、玲奈がやったら——」
「気持ちの問題やって」
「気持ちで、食器は洗えない」
「洗えるって。やってみ」
「……わかった」
玲奈が、食器を、レオスに、渡した。レオスが、洗い始めた。いや、玲奈が、渡して、レオスが、操作した。
「……なんか、不思議やな」
「何が」
「食器洗い、こんな感じやったっけ、って思って。二十年前も、やってたはずやのに」
「記憶が、ある?」
「ある。でも、あいまい。でも、手は、覚えてる」
「身体記憶だね」
「そう。さっきの、包丁と、一緒や」
「玲奈の身体記憶は、レオスの体でも、動くんだね」
「そうみたいやな。なんか、不思議やろ」
「不思議だよ。データにない、現象だよ、これは」
「データにないことが、起きてるんやな」
「うん。でも、起きてる」
「ええやん、それ」
「なんで、ええの」
「データにないことが、起きてるって、面白いやん。あんた、調査員やろ。新しい発見、やん」
「……そうか。新しい発見、か」
「そう。あたしが、レオスの体で、料理できるって、誰も、知らんかったわけやから」
「宇宙規模で、初めての現象だよ、それは」
「すごいやん、あたしたち」
「……まあ、すごいかもね」
「かもじゃなくて、すごいやって」
「……すごい」
「それでええ」
健太が、拭きながら、言った。
「玲奈さんと、レオスさん、なんか、いい感じですよね」
「いい感じって、どういう意味やの」
「なんか、息が、合ってきた感じ」
「そうかな」
「最初の頃と、全然、違いますよ。最初は、もっと、ぎこちなかったから」
「そうやったかな」
「そうでしたよ。でも、今は、自然に、話してる」
「……自然になった、ね」
レオスが、ぼそっと、言った。
「そう、かもしれない」
「そうやろ」
「……うん」
「珍しいな、あんたが、素直に、うん、って言うの」
「肉じゃがが、おいしかったから」
「おいしかったら、素直になるの?」
「なる、かもしれない」
「じゃあ、毎日、おいしいもの、食べよ」
「毎日、作るの?」
「作れる時は、作る」
「……楽しみにしてる」
「楽しみに、って言った」
「言ったけど」
「初めてやん、そういうこと」
「……そうかも」
美咲が、テーブルを、拭きながら、ぼそっと、言った。
「あの二人、なんか、変わってきたな」
「そうですね」
「悪い意味じゃないけど」
「いい意味、ですよね」
「……うん。いい意味や」
夜。
皿洗いも終わって、四人で、また、こたつを、囲んだ。
「なあ、玲奈さん」
健太が、言った。
「ん?」
「また、料理、作ってください」
「ええよ。何が、食べたい?」
「なんでも」
「なんでもって、言う人ほど、文句言うんやけどな」
「言わないですよ」
「ほんまか」
「ほんまです」
「……じゃあ、次は、煮物でも、作ろかな」
「楽しみにしてます」
「レオスは?」
「……楽しみにしてる」
「また言うた」
「言ってもいいだろ」
「いいよ。嬉しいから」
「嬉しいの?」
「嬉しいよ。楽しみにしてもらえるのが、嬉しいねん」
「……そっか」
レオスは、その「嬉しい」という言葉を、記録した。
楽しみにしてもらえることで、玲奈が嬉しくなる。
じゃあ、楽しみにすることで、玲奈を嬉しくできる。
それは、合理的な、発見だった。
でも、合理的に考えたくて、やっているわけじゃない気がした。
その違いが、何なのか、まだわからなかった。
第24話「肉じゃが」を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、玲奈の作った肉じゃがを囲む、穏やかな食卓のお話でした。
玲奈にとっては、料理そのものよりも、「誰かに食べてもらう」ということが大きな意味を持っています。
二十年間、味も匂いもほとんど感じられなかった玲奈が、玉ねぎを炒める匂いを感じ、母親との曖昧な記憶を思い出す。
そしてレオスも、ただ「美味しい」と判断するだけではなく、その時間そのものを残したいと思うようになりました。
最初は何もわからなかった宇宙人が、少しずつ人間の感情を理解していく。
その変化を、こうした何気ない日常の中で描いていけたらと思っています。
次回、第25話へ続きます。
これからも玲奈とレオスの物語を、よろしくお願いいたします。




