第18話「カラオケ」
──さてさて皆様、お目文字ありがとうございます。
人には、人それぞれの青春がございます。
ある者は九十年代の歌に胸を熱くし、ある者は今流行りの歌を口ずさむ。
時代は違えど、歌えば心は同じ場所へ集まるもの。
ましてや、幽霊に宇宙人、若者二人が肩を並べりゃ、それだけでも一席の珍道中。
笑い声の向こう側に、ほんの少しだけ人生が見えてまいります。
それでは第十八話――「カラオケ」。
にぎやかに、幕を開けるといたしましょう。
「カラオケ、行こや」
玲奈が、言った。
バイトの後。夕方。
「カラオケ、ですか」
「うん。前から、行きたかってん」
「いいですよ。どこ行きますか」
「どこでも。なんか、あの、でっかいやつ、あるやん。カラオケボックス」
「ありますよ。近くに」
「あれ、行きたかってん。二十年前、よく行ってたから」
「今も、あります」
「そっか。変わらんなあ」
四人は、カラオケボックスに、入った。
部屋に、案内された。画面。でかい。機械。タッチパネル。
「……これ、本やなくなってる」
玲奈が、言った。
「本?」
「曲、探す時、分厚い本、あったやろ。番号、調べて、入れる、あれ」
「ああ、曲目本。今は、タッチパネルで、直接、検索できますよ」
「便利やな」
「便利です」
「でも、本を、めくりながら、探すのも、楽しかってん。どんな曲、あるかな、って」
「わかります、それ」
「でしょ。旅みたいな感じで」
「タッチパネルには、ない、感覚ですね」
「そうそう。効率的やけど、旅感はない」
レオスが、言った。
「旅感、って、何」
「説明できひん」
「説明できないことを、言わないで」
「感覚やから、説明できひんねん。レオス、わかる? カラオケの、本、めくる感じ」
「わからない。データとしては、あるけど」
「データとしては、あるけど、感覚はない」
「そう」
「そっか。まあ、ええわ」
玲奈が、タッチパネルを、操作した。
「まず、これ」
前奏が、流れた。
「ラブ・ストーリーは突然に」
「あー、あれか。チュクチュクンってやつ」
健太が、言った。
「知ってるんや」
「名前だけは。親が好きで、よく聴いてたんで」
「親が好きやったんか」
「そうですよ。俺、生まれてないですから、リアルタイムでは」
「そっかあ。あたしは、リアルタイムやってん。東京ラブストーリーの、主題歌や」
「ドラマも、知らないですよ」
「知らんよな。当たり前か」
玲奈が、歌い始めた。
マイクを、しっかり、持って。レオスの体で。
声は、レオスのものだった。でも、歌い方は、玲奈のものだった。感情が、ちゃんと、入っていた。
一曲、歌い終わった。
「……うまいじゃないですか、玲奈さん」
「ありがとな。好きな曲やから」
「次、何、歌うんですか」
「次は、これ」
また、前奏が、流れた。
「SAY YES。チャゲアスの」
「それも、知らないですよ」
「知らんよな。101回目のプロポーズの、主題歌やってん。武田鉄矢が、僕は死にましぇん、って言うやつ」
「……なんですか、それ」
「知らんの? 当時、流行ってたんやで。ドラマも、曲も」
「親が聴いてたかどうかも、わからないですよ」
「そっかあ。時代が、違うんやな」
玲奈が、また、歌った。
サビで、声が、高くなった。レオスの体で、無理やり、出している感じだったけど、でも、楽しそうだった。
「レオス、一緒に、歌う?」
「歌わない」
「なんで」
「歌う、意味が、わからない」
「意味、ないねん。楽しいから、歌うねん」
「楽しいかどうかも、わからない」
「じゃあ、試してみ」
「試さなくていい」
「試してみ」
「……今は、いい」
「今は、って、いつか、やる気あるの?」
「……考えておく」
「前向きやん」
「前向きじゃないよ」
美咲が、機械を、操作していた。
「うち、入れていい?」
「どうぞ」
美咲が、曲を、入れた。
前奏が、流れた。
「……部屋とYシャツと私」
玲奈が、目を、丸くした。
「美咲、それ、知ってる?」
「まあ、知ってる」
「あれ、あたしの時代やで」
「お母さんが、好きやった。よく、歌ってたから、覚えてる」
「お母さんが」
「うん」
「美咲のお母さん、ええセンスやな」
「そう?」
「そうやで。あの曲、ええから」
美咲が、歌い始めた。
ドライで、感情を、出さない、歌い方だった。でも、ちゃんと、歌詞を、知っていた。
「……美咲、歌、うまい」
健太が、言った。
「うるさい」
「うまいですよ、ほんまに」
「……別に」
「でも、うまい」
「……まあ」
玲奈が、続けた。
「世界中の誰よりきっと」
「それも、知らないですよ」
「中山美穂と、WANDSやって。デュエット曲やねん。健太、一緒に、歌う?」
「俺、音痴なんで」
「ええねん。楽しかったら」
「……まあ、やってみます」
玲奈と、健太が、デュエットした。
玲奈が、女性パートを、歌い、健太が、男性パートを、歌った。健太は、本当に、音痴だった。音が、外れていた。でも、楽しそうだった。
「下手やなあ」
「言いましたよね、音痴やって」
「でも、楽しかったやろ」
「楽しかったですよ」
「ほな、ええやん」
レオスが、ぼそっと、言った。
「……一個、聞いていい」
「何」
「なんで、カラオケって、うまくなくても、歌うの。プロの、歌手じゃないのに。音が、外れてても、歌う。あれ、どういう、仕組みなの」
