第22話「二人きり」
いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
第22話は、事件も大きな出来事もありません。
ただ、玲奈とレオスが二人きりで歩き、言葉を交わすだけの物語です。
だからこそ、レオスの心が少しずつ「データ」から「感情」へ変わっていく様子を、ゆっくり感じてもらえたら嬉しいです。
それでは、第22話「二人きり」をお楽しみください。
バイトの後。
健太と美咲は、先に、帰っていた。用事があった。
玲奈とレオスだけが、残っていた。
夜の、商店街を、歩いた。
「なんか、静かやな」
「夜だから」
「そうやな。でも、この感じ、嫌いじゃない」
「何の感じ」
「二人だけの感じ」
レオスは、何も、言わなかった。
「あんた、最近、変わってきたな」
「変わってない」
「変わってるって。最初、来た時と、全然、違う」
「どう違うの」
「最初は、もっと、事実事実、言うてたやん。今は、少し、間があく」
「間?」
「うん。答える前に、少し、考える間が。あれ、あんた、感情が、出てきてる証拠やと思う」
「感情は、ない」
「あるって」
「ない」
「フランクフルトの時、ちょっと、拗ねてたやん」
「拗ねてない」
「拗ねてたって」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、笑った。
「なあ、レオス。聞いてもいい?」
「何」
「あんた、今、楽しい?」
レオスが、少し、止まった。
「楽しい、という、概念が、わかってきた、気がする」
「それ、楽しいって、言うねん」
「そうなの?」
「そうやで。楽しいって、感じてる時、人はそれを、楽しいって、気付いてない。あとから、振り返って、あれが、楽しかったんやな、って、わかるもんやから」
「……難しいな、人間は」
「難しいやろ。でも、それが、ええねん」
夜風が、吹いた。玲奈が、少し、肩をすくめた。レオスの肩で。
「寒い?」
「レオスの体が、寒がってる」
「そうだね。秋だから」
「あんたの星は、寒かった?」
「寒い、という概念が、違う。温度調整が、できてたから」
「ええな、それ。でも、あたし、寒いの、嫌いじゃないねん」
「なんで」
「寒い時に、温かいもの、食べたら、おいしいから。寒い時に、誰かと、一緒にいたら、温かく感じるから。寒さが、あるから、温かさが、わかる」
「……対比の、話だね」
「そう。悲しいことが、あるから、嬉しいことが、わかる。それと、同じや」
「玲奈は、悲しいことが、あったから、今が、嬉しいの?」
「そう、かもな。二十年、山にいたから。今、こうやって、歩いてるのが、嬉しい」
「僕と、歩いてるのが?」
「……そうやな。あんたと、歩いてるのが、嬉しいわ」
レオスは、また、何も、言えなかった。
さっきとは、違う理由で。
「なあ、レオス」
「ん?」
「あんた、地球、好きになってきた?」
「……調査対象、だから」
「調査対象、以外の、感想を、聞いてる」
「……悪くない、星だと思う」
「それが、好きってことやで」
「好き、とは、言ってないよ」
「言ってるって」
「……まあ、いいんだけど」
「ふふ。なあ、もう一個、聞いていい?」
「何」
「あんた、死ぬのが、怖い?」
レオスが、止まった。
「どういう意味?」
「あんたの星、滅びるやろ。あんたも、いつか、どこかで、死ぬわけやろ。それ、怖くない?」
「……怖い、という感覚は、最近、わかってきた」
「最近?」
「君に、会ってから」
「あたしに、会ってから、怖くなったの?」
「違う。君に、会ってから、失いたくない、という感覚が、わかってきた。それが、怖さと、繋がってるのかも」
「失いたくない、って、何を?」
「……わからない」
「わからん、か」
「うん」
「ええよ。わからんでも」
「なんで」
「わからんことも、あっていいから。全部、わかってたら、おもんないやん」
「……そうかもね」
コンビニの、前を、通った。夜の、コンビニ。明かりが、灯っている。
「玲奈」
「ん?」
「あのコンビニ、二十年前に、君が、働いてた店に、似てる?」
「少し、似てるかな。でも、ちょっと、違う。でも」
「でも?」
「なんか、見ると、胸が、温かくなる。不思議やな」
「記憶が、あるから、じゃないの」
「そうかな。でも、記憶は、あいまいやから。あいまいな記憶が、胸を、温かくするのが、不思議やって、言ってる」
「……人間は、不思議だな」
「不思議やろ。でも、あんた、不思議やと思うようになっただけ、成長やで」
「成長してない」
「してるって。最初は、不思議やなくて、理解できない、やったやん」
