第17話「山」
──さてさて皆様、お待たせいたしました。
人の縁とは、不思議なものでございます。
山に縁を持った幽霊が一人。
星に縁を持った宇宙人が一人。
そして、その二人に振り回されながらも離れようとはしない若者二人。
笑いながら歩いておりますが、その足は知らぬ間に、二十年前へ、二十年前へと近づいております。
笑える話ほど、あとで胸に残るもの。
本日のお噺は、第十七話――「山」。
どうぞ最後まで、お付き合い願います。
「山、行こうや」
玲奈が、言った。
バイトの、休憩中。四人が、バックヤードに、いた。
「山、って、あの山ですか」
健太が、聞いた。
「うん。あそこ、行ったことない。でも、あそこで、二十年、おったわけやし。一回、行ってみたいな」
「心霊スポットですよ、あそこ」
「知ってる。でも、出てたの、あたしやから」
「……それ、言われたら、そうですね」
「でしょ。行こ」
「怖くないんですか、玲奈さん」
「怖くないよ。知ってる場所やし。庭みたいなもんや」
「庭、って言うには、広くないですか」
「まあ、広い庭」
美咲が、言った。
「行くなら、昼間に、しといて」
「昼間に、行くよ。夜は、怖いし」
「幽霊が、怖いの?」
「あたし以外の、幽霊は、怖い」
「……他にも、いるかもしれへんの?」
「わからん。でも、怖い」
「自分が、幽霊なのに」
「関係ないやん」
レオスが、言った。
「行ってみよう」
「え、レオスも?」
「あの山は、僕が、墜落した山だよ。正直、ちゃんと、見ていない。宇宙船の、残骸も、まだ、あるかもしれないし」
「あ、そっか。宇宙船、どうなったんやろ」
「まだ、あのへんに、あるはずだよ。修理、途中で、来てるから」
「なんか、心霊スポットに、宇宙船、あったら、怖いな」
「心霊スポット感、なくなりそう」
「どっちが、怖いんやろ、幽霊と宇宙船」
「幽霊、でしょ」
「宇宙船の方が、怖くない?」
「なんで」
「未知の技術、やから」
「幽霊も、未知やろ」
「……まあ、そうか」
次の、休みの日。四人は、山へ、向かった。
昼間の、山は、それほど、怖くなかった。木が、並んでいた。光が、差していた。鳥の声が、していた。
「……これ、心霊スポットに、見えないですよね」
健太が、言った。
「昼は、普通やもん」
「夜は、怖いんですか、やっぱり」
「夜は、暗いから、怖いよ。でも、あたしは、二十年、ここに、おったから。慣れてた」
「慣れるんですね、幽霊でも」
「慣れる。人間も、慣れるやろ。どんな場所でも」
「まあ、そうですね」
奥に、進んでいった。
玲奈が、少し、ゆっくりになった。
「どうした」
「なんか、なんか、なあ」
「何」
「見覚えがある、気がする。ここ」
「二十年、いたんだから、当然じゃないの」
「そうやな。でも、なんか、特別な、感じがする場所が、あって」
「どのへん」
「もう少し、奥かな」
もう少し、進んだ。
木が、密になってきた。道が、細くなった。
「なんか、暗いですね、急に」
健太が、言った。
「昼でも、木が、多いから」
「怖くないですか」
「怖くない」
「俺、少し、怖いんですけど」
「健太、幽霊、怖いの?」
「幽霊より、なんか、暗い森が、怖い」
「玲奈が、一緒やのに」
「いや、玲奈さんは、怖くないですよ。でも、他のが、出たら」
「出ぇへんよ。あたしが、おったから、他のは、おらんと思う」
「そういうもんですか」
「そういうもんやと思う。たぶん」
「……たぶん、なんですね」
「まあ、詳しくは、わからん」
「詳しくわからんのかい」
玲奈が、止まった。
「ここ」
「何があるの」
「……なんか、ここで、何か、あった気がする。思い出せないけど」
レオスが、周囲を、見た。特に、何も、なかった。木。草。石。ただの、山の、中。
でも、レオスには、わかった。ここが、どういう場所か。調査データの、記録に、あった、場所に、近かった。
「玲奈」
「ん?」
「何を、思い出しそうになった?」
「わからん。なんか、ぼんやりしてる。誰かの声が、したような、気がして」
「誰かの声」
「うん。でも、誰かは、わからん」
「怖かった? その声」
「……わからん。怖かったような、気も、するし。でも、知ってる声、やったような、気も、する」
美咲が、周囲を、見回した。
「なんもないな」
「ないね」
「心霊スポットやのに、なんもない」
「出てたのが、玲奈やから」
