第20話「初出勤」
♪さてさて、お立ち合い。
人の縁とは、不思議なものでございます。
昨日まで、お客であった者が、
今日は同じ店の前掛けを締めて立っている。
文句を言いに来た、その足が、
明日から働く一歩になるとは、
誰が思いましょうや。
本日のお話は、
第二十話「初出勤」。
新しい仲間が二人加わり、
いつもの「よろずや」が、
少しだけ賑やかになります。
笑い声の増えた店の中。
その一方で、
誰にも気づかれぬよう、
物語の時計の針は、
また一つ、静かに進んでおります。
それでは皆々様、
どうぞごゆるりと、
一席、お付き合い願います。
翌日。
よろずやに、見慣れない顔が、二人、来た。
一人は、昨日の、若者だった。フードを、脱いでいた。名前は、田村、と言った。二十歳。
もう一人は、昨日の、中年だった。スーツではなく、普通の、格好で来ていた。名前は、松本、と言った。四十八歳。
「おはようございます」
「おはよう。来てくれたんやな」
玲奈が、笑った。
「まあ、採用されたんで」
田村が、少し、照れくさそうに、言った。
「昨日、クレームつけてたのに、今日、バイトで来るって、変な感じやな」
「俺も、そう思ってます」
「ええねん。来てくれたから」
松本が、店内を、見回した。
「あの、店長は」
「奥におるで。経理の帳簿、見せてもらったら、いいよ」
「わかりました。失礼します」
松本が、バックヤードへ、入っていった。
しばらくして、声が、聞こえた。
「……これ、どういう形式の、帳簿ですか」
「手書きやで」
「手書き、って、どこから、どこまでが、収入で、どこからが、支出ですか」
「大体、わかるでしょ」
「大体では、困るんですが」
「まあ、何とかなるよ」
「何とかなる、では——」
「ありがとな、松本くん。助かるわ」
「……わかりました。やってみます」
玲奈と、田村が、顔を、見合わせた。
「松本さん、仕事、できそうやな」
「できそうですね」
「真面目そうやし」
「昨日、クレームつけてた人、ですよね」
「そう」
「クレームつける人が、一番、仕事、できる、って、聞いたことあります」
「ほんまか」
「細かいから。気になるから、文句、言うんやって」
「なるほどな。まあ、来てくれて、よかったわ」
草野が、出勤してきた。
田村を、見て、止まった。
「……あ、誰ですか」
「今日から、バイトの、田村くん。よろしくな」
「どうも、草野です」
「田村です」
草野が、田村を、じっと、見た。
「……あの、SNS、やってます?」
「やってますけど」
「フォロワー、何人くらい?」
「えーと、三百くらいです」
「俺、二千五百あるんですよね」
「……そっすか」
「コンテンツ、何で、発信してるんですか」
「……日常系、ですかね。特に、テーマとか、ないですけど」
「テーマないと、伸びないですよ。今、テーマ、絞らないと、アルゴリズムに、乗らないから」
「まあ、伸ばしたいわけでも、ないんで」
「え、もったいない。発信するなら、ちゃんと、やらないと」
「別に、ちゃんとやるつもりも、ないんで」
「……そういう考え方も、ありますかね」
「はあ」
「でも、発信力、あった方が、就活とか、有利ですよ」
「就活、するかどうかも、わからんし」
「え、何するつもりなんですか、将来」
「……わからん、です」
「わからんって、それ、やばくないですか。今から、考えとかないと」
「草野くんは、決まってるの?」
「俺は、SNSマーケとか、やりたいんですよね。インフルエンサーのマネジメントとか」
「へえ」
「田村くんは、何が、好きなんですか」
「……唐揚げ」
「唐揚げ」
「うん。食べ物、好きやから。なんか、食に関わる、仕事が、できたら、とは、思ってるけど」
「飲食系、ですか」
「まあ、ぼんやりと」
「それ、もっと、具体化した方が、いいですよ。なんとなく、では、動けないから」
「そうですかね」
「そうですよ。俺、計画、立てて、動くタイプやから」
「草野くんは、えらいな」
「えらいっていうか、普通じゃないですかね」
「俺は、普通じゃないんかな」
「……まあ、人それぞれ、ですかね」
草野が、少し、考えて、言った。
「でも、唐揚げ、好きで、ここに来た、って、面白いですね」
「そっすか」
「唐揚げの、温度に、こだわれる人が、食の仕事、向いてる気が、しますけど」
「……なんか、フォロー、してくれてます?」
「まあ、一応」
「ありがとうございます」
玲奈が、二人を、見ていた。
「なあ、レオス」
「ん?」