「仕組みって、何やねん」
「下手でも、歌う、理由が、わからない。恥ずかしくないの」
「恥ずかしくないよ。仲間内やから」
「仲間内だと、恥ずかしくないの?」
「そう。仲間内やったら、下手でも、ええねん。一緒に、楽しいから」
「……下手でも、一緒に、楽しい」
「そう。それが、カラオケやって」
「理解できないけど、理解できる気がする」
「どっちやねん」
「データとしては、理解できる。でも、実感として、わからない」
「じゃあ、歌ってみ。実感するには、やってみるしか、ないから」
「……考えておく」
「また、考えておく。前向きやな」
「前向きじゃないよ。検討中なだけ」
「同じやって」
そこへ、草野が、入ってきた。
「あ、みなさん、ここに、いたんですか」
「草野くん、来てたの?」
「あ、バイト後、ちょっと、寄ってみようかと。カラオケ、一人で、来てたんですよ」
「一人カラオケ?」
「趣味で。あ、一緒に、入れてもらえますか」
「どうぞ、どうぞ」
草野が、入ってきた。机に、座った。
「何、歌ってたんですか」
「90年代の、曲ばっかり」
「90年代っすか」
「あたしの時代やから」
「昭和っすよね、90年代って」
「平成や」
「あ、平成か。でも、古くないですか」
「古くないよ。名曲やから」
「名曲、って、よく言いますよね、昔の曲。でも、俺、正直、あんまり、ピンとこないんですよね。昔の曲って」
「どんな曲、好きなの、草野くん」
「今の、曲の方が、好きですね。トレンドの」
「ほな、歌ってみ」
「え、いいですか」
「歌い、歌い」
草野が、今の、曲を、入れた。知らない、アーティストだった。玲奈には、全く、わからなかった。
「この人、誰?」
「今、めっちゃ、売れてる人ですよ」
「そっか。でも、あたしは、知らん」
「SNSから、出てきた人なんですよ。TikTokで、バズって」
「TikTok」
「知らないですよね、玲奈さん」
「なんとなくは」
「なんとなく、ですか」
「スマホ、最近、覚えたから」
草野が、歌い始めた。うまかった。声が、よかった。
「草野くん、うまいな」
「ありがとうございます」
「今の曲、知らんけど、うまいのは、わかるわ」
「そうっすか。玲奈さんの、90年代の曲も、聴いてみますよ。今度」
「聴いてみ。絶対、ええから」
「そうですかね」
「ええよ。SAY YESとか」
「……タイトルだけは、知ってます」
「聴いたら、好きに、なるで」
「まあ、聴いてみます」
「ええ子やな、草野くん」
「ええ子って、言われたのは、初めてっすね」
「そうなの?」
「まあ、うちの親に、言われたくらいかな」
「親に、言われるのが、一番、大事やで」
「……そうっすかね」
「そうやで」
レオスが、また、ぼそっと、言った。
「え、ほんまに?」
「ほんまに」
「何、歌うの」
「……スラムダンクの、主題歌」
「あんた、スラムダンク、読んでたもんな」
「アニメも、調べた。曲が、耳に残って」
「ええやん。歌い」
レオスが、曲を、入れた。
「SLAM DUNK。BAADの」
「あー、あれ、知ってるで。あたし」
「そうなんだ。では」
レオスが、歌い始めた。
声は、同じ、レオスの声だった。でも、ちゃんと、音程が、合っていた。正確だった。感情は、あまり、なかったけど、とにかく、正確だった。
「……音程、完璧やん」
「計算して、出してる」
「計算して、歌うの?」
「音は、周波数だから。合わせれば、いい」
「なんか、すごい、歌い方やな」
「変?」
「変やけど、うまいな」
「うまいとは、思わないけど」
「うまいよ」
「……そうか」
「どう? 歌ってみて」
「……悪くない」
「また、悪くない」
「……少し、楽しかったかもしれない」
「ほら。カラオケ、ええやろ」
「……まあ、いいかもしれない」
四人は、また、笑った。
帰り道。
「玲奈さんって、90年代の曲、好きですよね」
健太が、言った。
「好きやで。あの頃の曲、ええやん。ドラマの主題歌が、みんな、名曲やってん」
「そうなんですかね。俺、生まれてないから」
「また、生まれてないか」
「まあ、事実なので」
「そっかあ。でも、今日、一緒に、歌えてよかったわ。世界中の誰よりきっと」
「デュエット、よかったですよ。音痴でしたけど」
「音痴でも、ええねん。一緒に、歌えたから」
「玲奈さん、それ、さっきの、レオスへの説明と、同じやないですか」
「同じやな。カラオケって、そういうもんやから」
「なるほど」
歌には不思議な力がございます。
上手い下手ではございません。
一緒に歌った時間が、人と人との距離を縮めてくれる。
玲奈が大好きだった九十年代の歌。
健太が照れながら歌ったデュエット。
美咲の静かな一曲。
草野の新しい時代の歌。
そして、感情ではなく計算で歌い始めたレオス。
けれど、その最後に漏れた「少し、楽しかったかもしれない」の一言こそ、この日の一番の名曲だったのかもしれません。
物語は笑いながら進みます。
しかし、その笑顔の向こうでは、山の記憶も、母星からの期限も、静かに歩みを止めてはおりません。
笑える時には、思い切り笑う。
それもまた、人生というもの。
さて皆様。
ちょうど時間となりました。
またのお目文字を楽しみに、これにて一席、お開きとさせていただきます。




