第15話「いつまで」
皆さん、おおきに。
図書館へ行って、ようやく玲奈の過去に小さな手がかりが見つかりました。けれど、七行だけの記事では、謎はまだ深まるばかりです。
それでも、人は不思議なもので、「何もわからなかった昨日」より、「少しだけわかった今日」の方が、前へ進めるもんなんですね。
今回のお話は、その翌日。
「いつまで、この時間は続くんやろ」
そんな何気ない一言が、四人の空気を少しだけ変えてしまいます。
笑いながら読んでもろても結構。
でも読み終わった頃には、胸のどこかが、少しだけ静かになっているかもしれません。
それでは――
**第15話「いつまで」**を、お楽しみください。
図書館の、翌日。
よろずやは、いつも通りだった。
玲奈が、フェイスアップを、していた。棚の商品を、前に、引き出しながら。
「なあ、レオス」
「ん?」
「次、どうしよか」
「何が」
「あたしの死のこと」
「ああ」
「新聞には、行方不明の記事しかなかった。続報もない。富田さんは、警察が来た、って言ってた。でも、それだけ。次、どうやって、調べたら、いいんやろ」
「富田さんに、もう少し、詳しく聞けるかもしれない。あと、当時、山の近くに住んでた人が、他にも、いるかもしれない」
「探し方、わからんな」
「SNSで、探せるかもしれない」
「健太に、聞いてみよか」
「うん」
玲奈が、棚を、一段、終えた。
「なあ、レオス」
「また、何」
「スラムダンク、読んだ? 昨日、図書館で」
「読んだよ。三巻まで」
「三巻。はまってるやん」
「はまってない。データ収集として」
「はまってるやん」
「……続きが、気になっただけ」
「はまってるやん」
「……まあ、いいんだけど」
「どこまで、読んだ?」
「湘北が、インターハイ出場を、決めたところ」
「ええとこやん。そこから、面白くなるで」
「なるほど。だから、続きが——」
「はまってるやん」
「……読んでみようと思う」
「あのな、スラムダンク、最後まで、読んだら、絶対、泣くで」
「泣くの?」
「泣く。花道が、最後に、おやじに、言う台詞。あれ、ほんまに、ぐっとくる」
「どんな台詞?」
「教えへん。自分で、読み」
「教えてよ」
「ネタバレは、あかん。自分で、読んで、感じなあかん」
「……わかった」
「あんたが、泣いたら、報告して」
「泣かないよ」
「泣くかもしれんで」
「泣かないよ」
「泣くかも、って、言ったやん。さっき」
「言ってないよ」
「言ってたやん。続きが気になって」
「それは、泣くとは、言ってない」
「泣くで、絶対」
「……まあ、読んでから、考える」
「それが、正解やで」
また、きてな、図書館。
「来るよ」
「ふふ。なんか、ええな」
「何が」
「宇宙人が、図書館で、スラムダンク読んでる、って」
「おかしい、か?」
「おかしくはない。なんか、面白いな、って」
「……まあ、いいんだけど」
昼休み。健太と美咲が、来た。
「図書館の翌日、どうですか」
健太が、聞いた。
「どう、って言われても」
「なんか、気持ち、変わりましたか」
「変わったかな。少し。自分のことが、少し、わかった気がして」
「よかったですよ、行って」
「そうやな。ありがとな。次の手、考えてんねんけど」
「何かアイデアありますか」
「SNSで、二十年前にあの山に、いた人、探せへんかな」
「できるかも。地域のコミュニティとか、使えば」
「健太、やってみてくれる?」
「やってみますよ。あと」
「あと?」
「富田さんに、もう少し、聞いてみるのも、ありかと思って。警察が来た、って言ってましたよね。その警察が、どこの署で、何を調べてたのか、富田さん、知ってるかもしれないし」
「そっか。次に来た時、聞いてみる」
「あと、もう一つ」
「何」
「玲奈さんの、フルネーム、なんとか、思い出せませんかね。苗字さえわかったら、かなり、調べやすくなるんで」
「苗字、か。ほんまに、思い出せへんねん。なんか、短い苗字、やった気がするんやけど」
「短い苗字」
「二文字、くらい。でも、自信ない」
「二文字の苗字、多いですもんね。上、下、山、川……」
「上、下、は、ちゃうと思う。なんか、もっと、ありふれた感じやったけど」
「ありふれてて、二文字」
「ごめんな、これしか、思い出せへん」
「いや、いいですよ。少しでも、わかれば」
「がんばる。もっと、思い出せるように」
「焦らなくて、いいですよ」
美咲が、ウーロン茶を、飲みながら、言った。
「玲奈、記憶、少しずつ、戻ってきてるやろ。最初より、思い出せること、増えてきてへん?」
「そうやな。最初は、二十年前のことが、ほとんど、霧の中みたいやったけど。今は、ちょっとずつ、見えてきてる感じがする。おばあちゃんの漬物とか」
「漬物は、思い出せるんですよね」
健太が、また、言った。
「なんで、漬物なんですか」
「わからん。でも、思い出せる」
「逆に、なんで、漢字が、思い出せないんやろ」
「謎やな」
「謎ですね」
しばらく、四人で、黙った。
外から、車の音が、聞こえた。
「なあ、健太」
「はい」
「最初に、出会った時のこと、覚えてる?」