「……そう、かもね」
「でしょ」
家の前に、着いた。
「今日、帰り、一緒で、よかったわ」
「そう?」
「うん。なんか、ゆっくり、話せた」
「……僕も」
「珍しいやん、あんたが、そういうこと、言うの」
「……言ったんだけど」
「ありがとな、レオス」
「何が」
「色々」
「色々、って、理由に、なってないよ」
「ええねん、それで」
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(第23話へ続く)
レオスは、玄関の前で、立っていた。
玲奈が、中に、入ろうとした。
「玲奈」
「ん?」
「一個、聞いていいか」
「なんでも」
「君は、いつまで、ここにいられると思う?」
玲奈が、少し、止まった。
「わからん」
「わからない、か」
「でも、今は、ここにおるから」
「今は、ここに」
「うん。それで、ええやん。今が、あるんやから」
「……そうか」
「あんたは、どう思う?」
「どうって」
「あたしが、いなくなる、ということについて」
レオスが、少し、長く、黙った。
「……考えたくない」
「考えたくない?」
「うん。考えたくない」
「なんで」
「わからない。でも、考えたくない」
玲奈が、笑った。
「それも、感情やで」
「そうかな」
「そうやって。考えたくないって、思うのは、考えたら、しんどいから。しんどいって、感じるのは、感情や」
「……そういうことか」
「そういうこと。あんた、ちゃんと、感情、あるやん」
「……まあ、いいんだけど」
「ふふ。おやすみ、レオス」
「おやすみ」
玲奈が、中に、入った。
レオスは、しばらく、立っていた。
考えたくない。
それが、本音だった。
玲奈が、いなくなる日のことを、考えたくない。
その感情に、名前が、あることを、レオスは、まだ、知らなかった。
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(第23話へ続く)
翌朝。
「なあ、レオス」
「ん?」
「昨日、言ってたことやけど」
「何を」
「失いたくない、って言ってたやろ」
「言ったかな」
「言ったやん。ちゃんと覚えてるで」
「……言ったかもしれない」
「あれ、本音やろ」
「本音かどうか、わからない」
「わからんでも、出た言葉は本音やねん」
「そういうものなの?」
「そういうもんやで。考えて出る言葉と、考えんと出る言葉があって。考えんと出た方が、本音やねん」
「……昨日は、考えてなかったかもしれない」
「やろ。ほな、本音や」
「……まあ、いいんだけど」
「恥ずかしいの?」
「恥ずかしいという概念が——」
「恥ずかしいやろ」
「……少し」
「ふふ。ええやん、それ」
「何がええの」
「あんたが、少しずつ、人間になってきてる感じがして」
「人間には、なれないよ」
「人間みたいに、なってきてる、って言いたかった」
「……そうか」
「うん。ええことやで」
「ええことなの?」
「ええことやって。あたしは、そう思う」
レオスは、黙った。
人間みたいに。
それが、いいことなのかどうか、わからなかった。でも、玲奈がそう言うなら、そうなのかもしれない、と思った。
その感覚が、すでに、人間みたいだった。
その夜、眠れなかった。
玲奈が、黙っていた。眠ったのかもしれなかった。
レオスは、一人で、考えていた。
今日、玲奈が言ったこと。
「失いたくない、って、何を?」
と聞かれた時、「わからない」と言った。
本当に、わからなかった。何を、失いたくないのか。
でも、今、考えると、少し、わかる気がした。
この感じ、だ。
玲奈と話しながら、歩きながら、同じものを食べながら、感じてきた、この感じ。
それが、なくなることが、怖いんだと思った。
それが何なのか、まだ名前はつかなかった。
でも、確かに、ある。
窓の外、秋の夜。
星が、出ていた。
レオスの、母星とは、違う、星空。
でも、今は、この星空の方が、少し、好きだと思った。
なぜかは、わからなかった。
でも、わからなくてもいい気がした。
玲奈が、言っていた。「わからんことも、あっていいから」と。
その通りかもしれない、と思った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この話では、レオスが初めて「失いたくない」という気持ちと向き合い始めました。
まだ彼自身は、その感情の名前を知りません。
けれど玲奈との時間を重ねるたびに、宇宙人だった彼の中で、人間らしい心が少しずつ育っていきます。
そして、この変化は、この先の物語を大きく動かしていくことになります。
次回、第23話もよろしくお願いします。