「草野くんと、田村くん、同世代やのに、全然、合わへんな」
「観察してる。草野は、効率と戦略で動いてる。田村は、なんとなく、で動いてる。ベクトルが、逆だね」
「でも、どっちも、似たようなもんやと思うけど」
「どこが」
「どっちも、若い」
「……それは、そうだね」
「若いって、それだけで、なんか、ええな」
「そう?」
「うん。若い時の、しんどさって、なんか、瑞々しいやん」
「瑞々しいしんどさ」
「うまく、言えへんけど。あたし、若い時、しんどかったけど、それが、今の、自分を、作ってるような、気がするから」
「……まあ、わからないでもない」
「わかってきたやん」
「少しだけ」
「十分やで」
昼。
よろずやが、にわかに、賑やかになっていた。
玲奈と健太が、レジ。草野と田村が、品出し。松本が、バックヤードで、帳簿と格闘していた。
「これ、十年分、全部、手書きなんですか」
松本の、声が、聞こえた。
「そうやで」
「……電子化しましょうか」
「電子化って、パソコン?」
「はい。エクセルとかで」
「エクセル、わからん」
「教えます。そんなに、難しくないんで」
「ほんまに?」
「大丈夫ですよ。任せてください」
店長が、のんびりと、言った。
「松本くん、来てくれて、よかったわ。俺、ずっと、困ってたんやよ」
「なんで、もっと、早く、誰かに、頼まなかったんですか」
「縁が、なかったから」
「縁、ですか」
「そう。縁がある人が、来た時に、来てくれるんや。松本くん、縁があったんやな」
「……クレームつけに来ただけですけど」
「縁って、そういうもんやで」
「……そういうもんですかね」
「そういうもんや」
松本が、しばらく、黙った。
「……まあ、来てよかったです」
「よかった」
夕方。
健太が、美咲に、言った。
「よろずや、一気に、増えましたね」
「増えたな。草野に、田村に、松本さん」
「なんか、不思議な、職場やな」
「不思議やな。難癖つけに来た人が、二人も、働いてる」
「玲奈さんの、おかげやな」
「店長の、おかげでも、あるけど」
「まあ、二人が、ええ感じやから」
「うん。あの二人で、ひとつみたいな、感じ、あるな」
「玲奈さんと、店長が?」
「うん。玲奈さんが、人を、呼んで、店長が、受け入れる。それの、繰り返しや」
「……なんか、すごいな」
「すごいよ」
玲奈が、フェイスアップを、しながら、言った。
「なあ、レオス」
「ん?」
「よろずや、ええ店やな」
「そうだね」
「最初、来た時、店長と、あたしだけやったのに。今、こんなに、おるな」
「増えたね」
「なんか、ええな、それ」
「なんで」
「わからん。でも、なんか、ええ」
「……わかるような、気がする」
「珍しいな」
「最近、わかること、増えてきた気がする」
「成長やん」
「成長じゃないよ」
「成長やって」
「……まあ、いいんだけど」
田村が、品出しを、しながら、草野に、言った。
「あの人、なんで、あんなに、楽しそうに、働いてるんですか」
「玲奈さんのこと?」
「うん。コンビニのバイトで、あんな、楽しそうな人、見たこと、なかったから」
「俺も、最初、思いましたよ。でも、なんか、あの人、ほんまに、楽しいんやと思います」
「なんで、楽しいんやろ」
「わからんけど。でも、見てたら、こっちも、なんか、ええな、って、気持ちに、なるから。まあ、いいんじゃないですか」
草野が、珍しく、素直に、言った。
「……草野くん、ええこと、言うやん」
「たまには」
「たまに、か」
「たまに」
よろずや・タカハシが、今日も、静かに、しかし、確かに、賑やかだった。
♪これにて、
第二十話「初出勤」、
まずは一段、お開きにいたします。
人は一人では、
なかなか生きてはいけません。
迎えてくれる人がいて、
待っていてくれる場所がある。
たったそれだけで、
明日も歩いてみようと、
思える日がございます。
「よろずや」は、
品物を売る店ではございますが、
いつしか人と人との縁まで、
扱う店になってまいりました。
されど――。
笑顔が増えれば増えるほど、
別れの日は近づいてまいります。
玲奈の記憶。
レオスの秘密。
母星から迫る期限。
穏やかな日々の中にも、
運命というものは、
静かに足音を立てて近づいております。
さて、この先、
縁が人を救うのか。
それとも運命が、その縁を試すのか。
その答えは、また次のお話にて。
ちょうど時間となりました。
またのお目通りを願い上げまして、
これにて失礼つかまつります。