「覚えてますよ。山で、宇宙船が、落ちてきて」
「その後、コンビニ、行ったやろ」
「行きましたね。おにぎりの代金、払いましたよ」
「そうそう。千二百円」
「覚えてたんですか」
「覚えてるよ。あの時、お金なくて、困ってたから。健太が、払ってくれて。なんか、その時から、もうこの人、ええ人やな、って思ってた」
「……そんな、大したことじゃないですよ。千二百円だし」
「千二百円でも、大事やねん。あの時の、あたしには、ほんまに」
「……そっか」
「うん。ありがとな、健太。今でも」
「……いえ」
「美咲も、ありがとな」
「うちは、何も、してへんけど」
「ついてきてくれたやん。ずっと」
「……まあ」
「それが、大事やねん」
美咲が、何も、言わなかった。でも、ウーロン茶を、一口、飲んだ。
「なあ」
玲奈が、言った。
「いつまで、こういうの、続くんかな」
部屋が、静かになった。
「どういう意味?」
「わからん。なんか、ふと、思って。こういう生活が、いつまで、続くんかな、って」
「終わりが、来ると思ってるの?」
「思ってる、というか。なんか、このまま、ずっと、こういうのが、続いたら、いいなとは、思うけど。でも、続かへんような、気も、して」
「なんで」
「わからん。なんとなく。あたし、幽霊やし。レオスの星、滅びかけてるし。なんか、終わりが、あるような、気がして」
「……玲奈さん」
健太が、言いかけた。
「ええねん。暗い話、なしや。なんか、ふと、思っただけ」
「でも」
「今が、ええから、こそ、思うんやと思う。今が、よくなかったら、こんなこと、思わんもん」
「……そっか」
「うん。今、みんなおるし、バイトできてるし、ドリンクバーも、飲めるし。富田さんも、来てくれるし。レオスも、スラムダンク読んでるし」
「スラムダンクは、関係あるの?」
「関係ある。あんたが、スラムダンク読んでる、って、なんか、ええやん」
「……なんで」
「宇宙人が、地球の漫画、読んでる。なんか、ここに、根っこが、生えてきてる感じがして」
「根っこ」
「うん。ここが、ちょっとずつ、あんたの場所に、なってきてる気がして」
レオスは、何も、言わなかった。
「それで、十分やで、今は」
「……そっか」
「うん」
その時。
レオスの、意識の、中で、何かが、鳴った。
宇宙船からの、通知だった。
修理が、一部、完了した、という。それと、もう一つ。母星から、信号が、届いていた。
内容は、短かった。
「移住先調査の、期限が、迫っている」
レオスは、その通知を、受け取った。
玲奈には、言わなかった。
「レオス、どうした。急に、黙って」
「……なんでも、ない」
「ほんまに?」
「ほんまに」
「そっか」
玲奈が、また、笑った。
「じゃあ、次のフェイスアップ、やろか」
「やろう」
「よろずやのフェイスアップ、なんか、好きやねん。棚の、顔、整えてあげてる感じがして」
「そうだね」
「あんたも、好き?」
「……好きかもしれない」
「また、かもしれない、やな」
「……今回は、かもしれない、じゃなくて。好き、かも」
「あれ。断言した」
「したよ」
「成長したな」
「してないよ」
「してるって」
「……まあ、いいんだけど」
「それは、変わらんな」
「変わらないよ、それは」
二人は、また、棚の前に、戻った。
商品を、一個一個、前に、引き出しながら。
レオスは、通知のことを、考えていた。
期限が、迫っている。
地球の評価を、しなければ、ならない。母星の、人たちが、待っている。
でも、今は、玲奈と、棚を、整えている。
玲奈が、「ここが、あんたの場所に、なってきてる気がする」と、言っていた。
そうかもしれない、と思った。
そうだとしたら、どうする。
答えは、まだ、なかった。
でも、今は、それで、いい。
今は、棚を、整えながら。
それで、いい。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
「いつまで、この時間は続くんやろ。」
何気なく口にした一言って、あとから思い返すと、一番その人の本音やったりします。
今回の玲奈も、きっとそうやったんやと思います。
今が楽しい。
毎日、よろずやで働いて。
健太がおって。
美咲がおって。
富田さんが来てくれて。
レオスが、少しずつ人間らしくなってきて。
だからこそ、「終わり」を考えてしまう。
人は幸せになればなるほど、その幸せを失うことが怖くなるものなんかもしれません。
そして物語の最後。
レオスのもとへ届いた、母星からの通知。
この一通の知らせが、これから二人の運命を大きく動かしていきます。
玲奈は、自分の過去を追い始めました。
レオスは、自分の使命から目をそらせなくなりました。
ここから先は、「日常」と「真実」が少しずつ交差していきます。
笑っていた時間があるからこそ、次に待っている出来事が、もっと心に響く。
そんな物語を書いていけたらと思っています。
次回、第16話もぜひお付き合いください。
いつも応援、本当にありがとうございます。
ほな、また次のお話で。
おおきに。