「そっか。玲奈が、いなくなったから、何も、出ないのか」
「そういうことやな」
「なんか、寂しいな、それ」
「寂しいな」
健太が、少し、離れたところを、見ていた。
「あ。あれ」
「何」
「宇宙船、ありますよ」
全員が、そちらを、見た。
木々の、間に、金属の、残骸が、あった。草が、かぶっていた。二十年前の、玲奈のコンビニと、同様に、それは、あった。ただ、そこに。
「……懐かしい」
レオスが、言った。
「あんたのやっけ」
「そう。僕の、宇宙船」
「なんか、ちっさいな」
「地球のより、コンパクトだよ」
「でも、これで、宇宙、来たんか」
「来たよ」
「……すごいな」
玲奈が、宇宙船の、残骸を、見ていた。
「あんた、これに、乗って、来たんやな」
「乗って、来た」
「遠かったやろ」
「遠かったよ。時間的には、地球の、概念とは、違うけど」
「ずっと、一人で?」
「一人で」
「……寂しくなかった?」
「寂しい、という、概念が、なかったから」
「今は?」
「今は」
レオスが、少し、黙った。
「……今は、概念が、わかってきた、気がする」
「寂しいって」
「寂しい、というより、その、逆の、感覚が。一人じゃない、という感覚が」
「あんた、今、ええこと、言うな」
「事実を、述べた」
「ええこと、言ってるって、言うねん」
「……まあ、いいんだけど」
帰り道。
玲奈が、少し、静かだった。
「どうした」
「さっきの、場所のこと、考えてた」
「思い出せそう?」
「もうちょっと、な感じが、する。なんか、ぼんやりしてるけど、確かに、何かが、あった場所やって、わかる」
「うん」
「誰かの声、って言ったやろ」
「言ってたね」
「あれ、怖い声、やなかった気がしてきた。帰りながら、考えてたけど。知ってる声やった、って気がする」
「知ってる、って、どういう知り方」
「……よく、聞こえてた声やった、ような気がする。何回も、聞いた声。でも、誰かは、わからん」
「仕事関係の人、かな」
「かもしれん。でも、違う気も、する」
「友達とか」
「友達か。友達、おったんやろな、あたしにも」
「いたんじゃないの」
「いてたやろな。でも、思い出せへん。変やな、友達の顔も、思い出せへん」
「二十年は、長いから」
「長いよな。でも、声は、出てきそうやったから。もう少し、思い出せるかも」
「また、来てみよう、山に」
「うん。また、来よ」
玲奈が、また、山の方を、振り返った。
「レオス、あんた、何か、知ってるんちゃうん」
また、聞いた。玲奈が。直接的に。
レオスは、少し、間を、置いた。
「……知らない」
「ほんまに?」
「ほんまに」
「そっか」
玲奈が、前を、向いた。
「でも、なんか、思い出せそうやねん。もう少し、来たら、思い出せるかも」
「来てみよう、また」
「うん。また、来よ」
四人は、山を、後にした。
健太が、美咲に、小声で、言った。
「なんか、怖かったですね」
「何が」
「いや、その、雰囲気が」
「幽霊も、宇宙船も、おったのに、怖かったの?」
「それより、玲奈さんが、思い出せそうになってた、あの顔が」
「……うん」
「美咲、怖かった?」
「……少し」
「やっぱり」
「でも、行った方が、いいと思う。玲奈が、知りたいんやから」
「そうですね」
「怖くても、行く」
「……かっこいいですね、美咲さん」
「うるさい」
レオスは、知っていた。玲奈が、思い出す日が、近づいている、かもしれない、ということを。そして、自分が、知っていることを、いつか、言わなければ、ならない日が、来るかもしれない、ということも。
でも、今日は、まだ、言えなかった。
山の、空気が、秋の、冷たさを、帯びていた。
山には何もありませんでした。
けれど、「何もない」というのも、一つの答えなのかもしれません。
人は景色を忘れても、空気は忘れない。
声は忘れても、その時に胸が動いたことだけは、どこかに残っている。
今回の玲奈は、そんな「あと一歩」のところまで辿り着きました。
そしてレオスもまた、自分の胸に生まれた感情から目を逸らせなくなっています。
物語は静かに進んでおりますが、水面の下では少しずつ大きな流れが動き始めました。
さて皆様。
この先に待つのは真実か、それとも、もう一つの別れか。
その答えは、また次のお噺にて。
ちょうど時間となりました。
またのお目文字、心よりお待ち申し上げます。




