第21話「観察」
♪さてさて、お立ち合い。
人が人を変えるのか。
それとも、人はもともと変わる力を持っているのか。
昨日まで難癖をつけていた若者が、
今日は鼻歌まじりに品出しをする。
居場所を失った男が、
帳簿を前に、生き生きと指を動かす。
それを見つめる、一人の宇宙人。
この星へ調査に来たはずが、
いつの間にやら、人の心を調べ始めております。
本日のお話は、
第二十一話「観察」。
観察しているつもりが、
いつしか観察されているのは、
己の心でございました。
それでは皆々様、
ごゆるりと、
一席、お付き合い願います。
よろずやが、賑やかになっていた。
以前は、玲奈と健太と店長だけだった。それが今は、草野がいて、田村がいて、松本がいる。
五人と、一人の体の中の二人。
合計七人。
レオスは、それを、頭の中から、観察していた。
「なあ、レオス」
「ん?」
「田村くん、なんか、慣れてきたな」
「そうだね」
田村は、品出しをしながら、鼻歌を、歌っていた。昨日まで、ぎこちなかったのが、今日は、少し、自然だった。
「あの子、ええ子やな」
「そうかな」
「そうやで。最初、尖ってたのに。もう、鼻歌、歌ってる」
「鼻歌の、有無と、人格は、関係ないと思うけど」
「関係あるねん。鼻歌、歌える人は、ここが、自分の場所やって、思えてる人やから」
「……そういう、解釈があるの」
「あたしの、解釈やけど」
玲奈が、田村に、声をかけた。
「田村くん、それ、棚の、一段上やで」
「あ、ほんまや。ありがとうございます」
「ええねん。慣れるまで、わからんもんやから」
「玲奈さん、覚えるの、早いですね。あたし、まだ、どこに、何が、あるか、全部は、わからんくて」
「あたしも、最初は、わからんかったよ。でも、毎日、来てたら、覚えるから」
「そっすか。なんか、玲奈さんのこと、尊敬してきた」
「あははは。なんで」
「なんか、全部、楽しそうやから」
「楽しいから、楽しそうやねん」
「それ、できる人と、できない人、おるじゃないですか」
「そうかな」
「俺、最初、このバイト、めんどくさいな、って思ってたんですよ。でも、玲奈さん、見てたら、なんか、それが、恥ずかしくなってきて」
「恥ずかしくないって。田村くんは、田村くんのペースで、ええねん」
「……ありがとうございます」
田村が、また、品出しを、続けた。
レオスは、その会話を、聞いていた。
「……玲奈」
「ん?」
「田村が、尊敬している、と言った」
「そうやな」
「なんで、そんなに、短時間で、人に、尊敬される?」
「尊敬って言うても、たいしたことは、してへんで。楽しそうにしてただけやし」
「楽しそうにすること、が、人を、引き付けるの?」
「そういうことやと思う。人って、楽しそうな人の、そばにいたくなるから」
「……データにある、概念だけど、実際に、見ると、違うな」
「どう違うの」
「データだと、理解できる。でも、見ると、なぜか、別の感覚が、ある」
「別の感覚って、どんな?」
レオスは、少し、黙った。
「……わからない」
「わからんか」
「わからない」
「まあ、ええか。わからんでも」
昼。
松本が、バックヤードから、顔を、出した。
「玲奈さん、少し、いいですか」
「なんですか」
「エクセルで、帳簿、作ったんですが。確認、してもらえますか」
「あたし、エクセル、よく、わからんけど」
「大丈夫ですよ。見方だけ、説明します」
松本が、パソコンの画面を、見せた。数字が、並んでいた。
「ここが、収入の欄で、ここが、支出です。今まで、手書きやったやつを、全部、打ち込みました」
「これ、全部、松本さんが?」
「昨日から、ちょっとずつ」
「すごいやん」
「いや、経理やったから。これくらいは」
「でも、昨日から、今日で、これ、できるの、すごいわ」
「……そうですかね」
「そうやで。松本さん、仕事、できる人やな」
「……会社では、最近、そうは、思われてなかったですけど」
「会社の、評価が、正しいとは限らへんやん」
「そうですかね」
「そうやで。少なくとも、あたしは、松本さんのこと、仕事できる人やと思う」
松本が、少し、黙った。
「……ありがとうございます」
「お礼は、ええねん。引き続き、よろしくな」
「はい」
松本が、バックヤードへ、戻った。
レオスは、また、観察していた。
「……玲奈」
「ん?」
「今度は、松本が、感謝した」
「そうやな」
「君は、今日だけで、田村と松本の、感情を、プラスに、した」
「大げさやな」
「大げさじゃない。観察してた。二人とも、来た時より、明らかに、状態が、良くなってる」
「状態って、何やねん」
「表情と、声のトーン。データとして」
「データで、見てたの?」
「見てた」
「……あんた、なんか、変やな」
「変じゃないよ。調査員だから。観察は、基本だよ」
「観察対象に、なってる気分、ちょっと、複雑やな」
「悪い意味では、ないよ」
「じゃあ、どういう意味やの」
「……興味がある、から、観察してる」
「興味」
「そう。なぜ、君が、あんなに、人に、影響を、与えられるのか。そのメカニズムが、気になる」
「メカニズムって」
「どういう、言葉を、使って、どういう、タイミングで、どういう、表情で——」
「あんた、やっぱり、変やわ」
「変じゃないよ」
「変やって。でも、まあ、ええか」
夕方。
草野が、田村に、言っていた。
「あのさ、玲奈さんって、なんか、すごくない?」
「すごいですよね」
「なんか、さらっと、言ってるだけやのに、なんか、元気出るというか」
「わかります。俺、昨日、クレームつけに来たのに、今日、バイトしてるから」
「そうやん。それ、普通、あり得ないやん」
「あり得ないですよね」
「でも、来てる」
「来てますね」
「……玲奈さんの、せいやと思う」
「せい、っていう言い方ですか」
「あ、おかげ、か。玲奈さんの、おかげ」
「そっちですね」
玲奈が、通りかかった。
「何、話してんの」
「玲奈さんの、おかげで、ここに、いる話ですよ」
「そんなん、ないって」
「あります。玲奈さんが、フランクフルト、くれたから」
「それ、たまたまやって」
「たまたまでも、玲奈さんが、渡してくれたから」
「……ありがとな、そう、言ってくれて」
玲奈が、また、行った。
レオスは、その後ろ姿を、見ていた。
なんだろう、と思った。
田村が、玲奈の、おかげだと言う。松本が、感謝する。草野が、玲奈を、評価する。
それは、正しい。玲奈は、確かに、そういう人だ。
でも。
なぜか、何か、引っかかる。
引っかかる、という感覚。それが、何なのか、わからなかった。
良い感情では、ない気がした。でも、悪い感情でも、ない気がした。
「玲奈」
「ん?」
「さっき、田村が、フランクフルトの、話、してた」
「そうやな。あれ、よかったんやな」
「よかったんだね」
「うん」
「……僕は」
「ん?」
「僕は、フランクフルト、もらったことが、ない」
玲奈が、止まった。
「……え」
「同じ体やから、玲奈が、食べたら、食べたことに、なるけど。でも、あれは、田村に、あげたやつやろ。僕に、あげた、わけじゃない」
玲奈が、しばらく、黙った。それから、少し、笑った。
「なあ、レオス」
「ん?」
「今、嫉妬、してる?」
「してない」
「してるやろ」
「してないよ。ただ、事実として、もらっていない、という、記録を、述べただけだ」
「嫉妬やって」
「……していない」
「まあ、ええわ」
玲奈が、レジ横の、ホットスナックを、一本、取った。
「はい、レオス」
「何が」
「フランクフルト」
「……いらないよ」
「食べ」
「いらない」
「食べって」
「……まあ、いいんだけど」
玲奈が、フランクフルトを、食べた。レオスの口で。
「……どう?」
「おいしいと思う」
「おいしいやろ」
「……うん」
「それが、あたしから、レオスへの、フランクフルトやから」
レオスは、何も、言えなかった。
おいしかった。
同じフランクフルトのはずなのに、なぜか、おいしかった。
なぜ、そう感じるのか、わからなかった。
わからないことが、また、一つ、増えた。
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(第22話へ続く)
夜。
「なあ、レオス」
「ん?」
「今日、田村くんと、松本さん、何回、あたしに、話しかけてきたと思う?」
「……数えてた。田村が、七回。松本が、四回」
「数えてたんかい」
「観察してたから」
「なんで、観察してたの」
「……気になったから」
「何が気になったの」
「君に、話しかけてくる人が、多いな、と思って」
「そんなに、多かった?」
「多かったよ。富田さんも、来てたし。草野も、田村も、松本も。健太は、まあ、毎日だけど」
「にぎやかやな」
「にぎやかだね」
「ええやろ」
「ええと思う。でも」
「でも?」
「……全員に、そういう顔をするじゃないか、君は」
「そういう顔って?」
「笑顔。あの、ちゃんとした笑顔。誰に対しても」
「当然やろ。みんな、大事やから」
「……みんな、大事なんだ」
「うん。あんたも、大事やで」
「……そっか」
「あんたが、一番、大事やけどな」
「え」
「体、一緒やから。当然やろ」
「……当然か」
「当然やって」
「……まあ、いいんだけど」
♪これにて、
第二十一話「観察」、
まずは一段、お開きにいたします。
宇宙人レオス。
理屈で物事を測り、
数字で感情を数えてまいりました。
されど本日、
その胸に芽生えたものは、
データにも、
理論にも載ってはおりません。
「僕は、フランクフルトを、もらったことがない。」
たった、その一言。
それは羨ましさか、
寂しさか、
それとも恋心の始まりか。
本人だけが、
まだ気づいておりません。
観察者は、
知らぬ間に当事者となる。
人の心とは、
かように厄介で、
かように温かいもの。
さて次のお話では、
宇宙人はさらに人間らしくなるのか。
それとも、
玲奈に、また一本、
フランクフルトを買ってもらうのでございましょうか。
ちょうど時間となりました。
またのお目通りを願い上げまして、
これにて失礼つかまつります。




